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92 七色の失態

「ドラゴンに……転生?」


 『七色の風』のリーダーから告げられた言葉を俺は思わず復唱していた。


 頭が痛く、全身に倦怠感が広がる。

 体調は最悪だ。

 正直なところすぐにでも眠ってしまいたいが、この状況ではそうもいかない。

 俺は意識を保とうと歯を食いしばった。


「僕ら『七色の風』が黒い森のドラゴンを倒した事は知っているかな?」


 リーダーが俺に問いかけてくる。


「あぁ、知ってる。『七色の風』と言えばドラゴン退治の話が最初に浮かぶだろうね。……大した功績だよ。流石は『七色の風』様ってか」


 俺の皮肉にリーダーは首を横に振ってみせた。


「功績だって? とんでもない。あのドラゴン退治は僕らにとって最大の失敗だ」


 リーダーは続けた。


「ドラゴンという存在は本当に強大なんだ。僕らが倒したドラゴンは大山脈に住んでいる連中に比べれば大人しく、力も弱かった。あくまでもドラゴンの中ではね。だが、影響力はドラゴンという種に恥じないものだったよ。僕ら7人はそんなドラゴンを倒してしまった。そのせいでドラゴンの住んでいた黒い森は朽ち果ててしまったんだ」


「森が朽ち果てた?」


「そうさ。そのドラゴンは周囲の魔物達、森の環境や魔力を調整していた。いわば森の神様と呼べる存在だったんだよ。その神様がいなくなったことで、森は荒れ、魔物達は住処を求めて周辺の人里や別の土地へと移動した。当然周囲は大混乱さ。森に溜まっていた良くない魔力が溢れて新しい魔物も続々と生まれている。まさに災害だよ」


「…………あんたらのことを英雄視している連中が聞いたら卒倒するかもしれない話だな」


「そうだろうね。幸い知り合いの魔法使い連合が森のあった周辺へ結界を施している。今のところは被害の拡大を防いでいるけど、長くは保たないだろう。新しい森の神様が必要なんだ」


「それにブランカが関わってくるのか」


 俺の言葉にリーダーは頷いた。


「実を言うとドラゴンを完全に討伐できてはいないんだ。トドメを刺す寸前にドラゴンは魔石に変化してね。その魔石内にドラゴンは休眠状態で生存している。肉体さえあればドラゴンは復活できる。だから色々な魔物を素体にドラゴンを復活させようと僕らは様々な魔物を捕獲した。でもダメだった」


 リーダーは俺の首から剣を離すと鞘に納めた。


「ドラゴンの力は強い。魔石の力に耐えられず全部の魔物が死んでしまった。ワイバーンでさえダメだったよ。他のドラゴンを使うことも考えたけど、同じように周囲の環境を調整している可能性もあるから実行はしなかった。ドラゴンの魔力に耐えることのできる魔物を求めて僕らは各地を回った。その結果見つけたのが君がブランカと呼ぶそこの狼人間だ」


 リーダーはさらに続ける。


「ナイトくんは不思議に思ったことはないかい? 純潔というだけでどうしてこれほど異常な魔力をこの狼人間は宿しているのだろうって。その答えはね。この狼人間が繁殖をしていないからだ。

 狼人間は体の魔石が満ちると人間を噛む本能がある。噛んだ人間に自分の魔力を半分注ぎ、狼人間へと変貌させることで彼らは増えていく。その本能は『人間に戻りたい』という欲望がくるらしい。仲間を増やすために魔力を注いだ時、彼ら狼人間は獣性が弱まり一時的に人間の心を取り戻すそうだ。

 他者へ魔石の半分の魔力を注ぐなんて寿命を削る危険な行為だよ。でもそうやって命を削りながらも彼らは人間性を取り戻すために人間を噛むのさ。狼人間が短命なのはこのためだ」


「……その本能がブランカにはない。だからこれだけの魔力を持っているってこと?」


「その通りだよナイトくん。彼女は最初から狼人間だった。だから『人間に戻りたい』って欲求がない。体は狼人間だから魔石に魔力がたまり続ける。でも彼女にはそれを放出したいって欲求が起こらないんだ。溜まった魔力を保持するために魔石は強くなる。それに応じて魔力の量も増えていく。これを繰り返すことで彼女は他の狼人間どころかワイバーンたちと比較しても強力な魔力を保持するようになったんだ。

 彼女ならばドラゴンの魔石に耐えられるかもしれない。

 新しい神様の肉体になってもらうためにも生け捕りにする。

 それが、『七色の風』が彼女を追いかけた理由さ」


 理解してくれたかな、とリーダーは俺に問いかけてきた。


 俺も、ブランカも黙ったままだ。

 ドリアは静かに俺とブランカを交互に見て不安げな顔をしている。

 

 体の怠さは相変わらずだが、それ以上に今は怒りの方が強い。


「話は理解できたけど共感も納得もできないな。つまり、お前らの仕出かした失敗の尻拭いをブランカでしようってわけか。ドラゴンに転生するとか言ってたけど、実際のところ生贄だろ、リーダーさん?」


