人と娘
自分はこうでないといけない、という幾何模様の外骨格に身を包む。
精緻でテカテカに光る穀のフォルムこそが唯一の自分自身。
どろどろに溶けた内向きな魂の
冷たい悲痛は、自分を覆う外殻に反響し、
時は流れず、劣化もしない。
そして、その無形の怨念の、融通無碍には気づかない。
8ヶ月になる娘は、まだ歩くこともできないが
父譲りの団子鼻を布団に押し付け、
お尻を天に突き上げ、ひざを伸ばしたまま、つま先でけりつけて
身体全体を前に押しやる。
尺取虫より不器用に、右に左に身体を倒しながら。
辿り着いたべッドの隅、
そのたかだか50cmほどの段差が、娘には世界の果てとなる。
断崖に立つライオンのように、両手を付いて胸を反らす娘の瞳には、
帽子を掛けるフック、ハート型の照明、ドアの木目、それら透明な日常のすべてが不可思議な存在として映っている。
自縄自縛のハッシュタグ、
お遊戯会のキャラクター、
極太のマジックペンで引かれた国境、
言葉は可視化され、
言霊は、学級会で糾弾された。
自分は自分でしかない。
指紋、声紋、網膜、静脈、つむじ、腸絨毛まで、魚拓を採られ、
自我が墨汁に溺れる。
金型の中で、バリを出さないよう、手足を縮める。
ベッドの縁をトントンと叩く。
鈴のついたおもちゃをチリチリ振ったあと、
当たり前に、頬張る。
父の眼鏡を奪い、指紋とヨダレまみれにする。
フンフンと鼻を鳴らし、拳を握ったまま、手足をピンと伸ばして、不満を表明する。
夜泣きする。
いつの間にか、靴下が脱げる。
母のおっぱいや顔を引っ掻きつねる。
つかまり立ちしようとしてバランスを崩し、壁に頭をぶつける。
泣く。
離乳食になってから、うんちが臭い。
仕事から帰ってきた父に気づく。
笑う。
笑う。
自分を演じる。
演じる?
誰が?
能面でもひょっとこでもいい。
殻の硬さは処世術ではなかったか。
安寧の鎧ではなかったのか。
社会は、他人は、本当に自分ではなく、敵なのか?
娘が小さな手を伸ばしてきた。
その手を優しく握った。