95 崩れるバランス
「ベルデの気配が弱くなった。ララも……厳しいか」
岩場の一角。
魔物使いの少年から離れ、岩陰に身を潜めるのは『七色の風』のリーダーであるロード。
そして、彼の横には狼少女と妖精が同じように身を潜めていた。
「ホアンたちも追い詰められている。アズは……かなりマズイな」
ぶつぶつと独り言を続けるロード。
その姿を見ながら狼少女は困惑していた。
ーーナイトが私たちを攻撃して来た。
それはつい1分ほど前のことだ。
光弾と『封魔の鎖』で周囲を攻撃していた魔物使いだったが、その攻撃は仲間であるはずの狼少女たちにも及んだのだ。
頭を抱え動けない妖精を狼少女は抱きかかえると、強化魔法を駆使して何とか攻撃を回避した。
だが、魔物使いは岩場を焼き尽くそうと紫炎の鞭を振るい始め、その攻撃が狼少女の足を捕らえたのだ。
鞭によって捕まった狼少女は空中へ飛ばされた。
そして、落下地点には強化されたかつての仲間たちが狼少女たちを食らおうと待ち構えていたのだ。
だが、狼少女が着地する前に、ロードによって魔物たちは殲滅された。
もちろんすぐに再生したのだが、
「こっちへ」
ロードに手を引かれ、狼少女たちは高速移動でその場を離れることができた。
そして現在ーー3人は魔物たちから身を隠している状況だった。
「うーん。どうしたものかなぁ」
ロードが呟く。その背中へ狼少女は、
「私たちを助けてどうするつもり?」
「ん? いや、フェニックスの力でドラゴン再生っていうナイトくんの提案が無理そうだろ? だから当初の予定通りに君を素体にドラゴンを再生させるからさ、ここで死なれるのは困るんだよ。だから助けた」
「……そう」
狼少女としては助けてもらったことに一言お礼を言おうと考えていたが、その考えを引っ込め改めて岩の陰からフェニックスと魔物使いの姿を観察した。
魔物使いの表情は苦しげだった。
魔法を連発し、今までに見せたことがない様々な攻撃手段を使い『七色の風』へと攻撃を仕掛けている。
いや、その攻撃はもはや無差別攻撃だ。
仲間である魔物たちに被弾しても気にも留めないといった感じで花火のように弾幕が張られている。
光弾で撃ち抜かれた魔物たちはすぐに再生するのだった。
「ドリア……大丈夫?」
狼少女は抱きかかえていた妖精の頭を撫でながら言葉をかけた。
妖精は震えていた。怖い夢をみた幼児そのものの姿だ。
涙を流し、耳を塞いでいる。
「ナイトくんの宝具に抵抗しているんだろうね。その妖精は人間並みの知性があるから、ワイバーンたちのように操られていないんだろう。ブランカちゃんはそれに加えて魔力で問題なく抵抗できているようだね」
ロードの推測に、
「うー。気安くちゃん付けしないで。それより、これからどうするつもりなの?」
ブランカは不快感を隠そうとせず問いかけた。
「殺せない相手となると正直お手上げだね。逃げるに限る。ただ、仲間たちを回収したいけどこの状況じゃあ厳しいな。最悪の場合、俺だけでも君を連れて下山する決断をしないといけない。……あまり気分はよくないね」
「ふん。あんたのお仲間たちは大ピンチね。リーダーらしく助けに行ったら?」
「勝算のない戦いはしないよ」
「冷たいリーダーさんね」
「あはは。よく言われるよ」
それに、とロードは続けた。
「そろそろ彼らも来る頃だ。巻き込まれちゃ敵わないからね」
「ん? どういうこと? 彼ら?」
狼少女の疑問は上空から聞こえて来た咆哮が答えてくれた。
大地を揺るがすような大咆哮。
その声の主は山の頂上からやってきた。
