027 覚悟
1時間が過ぎ、俺は七重の部屋へと戻った。
「よぉ」
「えっ……!?」
先ほどの態度からして、帰還した俺を笑顔で迎える余裕がないのは当然か。
ただし、ゲーミングチェアに座った七重が完全に硬直しているのには2つの理由があった。
「なんで――」
「沙都に手伝ってもらった」
1つ目の理由。
俺が多々良まひるの格好で現れたこと。
俺1人では、着替えやウィッグの装着はともかく、化粧はできない。
そこで、沙都に頼んでやってもらった。
七重に施されたものとは少し毛色は異なるが、これまた良い出来映えだと思う。
七重は逆に、Tシャツ短パン姿に戻っていた。
親にロリータ服姿を見せるつもりはないようだったから、これは予想通り。
「そっちじゃなくて!」
「ん?」
「なんで……なんでそっちから入ってきたの!?」
2つ目の理由。
俺がベランダではなく、ドアから入ってきたこと。
そりゃあ驚くよな。
「しょうがないだろ。ベランダ、雨戸まで閉められちまったんだから」
時刻は、七重の母親の介入により退避を余儀なくされた1時間前に遡る。
俺は自宅に戻ると、1階に降りてシャワーを浴びた。
よく体を拭いてから服を着て、自室の押し入れからメイド服を取り出す。
で、それを後ろ手に携えて沙都の部屋をノック。
「な~に?」
ドアを開けて顔を出した妹に、俺は『頼みがある』と切り出した。
「いいよ」
「まだ何も言ってない」
「いいって。やるから、早く説明して」
「……じゃあ、頼む」
よっぽど切羽詰まった顔をしてたんだろう。
沙都は内容を聞く前に承諾してくれた。
まぁ、メイド服を見せて『女装するから化粧してくれ』と頼んだら、更にテンションを上げてノリノリになっていたのだが。
「今度ゆっくり話すけどさ。一言で説明すると、七重のために女装してるんだわ」
「そんな高度なプレイを……!?」
「そういうのじゃねぇよ!」
ついさっきまでのシリアスな空気がぶっ壊れた。
けど、少し気が楽になった。
まずメイド服に着替えてから、目を閉じて妹に身を任せること15分。
「ほんとはもうちょい時間かけたかったけど、こんなもんっしょ」
「ん、充分だ。マジでサンキュな」
鏡でメイクの仕上がりを確認すると、俺は礼もそこそこに沙都の部屋を出る。
そして、自室のカーテンを開け――
七重の部屋の雨戸が閉まっていることに気づいた。
「おい……!」
あいつ、鎖国しやがった!
そりゃないだろ。
俺、完全装備になっちゃったよ?
「どうするかな」
とりあえず素直にRINEで『開けてくれ』と送ってみたが、既読スルーされた。
様子を伺うが、雨戸が開く気配はない。
となると……やるしかないのか?
ポジティブに考えよう。
これもまた、俺の覚悟を示すチャンスと言えなくもない。
俺は再び、沙都にお願いをした。
今度は『両親の注意を引きつけておいてくれ』と。
妹はそれだけで大体のことを察してくれたようで、『頑張ってね』と背中を押してくれた。
居間から沙都の『ねぇねぇ、今度みんなでここのお店いかない?』という声が聞こえてくると同時に、俺は抜き足差し足で玄関に向かう。
靴は、スーツ用のローファーでいいか。
運動靴よりはメイド服と合うはず。
玄関の鍵を静かに開け、こっそり外に出る。
うおおおおお……!
生温い夜風が、『外にいる』と実感させてくる。
倒錯感が、ベランダに出たときの比ではなかった。
俺は、メイド姿で外出している――!!
小走りで面木家の門をくぐった。
インターホンを押すのには、流石に躊躇いが生じた。
しかし、いつまでもここに突っ立っているわけにもいかない。
深呼吸ののち、決意を胸にインターホンを押し込んだ。
ピンポーン。
『はい、もしもし?』
出たのは、七重の母だった。
こんな夜遅くの来客ということで、やや訝しげな声音だ。
「夜分すいません。私、七重ちゃんの同級生なんですけど、借りてたUSBメモリを返すの忘れちゃってて」
『あら~、そうなの? ちょっと待っててね』
よっしゃ。
俺の女声、一般人に通用する!
