89 天使と弓矢を切り抜けて
100本近い矢が俺たちのいる路地裏へと降り注いだ。
いち早く矢の攻撃に気づいたブランカに運ばれ、俺もドリアも攻撃を回避する。
シェアリングクロウが捕まってから10秒も経っていない間での出来事だ。
「城壁へ!」
俺たち3人は路地裏を飛び出し、出国のために城壁へと走り出した。
「ナイト! あの矢にささったら魔法が使えなくなるよ」
「ああ。わかってるよ」
空から降り注がれた矢は黄色く発光している。魔法によって作られたその矢は『石畳の国』でブランカを苦しめた魔法撹乱の効果を持っているはず。絶対に触れるわけにはいかない。
矢の追加攻撃はなかった。
おそらく他のシェアリングクロウを回収したので、視界の逆追跡が出来なくなったからだろう。
だが、俺たちの位置がおおよそ知られてしまったのは間違いない。
「ブランカ。俺を抱えて城壁を飛び越えてくれ。こうなったら多少強引でも国外へ出よう」
だが、俺の考えを向こうは予想していたらしい。
城壁の近くまでやってきた俺たちだったが、何と城壁の上部には魔法の矢が雨のように降り注がれていたのだ。
流石に矢のサイズは先ほどのものに比べて小さく魔法効果も弱まってはいるようだが、城壁を跳び越えようとすればどうしても魔法の矢に当たってしまう。
「射程距離といい、連射性といいデタラメすぎるだろ」
『七色の風』には宝具使いが4人いると聞いたことがある。
この矢による牽制は遠距離攻撃を得意とする弓使いの仕業だ。
だが、いくら宝具であっても『風車の国』の城壁全体を攻撃できているわけじゃない。
俺たちは矢が降り注いでいない城壁へと走り始めた。
俺たちの現在地が正確に分かるわけではないらしく、矢が降り注ぐ範囲は変わらない。
「急ぐぞ! あの矢は時間稼ぎが狙いだ。俺たちが城壁を突破するまでの時間を少しだけ妨害してるだけ。でもその内に『七色の風』メンバーがやってくるはずだ」
矢の攻撃に晒されていない城壁近くまで俺たちは到着した。
ドリアはふわりと羽で空を飛び、俺はブランカに抱えられ各々城壁越えの準備に入る。
だがーー
「上! お客!」
先に飛んでいたドリアが頭上から呼びかけてきた。
見ると俺たちの頭上に何かがいた。
十字架のようなシルエットで宙を舞うそれは金髪の美女だった。
天使ような白い翼を生やしたその女は翼を大きく羽ばたかせる。
すると翼から無数の羽が俺たちめがけて弾丸のように放たれた。
ドリアは植物の壁を形成し防御する。俺たちと女の間を巨木の壁が遮った。
だが元が羽とは思えない爆音を鳴らしながら、羽弾丸はドリアの植物を半壊させた。
空中を旋回する金髪女は高度を維持しながら羽弾丸を撃ち込んでくる。
決して深くは踏み込んでこない。
ーーちっ! 俺たちの位置を仲間に知らせるつもりか。
事実、金髪女の存在によって俺たちの所在が知られたらしい。
魔法の矢が再び俺たちめがけて降ってくる。
その弾数は大きく減り、弾速が低下している。
その代わりに矢が大きくなり魔法撹乱効果は強まっているように見えた。
俺たちは魔法の矢と羽弾丸という2種類の弾幕に晒されることになった。
どちらも俺たちを仕留めるためというよりは、逃さないように動きを封じるための攻撃に感じる。
ーー7人に合流されるとマズい。その前に脱出を!
俺は図鑑を操作しメルガーナ(鋼鱗蛇)を金髪女に見えない場所へと遠隔召喚する。
城壁を飛び越えられないのなら穴を掘って地下から脱出することにしよう。
メルガーナが地面を掘る間、俺も光弾を金髪女へと打ち込み穴掘り作業を悟られないように立ち回る。
金髪女の飛行能力はワイバーン並だった。
身を翻し、風に乗って乱高下を繰り返しつつも正確にこちらを射撃してくる。
弓使いの矢のように魔法効果は無いようだが、放たれた羽弾丸は硬化したドリアの植物をすぐにボロボロにさせるほどの高威力。もし当たれば骨折どころか着弾部位がえぐられるだろうと思わせるほどの威力だ。
そんな強力な弾だけでもやっかいなのに、降り注ぐ撹乱魔法の矢も対処しなければならない。
逃げることさえ容易ではない状況だ。
ーー調子に乗んなよ! 召喚!
