非日常の始まり
夢を見ていた。夢の中で俺は戦いに明け暮れ、血に塗れてそれでも戦い続けた。
何故、俺は戦うのか?それは分からない。しかし、それでも俺は戦い続ける。
日常に帰る事を望みながら、それでも戦う事を止められない。傍には共に戦う少女の姿。きっと、僕はこの少女を守りたいのだろう。だから、戦いから逃げる事だけは出来ない。
・・・なら、少女と共に逃げれば良いのではないか?しかし、少女は頑なに戦う事を止めない。恐らくは何か理由があるのだろう。少女の瞳は暗い感情が燃えていた。
俺は、一体何故戦うのか?何故、戦い続けるのか?分からない。しかし、きっと・・・
俺は、きっと・・・この少女の事を———
・・・・・・・・・
「おい、宙‼起きろ!!!」
「・・・・・・んあ?」
目を覚ました。其処は俺の通う学校の3年c組の教室だった。どうやら、授業の間に寝たらしい。
周囲を見ると、くすくす笑うクラスメイトの皆と青筋を浮かべて怒りを堪える教師が居た。ふむ、どうやら俺はまたやらかしたらしい。授業の最中にうたた寝するとは。思わず、苦笑を浮かべた。
青筋を浮かべた教師が、静かな口調で俺に言った。
「遠藤、覚悟は出来ているか・・・?」
教師の押し殺した怒りの声。俺は黙って肩を竦める。直後、教師の怒声が周辺の教室一帯に響いた。
・・・やれやれ、元気の良い事だ。そんなに大声を出して、疲れんのかね?ああ、面倒だ。
俺はこっそりと溜息を吐く。傍で友人が苦笑を浮かべるのが、視界の端で見えた。まあ良い、この後俺は教師に授業時間たっぷり使って怒られた。本当、疲れないのかね?この教師は。
・・・授業が終わり、昼休みの時刻。俺は屋上で友人の獅子王京と昼食を食べていた。
友人はコンビニ弁当、俺は購買で買ったカツサンドと牛乳だ。
「で、またお前は同じ夢を見ていたのか?あの、非日常の夢という奴を?」
「・・・ん、まあな。最近は毎日・・・毎回同じ夢を見ているよ」
「・・・・・・ふーん、そうかよ」
京は気のない返事を返しながら、それでも心底楽しげに笑う。つまり、こいつはそういう奴だ。面白ければそれで良いのである。面白ければ、それが最優先事項だ。
・・・見た目は不敵な笑みが似合う、イケメンなんだがね。中身はかなりの快楽主義者だ。
しかも、厄介な事にこの男は、総合格闘技で全国大会無敗の王者だ。こいつに口答え出来る奴は俺以外に一人も居なかった。ちなみに、俺は平凡な高校生だ。喧嘩ではこいつに勝てない。
俺がこいつに口答え出来るのは、単に友人だからだ。何だかんだで、こいつは友人の意見は聞く。
閑話休題———
けど、と俺は溜息混じりに言った。
「まあ、要は夢の中の話だしな・・・・・・。気にする事もないよ」
「・・・・・・そうか」
そんな俺の言葉に、京は苦笑した。まあ、たかが夢の中の話だからなあ。気にするだけ無駄だろう?
そう言って、俺はカツサンドを食べる。うん、美味いな。
———俺はこの時、この日常が何時までも続く物だと信じていた。これからもこの日常が続くと、心の中で信じて疑わなかった。
・・・・・・・・・
授業が全て終わり、放課後の時間になった。夕暮れの学校、俺はそろそろ帰ろうと、鞄にノートや教科書を仕舞い込む。何時も通りの、何気ない一日。
きっと、これからもこんな平凡な日常が続くんだと、そう思った。そう信じていた。
「・・・・・・・・・・・・」
俺は、ふと考える。退屈だと・・・。
平凡で退屈な日常。穏やかに流れるだけの日々。俺は、ふとそんな日常に疑問を感じた。
俺は、此処で何をしている?此処は、本当に俺の居場所か?俺は、一体誰だ?
この日常は退屈だ。この世界は、平凡だ。此処は、穏やかに過ぎ去るだけだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・いや、俺は一体何を?
馬鹿馬鹿しい。俺は一体、何を考えているんだ?俺は一体、日常に何を求めているんだ?馬鹿か?
退屈で良いじゃないか。平凡で良いじゃないか。穏やかで良いじゃないか。その何が悪い?
俺は只、この平凡な日常を甘受していれば良いじゃないか。穏やかで結構じゃないか。
そう、俺は俺に言い聞かせた。
「・・・・・・何か、起きないかね?」
ふと、零れ出た言葉。只、それだけの言葉。その直後。大きな轟音と共に、校舎が揺れた。
———っ。爆発!!!
思わず、俺は振り返り校庭を窓から眺める。其処には・・・
「っ、な!!?」
其処には、非日常が広がっていた・・・。
少女と黒い男が戦っている。少女は日本刀を所持しており、黒い男は炎を身に纏っている。
何だ、これは?俺は思わず絶句した。もう、訳が分からない。一体何だ、これは?何なんだ?
