91 七色の襲撃
大山脈のとある岩場。
狼少女のブランカは、隣にいる魔物使いの少年が発した声に、
「……ナイト?」
怪訝そうに口を開いた。
少年の体は発汗している。
息も激しく、その顔は苦しげだ。
ーー今の声はなに? ナイトの声だけど、別人みたいな口調だった。
少年の横には妖精のドリアがいるが、彼女も狼少女と同じように少年の様子に首を傾げている。
「ねぇ、わんわん。今、変なことナイトが言わなかったか?」
「うー。私もそう思う。体調が悪いのかな? ナイト、座ったら?」
ブランカは少年を座らせようと彼の肩へと手を伸ばす。
だが、その手が触れる前に前方からの殺気を感じとり、
「ぐっ⁉︎」
その超人的な反射神経で少年の頭部に撃ち込まれた魔法の矢を払いのけた。
妖精が地面から植物を生み出し咄嗟に壁を構築してみせるが、
「おらぁ!」
掛け声とともに植物壁が粉砕される。
壁の向こう側には銀色の甲冑に身を包んだ大男の姿。
狼少女の体が白く発光し、次の瞬間には大男の腹を強烈なパンチで殴りつけた。
「ぬぅうううっ!」
強化魔法の込められた狼少女のパンチ。
その衝撃に大男の体が飛ばされた。
地面へと横たわる大男へ狼少女が追撃をするが、
「させないわ」
上空から現れた金髪女の羽弾丸によって狼少女は回避行動をとらされた。
その隙に大男がむくりと立ち上がる。ひび割れた甲冑は勝手に修復されていた。
天使のような羽を羽ばたかせ、金髪女が空中で待機する。
狼少女は妖精と少年の側へ戻ると、強化魔法を強め男たちと対峙した。
「うー。『七色の風』ね。どうしてここに来たの?」
再び放たれた魔法の矢を払いのけながら、狼少女は男たちへと問いかける。
「俺たちのリーダーのきまぐれさ」
大男が答えながら両腕を交差させてみせた。すると、腕の甲冑が変異し腕の先端に刃が形成される。
上空にいる金髪女も高度をあげ、翼を広げてみせた。
ーーうー。この2匹は強いわね。矢を放った奴もいるし、ナイトたちを守りながらはキッツイなぁ。
内心の不安を振り払うように、狼少女は右足で地面を強く踏んだ。
地面が窪み、土と石が舞い散る。
「ナイトたちには指一本触れさせない。来なさい。頭を砕いてあげる!」
挑発してくる狼少女に対し、男たちは特に動きをみせなかった。
そのことに疑問を感じるとともに、狼少女は少年と妖精に近く気配を感じとり、
「そこね!」
少年の右横ーー何もない空間へと蹴りを打ち込む。
「うわぁっ!」
悲鳴をあげて姿をみせたのは眼鏡をかけた魔法使いだった。
咄嗟に浮遊魔法で自らを浮かせ、魔法使いは狼少女の攻撃をすんでのところで躱したのだ。
「うーむ、隠密魔法に気付きますか。困ったなぁ」
眼鏡男はふわふわと宙に浮きながら、半笑いを浮かべてみせる。
ーーまた新手か。7人全員が来る前にここを逃げないと。とくにあいつが来たら絶対にマズいわ。
さすがに焦り始める狼少女だったが、『七色の風』は狼少女へと集中攻撃を仕掛けて来た。
羽弾丸。魔法の矢。多彩な魔法攻撃。刃による近接攻撃。
いずれも並みの魔物ならば一撃で倒されてしまうであろう鋭い攻撃だ。
狼少女は4対1という不利ではあるものの、何とか回避し続けた。
反撃のチャンスを伺う狼少女だったが、人間たちの立ち回りは巧みだった。
狼少女が1人へ攻撃しようものならタイミングよく他の3人が火力を集中させ、その攻撃を失敗させて来る。逃さないように取り囲みながら、反撃されないように纏まらず、散っている。
いつの間にか狼少女は少年と妖精から引き離されていた。
「くっ! ドリア!」
叫んだ狼少女。
見ると妖精と少年の近くには紺色のローブを着た魔女と、祭服姿の女がいた。
妖精は改造した植物銃と植物の鞭で魔女たちと応戦している。
だが、妖精の種弾丸も荊の鞭もなぜか女たちに当たらない。
まるで強運にでも守られているかのように、弾丸も鞭も見当違いの場所へ行ってしまうのだ。
「ナイト! どうしたの? このままじゃやられちゃうよ!」
妖精が少年へ呼びかけるが、彼の動きは鈍かった。
宝具どころか魔法を使う素振りすらない。
妖精は女たちから少年と自分を守るために植物の壁を乱立させた。
魔女の杖から炎が吹き出る。
硬化した妖精の植物は瞬く間に焼き尽くされ、その度に妖精は魔力を振り絞り新しい壁と反撃用の植物を生み出していく。
狼少女へと魔法の矢が放たれた。
直前で回避した狼少女は矢の放たれた方向へと走り出す。
弓使いは少し離れた岩場に座っていた。
弓使いは矢を放とうとするが、それよりも早く狼少女が弓を奪い弓使いを蹴り飛ばす。
弓には矢が残っていた。
狼少女は矢を握ると地面へうずくまる弓使いに突き刺した。
だが、矢は消え失せ弓使いにダメージはない。
「バカ。宝具は人間しか使えないんだよ」
弓使いがそう口にすると、上空から魔法の矢が降り注いできた。
「くっ」
事前に放たれていた弓が時間差で落下してきたらしい。
必死に攻撃を回避する狼少女。
その手から弓が消え、再び弓使いの手へと現れる。
妖精も狼少女も防戦一方。
2匹の意識は目の前の戦闘に集中し余裕がなくなってくる
そのため、少年の近くに1人の男が近付いていくことに2匹とも直前まで気付けなかった。
「「ナイト!」」
2匹の叫びに少年がようやく顔をあげる。
少年の目の前には端正な顔つきの青年がいた。
青年の手には剣が握られている。
「また会ったね、ナイトくん」
青年に語りかけられた少年は一瞬で両腕を切り落とされたのだった。
「ああああああああっ!」
叫んだのは狼少女だった。
怒りに染まった彼女は自分を取り囲んでいた4人を振り払い、音に迫る速さで青年へと攻撃を仕掛けた。
狼少女の拳が青年の顔へと撃ち込まれる。
だがーー
「え?」
怒りから一転、驚愕の声をあげ狼少女は宙へと投げ飛ばされていた。
地面へと落下した狼少女は今しがた起こった出来事に困惑する。
ーーなに今の? 投げ飛ばされた? 魔法? 宝具の仕業なの?