「そうだね。その通りだ」


「……体を提供するってことはブランカの心はどうなるんだ?」


「なくなるだろうね。ブランカという狼人間の人格は死ぬ。残るのは体と魔石だけだ」


「ふざんけんなよ。それを聞いて黙っていられるか」


「宝具の使えない君に俺たちは止められないよ。少なくとも転生が完了するまで君の腕は治さない。切った腕は冷凍保存しておくから、ことが終わったら繋いであげるよ。それまでは俺たちの監視下にいてもらう」


 そう言ってリーダーは周囲の仲間へと目配せをした。

 その意味を理解した仲間たちが行動し始める。

 大男はブランカを担ぎ上げ、金髪女と弓使いはドリアを立たせた。

 リーダーによって俺は肩へと担がれる。


「このまま下山し、すぐに東岸地方へ移動だ。黒い森を最速最短で目指す」


 リーダーの指示のもと『七色の風』は下山を始めようと歩き始めた。


「ところで、さっきから気になっているんだが、あの炎の玉はなんだい?」


 ただ、このマイペースなリーダーは興味の対象がコロコロと変わるらしい。

 自分から指示を出しておきながら歩みを止めたのだ。


 他の6人もやはり気になっていたらしく、岩場の上空を漂う紫炎の玉を見上げた。

 

 ーーそうだ! ブランカとドリアだけじゃない。まだ俺には仲間がいる。


 俺はリーダーの肩に担がれた状態から体を逸らし、上空へ浮かぶ炎球へ叫んだ。


「フェニックス! こいつらを焼き払え!」


 その瞬間ーー炎球が激しく炎上し消え失せた。

 岩場全体が紫色の光に包まれ、俺たちは目を眩ませる。

 

 光が消え、俺たちはゆっくりと目を開け周囲を見渡す。

 ドラゴンによって生み出された分厚い雲によって、岩場は本来の薄暗さに戻っていた。

 だが、その上空に再び紫色の光が灯り始める。

 太陽に煌々と輝くのは色の紫炎に包まれた巨大な鳥。


 炎そのものとも言えるその体からはこれまでに感じたことがないほど強力な魔力が満ちていた。

 魔力と熱波によって岩場全体に陽炎が発生し景色が歪んで見える。


「フェニックス……まさか本当に……ぐっ‼︎」


 上空を見上げ驚いていたリーダーが短く呻いた。

 フェニックスに気を取られていたリーダーのこめかみへ俺は肘打ちを食らわせたのだ。


「「「ロード!」」」


 よろめくリーダーの姿に他の6人が短く叫ぶ。

 この男が不意打ちを食らう場面を初めて見たかのような反応だ。


 俺は素早く『封魔の鎖』を形成すると、周囲へと張り巡らせた。

 虚をついたとはいえ流石は『七色の風』。

 全員が俺の鎖を回避してみせた。

 立て直しの速さは流石といえるが、俺の狙いは達成した。


 俺の『封魔の鎖』によってブランカとドリアを拘束していた魔法が解除される。

 自由を取り戻した2人は『七色の風』へと攻撃を仕掛けた。


 2人が攻撃している間に俺は『魔物図鑑』を取り出し、ワイバーンとシールドエレファント(鎧象)とメルガーナ(鋼鱗蛇)を召喚する。さらにーー。


「召喚。黒死蝶」


 図鑑から現れたのは手の平ほどの大きさがある蝶々たちだ。

 青やピンクの美しい羽をもつ蝶々型の魔物だが、こいつらの撒き散らす鱗粉は人間にとって有害。

 俺は『七色の風』たちへと黒死蝶をけしかける。


 力技と毒による搦め手。


 不意を突かれた『七色の風』はすぐには対応できない。

 宝具によってブランカたちの攻撃を防いでいた大男も黒死蝶の毒によって動きが鈍り始めている。


 魔法使いが風の魔法を放ち、岩場へと風の壁が発生する。

  

 毒鱗粉がかき消され、俺は黒死蝶を図鑑へ戻す。

 俺たちと『七色の風』は正面から向き合う形となった。


「腕が治っているね、ナイトくん」


 いつの間にか抜刀していたリーダーが話しかけてくる。

 リーダーのいう通り、俺の両腕は元どおりになっていた。

 やんわりと腕に感じるのは炎の温もりだ。

 

「そうか。フェニックスをすでに手下にしていたのか。こいつは参ったね」


 上空を飛ぶフェニックスへと注意を向けながら、リーダーが呟いた。


「ロードさんだっけ? 見ての通り俺はフェニックスを仲間にした。そこでだ。提案がある」


「なんだい?」


「あんたたちが復活させたいドラゴンだけどさ。フェニックスの能力なら復活できると思うんだ。フェニックスの力を貸す代わりに、今後一切俺と俺の魔物に手を出さないと約束しろ!」


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