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034 余韻

 コラボ配信が終わった。

 すげぇ大変だった……けど、それ以上に楽しかったな。


――お疲れさま!!

――毎秒配信してくれ

――楽しかった

――乙


 流れ続けるコメントを見ていると、リクエスト台詞のやりとりにも使っていたチャットにメッセージが届いた。 


『お疲れ様!』

『お疲れ様』

『5分ぐらいしたらちょっと通話しましょ』

『あいよ』


 俺も飲み物を持ってきたりしよう。

 椅子から立ち、大きく伸びをしてから廊下に出る。


 すると、タイミングを計ったかのように隣の部屋から沙都(さと)が出てきた。

 無言で右手を掲げてきたので、俺も同様にしてから軽く打ち鳴らす。

 ハイタッチだ。

 身長差があるので、俺からするとちょっと位置が高かった。


「やったじゃん」

「ぶっちゃけ、かなりお前のお陰だよ」


 そういや、配信見てたんだっけな。

 実際のところ、こいつの助言がなければこう上手くはいかなかった。

 今度ケーキでも買ってきてやらないと。


Vtuber(ぶいちゅーばー)のこと全然知らないのに、よくあんなアドバイスできたな」

「ん? あたしは単に、おにぃと七重(ななえ)さんが他人行儀なのが嫌だっただけだよ」

「そっか……でも、ありがとな」

「別に~。それより、忘れてない?」

「何を?」

「おにぃ、まだ美少女だからね」


 お母さん達はもう寝てるから大丈夫だろうけど、と部屋に引っ込む沙都。

 あっぶねぇ……!

