99 おわりとはじまり
大山脈でのフェニックス事件から4日後のこと。
『風車の国』近くの小川で俺とブランカ、そしてーー
「おっしゃー! 魚ゲットだー」
植物の妖精ドリアは魚釣りに興じていた。
成績はドリアの圧勝だ。俺とブランカは木の枝と自分たちの体毛で釣竿を作っているのだが、
「うー。そんな大網で一網打尽されたら勝てるわけないじゃん!」
ドリアは植物で編んだ大網を使い50匹近い魚を捕まえていたのだ。
「ナイト! あたいの勝ちだよね?」
「うー。あんなのズルい。やり直しよね?」
1匹も捕まえられていないブランカが不満げに俺を睨んでくる。
その顔が可愛いのでちょっと意地悪してやろうかと思ったが、
「へぇ、魚釣りか。俺も久しぶりにやろうかな?」
突然俺とブランカたちの間に現れた青年ーーロードによって邪魔された。
振り返ってみると河原にはロードの他に4人の男女が集まっていた。
金髪女のララ。
魔女のマリン。
聖女のヴィオ。
そして、全身を包帯で覆われた弓使いのアズだ。
リーダーのロードを含め、『七色の風』のうち5人が姿を見せる。
ロード以外の4人は俺たちの方を見て、
「「「……………………」」」
なんとも形容しがたい渋い顔をしている。
「あぁ、他のみんなは君らにどう接していいのか分からないんだよ。ブランカちゃんの捕獲には失敗したし、大怪我でボロボロだったのを君らに救われたし、リーダーの俺はボコボコにされたからね。悔しいし、恥ずかしいし、感謝してるしであんな感じになっているんだ。察してやってくれ」
そんな説明をしながら当たり前のようにロードは魚釣りに加わってきた。
俺から釣り竿をやんわり奪い取り、餌を放る。
「ついでに言うと、この4日間で君らに支払った代償を考えてさらに複雑な気持ちになっているんだろうね」
ウインクをしながらロードが俺に話しかけた。
大山脈を下山し、『七色の風』のメンバーを運んだ俺たちはロードへと報酬を請求していた。
旅費や装備品を整えさせ、さらにはブランカを満足させるために高級牛肉を大量に奢らせもした。
特に弓使いアズの治療費はかなりの高額を請求してやったのだ。
その金額に『七色の風』の財布担当をしていた魔法使いが抗議したが、
「払ってやろうよ」
と呑気なリーダーに促され、渋々支払ったのだった。
それ以外にも色々と請求した結果、
「おかげさまで僕ら『七色の風』の貯蓄はほぼなくなったよ。東岸地方に戻れば各所にまだあるけど、帰るまでは、うーん、厳しい生活になるだろうなぁ」
あはは、とロードは笑っている。
「そいつは大変ですね。頑張ってください。『七色の風』ならすぐに稼げますよ」
「あはは、そうだね。手始めにそこらへんの山賊のアジトでも襲撃しておくよ」
ロードにとっては山賊は手軽な財布くらいの認識であるらしい。
「ナイトくんはどうだい? 狼人間の体には慣れたかな?」
そう問いかけられた俺は魔力を全身に込め移動した。
電光石火。
俺はロードの背後へと回り込み、魔法で生み出した剣を彼の首へと押し当てた。
「ご覧の通り問題なしっすね。強化魔法も使えるし、今まで考案するだけで実行できなかった魔法がたくさん使えます。今ならロードさんともいい勝負できそうですよ」
「そうかい。そりゃあ結構だ。次に会った時に勝負するかい?」
にんまりと楽しげにロードは笑って見せた。
『風車の国』にて宿泊している間、俺は狼人間となったこの体と魔力に慣れるため、数回ロードと模擬試合をしていたのだ。
結果は俺の全敗。
強化された肉体と魔力を持ってしても、俺はロードに全く敵わなかった。
どうやら、あの日俺が勝てたのはロードが疲弊していたのと、俺の魔力強化というイレギュラーな出来事がもたらしたマグレだったようだ。
「やめときます。次に会ったら俺たちを始末するつもりでしょ?」
「うーん、俺個人としては見逃してあげたいけどね。人以上の魔力と魔法技術をもった狼人間。討伐対象としては申し分ないからね。次に会ったら立場上、君を倒さないといけないかな」
「会わないことを祈りますよ。他の6人はともかく、ロードさんだけは敵にしたくない」
「まぁ、会うことはないと思うよ。ただ、もし俺と個人的に出会った時は仲良く魚釣りでもしてくれよ。俺としても稽古相手が欲しいからね」
ロードの差し出した手を俺は、少しの間だけ握った。
「馴れ合うつもりはないっすよ。ここを旅立ったらまた俺らは敵同士ですからね」
「そうだね。俺たちは南方へ行き、『竜のわだち』から東岸地方へ戻る。君が考案した結界を黒い森に伝えに行く。君らは南西の国へ向かうんだったね」
昨日、俺はロードへと1枚の紙を渡していてた。
そこに書かれているのは俺が考案した広範囲に及ぶ結界の維持と強化方法に関する術式だ。
黒い森から溢れる邪悪な魔力を逆に利用し、結界を維持する方法。
