013 祝勝会
初配信翌日の夜。
もはや見慣れた七重の部屋。
ちゃぶ台の上には、さきいか・ポップコーン・ビーフジャーキー。
THE・大学生の宅飲みといったラインナップだ。
「それでは、多々良まひるの初配信成功を祝して――乾杯!」
「……乾杯」
「ノリが悪いわね」
カツン、と缶チューハイをぶつけ合った。
桃サワーを一口飲む。
俺にはまだビールの旨さが分からない。
こういうジュースの延長みたいな甘いやつの方が好きだ。
「いや、真面目な反省会ってノリかと……」
「ずっとガチでいたらもたないわよ。それに、祝勝会でもあるわけだし」
「祝勝会?」
何に勝ったって言うんだ。
「初配信であれだけ見てもらえたら『勝ち』でしょ」
「そうか? だいたい50人だったけど」
「あんたねぇ……」
七重は信じられないといった顔をしていた。
え? 俺、なんか変なこと言った?
「今どき、初めてで50人来るなんて普通じゃないのよ」
「普通だったら何人ぐらいなんだよ」
「私の初配信は、視聴者4人」
シン――と空気が静まり返った。
4人。
それが普通というなら悲惨ではないのだろうが、なまじ50人集めたあとに教えられるとなんともリアクションしづらい。
「あっ、違うの違うの! 別に拗ねてるとかじゃなくて、それぐらい凄いって言いたいだけ!」
「いや悪かった。充分に恵まれてるってことだよな」
「佑人が上手くいけば、ゆくゆくは私にも還元されるわけだしね」
そう言って、ちびちびとりんごチューハイを飲む七重。
こいつも酒に強くはないようだ。
「やってみてどうだった?」
「どうって……楽しかったよ。リスナーには超助けられたな」
「そうそう。コメントがあると話しやすいわよね」
「あと、発信する側になってあらためて思った。やっぱり俺は配信メインでいく」
動画の『作品』としての佇まいも好きだし、編集作業などを考えると頭が下がる。
俺も時間を見つけて挑戦してみたい。
だが、配信というスタイルには圧倒的な利点がある。
「『リアルタイムでコミュニケーションが取れる』ってのは強いよな」
「分かってるじゃない」
七重。
キメ顔をするときは、ジャーキーを口から離した方がいいんじゃないか?
「Vtuberには『リアクションがとれる二次元キャラクター』って要素もあるわけだ」
漫画、アニメ、ゲーム。
それらの中のキャラクターは、視聴者に返事ができない。
正確には不可能ではないが、アドリブで状況に応じた返答をするのは無理だ。
コミュニケーションの双方向性がVtuberの大きな強み――少なくとも俺はそう分析した。
実際、tuitterでVtuberにリプライして返事が返ってきたときは嬉しかった。
そりゃ配信にコメントしに行っちゃうよ。
「ま、昔から活躍してる大御所はむしろ動画メインだったりするけどね」
「そうなのか?」
「その辺りにも流れがあって――」
そこからの七重の話をざっくりとまとめると、こんな感じ。
2017年末までに、現在のようなVtuber界の形がだいたいできたらしい。
それまでには長い黎明期があったそうな。
その頃は動画メインの企業勢が多かったらしい。
2018年頭から、個人勢も一気に増えた。
同年2月にRLが活動開始。
当時、2Dモデル・配信メイン・多人数のグループというスタイルは企業勢として珍しかった。
そしてRLが急速に人気グループになったことが、業界に大きな影響を与えた。
個人・企業問わず2Dモデル・配信メインのVtuberがもの凄い勢いで増えたのだ。
また、Vtuberグループをプロデュースする企業も一気に増えた。
もちろん、動画メインの人気Vtuberも数多く存在することを忘れてはいけない。
「――ってところかしら。分かった?」
「……おう」
俺の初配信の反省会のはずが、なんか大学の講義みたいになっていた。
途中から正座しちゃったよ。
七重の認識が一から十まで正しいかは分からないが、ためになった。
「私も早く始めてたら、もうちょっと人気あったのかなぁ」
そんなことを言う七重の手から、ジャイアントコーンが落ちた。
1缶も飲みきっていないのに、だいぶ酔っているように見える。
コーンはちゃぶ台の下、俺の方に転がってきた。
「おいおい、落とすなよ……っ!」
俺は、コーンを拾おうとちゃぶ台の下を覗き込んで硬直した。
脚。
短パンからすらりと伸びた裸足の脚が、眼前に。
そりゃそうだ、ちゃぶ台の対面には七重がいるんだから。
「見つかんない?」
「え? あったあった!」
慌ててコーンをつまみ上げ、七重に見せる。
危ない危ない。
脚をガン見してたと誤解されるところだった。
別に、適度に引き締まった美脚なんか全然見てねぇし?
