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017 ご褒美

 30分後。俺達は何故か近所の喫茶店にいた。

 俺が七重(ななえ)に『たまには外で話すか』と提案したからだろうか?

 ……他にないわな。

 

 では、何故そんな提案をしたのか?

 土曜日午前でお互いの家族が家を動き回ってるだとか、どことなく不機嫌そうな七重のケアをしたかっただとか、理由はいくつか挙げられる。

 しかし、結局のところは単なる気まぐれだった。


 先に席を確保した七重のもとに、2人分の注文を乗せたトレイを運ぶ。

 七重は夏らしいブラウスにジーンズという爽やかな服装だった。

 やっぱりこういうの似合うな。

 ロリータ服姿も非常に良かったが、俺に言わせればあれはミスマッチ系の魅力だ。


 一方、俺はTシャツにジーンズ。

 おかしい……ほぼ同じ身長で大して変わらない格好のはずなのに、七重の方が遥かにスタイリッシュに見える。

 これが持って生まれた資質の差か。


「ほい。レモンティーとチーズケーキ」

「いくら?」

「今日はいいって」

「ダメ。こういうのはきっちりしないと」


 ダメっすか。そうですか。

 格好つけさせてもらえなかった。

 七重の分の金額を、1円単位の端数まで受け取らされた。


「ここのチーズケーキ、美味しいのよ」

「へぇ。俺、ここは入ったことなかったな」


 七重が選んだこの店は、我が家から最寄り駅の間にある。

 位置的には俺が一度も入ったことがないのが不自然なぐらいだったが、俺には『喫茶店』というものに立ち寄る習慣がなかった。

 (いん)の者からすると、なんとなく入りづらいのだ。

 ファミレスは大丈夫。ヒトカラも平気。喫茶店は、ちょっとキツい。

 軽めの結界が張られている感覚。

 この気持ち、分かってもらえるだろうか。

 メニューもなんだか得体の知れない名前のものが多かったので、最初に目についた豆乳ラテとかいうやつを頼んだ。


「切り抜き動画、これな」

「うわ……4350RT!? あ、私もRTしとこ」


 俺も自分でRTした。

 自らの恥の拡散に一役買ってしまった形である。


「切り抜きがきっかけで人気になるって、結構あるパターンではあるのよね」

「ふむ」

「でも、結局は面白いシーンがないといけないじゃない?」

「狙ってやるのは難しいよな」


 俺の画力の件、残念ながら完全に素だからな。

 たまたま切り抜いてアップしてくれた人がいたのも運がよかった。

 Vtuber(ブイチューバー)ここすきシーン切り抜き侍、ありがとう。


「要はラッキーだったってだけなんだよな」

「そんなことないでしょ。ラッキーだとしても、8日で4配信もやったから運が巡ってきたんじゃない」

「褒めの天才かよ」


 そう言われると悪い気はしない。

 豆乳ラテを一口。

 おっ、普通のカフェラテより好きな味かも。

 ――と、そこで気づいた。


「お前は……配信頻度、下がってないか?」

「うっ」


 痛いところを突かれた、という顔だった。

 七重はこの8日間で2回しか配信をしていない。

 一般的に見て少ないわけではないが、今まではだいたい2日に1回のペースでやっていたはずだ。


「やる気がないわけじゃないのよ……」

「分かってるよ」

「色々やってみたけど、結果出てなくて。ちょっと悩んでた」


 くるくるとレモンティーのストローを回す七重。

 何とも言いづらい。

 偶然の要素で登録者を増やした直後の俺が、この状況でどんな言葉をかけられる?


佑人(ゆうと)に登録者数も抜かれちゃったしなぁ~」

「それは……その……」

「冗談よ。変な顔しないでってば」


 よほど挙動不審だったのか、笑われてしまった。


「悩んでるったって、そこまで気にしてないわよ。最近になって急に伸び悩んだわけじゃないんだから」


 七重はそう言って立派な胸を張る。

 無理して強がっているわけではなさそうだ。

 ……慰めようだなんて、おこがましかったな。

 こいつ、基本的には俺なんかよりよっぽど強い人間だし。

 Vtuber――長月夜長(ながつきよなが)としては、その持ち味を発揮できていないようだが、


「私にも考えはあるんだから。配信してない間、企画の準備もしてたし」

「企画って?」

「それは、今夜の配信を見てのお楽しみ」


 ほう。いち視聴者として期待させてもらおうか。

 それからしばらく、色々と話した。

 お互いの配信の改善点とか、面白かった配信のこととか、最近注目しているVtuberとか。


 新参者だが、俺もこの3週間でVtuberについてそこそこの知識は身につけた。

 夏休みの大学生ほど時間を自由に使える立場なんてそうそうない。

 RL勢の配信だけで、日に何時間かは視聴していた。


「Vtuberの話題、無限にあるな……」


 とはいえ、そろそろ帰るか。

 そんなタイミングで、七重が言った。


「ここのチーズケーキ、ホントに美味しいのよね」


 デジャヴを感じた。


「さっきも聞いたぞ」

「ん。だから、食べてみない?」

「いいのか?」

「うん」

 

 断るのも(かえ)ってアレだし、素直にいただこうか。

 俺は卓上の食器入れからフォークを――取ろうとして、七重の手によって制止された。

 七重は自分のフォークでケーキのラスト一片を刺し、俺に向かって突き出す。


「あーん」

「マジで!?」


 えっ? いいの?