此処は、本当に俺の知っている世界か?訳が分からない。
訳が分からないと言えば、この騒ぎに対して一向に学校の教師達も警察も来る気配が無い事だ。
何だ、これは?あまりに異常だ。あまりに非日常だ。此処は、現実から乖離している。
瞬間、少女と俺の目が合った。少女の瞳が、驚きに揺れる。俺は、その少女を見た覚えがあった。
そう、その少女は夢で———
直後、紅蓮の炎が俺の視界を染め上げる。衝撃と共に、俺は吹き飛ばされた。
「がっ、ぐああ!!!」
吹っ飛ばされ、俺は壁に腰を強打した。意識が一瞬、白く染まる。直後、一瞬遅れで激痛が奔る。
・・・・・・炎上する校舎。俺は、吹っ飛ばされて壁にもたれ掛かる。目の前に、黒い男が立った。
どうやら、黒い男はその身軽さで校庭から教室に跳び上がったらしい。ありえない跳躍力だ。
嘘だろう?此処は、校舎の三階だぞ?校庭から跳んだとでも言うのか?俺は、指一本動かせない身体で黒い男を見上げた。黒い男は、俺を見て嗤っていた。
「・・・まさか、目撃者が居たとはな。残念ながら、目撃者は消さねばなるまい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
黒い男はそう言い、俺に掌を向けた。男の掌に、紅蓮の炎が収束し渦を巻く。
何も言えない。俺は只、男を見上げるだけだ。
俺は、此処で死ぬのか?こんな場所で、こんな男に殺されるのか?そう直感した、その直後。
「異能者あああああああああっ!!!!!!!!!」
響く絶叫。煌めく剣閃。
俺と黒い男の間に少女が割り込み、男に斬り掛かった。俺を庇うように、少女が立つ。
黒髪のロングストレート、深い黒の瞳に透けるような白い肌の少女。その手に、一振りの日本刀。
端的に言って、美しかった。思わず、一瞬見とれてしまうほどに。しかし・・・。
俺は、この少女を知っていた。目の前のこの少女が、毎回俺の夢に登場した少女だ。何故、夢の中の少女が此処に居るんだ?少女を見上げる。その少女は、瞳に深い憎悪を宿して男を睨んでいた。
黒い男は、暗い憎悪を向けられ嗤った。
「はっ‼異能も持たない只のガキが、よくも其処まで己を高めた物だ!!!」
「うるさいっ!!!お前らが、異能者が居るからっ!!!」
少女の絶叫は、血を吐くようだった。血を吐くような、深い憎しみが籠った絶叫だ。
少女は黒い男に容赦なく斬り掛かる。しかし、男はそれを手の甲で軽く逸らして避ける。逆に男は少女に炎を叩き付ける。少女は、俺を抱きかかえて炎を避ける。
校舎の壁を、炎が舐め回し融解させた。どうやら、かなりの高温らしい。
俺は、思わず少女に問いを投げ掛けた。
「君は・・・一体・・・・・・?」
「今は黙ってて、すぐにこいつを片付けるから。大丈夫だよ・・・」
俺の質問に、少女は視線を男から逸らさずに返した。俺を壁に寄り掛からせ、少女は男に向き合う。
少女の瞳は、変わらず憎悪を宿している。深く、暗い憎悪の闇。
黒い男は、相変わらず嗤っている。その笑みは、少女に対する嘲笑か侮蔑か。やがて、少女は男に向かい一瞬で距離を詰めた。神速の踏み込みで斬り掛かるも、それを男は嗤いながら避ける。
避けて、男は炎を少女に向けて放出する。それを、少女は半身になって避ける。
斬る、避ける。避ける、燃やす。斬る、燃やす。燃やす、斬る。その繰り返しだ。超速の応酬。
・・・しかし、少女は俺を庇いながらの戦闘だ。自然とその動きに隙が出来る。そして、黒い男はそれを見逃す筈が無い。案の定、その隙を突かれた。炎が、少女に迫る。
「あっ⁉」
無理に炎を避けた結果、少女は足を躓かせた。男が嗤う。瞬間、再び少女に炎が襲い掛かった。
俺の中で、俺の奥で、何かの扉が開いた気がした。
「っ!!!」
少女の前に一気に身体を割り込ませる。当然、俺の目前に炎が迫る。少女の驚いた声・・・。
そして、俺はその炎に掌を向け———直後、俺の瞳が熱く発熱したように感じた。
・・・・・・一瞬の静寂が、広がる。
「ば、馬鹿な・・・」
黒い男が、愕然とした声を上げる。しかし、俺はそれに構う事はしない。
俺の瞳が、脳が発熱したように熱い———
「さあ、蹂躙劇の始まりだ・・・」
気分が昂揚する。気が昂る。口元が愉悦に歪むのを抑えられない。
今、俺が何をしたのか?簡単だ、奴の炎を俺の炎で相殺した。綺麗さっぱりとな。
「馬鹿な、俺の炎を相殺しただと?それも、俺と同じ炎で?お前も、異能者だったのかっ!!!」
「くははっ、今の俺はとても気分が良い!!!故にお前には苦しまずに死を与えてやろう!!!」
気分が昂揚し、口調が変わる。しかし、まあ気にしない。俺は今、機嫌が良いのだ。
言って、俺は紅蓮の炎を黒い男に叩き付けた。それを、男は自身の炎で相殺しようとする。
しかし、無駄だ。俺の炎は奴の炎を上回っている。故に、拮抗する事なく俺の炎が勝った。黒い男を俺の炎が呑み込み、包み込む。
「がっ、ぐあああああああああああああああ!!!!!!!!!」
やがて、炎が消えると全身黒く焼け焦げた男が倒れていた。俺の勝ちだ。
男は俺に掌を向けるが、上手く力が入らずぱたりと力なく倒れる。男は焼け焦げた顔で苦笑した。
どうやら、男は状況を受け入れたらしい。
「ふはっ、まさか・・・覚醒したての異能者に敗れるとはな・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
俺は答えない。もう、既に瞳と脳の熱は治まっている。気分も、徐々に治まってきている。
「俺の名は、上下アスラ。覚えておけ」
そう言って、黒い男は・・・上下アスラは嗤って事切れた。
主人公、覚醒してハイテンション。