「ドラゴンたちがこの騒動を見逃すはずがないよ」
ロードの言うように山頂にかかる雲の中から黄金に輝くドラゴンが姿をみせた。
狼少女の顔が引きつる。
それは『凪の国』を消滅させたあのドラゴンだった。
空に現れた光の龍が口を開く。
その口元へ光球が集まり、極大の光線となって放たれた。
光線はフェニックスと魔物使いへ直撃し、彼らの体を吹き飛ばし消してしまった。
放たれた光線はそのまま山へとぶつかり、岩盤を貫通した。
山の一部に大穴をあけたドラゴンの攻撃。
その威力に狼少女が戦慄するが、隣に座るロードは、
「ドラゴンの攻撃でもダメか」
淡々とした声を発した。
ロードの言うように消し飛ばされたはずのフェニックスと魔物使いの体は先ほどいた地点から紫炎と共に蘇る。
ドラゴンがその後も光線を10発ほど打ち込むが結果は同じだった。
フェニックスたちの反撃が始まった。
紫炎を輝かせたフェニックスの体から炎の渦が放たれる。
炎に包まれるドラゴンの体が炎上する。
ただ、ドラゴンが身震いをするとその炎はかき消されてしまった。
ドラゴンもフェニックスも相手に対して有効打を打てない。
こう着状態が続くかと狼少女は思ったが、彼女の予想に反したことが起こった。
フェニックスの足元を飛ぶ魔物使い。
彼を中心に不思議な模様が空中へと描かれる。
それと共に、岩場全体へと魔力が漂い始めた。
魔物使いが腕をあげる。
それが合図だったようで、空中から真っ黒な鎖が出現するとあっという間にドラゴンの体を縛り上げたのだ。
苦悶の声と共にドラゴンが落下する。
大きな揺れに狼少女もロードもよろめいた。
地に伏したドラゴンへ再びフェニックスの炎が襲いかかる。
悲鳴をあげ、悶えてるドラゴン。
その姿は明らかに劣勢だ。
「ナイトくんの魔法技術をフェニックスが利用しているね」
ロードの言うように魔物使いが指を動かすと、今度は空中へ巨大な紫炎の剣が現れた。
剣は勢いよく落下し、ドラゴンの首へと突き刺さる。
傷口から光の粒子が溢れ、ドラゴンが苦悶の悲鳴をあげた。
本来互角なはずのドラゴンとフェニックス。
そのバランスが魔物使いによって崩れていた。
「ナイトくんの宝具を逆に利用し、フェニックスは彼を逆支配しているね。彼の魔法知識と技術をフェニックスは我が物としているようだ。奴からすればナイトくんは『人間の魔法』が使えるようになる道具みたいなもの。いわば、魔物が宝具をもっているような状態なのかも。アズの毒矢もナイトくんから得た知識と技術をもとに解毒したようだね」
ロードの推測に狼少女は、
「そんな……ナイト、すごく苦しそうだよ」
魔物使いの表情を見ながらそう言った。
「そりゃあそうだろうね。無理やり強力な魔力を注がれているんだ。魔石が耐えきれずに壊れても不思議じゃない。普通なら死ぬだろうけど、フェニックスが再生させる。多分彼は殺されては蘇生されを繰り返したまま、操られているんだろうね。地獄だな」
ロードはちらりとフェニックスを見上げた。
「うむ。フェニックスはかなりご満悦のようだね。どうしてかは知らないけど、ドラゴンとフェニックスは対立しているんだ。その相手を一方的に倒せるんだからそりゃあ、愉快でたまらないだろうね。おっと」
ロードはそのまま振り返ると、
「やれやれ。これはとんでもないことになってきたぞ」
ロードの声に釣られて狼少女も振り返る。
彼らの背後ーー大山脈の至る所からドラゴンたちが姿を見せ、こちらへ向かって飛んで来ているのだ。
炎龍。
水龍。
岩龍。
雷龍。
などなど。
10頭近いドラゴンが岩場へと集結している。
