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96 囚われた宝具使い

 ーーもっと魔力があれば。


 学生時代、俺は何度そう思ったことだろうか。


 背中に生えた紫炎の翼。

 その力で俺は今空を飛んでいる。


 頭上には燃え盛るフェニックスの体。

 そして、俺たちを囲むようにドラゴンたちが飛び交い攻撃を加えて来ている。


 俺の体が障壁魔法を展開させた。

 すでに俺の体はフェニックスに支配され、全く操作することができない。

 右手に持っているはずの『魔物図鑑』から膨大な魔力が俺の中へ流れてくる。

 その魔力を使い俺は何重にも障壁魔法を繰り出す。


 国ひとつを滅ぼすようなドラゴンの攻撃を俺の魔法は完璧に防いでみせた。

 他の魔法使いが使うよりもはるかに複雑な方法で作り出された障壁魔法は、俺が16歳の時に開発したオリジナル魔法だ。


 フェニックスの多すぎる魔力に俺の体は耐えられていない。だが死ぬことはできない。

 心臓が破裂するような激痛を何度も味わうことになり、いっそ殺して欲しかった。

 体が動かないぶん、俺は思考に没頭する。

 思い出すのは魔法学校での日々だ。






 孤児院で暮らしていた10歳の俺を拾ってくれたのは今は亡き前校長だった。

 違法孤児院での当時の生活は不衛生かつ、悲惨だった。

 食事は1日2回。

 わずかなパンと牛乳だけ。

 昼間は違法植物の栽培など、働かされていた。

 

 王宮の査察によって違法孤児院は閉鎖され、孤児たちは別の孤児院へ行くはずだった。

 だが、魔力を有していた俺は前校長によって全寮制の魔法学校へ入学するとともに、当面の生活を保障されることになる。

 初日に出された前校長お手製のシチューの味は今も覚えている。

 初めて『味』というものを体験した瞬間だったかもしれない。

 

 ーー君は魔法使いになれる。この学校で仲間を作って頑張るんだよ。

 

 前校長の言葉を胸に俺は努力をし続けた。

 文字を覚え、他の生徒が就寝している間も勉強を続けた。

 1年生の時には総合評価でトップの成績もとったのだ。


 だが、俺のピークはそこまでだった。

 第二次性徴と共に人の魔力は増加してくる。

 他の生徒が順調に魔力を増やしている時に、俺の魔力は全く変化がなかった。

 2年生から本格的に魔法の授業が始まったが、ファイヤーボールという基礎魔法すら俺は繰り出すことができない。

 その後の検査で俺の魔石が極めて貧弱であることが周囲に知られることになった。

 ちなみに言いふらしたのは当時学校の財務を担当していた現校長だ。


 ーー君の魔力は今が最大値で、今後増えることはない。


 そう告げられた瞬間、俺は自分の価値が死んでしまったと思った。

 魔法だけが唯一の強みになると思っていただけに、基礎魔法すら使えないという中途半端な魔力量だったという事実は簡単には受け入れられなかった。

 書物を読み漁り、先生に話を聴き続け、俺は魔力を増やす方法を試し続けた。

 結果は変化なし。

 絶望的だった。


 14歳の時に宝具を出現させ再び俺は注目されたが、当時は『魔物図鑑』の起動ができなかったため返って俺の評判は前以上に下がった。

 魔法も使えない宝具持ち。

 それが当時の俺が受けた評価だった。


 前校長が病死し、現校長の体制に変わってから周囲の声は露骨になった。


 ーー魔法使いとしては中途半端すぎる。

 ーーそんな非力な魔法じゃ誰も君を雇わないよ。

 ーーいい加減諦めろよお前。目障りだな。


 授業中に『さっさと退学しろ』と書かれたメモを投げ込まれたこともある。

 惨めで、悔しくて、当時は毎夜寝室で泣いていた。


 それが変わったのは当時俺と筆記試験で1位争いをしていたホルンとの出会いだった。

 名前こそ知っていたが、15歳まで俺たちは一度も会話をしたことがなかっのだ。

 