突然空中で爆発が起こり道ゆく人々が悲鳴をあげた。
見れば優雅に宙を舞っていた金髪女が煙に包まれながら落下している。
金髪女の真上には俺が召喚したワイバーンが飛翔していた。
ワイバーンの火球攻撃を受け、金髪女は落下していたが地面に激突する寸前で急上昇してみせる。
突然現れた魔物に驚きつつも、金髪女はその飛行能力でワイバーンの背後を取り羽弾丸を撃ち込んだ。
ワイバーンは急上昇し羽弾丸を回避する。
ちょうどその時ワイバーンが浮遊していた位置を魔法の矢が通り抜けた。
弓使いもワイバーンを脅威と感じ金髪美女への援護射撃をしたらしい。
ワイバーンはさらに上昇を続けると、空中で体をひねり地上へと頭を下にした。
そして猛烈な火球の雨を地上に向けて連射し始める。
その狙いは金髪女。
高密度の火球の弾幕を金髪女は避けきれず被弾している。
ただ、不意打ちを受けた初弾とは違い防御策を持っているのか、特に墜落する様子もなかった。
ワイバーンの攻撃を正面から受けて無事とはさすがは宝具持ちだ。
ただ、ワイバーンは十分囮としての役割を果たしてくれている。
金髪女の目を盗み、俺たち3人はまんまと地下から城壁を突破した。
穴を抜けた俺たち3人は城壁外の平地部分へと到着する。
周囲に人がいないことを確認すると、俺はブランカとドリアを図鑑へ戻し、魔法鞄から防寒着を取り出した。
図鑑を操作しワイバーンを城壁外へと遠隔召喚すると、
「北へ向けて飛べ!」
俺はワイバーンの背に飛び乗り大空へと逃亡したのだった。
最高速度で飛ぶワイバーンによって『風車の国』がどんどんと小さく見える。
高度を上げさせ、俺たちは雲の中へと姿をくらましたのだった。
「ごめん。ワイバーンに気を取られたわ」
『風車の国』中央の塔ーーその最上階の部屋。
焼け焦げた上着を着替え終え、金髪女が悔しげな表情を見せた。
部屋の隅にあるベッドには魔法陣使いが眠らされている。
その横では紺色ローブを纏った魔女が『封魔の鎖』で魔法陣使いを拘束し続けていた。
ベランダの近くには壁にもたれかかる弓使いの青年がいる。こちらも悔しそうに拳を握っていた。
「気を落とすなララ」
「そうですよ。僕らの到着も遅れてしまったわけですしね。ララさんだけの責任じゃ無いですって」
金髪女へと大男と眼鏡の魔法使いが言葉をかけた。
金髪女の横には祭服姿の女性が並んでいて、火傷を負っている金髪女へと手をかざしている。
回復魔法によって金髪女の火傷が癒されていた。
「ありがとうヴィオ。もう大丈夫よ」
金髪女の言葉にヴィオと呼ばれた祭服姿の女が一礼した。
「狼人間。妖精。伝播烏。穴を掘った大型魔物。そしてワイバーンか」
部屋の隅で椅子に座っているのはリーダーの青年ーーロードだ。
箪笥から見つけた絵本を手にしたロードの言葉に大男が口を開く。
「予想以上にあの坊主の手下は強力みたいだな。ロード。こりゃあ、なかなか厄介だぜ」
「そうだねベルデ。俺もちょっと驚いているよ」
ロードは素直にそう言った。
ベルデと呼ばれた大男に続き、金髪女が、
「戦ってみた感じだけど、他のワイバーンよりも強く感じたわ。それに羽弾丸で数カ所を傷つけてやったのに、すぐに回復してみせたの。あんなの野生の個体ではありえない現象よ」
「そういえば、『石畳の国』でも狼人間にかなり深手を負わせたはずだったよな」
「ええ。おそらく……ナイトくんだっけ? 彼の宝具は魔物を強化し、回復させる力もあるとみたほうがいいわ。しかも、自由自在にあらゆる地点に召喚することができる」
「ふむ。遠くから一方的に魔物で襲撃するなんて戦法もできそうだな。こりゃあ、ますます厄介だ」
室内には沈黙が漂った。
聞こえてくるのはロードが絵本をめくる音だけだ。
「おいおいロード。いつまで絵本を読んでいる気だ?」
呆れたようにベルデがロードへと呼びかける。