ドラゴンたちはフェニックスへとそれぞれ攻撃を仕掛けると共に、地に伏したドラゴンーー光龍へ力を注ぎ、その身を癒そうと試みていた。
岩場からは魔物たちの姿が消えていた。
ドラゴンたちと対するためには邪魔だったのだろう。
フェニックスの魔力を元に、魔物使いが強大な魔法を操り始める。
光の剣が天から降り、暗黒の鎖がドラゴンたちを捕らえる。
ドラゴンたちの攻撃は魔物使いが繰り出す障壁によって防がれ、フェニックスへ届かない。
一方のフェニックスの攻撃は魔物使いのサポートによって強化され、さらには追加効果まで付与されている。
空中で始まったフェニックスとドラゴンの対決。
数で勝るドラゴンたちだったが、どうみても苦戦しているのはドラゴンたちだった。
「嘘……ドラゴンたちが負けてる……」
最強を冠する種族ーードラゴン。
生き物の枠を超えている。
あるいは神と称されるような存在であるはずの彼らが負けている光景に、狼少女は圧倒されていた。
「これはすごい場面に出くわしちゃったなぁ」
隣から聞こえるのんびりとした声に狼少女が振り向く。
そこにはいつの間にか仲間たちを救助し、岩の陰へと運んだロードの姿があった。
「魔物を消してくれたおかげで救助できたよ。全員まだ息があるな。よかった、よかった」
運ばれて来た『七色の風』たち。
ヴィオとホアン、そしてマリンの魔法使いチームはほぼ無傷だった。
ただ、疲労は激しいらしく息を切らし、体を震わせていた。
天使の羽を持つララは片翼がえぐれ、ワイバーンの攻撃でひどい火傷を負っている。
ベルデは気絶をしていた。どうやら宝具が自動防御していたらしく、幸い彼は骨折以外の外傷はなかった。
重症なのは弓使いのアズだ。
光弾を撃ち込まれ、全身骨折。左目が潰され、脇腹と太ももも光弾に撃ち抜かれ出血している。
「ホアン、マリン、それにヴィオ。疲れているとは思うけど、アズを治療してくれ。止血はしたが、このままだと命が危ないね」
リーダーの言葉に3人は頷き、早速アズの治療を始めたのだった。
「さて、脱出したいけど下手に動くとフェニックスたちの巻き添えを食らうな。この岩影も安全じゃない」
ロードは考え込んでいた。
重傷者が3人。しかも戦闘を得意とする主力の3人だ。
ロード自身もそれなりに疲労はしている。
この状態で大山脈を下るのは危険だ。
道中には他のドラゴンもいるし、別の危険生物だっているのだ。
ーーそれに。
大地が再び揺れた。
紫炎と光の剣に貫かれた炎龍が地に堕ちたことによる揺れだった。
「このままだとフェニックスがドラゴンを倒してしまう。それは、大山脈どころかこの大陸のバランスが崩れるってことだ。さすがに放っておくわけにもいかない」
ロードが腕組みをしていると、再び大地が大きく揺れた。
黒い鎖に縛られ水龍が落下して来たのだ。
水に覆われたその体は紫炎によって燃え続けるという奇怪な状態になっていた。
上空には光の剣が縦横無尽に飛び交いドラゴンたちを攻撃している。
「ナイトくんをフェニックスの支配から開放するしかないな。彼の魔法を利用してフェニックスは有利を作っている。それが使えなくなれば数で勝るドラゴンがフェニックスを抑制するだろう。しかし、腕を切ってもフェニックスが再生させるし、殺すこともできない。うーむ」
悩むロードへと近付く者がいた。
それは狼少女のブランカだ。
妖精を地面へ寝かせた彼女はロードの前へ座ると、
「私がナイトを助けるわ。協力しなさい」
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