 ある日、消灯時間まで図書館にいた俺は、校庭で走り込みをしているホルンをみかけたのだ。


 ーーなんで走ってるんだ? 魔法使いが体を鍛える意味ないだろ。


 俺の問いかけに、


 ーー魔法騎士になりたいからさ。剣を握るには体を鍛えないとな。


 ホルンはそう答えた。恥ずかしながら俺はそこで初めて魔法騎士という存在を知ったのだ。


 魔法と剣術をもって敵を倒す魔法騎士。

 話を聞いてみると、ホルンも俺と同じく違法孤児院で働かされていたらしい。

 暗殺業をさせられていたそうだ。


 ーー女装して少女趣味の変態金持ちを殺したりしてたよ。人を殺すのは慣れてるからさ、魔法騎士なら俺の適正に合うと思うんだよね。


 物騒なことを言いながら笑うホルン。

 俺は素直に『お前やばいやつだな』と返事をし互いに笑ったのだ。


 ーー魔力が少なくとも使える魔法はあるんじゃない? ないなら作ればいいじゃん。


 ホルンの強みは単純なことだった。

 俺が真剣に悩みを打ち明けてもこんな感じで返答するのだ。

 随分と簡単に言ってくれるな、とも思ったが結局俺はそれを実行することにした。


 そしてひと月後。

 俺は当時まだ俺の味方をしてくれていた教諭に頼み込み、図書館の重要書庫の閲覧許可を得た。

 その書庫の中には上級魔法に関する書籍が豊富にあり、その中で俺は少ない魔力で発動できる魔法をいくつか見つけることができた。

 魔法の構造。魔力が流れる仕組み。

 それらの記述は極めて複雑で難解だったが、俺は寝る間を惜しんで読み漁り、研究を続けたのだ。


 そうした努力の結果。俺は上級魔法を応用し様々な魔法を編み出すまでになっていた。

 『光弾』と『封魔の鎖』はホルンとの模擬稽古の中で取得していた。


 ーー日常生活では役に立たないかもだけど、一瞬で戦況が動く戦いの場ならナイトの魔法も活躍するかもね。


 木刀で俺の腕をへし折りながらホルンがそう言った。

 当時俺とホルンは消灯ギリギリまで校庭で木刀を使った模擬稽古をしていたのだ。

 元々は俺が興味を持ち、指導をお願いした稽古だったのだが、思いの外これが俺の魔法訓練に合っていた。


 ホルンはいつでも俺を殺しにかかっていた。 

 毎晩腕を折られ、耳をえぐられた。


 ーーだって本気でやらないと訓練にならないでしょ?


 上級の回復魔法で俺の怪我を癒しながら、この悪友はあっけらかんとそんなことを言う。

 無茶苦茶な指導法だったが、俺の剣術は上達し、訓練中に使う中で『光弾』と『封魔の鎖』の練度はどんどん上がっていた。


 魔法障壁は特にホルンに褒められた。

 通常の魔法障壁に比べて10倍近く複雑な工程で練らなくてはいけないが、少ない魔力でも使えるし、強度も増しているのだ。


 もっとも俺の魔力では実際にところ1秒も耐えられないので、実戦に使えるレベルではなかった。

 ただこうしたオリジナル魔法も含めて、俺が扱える魔法の数はどんどん増えていく。

 

 ーー前校長先生よりも使える魔法が多いんじゃないか。


 17歳になる頃には教諭からそう言われるようになっていた。


 結局俺は最後まで魔力の少なさから卒業式に出してもらえない、という扱いを受けることになったのだが、あの魔法学校は確かに俺を高めてくれた場であり、大事な思い出の場だ。


 いつしか魔力が少ないことを必要以上に嘆くことはなくなった。

 特に『魔物図鑑』を起動させブランカたちを旅を続ける中で、俺は自分の力で危機を乗り越えるだけの力があることを実感し、自信を持った。

 

 腐らず頑張ってきて本当によかったと思ったし、逆に今では少ない魔力でも戦える自分が誇らしかった。


 だがーー


 


 

 ドラゴンたちの攻撃を俺の障壁が再び防ぐ。

 フェニックスの紫炎はドラゴンたちを絡めその身を焼き尽くそうとした。

 その攻撃を俺の補助魔法が数倍に強化させ、かつドラゴンたちの防御を落としていく。


 ドラゴンたちはどんどん劣勢となっている。

 その情勢を生み出したのは俺の編み出した魔法の数々だ。


 俺の体には膨大な魔力が溢れている。

 フェニックスから流れる魔力によって、俺の編み出した魔法たちはドラゴンを追い詰めるほどの力を発揮していた。


 ーー魔力が欲しいと願ってはいた。でも、こんな形で実現するなんて。


 自分の魔法がドラゴンを追い詰めるだけの性能を持っていたことを嬉しく思う面もあるが、やはり不快だった。

 

 ーー俺の魔法を、俺の努力を利用しやがって。


 フェニックスの思念が頭へ少しだけ流れ込んでくる。

 フェニックスはエネルギー源となる大山脈をドラゴンたちが支配することに恨みを抱いているようだった。

 

 ーー俺の魔法を駆使してドラゴンたちを大山脈から追い出すつもりだ。


 その後は他のマルフェザーたちを大山脈へ連れ、仲間を増やしドラゴンに変わって繁栄しようと企んでいるらしい。


 そのための道具として利用される。とんでもない話だ。


 だが、俺には何もできない。

 『魔物図鑑』によって俺とフェニックスは繋がっているのだ。

 他の魔物たちは俺のコントロール下だったが、膨大な魔力を有するフェニックスは『魔物図鑑』でも制御できる存在ではなかった。それどころか繋がりを逆に利用されている。

 俺の全てはフェニックスものだった。


 ーー俺はお前の道具になるために努力してきたんじゃないぞ、フェニックス。


 フェニックスがひと鳴きする。

 

 ーーブランカ。ドリア。他の魔物たちは無事か? さっきあいつらにも攻撃してしまった。フェニックスの能力で死んではいないだろうが、苦痛はあったはずだ。ちくしょう!


 さきほど俺の体を『七色の風』のロードが切り刻んだようだが、彼の攻撃も今の俺には意味がなかったらしい。

 死ぬことも抵抗することもできない。


 ーー誰か。助けてくれ!


 悔しすぎて頭がおかしくなりそうだった。

 絶望的な状況の中、俺は他人に頼ることしかできない。願うことしかできない。

 惨めだ。


 だが、そんな俺の眼下で何かが動いている。

 俺はその白い光に見覚えがった。

 

 出会ってから何度も窮地を救ってきたあの光。

 見間違えるはずがなかった。


 ブランカは俺のいる場所へと駆け寄ってきていた。


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