024 拡散
本日(2019/05/26)、活動報告を更新しました。近況以外に小説の宣伝漫画(?)もあります。
――嘘だろ?
血の気が引いていくのを感じる。
まさか全部垂れ流しに……?
は?そんなわけないだろ?
あるわけないよな!?
「ミュート、したじゃん」
震える手でヘッドホンを外し、ボタンを確認する。
『BASS』と書いてあった。
あ~。はいはいはい。
そういうことね。
音の具合を調整するボタンを、俺がミュートボタンと勘違いしてたわけね。
この機能、実際に使ったことなかったから気づかなかったわ。
なるほどね。
言われてみれば、放置したままのゲーム音がさっきより低音重視になっているような。
――ミュートできてなかったよ
――tuitterに写真あげてくれ
――流石に仕込みでしょ?
――『おにぃ』って呼ばれてるの地味にすこ
逃避しようにも、コメントが現実を突きつけてくる。
『……っていうネタでした。えへへ』
悪あがきしてみたが、もちろん無意味だった。
相変わらずコメントの勢いは目で追いきれない。
『分かった分かった。メイド姿を妹に見られたが? それが何か?』
逆に地声で開き直ってみた。
――メイドがメイド服を着ている。何もおかしくないな
――俺達もおにぃって呼んでいいか?
――兄ボイスたすかる
『はい、ゲームに戻りますね~』
吹っ切れたら気が楽になった。
別に何も悪いことしてないしな。
さっきまであれほど恐ろしかったホラゲに、もはや何も感じなかった。
女装して配信してる最中に妹が乱入してくるより怖いこと、起きないもんな。
俺は雑談しながらスムーズにストーリーを進めていく。
悪魔の館がなんぼのもんじゃい!
俺は悪魔よりも怖い女を2人も知っているぞ!!
『やっと第1章クリア……っと。怖かったですね』
――もう1ミリも怖がってないやんけ!
――再開から20分でここまで進んで草
――恐怖の感情を失ったまひる
――もっと妹のこと話して
『色々ありましたけど、tuitterフォロワー1000人記念配信はこれぐらいでおしまいにしたいと思います』
サクサク進めたが、それでも配信時間は当初の予定である1時間を越えてしまった。
気づけば視聴者数は500人にすら届きそうになっている。
そこを考えると惜しいが、これ以上は収集がつかない。
際限なく続けて、『今度は帰宅してきた両親にも見られました』なんてことになったら目も当てられないし。
『それではお客様方、お忘れ物のございませんよう。多々良まひるでした』
――いかないで
――まひる、すこだぞ
――ホラゲから逃げるな
『終わりだ終わり。散れ散れ! 塩撒くぞ!!』
俺は強引に流れをぶった切り、配信を終えた。
喉がカラカラだった。
残っていたエナドリを一気にあおる。
「……切れてるよな」
配信が正常に終了していることを、念入りに確認する。
妹フラのあとに配信切り忘れまでやらかしたら、生配信トラブルの欲張りセットが過ぎる。
表示を3度見直す。
配信ソフトは正常に停止していた。
俺は椅子を立ち、淡々と着替える。
メイド服を丁寧に畳み、ベッドの上にそっと置いた。
顔を洗いに部屋を出ると妹に出くわしそうなので、つけまつげを外し、ウェットティッシュで顔を拭く。
頭からウィッグとネットも外し、髪を手でほぐして、やっと変身解除だ。
ウィッグって頭が締め付けられる感じがするな。
「俺は俺だ。戸舘佑人、20歳男性」
自分に言い聞かせ、どこかに行ってしまいそうだった魂を呼び戻す。
ふと思い立ってスマホを手に取ると、メッセージの通知が何件も溜まっている。
全部七重からの、音声ミュート失敗を知らせるものだった。
すまん、七重……とてもチェックできる状況じゃなかったんだ。
『ミュートできてにい』『マイク切って手』『やばう』等、打ち間違いから焦りが伝わってくる。
放送を終える頃に届いていた最後のメッセージに『大丈夫?』とあったので、こちらから通話をかけた。
『もしもし!?』
「おう」
『大変だったわね……』
「ま、流れちまったもんはしゃーなしだ」
俺も沙都も、お互いの個人情報は口にしていなかったはず。
それに、沙都もあれでいて、本当に人が嫌がることはしないやつだ。
両親に俺のメイド姿を見せるようなことは……多分しない。
きっと。
そうであってくれ。
「ポジティブに考えよう。なんか最後の方は500人近く見てくれてたし。チャンネル登録者も増えたんじゃないか?」
『増えてたわよ。680人ぐらいだったかしらね』
「見てみるわ」
配信中に70人ぐらい増えてくれたってことか。
見落としていていたが、そんなに増えていたとは。
PC前に戻り、自分のチャンネルのトップページを再読み込みする。
「あれ?」
『ん?』
「700超えてる!俺のページ、リロードしてみてくれ」
『えっ……ホントだ、配信中ずっと増えてたのね』
チャンネル登録者数、723人。
ってことは、配信中に100人以上登録してくれたのか!?