何の話ですか? 証拠あるか?
「あーんっ」
「うぉっ!?」
身を乗り出してきた七重が、俺の手から直接コーンを食べた。
指先にちょっと舌が当たった気がする。
は!? 何してんの!?
そんなんされたらドキドキするじゃん……。
「へへ……おいし」
あっ。
こいつマジで酔ってるわ。
顔が赤いし、へらへらと笑っている。
そういえば、界隈の解説中もたまにろれつが回っていなかった。
「なぁに? 私の顔そんな見ちゃって。惚れてんの?」
「うわ、めんどくせぇ……」
「なんか言った!?」
四足歩行でちゃぶ台を回り込んできた七重が、俺の右腕にまとわりついてくる。
「いいよねぇ~。初配信で50人も集めちゃってさぁ~」
絡み酒。
というか、やっぱり拗ねてるのな。
でも気持ちは分かる。
俺だって数ヶ月やりこんだゲームで初心者に負けたら悔しい。
「お前が宣伝してくれたからだよ」
「ホントにぃ?」
「そうだよ。ってかお前に強制されなかったら、俺Vtuber始めてないんだぞ? お前の手柄じゃん」
「えぇ~、そうかなぁ?」
そうなんだって。
だからちょっとだけ、体を離してくれないか。
何がとは言わないけど、右の上腕二頭筋に当たってんだよ!
2つ!大きくてて柔らけぇやつがよぉ!
俺は缶をちゃぶ台に置いてそっと七重の肩を押すが、むしろ腕にしがみつく強さが増した気がする。
「でも調子乗ったらダメなんだからね。登録者が……73人? サッと100倍は増やしてもらわないといけないんだから」
「どうすればいいんだよ」
「まず、もっとサービスしないとさぁ」
サービスとな。
「シンプルに『大好き』とか、とにかくもっと視聴者の求める台詞が欲しかったわね」
「はい」
「まだ照れてるよね。『男だけど女の子の声が出せますよ~』ってだけじゃなくて、徹底的になりきるときも必要っていうか」
「はい」
色々気になって内容がなかなか頭に入ってこないが、意見はありがたい。
「配信の最初と最後の挨拶も考えないとね」
「すぐには浮かばないな……お前のは?」
「『長月夜長です。今宵も共に語らいましょう』と『それではまた、次の夜に』ね」
ちゃんとあるんだな。
なんかちょっと恥ずかしいけど、次の配信までに考えたい。
その配信内容も考えないとな――っと。
「そうだ。1つ、提案があるんだった」
「なによ」
「俺達、もうコラボ配信しちゃわないか?」
「えっ?」
俯いてふらついていた七重が、ぱっと顔を上げた。
目をぱちくりさせている。
「俺がチャンネル登録者10000人になってからコラボ配信して、お前を伸ばすって話だったろ」
「……うん」
「けど、コラボ配信って今のうちからやって損はないじゃん。tuitterでももう絡んでるんだし」
返事が無かった。
七重は俺から体を離し、口の中でもごもごと『でも』とか『だって』とか繰り返すばかり。
「コラボ配信って、単に人気をシェアするってものじゃないだろ。化学反応っていうか、コラボすることによって配信自体も面白くなるわけで」
そんなこと、俺が言わなくたって分かっているはずだ。
なのに、なんで七重から言い出さなかったんだ?