 完全に忘れていた。

 俺、まひるの格好のままじゃん。

 絶対領域が眩しい金髪美少女メイドじゃん。


 慌てて自室に引っ込んだ。

 変身を解除し、ウェットティッシュで化粧を落とす。

 そして、あらためて洗面所で顔を洗った。

 トイレで用を足し、1階で麦茶を調達して部屋に戻ると、既にPCから通話の着信音が響いていた。 

 ヘッドホンを装着し、椅子に座る。


「もしもし」

『もしもし! お疲れさま!!』

「お疲れ」


 興奮が冷めやらぬようで、声がでかい。

 ボリュームを調節した。


「なんとかなったなぁ」

『ね。液タブ繋ぐの忘れてたあたりで、もうダメかと思っちゃったけど』

「あれ俺が悪かったわ。800人見てるとか言って緊張させちまったし」

『実は、クマ描くときにちょっと吐きそうだったのよね』

「マジかよ……」


 お互い、本当にいっぱいいっぱいだったんだな。

 綱渡りも綱渡り。

 どこで落下してもおかしくなかった。


『あっ。tuitterにもう切り抜き上がってる!』

「は!? URL送ってくれ」

『今RT(りついーと)したからそこから見て』


 tuitterにアクセスし、夜長(よなが)がRTした動画を視聴する。

 これは――


「俺の最後のリクエスト台詞かよ」

『ホントに仕事早いわね』


 俺がYowTubeチャンネル登録者10万人を目指す云々の部分に、字幕と派手なエフェクト編集を施されていた。

 ずいぶんな勢いでRTが伸びている。

 投稿者は、もはやお馴染みのここ好き侍。

 毎日のように多数の切り抜き動画をアップしているが、どういう生活を送っているのだろうか。


「そうだ、お絵かきの4つ目のお題のさぁ――」

『あれはズルいわよね。私が最初だったら――』


 話すことは尽きなかった。

 むしろ、語れば語るほど次の話題が出てくる。

 コラボの後の楽屋裏トークって楽しいもんだな。

 15分ほど通話すると、どちらともなく直接会って話そうということになった。


「疲れたし、酒ってコンディションじゃないから……悪いんだけど、また紅茶()れてもらっていいか?」

『うん。お母さん達は今さっき部屋に戻ってったから、すぐ用意できるし。鍵開けておくから入ってて』

「了解」


 通話を切って、窓を開ける。

 外に出てちらっと左を見ると、沙都の部屋はまだ明かりが点いていた。

 これ、七重の部屋に行くのがバレバレで恥ずかしいな。

 そう大きな物音を立ててはいないが、事情を知っている沙都には丸分かりだ。 


 いやいや……まだ23時前だし、そう不健全な時間でもあるまい。

 堂々としていればいいのだ。

 俺はベランダを渡り、七重への部屋に入った。


「お邪魔します」


 返事はない。

 七重は紅茶を淹れにいっているのだから当然だが。

 ベッドに夜長の衣装が置いてあるので、あちらも配信後にラフな格好に着替えたようだ。

 他意はないけど、直前まで着られてた服が無造作に投げてあるのって、ちょっとドキドキするな……部屋の主が不在なのでなおさらだ。

 大人しく座布団に座って待っていると、数分後、トレイにティーポットとカップを乗せた七重が入室してきた。


「お待たせ」

「足でドアを閉めるのはどうかと思いますよ、お嬢様」

「手が塞がってるんだからしょうがないでしょ」


 それもそうか。

 まぁ、軽くノックでもしてくれれば俺が開閉したんだけど。

 開けにくかっただろうに。


「それを言うなら、ご主人様がメイドに紅茶を淹れるのもなんかアレね」

「確かに」

「お湯淹れたばっかりだから、もうちょっとだけ待ってね」


 トレイをちゃぶ台に置くと、七重も座布団に腰を下ろす。 

 ――あれ。

 七重の座る場所が、ちゃぶ台を挟んで向こう側ではなかった。

 俺の真横だ。


「見て見て。私の登録者、2094人」

「一気に増えたなぁ」


 体を寄せ、スマホの画面を見せてくる七重。

 距離が近い。

 コラボ配信成功の高揚感でテンションが上がっているようだ。

 俺もポケットからスマホを出して、自分のチャンネルを確認する。


「おっ! 俺も800人増えてる」

「えぇ~。私が追いつくのが遅れちゃうじゃない」

「1時間で1500人増やしておいてそれ言うか?」


 登録者10000人だの2500人だの、一週間前の俺達からすれば考えられないことだ。

 現実感がないが、登録者1人1人への感謝を忘れてはいけない。


「ま、私が伸びたのは佑人(ゆうと)のお陰だしね。許してあげる」


 そう言って、七重は俺に体重を預けてくる。

 髪の毛が触れ合う。

 奇しくも、配信終了時に頭をぶつけあっていた夜長とまひるのような構図だった。


「これから切り抜きのRT効果で増えたりするかしらね?」

「あー……するんじゃないか? 面白いとこ、けっこうあったはずだし」


 七重さん。

 酔ってもいないのに、ボディタッチ多くないっすか?

 嬉しいけどさぁ。

 妙だなとは思うが、理由に心当たりがないでもなかった。

 先ほどのコラボでは上手いことプロレスができた。

 夜長とまひるだけでなく、『(たましい)』である俺達の距離も縮まったということなのだと思う。

 昔に戻ったというのが正確なところか。

 しかし、七重はともかく俺は普通に気恥ずかしい。


「紅茶、もういいんじゃないか」

「あっ。出すぎちゃたかも」


 七重は慌ててカップに紅茶を注ぐ。

 だいぶ色が濃いが、砂糖を入れて一口飲んでみると特に問題はなかった。

 たまにはストレートティーもいいものだ。


「ダージリン?」

「正解」

「これとアッサムぐらいしか分かんないけどな」


 それから、なんとなく無言で紅茶を(すす)るターンになった。

 配信直前から喋りっぱなしだったからな……。

 上がりっぱなしだったボルテージも、流石に落ち着いてきた。

 七重も、俺と同じくスマホでコラボ配信の反応を調べているようだ。


「……」

「……」


 あっ。これ気まずいやつだ!

 配信で無言になってしまうと辛いものだが、現実でもそれは変わらない。

 話し続けていたときとのギャップで、静けさをより強く感じる。

 クーラーの微かな駆動音と、外からの虫の鳴き声だけが響く。


 七重は気にしていないのだろうか。

 横目で盗み見ると、思いっきり視線が交差した。

 うわ。滅茶苦茶恥ずかしい。

 それは七重も同じだったようで、そわそわしている。

 何度も口元にティーカップを運んでいるが、中身はとっくに空っぽのようだった。

 俺もだけど。


 分かるよ。

 話題がないときに間を持たせようとすると、とりあえず飲み物を飲んじゃうよな。

 よし、何でもいいから話を振ろう。


「なぁ」

「なに?」

「なんかマジで目指す感じになってるけど、登録者10万人は流石に遠すぎるんじゃないか?」

「いいじゃない。ゆっくり達成すれば」


 言われてみると、そうかもしれない。

 俺は夏休みいっぱいでVtuberをやめる気は全然無いのだし。

 

「いつまでかかるんだか……ってか、Vtuberってどうなっていくんだろうな」

「2017年の終わりぐらいから流行りだして、今が2019年でしょ。大きいブームが来てからまだ2年も経ってないのよね」

「8000人超えたんだっけ? どこまで増えるんだろうな」


 意外とすぐ、10000人に到達する日が来るのか。

 それとも――だんだんと勢いが鈍化し、減少傾向に転じたりするんだろうか。

 始めたばかりで界隈にも詳しくない俺には予想もできない。

 けど、願わくば長く続いて欲しい。


「いつかは流行りも終わっちゃうのかしら」


 七重も似たようなことを考えていたようだ。


「短期間でやめる個人の子はホントに多いし、企業系でも活動休止はけっこうあるしね」

「けど、俺達がいつまでやるかは俺達が決められるだろ。それに……」

「それに?」

「まひるは一生、夜長に仕えるんだろ」


 そう言った。

 というか、言わされた。


「エモいわね……」

「エモいな」


 あまり使ったことがない言葉だったが、このシチュエーションには合っていた。

 概念としての多々良(たたら)まひるは、死ぬまでずっと長月(ながつき)夜長に奉仕し続ける。

 エモいじゃん。


 と言うか、仮にVtuberという名前でなくなったとしても、アバターを使った活動という文化は続いていくのだと思う。

 ゲームの自キャラなんてのもアバターだし。

 『自分』を表すアイコンの形が、その時代の技術に沿った形に変わっていくだけなんじゃないか?

 ――きっと、こんな話も日本中でいくらでも行われているんだろうな。

もし面白いと感じていただけましたら、最新話下部の評価・作品ブックマーク・感想などよろしくお願いします。


活動報告もこまめにしていくつもりです。

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