流石に何か理由がないとそんなには伸びないんじゃ……。
「配信中に切り抜きでもアップされたか?」
『ううん。私がtuitter見た感じではなかったわね。けど』
「けど?」
『配信開始ツイートをRTしてくれた人はずいぶんいるみたい』
へぇ。
tuitterを開き、自分のツイート一覧を見てみる。
22時半の『【配信開始】tuitterフォロワー1000人記念枠 ~台詞リクエスト&ホラゲ~』というツイートが130RTされていた。
130RT。そこだけ見ると大した数字ではない。
ただし、1時間でのRT数であることと、まだまだ知名度の低い俺の配信告知ツイートであることを考えれば明らかに多い。
なんせ、普段であれば10RTもされていないのだから。
「うお……この西之森濃霧って人、フォロワー40000人いる」
『ノームちゃんにRTされたの!? ずるい!』
「やっぱ有名なのか」
西之森濃霧。
アイコンとプロフィールを見る限りでは女性Vtuberのようだ。
俺は知らなかったが、個人勢の人気Vtuberらしい。
通称、ノーム。
歯に衣着せぬ軽快なトークと、プロにも迫るゲームの腕前が持ち味。
視聴者としてもアクティブで、他Vtuberの配信を宣伝することもままあるとのこと。
ここ好き侍もだけど、そういう人はありがたいよな。
「エゴサしてるけど、面白がってくれてる人、けっこういるな」
リプライ等もチェックしていると、新しい通知が届いた。
DMだ。
tuitterのDM、初めて受け取るな……誰だ?
【突然のDM失礼致します。Vtuberの切り抜き動画を作成している、Vtuberここすきシーン切り抜き侍と申します】
まさかの、ここ好き侍だった。
【つい先ほどの配信、面白かったです。切り抜き動画(妹さんの乱入シーン)を作成したのですが、内容が内容だけにご本人の了承を得てから投稿したくご連絡させていただきました。お返事をいただければ幸いです。会話の中でまひるさんや妹さんの本名などは出ていませんでした】
丁寧じゃん。
ツイートでは語尾に『ニンニン』とか付けてるくせに。
確かに、妹フラというデリケートなネタなだけに、慎重になる気持ちは分かる。
俺だって曲がりなりにもVtuberなのだし、『魂』の要素が含まれる切り抜きは嫌がる可能性があるわけで。
事前に許諾を求めてくるということは、その辺りを考慮してくれているということだ。
「佑人?」
「……あぁ、悪い。ここ好き侍って分かるか? Vtuberここすきシーン切り抜き侍」
「私達の配信とか切り抜いてくれてた人?」
そりゃ覚えてるか。
俺達が現在ちょっと伸びている理由のうち、一番大きいものは彼(彼女?)の切り抜き動画と言っても過言ではない。
「あの人から、今の配信の切り抜きアップしてもいいかって連絡がきた」
「えっ、わざわざ許可取りにきたんだ」
「そうそう。いいよな、別に」
「佑人がいいならいいんじゃない?」
配信アーカイブを削除するつもりもなかったので、ここはありがたく乗っからせていただこう。
向こうにとっても得ならwin-winだ。
今までのここ好き侍の作成動画に、対象への悪意があるようなものは見当たらなかったし。
【多々良まひるです。ご確認ありがとうございます。こちらとしては問題無いです。むしろ、ここ好き侍さんの切り抜きのお陰で登録者とか増えてきて助かってます!】
返事を送った。
敬語のメッセージなんかあんまり送ったことがないが、こんなもんでいいだろうか。
送信後に心配になって読み返していると、すぐに返事があった。
【ありがとうございます。tuitterにアップしました。問題があれば削除します。リンクはこちら】
早ぇ!
七重にもURLをシェアし、2人で見てみる。
『なんだ』
『なんだじゃないでしょ! なんで女の子になってるの!?』
『は!? なってねぇよ!』
『なってなくはないよ!』
『これは抱ける』
『兄を抱こうとするな』
「……完全にダダ洩れだな」
『佑人には悪いんだけど、正直言うとすっごく面白いのよね』
配信には俺と沙都との会話がしっかりと入っていた。
ここ好き侍の切り抜き動画は【メイド服で配信していたバ美肉Vtuber多々良まひるさん、妹フラからの撮影会】と題されており、いつもの丁寧な字幕編集がなされている。
「沙都、ちょっと頭おかしいよな」
『そこまでは言わないけど、佑人のこと好き過ぎるわよね』
そうか?