それを俺はロードへと教えたのだ。
現場を見ていないから確実に効果が出る保証はないが、多分大丈夫だろう。
ーーありがとう。これで50年は黒い森周辺が平和になるよ。
と受け取ったロードは喜んでいた。
「さて、俺たちはそろそろ出発するよ。ナイトくん、ブランカちゃん、それと妖精ちゃん。気をつけなよ。魔物だと知られれば、人間たちに襲われるからね」
「うー、あんたたち以外の人間なら敵じゃないわ」
「そうだぞー。あたいらは最強メンバーだからな」
ロードの言葉に2人の魔物がにんまりと笑ってみせた。
去ろうとするロードの背中へ俺は問いかける。
「ちょっと待ったロードさん。一番重要な報酬を受け取ってないですよ」
俺の言葉に振り返ったロードは、
「あぁ、そうだった。多分ベルデとホアンがそろそろ持ってくるよ……と言っていたら丁度来てくれたね」
ロードの指差す方には、大男ベルデと魔法使いホアンが馬車に乗ってやって来ていた。
魔法で作られたものではなく、本物の馬車だ。
「本当にあの馬車で良かったのかい? なんなら金箔で覆われた豪華な馬車だって買ってあげたよ?」
ロードの言葉に魔法使いのホアンがとんでもない、と言わんばかりに首を横に降っている。
「いや、あれで十分です。いろいろと調度品も買ってくれたんだし、さすがにそこまでせびりませんよ。というか、金箔のの馬車に乗った行商人なんて聞いたことない。そんな奴から商品を買いますか?」
「うーん、俺は面白がって買うかもしれないね」
「あぁ、ロードさんじゃなくて常識ある人の考えでお願いします」
「失礼だな」
苦笑いをしながら、ロードは仲間たちの方へ歩いて行った。
「じゃあお別れだ、ナイトくん。元気でな」
『七色の風』の姿が見えなくなり、俺たちは運ばれて来た馬車へと乗り込んだ。
荷台にはりんごや蜂蜜、パンに干し肉などなど食料が積載されている。
布団や生活用品も揃っていた。
荷台の隅には宝石と魔石の入った袋がどっさりと置かれている。
「十分だな。これだけあれば行商人としてスタートできそうだ」
「うー、干し肉がいっぱい! しかもふかふかの布団だぁ」
「この馬車でこれから旅するのかー。面白そうだなぁー」
魔法の馬を出現させ、俺は馬車と馬を繋いでやる。
いなないた馬は力強く歩き始め、馬車もガタガタと動き始めた。
「ブランカ。ドリア」
「うー、なーに?」
「どうしたのナイト?」
俺の呼びかけに2人が首を傾げてみせる。
「もう俺に『魔物図鑑』はない。2人はとっくに俺から解放されているんだ。俺についてくる義務も必要性もないぜ」
ーー宝具は人間にしか使えない。
狼人間になったことで俺の中から消えた宝具『魔物図鑑』。
収録されていた魔物たちがどうなってしまったかは分からない。
ただ、ロードによれば、
ーー多分捕まえた地点に移動しているんじゃないかな。そのまま野生に戻ると思うよ。俺の勘だけど。
だそうだ。あの人の勘なら信用できる気がする。
もう魔物たちは自由なのだ。
そして、俺にリーダー面する資格もない。
「うー、なにそれ。ナイトは私たちと一緒にいるのが嫌なの?」
ブランカの言葉に俺は言葉が詰まった。
「あたいらは好き勝手に生きてるんだ。あたいはナイトとわんわんに付いて行きたいから一緒にいるぞ」
「うー、私だってそうよ。牛肉も食べたいしね。それに、私は前より弱くなったんだからさーー」
ブランカは俺に擦り寄ると、耳元で囁いた。
「だからちゃんと守ってね、ご主人様」
耳元が熱くなる。
思わず背筋を伸ばし、俺は口を開いた。
「あぁ、当たり前だろ。けど、ブランカたちだって俺を助けてくれよな」
「うー、それこそ当たり前じゃん」
「にひひ、また色々面白いことしようよ」
馬車は進んで行く。
「そうだな」
俺は短くそう答えると、2人を抱きしめた。
わずか一月半。
俺が宝具『魔物図鑑』を使えていた期間だ。
一生という時間の中ではあまりにも短い時間。
だが、どうだろうか。
その短い時間で俺は大きく変化した。
貴重な時間だった。
この時間で得たものが俺をずっと支えてくれる。
直感だが、そんな気がした。
「これからもよろしくな」
「うー、よろしくね」
「にひひ、よろしくだぞ」
改めて挨拶を交わし、俺たちは笑いあった。
この先、行商人として成功するかは分からない。
狼人間の宿命として、俺は短命となるかもしれない。
場合によっては討伐隊に襲われ殺されるかもしれない。
でも、なんだかどれも面白そうに感じるのだ。
「よし、行こうぜ」
「うん」
「おー!」
俺たちは進んで行く。
どこまでも。
どこまでも。
きっとーー
楽しんで生きていけるはずだ。
本作はこれにて完結です。
今の自分にできる最大限の力で書き上げました。
最後までお読み頂きありがとうございます。