他のメンバーもロードが絵本を熱心に読んでいることに首を傾げ、お互いに目配せし合うのだった。
絵本を閉じたロードはベルデへと絵本を手渡した。
渡されたベルデはその意図が分からず、困惑した表情で絵本の表紙を見るしかない。
「俺たちの狙いはあの狼人間の魔石だ。生きたまま捕獲する必要がある。そのためにはナイトくんの存在が邪魔だ」
魔法陣使いが眠るベットへ近づきながらロードは続けた。
「交渉するにせよ強奪するにせよ、ナイトくんと一度話をしたいね。彼は一体どこへ向かったのかな?」
「それが分からないから困ってるんだろ? ララが言うにはワイバーンに乗って雲の中へ隠れちまったらしい。追跡は困難だ」
ベルデの言葉にロードはにこりと笑みをみせた。
「俺は大山脈に行ったんじゃないかと考えてるよ」
ロードの発した言葉にその場にいた全員が顔を見合わせた。
「大山脈? 東岸地方へ戻ろうとしているとでも言うのか?」
「うーん。その可能性もあるかもね。でも俺は彼が『鬼火』を探しに行ったんじゃないかと思うんだよ」
「『鬼火』って大山脈の魔力が吹き出る現象のことですよね?」
眼鏡の魔法使いが尋ねる。ロードはこくりと頷くと、
「この部屋にナイトくんは昨日、もしくは今朝くらいに来たんだと思う。目的はこの魔法陣使いの女を追いかけるためかな? この女が言うにはナイトくんは女と敵対していて、昨日あと一歩というところまでこの女を追い詰めたようだ。でも逃げられたから追跡のために情報を求めたんだろうね」
ロードは続ける。
「この女は魔石の取引をしている。この部屋には手紙や帳簿があって、そのどれもが綺麗に整理整頓されているんだ。埃もない。この女にさっき聞いたけど、このひと月は『風車の国』の中でのやりとりに追われていて書類整理もしていなかったらしい。ここまで綺麗に整理した覚えはないそうだ」
「……ナイトって野郎が帳簿とかを調べた後で綺麗にしまったってことだろ? 調べていた痕跡を残さないようにしたんだ。別におかしくはないだろ?」
ベルデが答えを促してくる。ロードはのんびりと話し続けた。
「でも、この絵本と周囲の箪笥とかはちょっと様子が違うんだよね。探索した痕跡を隠そうとした他の場所に比べて、何となく雑味があるんだよな。この絵本としまっていた箪笥周囲だけ『痕跡を隠そう』という意識が希薄になってる気がする。ブラジャーまで落ちている始末だしね。俺はその原因が絵本の表紙にあると考えた」
そう言われて他のメンバーが絵本の表紙へと注目する。
紫色の炎に包まれた鳥の絵。
「不死鳥の絵ですね。東岸地方でも昔から伝わる英雄譚の一場面」
ヴィオの言葉にロードは頷く。
「東岸地方でも似たような絵本は出回ってる。けど、その本の表紙は『紫色の炎』に焼かれる不死鳥という絵だ。そんな絵は東岸地方の絵本や伝記には載っていない」
「確かに見たことないですね。紫色の炎…………あぁ、だから『鬼火』なんですね」
眼鏡の魔法使いが得心がいったらしく頷いてみせる。
大男のベルデもようやく絵本へと興味が湧いたらしい。
「これまで起きた現象を考えるにナイトくんの宝具は『魔物を仲間にする』能力をもっていることは間違いない。ならば『より強大な魔物を仲間にしたい』と考えるのは至極当然なことだ。この絵本を見て、不死鳥は『鬼火』と関連性があると彼が考えた可能性は高いと思う。まして今は俺たち『七色の風』と直接交戦してしまったわけだしね。戦力増強のためにも不死鳥レベルの魔物を欲しがるんじゃないかな?」
ロードは微笑んだ。
「どうせ他に手がかりはないんだ。だったら俺の勘を信じてみないか?」
リーダーの言葉に他の6人は互いに目配せをし合うと、
「「「了解」」」
全員同意したのだった。
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