俺のことを玩具として見ているだけだと思うが……。
話しながら切り抜き動画を何度か見ていると、RT数がどんどん増えていることに気づいた。
『ねぇ。これ伸びるの早くない?』
「俺も思ってた。15分で300RTってなかなか見ないぞ」
金曜夜の23時半過ぎという、オタクたちのゴールデンタイムなのも作用しているのだろうか。
350……400……。
見る見るうちに拡散されていく。
「やっべぇ」
日付を跨ぎ、8月31日の0時半。
2000RTを超えた。
もしやと自分のtuitterを見ると、フォローが増えている。
1242人。
昨夜の配信開始時から、200人以上の増加だ。
『これ、どこまで伸びるのかしら……!?』
「分からん」
興奮が冷めやらない。
それどころか心臓がバクバクと激しく脈打つのを感じる。
ネガティブな話題で炎上しているわけではないのに、ちょっと怖くなってきた。
スマホがずっと振動しっぱなしなので、通知を切った。
まさか自分に、よくtuitterで見かける『通知鳴りやまないんだけどwww』みたいな事態が訪れるとは。
どうしよう。
どこまで拡散されるかは気になるが、かと言って一晩中起きているのも――
カチッ。ガチャ。
階下で音がした。
鍵とドアを開ける音。
両親が帰ってきたようだ。
ちょうどいいタイミングだし、お開きにするか。
「親出かけてたんだけどさ、今帰ってきたんだわ。今日はこれぐらいにするか」
『うん。ホントにお疲れさま』
通話を切り、部屋を出た。
階段の上から、玄関で靴を脱ぐ両親に声をかける。
「おかえり」
「まだ起きてたのか。あんまり夜更かしするなよ」
「夜更かしってほどの時間じゃないって」
大学生にとって、0時半なんてまだ夜が始まったばかりだろう。
早寝の父からすれば、既に真夜中みたいなものかもしれないが。
「お土産あるわよ。お饅頭」
「へぇ。明日貰うよ」
「あたしは今食べちゃおうかな」
うおっ。
いつの間にか、沙都がすぐ後ろに立っていた。
驚いて階段から落ちたらどうしてくれるんだ。
「沙都? 友達のとこ泊まるんじゃなかったの?」
「わーちゃん風邪ひいちゃったから延期~」
「あら……残念ね」
「んー、明日お見舞い行ってくる」
沙都は背後から俺の肩を抱き、ぐっと引き寄せる。
「まぁ面白いこともあったから退屈じゃなかったよ。ね、おにぃ?」
「ばっ……!」
お前、何を言い出して――!
「そうなの? ならいいけど、あんまり佑人で遊んじゃダメよ」
「はぁ~い」
俺の焦りなど知らず、両親はさほど気にした様子もなく居間へと消えていく。
ビビった。
普通に女装の話ぶっこまれるかと……。
文句の1つでも言ってやろうと思ったが、妹の行動は俺が振り向くよりも早かった。
俺の肩に回した腕を、首に巻き付けるようにして――端的に言えば、チョークスリーパーのような形に移行した。
「おにぃの弱味、握っちゃったなぁ~」
「だったらなんだよ」
「あれ、生意気じゃない? 立場が分かってない感じ?」
ぽんぽんと妹の腕をタップするが、なかなか解放されない。
軽く首を絞められたり緩められたり、数分間たっぷり弄ばれた。
「貸し1つね。そのうち何かお願いするから」
「……」
「お母さんに『姉』を紹介してこようかなぁ」
「何でもします」
ようやく釈放された。
振り向くと、じろじろを顔を観察される。
「もう化粧も落としちゃったんだ」
「でないと母さん達に顔見せられないだろ」
「もっと撮りたかったな……また見せてね?」
「着ても見せねぇよ」
「着ることはあるんだ?」
ぐっ。
こいつと話すとすぐにボロが出るな。
「知らん。俺はもう寝る」
「『夜更かしってほどの時間じゃない』のに?」
「知らん知らん!」
勝てない勝負はしないに限る。
俺は部屋に逃げ帰ると、ドアを閉めた。
パソコンのモニターはスリープモードに入っている。
「寝よう」
妹にメイド姿を見られ、音声だけとはいえその一部始終がネットに公開され、拡散が続いている。
情報量が多すぎるわ!
今夜はもう、切り抜き動画の伸びは見ずに寝るべきだ。
俺はベッドに横になり、腹にタオルケットを敷いて目を閉じる。
果たして眠れるものかと心配だったが、辛抱強く目を閉じてじっとしているうちに眠りに落ちていた。
___
8月31日 0時30分
◆多々良まひるの部屋◆
YowTubeチャンネル登録者数:783人
tuitterフォロワー数:1242人
☆長月夜長Channel☆
Yowtubeチャンネル登録者数:415人
tuitterフォロワー数:1132人
もし面白いと感じていただけましたら、最新話下部の評価・作品ブックマーク・感想などよろしくお願いします。
活動報告もこまめにしていくつもりです。