まさかリアルで役に立つ日が来るとは思わなかった。
「は~い、どうぞ」
「お邪魔します」
ドアから現れた七重の母は、パジャマ姿だった。
七重の姉のような――とまで言ったら過剰だが、母親にしては見た目が若い。
若すぎる。
久しぶりに顔を合わせたが、俺が子どもの頃とあまり変わっていなくて驚いた。
七重が歳を重ねればこうなるんだろうなという佇まいだ。
俺の恰好を見てちょっと驚いたようだが、特に突っ込まれなかった。
「七重、もう寝てるかしら……?」
「さっき連絡したんで起きてると思います」
「そう? じゃあ、七重の部屋は2階の左端だから」
「ありがとうございます」
部屋の場所は知ってるけども。
俺は階段を上り、七重の部屋の前に立つ。
昔と同じ『ななえのへや』というプレートがかけられていた。
軽くノックするが、返事がない。
RINEのメッセージを既読スルーされたのがせいぜい5分前なので、本当に眠っているということはないはずだ。
親に対して、寝ている体でやりすごそうとしているのだろう。
ノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開けた。
時は戻る。
ここまでの経緯を説明すると、七重は『頭おかしいんじゃないの……!?』と戦慄していた。
その通りだった。
ずっと無視されるってことはなかっただろうし、後日にあらためて説得すればいい。
少なくとも、相手方の親にまでこの姿を見られながら突破するというのは、だいぶ常軌を逸している。
だが俺は、1秒でも早く七重に認められたかったのだ。
七重には負けるかもしれないけども、俺だってVtuber活動に真剣に取り組んでいるのだと。
「めっちゃたくさんの人の前で配信するのが怖いってのは、俺にはどうしようもない。けど、俺の本気さは見せられる」
「……なんか証拠でもあるわけ?」
「あぁ」
部屋の真ん中で、俺は腰に手を当てて仁王立ちする。
「っていうか、もう見せてる」
「えっ?」
「よく見ろよ。今までと違うところ、あるだろ」
七重は俺の頭からつま先までを眺めるが、ピンとこないようだった。
「化粧はちょっと違うけど……」
「沙都にやってもらったからな。これはこれでいいだろ」
まだ気づかないのか。
俺はヒントとして、その場でゆっくり一回転した。
スカートが緩くふわっと広がる。
「あっ!!」
ようやく答えにたどり着いたようだ。
ガタッと勢いよく椅子から立ち上がり、俺の足元にしゃがみこむ七重。
「脚……!」
至近距離でスカートと黒ニーソの間の絶対領域を凝視する七重。
そう。絶対領域をだ。
今までの2回の女装ではタイツを履いていた。
足の毛を隠すためだ。
しかし、今回はニーソ。
つまり――
「そういうことだよ」
俺は右足のニーソに指をかけ、スルスルと下ろしていく。
晒される太ももと脛。
そこには、本来ならば人並みにはあるはずの毛が無かった。
「剃ったの!?」
「おう」
そのせいで準備にだいぶ時間がかかったのだ。
セオリーがよく分からなかったので、文房具のハサミで雑に短くして、それから風呂場で髭剃りとジェルを使って処理。
意外と綺麗に仕上がってくれた。
「あーあ。親にも絶対突っ込まれるし、これから外で短パン穿いてたら目立っちまうな」
「だったらなんで……」
「まひるは、タイツじゃなくてニーソだからな。沙都に貰った」
座布団に腰を下ろし、七重を目線の高さを合わせる。
「俺はガチガチにRPするタイプじゃないけどさ。『本気で』なりきるなら、これぐらいやらないとな」
「バカじゃないの!?」
「バカかもしれんけど」
それでも。
「これでお前に認めてもらえたら、安いもんだ」
「……別に、そんなので納得しないけど」
俺は立ち上がり、ニーソを履きなおす。
……あれ。足首にひっかかった。
タイツといい、慣れないとすんなり上がらないんだよな。
片足立ちになって太ももまでニーソを引き上げ――
「あっ」
軸足を滑らせた。
両手はニーソのゴムにかかって塞がっていたため、俺は勢いよく床に横っ腹を打ち付ける。
「ぐぉ……」
折れてはいないと思うが、普通にめっちゃ痛い。
最近運動してなかったから、こんな豪快に転ぶなんてことなかったな。
俺は床に転がったまま呻くことしかできない。
「――ふっ」
ん?
ハァハァと荒く呼吸しながら見上げると。
七重が、笑っていた。
「ごめん、でも、ふふっ……足剃って女装してきて、勝手に転んで……」
口元を抑えているが、笑いが堪えきれないようだ。
「バカ」
「おい」
「バカでしょ。全部、私のためじゃない」
転んだのはただのドジだけどな。
痛みに耐える俺の顔の横に、ぽたりと水が落ちた。
七重の涙だった。
「なんで泣くんだよ」
「だってさぁ……あーもう、訳わかんない」
ふへへと笑いながら、ぽろぽろと涙をこぼす。
こいつもだいぶおかしくなっている。
「いいわよ。コラボ、やりましょ」
「いいのか?」
「なんかもう、ビビってるのバカらしくなってきちゃった」
そりゃよかった。
「色々……ありがとね」
七重は、仰向けで呼吸を整える俺の頭を持ち上げると、自らの太腿に乗せた。
「ご褒美か?」
「3分だけね」
アインシュタインは『ストーブの上に手を当てている1分は1時間に感じ、かわいい女の子と一緒にいる1時間は1分に感じる』と語ったという。
七重に膝枕をしてもらう180秒は、俺にとって一瞬にも永遠にも感じられた。
これもまた、相対性理論。
――いやいや。
そんなまとめ方、あるか?
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8月31日 23時30分
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活動報告もこまめにしていくつもりです。