 俺、特殊な料金とか払わないよ?

 呆然とフォークを見つめていると、小声で催促される。


「バズったご褒美。早く」

「……おう」


 ちらっと左右を確認。誰も見てないな。

 俺はテーブルに手をつき、身を乗り出してケーキを口にした。

 そして、ゆっくりと味わう。


「美味しい?」

「世界一美味い」


 店には悪いけど、これって7割ぐらいはシチュエーションのお陰だよな。

 俺の感想に満足したのか、七重も得意げだった。

 適当な思いつきだったけども、出かける提案をしてよかった。

 またバズったら何かしてもらえるだろうか。


___



 帰宅して居間でスマホをいじっていると、沙都(さと)に絡まれた。


「楽しかった?」


 俺、七重と出かけるなんて言わなかったんだけどな。

 地味に怖い。

 玄関先で待ち合わせていたのを見られただけだよね? そうだよね?

 

「もっとゆっくりしてきてもよかったのに」

「いいんだよ。色々やることもあるしな」

「珍しいこと言うねぇ」


 確かに。

 今までの夏休みは、だらだらアニメを見てゲームをして、それで終わる期間だった。

 それも楽しいが、今年の夏はVtuber活動がある。

 配信の内容を考えるのも楽しいし、登録者が増えると嬉しい。

 今となっては、七重にちょっと感謝すらしていた。


 その後、昼食を済ませて自室に戻った俺は、早速パソコンに向かった。

 すぐに手をつけたい作業があった。

 自分の配信の切り抜き動画作成だ。

 

 リスナーが面白がってくれたシーンを切り抜いて、字幕を付けるだけ。

 これならゼロから動画を作るほどの労力はかからない。

 完成したらtuitterにアップしよう。


「こうして見返すと、初回はやっぱ緊張してるな……」


 たった4回の配信の中でも変わっていってるんだな。

 そりゃ、活動1周年を迎えたVtuber達も自ら『初期と全然声が違う』とかネタにするわけだ。


 と言うか、1周年って凄いよな。

 1周年を迎えるためには、1年間活動を続けなければいけないわけで。

 ほとんどのVtuberには、Vtuberとしてではないリアルの生活があるはずだ。

 受験する学年になったり、会社の仕事が忙しくなったり、活動休止に至る理由なんていくらでも思いつく。

 単にモチベーションがなくなるケースだって多いだろう。

 ――ん?


「俺は……いつまでやるんだ?」


 元はと言えば、夜長の人気をアップさせるために始めたことだ。

 しかも、暫定(ざんてい)的とはいえ9月末までという期限付き。

 それが過ぎたらいつやめたって構わないはず。

 

 でも――Vtuber、普通に楽しいんだよな。

 見るのもやるのも面白い。

 大学2年生だし時間はある。

 むしろ、これから60歳過ぎぐらいまでの間で、今より自由な期間なんてきっと来ない。

 だったらやる気が持続する限りは続けてみるか。


「にしても、俺の声にも磨きがかかってきたな」


 編集中の初回の動画の声も悪くない。

 初々しくてかわいげがある。

 だが、今も俺の声の方が確実にかわいい……!

 自分でも何を言ってるのかと思うが、客観的事実だ。

 配信外でゲームするときも、なるべくまひるの声で実況してるからな。

 ボイチェンの各種パラメータも少しずつ0に近づけられている。

 つまり、より自然な女声が出るようになってきたということだ。

 そのうちボイチェンなしでもやれるかもしれない。

 

 結局、動画編集が完了するころにはカーテンが西日で赤く染まっていた。

 切り抜きポイントを選ぶのにも時間がかかるんだな。

 完成した動画は4つ。

 今までの4回の配信の中からそれぞれ1つずつ見どころをピックアップし、2分にまとめた。

 あとは夜のいい時間――21時頃にアップするだけ。

 

 そういえば、今夜は夜長の配信がある。

 tuitterをチェックすると『真夏の特別企画 8/24 21時半から』という宣伝が目に入った。


「『長月家の誇る超美麗3DCG技術の粋を見せます』ねぇ」


 あいつ、3DCGは一朝一夕(いっちょういっせき)で身につくものではないと言っていたような。

 言葉通りに受け取らない方がいいのかもしれない。 

 俺の絵のように、敢えて下手な3DCG作成を配信するとか?

 それならば、夜長の清楚キャラとのギャップがいいネタになるかもしれない。

 とりあえず告知ツイートをRTしておいた。

___

 8月24日 18時20分

 ◆多々良まひるの部屋◆

 YowTubeチャンネル登録者数:451人

 tuitterフォロワー数:810人

もし面白いと感じていただけましたら、最新話下部の評価・作品ブックマーク・感想などよろしくお願いします。


活動報告もこまめにしていくつもりです。

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