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035 一歩前進

「にしてもだ。やっぱり、俺の台詞をお前が考えるのは反則だったろ」


 なんとなくしんみりしてしまったので、終わった話を蒸し返してみる。

 とても断れる空気ではなかったし、あれは完全にハメ技だった。


「そう?」

「当たり前だろ」

「じゃあ――」


 七重(ななえ)は正面を向いたまま、空のティーカップを両手で弄びつつ言った。


「私もやってあげようかな」

「えっ」


 夜長(よなが)が――この場合は『七重が』か?

 目の前で、俺の考えた台詞を言ってくれる。


「いいのか!?」

「いいわよ。これもコラボ成功のご褒美ってことで」


 思わぬ棚ぼただった。

 どうしよう。

 道端で突然『なんでも願いを叶えてやろう』と言われた感じ。


「1つだけ?」

「当たり前」


 だよな。

 俺だって1つしかやってないし。

 古典名作の『猿の手』を紐解くまでもなく、古今東西、こういう状況で欲をかくとろくなことにならない。

 熟考して生み出した最高の一品のみを提示するのが吉だ。

 七重に拒否はされない範囲で、いい感じに恥じらってもらえるようなフレーズはないものか。


「制限時間、あと1分」

「なんで!?」

「あんまり時間を与えると、変なの考えそうだし」


 図星だった。

 たったの1分じゃ、カップラーメンだって生煮えじゃん……。

 とか考えているうちに残り50秒。45秒。

 凝ったものを考える時間は無い。

 シンプルに考えよう。

 俺が七重に言ってもらって嬉しい台詞は?


「あっ」

「決まった?」

「どうかな……」

「ダメ。それにしなさい」


 カップをちゃぶ台に置き、両手でバツを作る七重。

 自分から言い出したわりに、よほど警戒しているらしい。

 でもなぁ。

 これ、下手したら『()()』一生ものの恥をかきそうなんだよな。

 思いついてしまった時点で既に恥ずかしい。


「いや、これはマズいって。別のを考える」

「そういう言い方されたら、余計気になるでしょ。変えたら怒るから」


 もし変えたとして、お前に分かるのかよ。

 まぁ……そこまで言われたら仕方ない。

 いいんだな?

 お前が許可したんだからな?


「台詞のリクエストって言っていいのか、微妙なんだけどさ」

「うん」

「俺が言ったことに『はい』って返事してもらおうかなって」

「それがマズいって、どれだけやらしいこと考えてるわけ?」

「誤解だ」


 久しぶりにしっかりとこちらを見る七重。

 絵に描いたようなジト目だった。


「やっぱ変えるか?」

「いいから。こんなチャンスもうないわよ」

「……分かった。いくぞ」


 このタイミングで無理だったら、多分一生言えない。

 いい機会だ。


 いったん息を吐ききって、それからゆっくり吸う。

 七重よ、存分に驚け。

 ルールからは外れるが、嫌だったら返事は『いいえ』だっていい。

 俺は、七重の目を見て言った。


「好きです。俺と付き合ってください」

「はい。よろしく」


 ――え? いいの!?

 言わせといてなんだが、いいのか!?

 『はい』にOK以外の意味ってないよな?

 っていうか、平然としすぎだろ。

 俺、告白したんだぞ!?


「お前……」

「なによ。嬉しくないの?」

「返事が早ぇよ!! あとノリが軽い!!」


 思わず大声が出た。

 叫んでしまってから、慌てて口元を押さえる。

 嬉しいよ?

 嬉しいけど、OKならOKでもっとこう――赤面して数秒硬直してから、(うつむ)いて『はい』みたいな。

 そういう手順を踏むシーンだろ。

 ちゃんと青春ラブコメしろよ!!


「自分が言わせたんじゃないの。断った方がよかったわけ?」

「そうじゃないけど、もっとちゃんと考えてから……」

「私はずいぶん待ってたんだけど」

「っ――」


 あまりに見事な殺し文句だった。


「もっとさっさと告白してきなさいよね。遅いのよ」

「でもほら、チャンスがさぁ」

「あんたねぇ……何回ここで2人きりだったと思ってるの? それとも、私から言わせたかった?」

「その……なんか、すいません……」


 言い訳するなら、こいつへの気持ちを強くはっきりと自覚したのは、先ほどのコラボ中だったのだ。

 七重がコラボ実行を恐れていたのは、Vtuber(ぶいちゅーばー)活動を大事にしていたからこそ。

 なら、俺が夜長に――七重にプロレスを仕掛けるのを忌避(きひ)していたのは?

 嫌われるのが超怖かったからだ。

 そこでようやく『こいつのことめっちゃ好きだったんだな』と気付けた。 

 そもそも、好きなやつからの懇願でなきゃ美少女Vtuberにはならねぇよ……それどころか女装までしてるんだぞ!?