これまで感じたことのない不思議な手応えに狼少女は目の前にいる人間へと警戒を強める。
一方の青年といえば、相変わらず涼しい顔で狼少女を見ていた。
彼の足元には両腕を切り落とされた少年が倒れている。
腕からは出血し、ぴくりとも動かない。
「ヴィオ! ナイトくんの止血を頼む」
青年に呼び出され、祭服姿の女が少年の側へとやってきた。
緑色に輝く回復魔法によって、少年の出血は止まった。
「これでナイトくんは宝具を使えない。新しく魔物を追加することも、君らを回復したり、遠方へ移動させることもできなくなった」
青年は剣を横たわる少年の首へと軽く当てる。
その光景に狼少女も妖精も動けない。
戦闘は終わり、沈黙が岩場を包んだ。
「……やめて」
狼少女の言葉に『七色の風』たちが目を丸くする。
狼少女は地面へとひざ立ちをしたかと思うと、今度は額を地面につけたのだ。
どうみても、それは懇願の様。
狼少女としてもこんなことは不本意だった。
だが、目の前にいる青年は他の6人とも別格。
自分の強さが通じない相手だと、狼少女は先の戦闘で察してしまった。
「私が目的なんでしょ? 大人しくするから……お願いだからナイトとドリアは見逃して下さい……」
狼少女の体から白い光が消えていく。強化魔法を解除した完全に無防備な状態となっている。
てっきり抵抗されるものだと思っていた『七色の風』にとって、狼少女の行動は意外過ぎるものだった。
逆上して攻撃を仕掛けてきた時のために魔法使い2人は反撃用の罠を仕掛けていたし、大男も金髪女もいつでも攻撃できる態勢を整えていた。
そんな彼らも狼少女の懇願を前に毒気を抜かれてしまっている。
「ホアンは狼人間を。マリンはその妖精をそれぞれ拘束しろ。『封魔の鎖』で能力は封じるんだ」
青年の言葉に眼鏡の魔法使いと紺色ローブの魔女がそれぞれ行動に移す。
「うっ」
「むぅ」
鎖と光の輪によって2匹は拘束された。
大男に担がれ妖精も青年の前へと運ばれる。
「…………ブランカを……どうするつもりなんだ?」
足元から聞こえてきた声に青年は視線を下に向けた。
息を荒げながら魔物使いの少年が青年を睨みつけている。
汗の量は増していて、見るからに衰弱しているようだった。
「ロードさん。ナイトくんの様子が変です。すごい高熱で回復魔法でも治りません」
少年の横に座るヴィオと呼ばれた女がそう告げる。
「大丈夫かいナイトくん? 無理せず横になっていなよ」
「……腕を切り落とした奴が何言ってやがる。ブランカをどうする気なんだ」
「うむ。ヴィオの回復魔法で治らないとは……病気やダメージではないのか。興味深い現象だね」
「質問に答えろ。ブランカを傷つけるなら黙ってないぞ」
「宝具が使えない君に何ができるんだい? 力の差がわからないほど愚かじゃないだろ?」
青年の剣を持つ手に力が加わる。首に押し当てられた剣の感触に、少年も黙るしかない。
「ブランカ……それがあの狼人間の名前か。それに主人も魔物もお互いに相手を気づかい合うとは、通常の使役魔法とは根本から異なる方法で魔物を使役しているようだね。面白い宝具だ。事が終わったらナイトくんの腕を治してあげるよ。そしたら君の宝具をみせてほしいな。もし良ければ『七色の風』に加入してみない?」
マイペースに話を続ける青年に、
「「「…………」」」
少年どころか『七色の風』メンバーですら呆れている。
周囲の視線にようやく気付いたのか、
「ん? あぁ、そうか。今はそういう場面じゃないな。うん。悪かったよ」
青年はあまり悪びれる様子もなく続けた。
「狼人間をどうするのか、という話だったね。主人である君には教えてあげるよ」
青年は口を開いた。
「ドラゴンへと転生してもらうのさ」
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