「なんか企画立ててみてさ、たとえば来週にでもすぐに」
「やだ」
やだ。
七重は俺の目を見て、はっきりとそう言い切った。
酔って据わった目をいるが、その口調ははっきりしたものだった。
「……嫌なのか?」
「嫌じゃない」
「どっちなんだよ」
まともな思考ができないぐらいに酔っ払ってしまっているのだろうか。
だとしたら、今日はそろそろお開きにして、この件は次の会議に持ち越した方がいいか?
「今はやだ」
「いつならいいんだ?」
「もうちょっとだけ、自分で頑張るもん」
語尾がかわいい!じゃなくて。
そういうことか。
こいつだって、自分なりに夜長として3ヶ月やってきたのだ。
自力でやれるだけやりたいと思うのは当然だった。
効率だけを考えれば無意味なこだわりかもしれないが、そこは尊重したい。
でも、今まで上手くいかなかったからこそ俺を頼ってきたわけだしな……。
「すまん。俺、無神経だったわ」
「ううん、私こそごめん。やだな……やっぱり拗ねてるよね」
「気にすんな。じゃあこうしようぜ。9月末になるか、それまでに俺が10000人行ったらコラボ配信だ」
「……うん」
とりあえず言質は取った。
気持ちは汲んでやりたいが、いつまでも引き伸ばされたら本末転倒だし。
現実的に考えて、俺の登録者10000人は夢のまた夢。
ならば俺達のコラボは9月末になるのが自然だ。
――だが、俺にそのつもりはない。
9月末までに10000人を達成する。
それは既に『俺の』目標になっているから。
「佑人ってさ、優しいよねぇ」
七重がもたれかかってくる。
今度は俺の胸に顔を押し付けるような形だ。
Tシャツ越しの吐息が熱い。
「ほんと……優しい……」
「おいおいおいおい」
流石にこれはちょっとまずいんじゃないか。
俺は七重の体を押しのけようとして、やめた。
肩が震えている。
数日前のように、今回も嘘泣き――じゃあないよな。
「……っ……ひっぐ……」
どう声をかけていいものか分からない。
なので、無言ですぐそこにある頭を撫でてみた。
これ、大丈夫か?
なんとなくやってしまったが、前に見たネット記事で『彼氏でもないくせに頭を撫でてくる勘違いオタクは最悪』って見たぞ。
しかし即ゲームオーバーの選択肢ではなかったらしく、七重は大人しくなすがままでいた。
なんか、酒のものとは違ういい匂いがする。
シャンプーか。
「…………」
ほんの数分ゆっくり頭を撫で続けているうちに、静かな寝息が聞こえてきた。
酔って絡んで泣いて寝る。
客観的に見るとだいぶやばいフルコンボだ。
こいつ、大学の飲み会で醜態を晒したりしていないだろうか。
「まぁ、吐いてないだけマシか」
涙と涎でやばいことになっているTシャツは見ないようにして、すっかり寝入った七重をお姫様抱っこする。
うおぉ……軽くはない……!
いや、平均よりは軽いんだろうと思うが、俺が非力だからきつい。
歯を食いしばってなんとかベッドまで運んだ。
確か、こういうときは吐瀉物で窒息することがないように横向きに寝かせるんだよな。
ちゃんと枕に頭を乗せてやって、腹にタオルケットをかけてやって、一丁上がり。
俺も自分の部屋に帰って寝よう。
「命拾いしたな……俺が獣だったら3回は乳を揉んでいたぞ」
だいぶ振り回された感があったので、捨て台詞を残してやった。
――にしても、こいつと酒を飲むなんて初めてだったな。
疎遠になってたし、こんなイベントが起きるとは想像もしなかった。
面木家のベランダに出ると、俺は七重の寝顔を眺めながら窓を閉めた。
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8月17日 23時20分
◆多々良まひるの部屋◆
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