 本当に、遅かった。小学生か。


 逆に。逆にだ。

 七重は、いつから俺のことを?

 気になるけど『お前さぁ、いつから俺のこと好きだったんだ?』って訊くのは駄目だよな。

 多分グーで殴られる。

 デリカシーは無い方だが、それぐらいは分かる。


「ま、ちゃんと言えたから許してあげる」

「そりゃよかった」


 緊張の糸が切れると、急に体が重くなった。

 Vtuberを始めてからというものの、配信が終わると毎回『今年で一番疲れた』と感じていた。

 その中でも今日は最も消耗した上に、人生初の告白までやり遂げた。

 疲労困憊(ひろうこんぱい)もいいところだ。

 試しに軽く(まぶた)を閉じてみると、下手すればそのまま寝てしまいそうだった。


「悪い……安心したら眠くなってきた。帰るわ」

「うん。じゃあ、その前に」


 ちゅっ。

 頬に、柔らかくみずみずしい何かが触れた。

 ずっと手に持ったままだった空のティーカップが絨毯に落ちる。

 ――何が起きたか、目を開けて確認するまでもない。

 そもそも近すぎて見えないだろう。

 七重の唇は、すぐに肌から離れていった。 


「これは、流石に照れるわね」

「お前さぁ……急すぎるだろ……」


 俺ほどではないのだろうけど、七重も顔を赤くしていた。

 あっつ。

 この部屋、ちゃんと冷房効いてないんじゃないのか?

 俺は転がったカップをちゃぶ台に乗せ、自分の体を手でぱたぱたと(あお)ぐ。


「これも佑人(ゆうと)がやらせたんじゃない。配信終わったらキスだって」

「はぁ!? んなこと言うわけ――」


 反射的に否定しようとして、思い出した。

 コラボ配信、開始直前の会話を。


――「最終確認しよう。まずはそっちが挨拶して、そのあと俺に振ってくれ」

――『うん』

――「10分ぐらい雑談して、企画に移る。時間はなるべく俺が見るから」

――『うん』

――「終わったら俺にキスするんだっけ?」

――『うん』

――「聞いてねぇじゃねぇか」


 言ったわ。

 完全に忘れていた。


「……聞いてたのかよ」

「ね?」

「はいはい。全部俺がやらせましたよ」


 立ち上がり、腰に手を当てて背中を反らした。

 今頃、俺達の登録者が増えたりしてるのかな。

 部屋に帰ってからのお楽しみだ。

 俺は七重に背を向け、カーテンを開けた。

 地味に眠気が限界に近い。


「そうだ」


 忘れていたといえば。

 俺は振り返り、七重に訊ねる。


沙都(さと)のアドバイス、お前はなんて言われてたんだ? 俺の方は『怒らせちゃえ』だったんだけど」

「んー……」

「『キレていいよ』みたいな感じか」


 テンパっていたのに俺の煽りに上手く返せたあたりから、そう推理した。

 『怒ってもいい』と言われていれば、『怒るようなことが起きる』と予測できるだろう。

 それによって落ち着いて対処ができたということなら、筋は通る。

 

「はずれ」

「あれ」


 自信あったんだけども。

 俺ごときに沙都の思考を読み切ることはできなかったか。

 だとしたら、いったいどんな助言を?


「沙都ちゃんはね」

「おう」

「『おにぃも、七重さんのこと大好きだよ』って」

「なんだそりゃ」


 意味が分からない。

 仮にそうだとして――そうだけども。

 そのお節介が、どうして七重のサポートになったっていうんだ?


「佑人が私のことラブラブ超愛してる~ってことは」

「あぁ」


 突っ込まないぞ。


「急におかしなこと言ってきても、私のためなんだろうなって」

「……そっか」


 なんだ。

 俺、わりと信頼されてたんじゃん。

 それと、思った以上に全てが妹の掌の上だったという事実に震えた。

 ありがたさを超えて、ちょっと恐ろしいぐらいの恋のキューピッドぶりだ。


「夏休み。まだ半分もあるのよね」

「そういや、まだ9月入ったばっかなんだな」


 日々の密度が濃すぎて、そろそろ夏が終わるんじゃないかとすら錯覚していた。


「今度どっか出かけましょ。たまには遠出もいいわね」

「いいな。けど……最初は、こないだの喫茶店だな」

「なんで?」


 俺は窓を開け、面木(おものぎ)家のベランダに出た。

 途端に熱気に包まれる。

 まだまだ夏は終わらない。


「また、チーズケーキ食わせてくれよ」

 

 かくして、初のコラボ配信は無事に成功し。

 長らく疎遠になっていた幼馴染が、彼女になった。

___

 9月4日 0時0分

 ◆多々良まひるの部屋◆

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 ☆長月夜長Channel☆

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もし面白いと感じていただけましたら、最新話下部の評価・作品ブックマーク・感想などよろしくお願いします。


活動報告もこまめにしていくつもりです。

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