88 監視と勘
「ナイト! 待ってよ!」
最低限の買い物を済ませ、俺は店を出ると急いで国の外へ向かって歩き出した。
背後からブランカとドリアが慌てて追いかけてくる。
『風車の国』の外へ向かい歩いていると、地面に落ちている新聞紙が目に留まった。
拾い上げて読んで見ると、どうやら号外新聞らしい。
ーー『七色の風』が我が国を訪問! ーー
大きな見出しとともに新聞には『七色の風』の功績などが書かれていた。
今日の朝に彼らが入国して来たこと。新国王と謁見したこと。最高級の宿屋を王宮側が手配したこと。
新聞から読み取れるのは断片的な情報で、記事を書いた記者の慌てぶりが伝わってくるようだった。
「早すぎる」
俺はぼそりと声を出した。
「40日くらいで西岸地方にやってくるなんて……例の洞窟ルートがバレたのか」
通常、東岸地方から西岸地方へ行くには大陸南部の交易路『竜のわだち』を使うしかない。
『石畳の国』からなら80日ほどかかる行路。
俺が西岸地方へ逃げて来た理由は東岸の冒険者である『七色の風』は簡単には西岸に来られないと予想したからだ。
彼らほど有名な冒険者だと引き受けている依頼の数も多いはず。人間関係のしがらみもあるだろう。
そういったしがらみを解消し、『竜のわだち』を彼らが超えるまで俺は半年くらいはかかるのではないかと期待していたのだ。
だが、実際にはそれよりも早く『七色の風』は西岸地方へやってきた。
しかも、俺たちの滞在する『風車の国』へと。
「洞窟ルートを通って来たのは間違いない。でも何で『風車の国』に来たんだ? 他にもいっぱい国はある。偶然か? それとも何か情報を掴んでいるのか?」
ぶつぶつと呟きながら俺は『風車の国』の城壁までやってきていた。
ーーいずれにせよ長居は無用。
俺は門番へと出国手続きを申請したがーー
「すまないね旅人さん。国王様からの命令で、本日の出入国はできないよ」
やんわりと拒否されてしまった。
俺は理由を聞かずに速やかに城壁を離れると人気のない裏通りへと移動する。
「うー。出してもらえなかったね」
ブランカの言葉に俺は頷いた。
「国王の命令と言っていたけど、多分『七色の風』から申し出があったんだろう。くそっ。城壁を飛び込えて脱出するしかないな。気づかれないように夜に実行しよう。それまでは潜伏だ」
すでに俺の手元に魔法陣カードはない。
空間移動は使えなかった。
「『七色の風』ってわんわんを追いかけている連中のことだよな? なんでここに来たんだろう?」
ドリアの疑問はもっともだ。
俺は『魔物図鑑』を取り出すとシェアリングクロウ(伝播烏)を数羽召喚し、空へと放った。
『魔物図鑑』の最後のページにはシェアリングクロウの視界を統合した映像が映し出されていた。
俺はブランカに見張りを頼み、じっくりと映像を観察する。
広場上空からシェアリングクロウは地上の様子を見ていた。
広場の中央には馬車が1台停まっていて、騎士とは違う人間3人が馬車の周囲にいる。
眼鏡をかけた魔法使いらしき男。弓矢を背負った青年。そして祭服姿の女性だ。
祭服姿の女には見覚えがある。
ブランカと出会ったあの日。
『七色の風』のリーダーと行動をともにしていた女だ。
他の4人の姿は見えない。
ただ3人の視線が王宮に向けられている点から考えておそらく国王と謁見しているのだろう。
やがて王宮の正門が開き、そこから数人の人間が姿を見せる。
騎士や大臣らしき人に混じって金髪の女、大柄な男、紺色のローブを着た魔女らしき女がいる。
そして、端正な顔つきの青年ーーロードと名乗ったリーダーの姿もあった。
「『七色の風』のリーダー。人類最強の男……か」
「このオスが一番強い人間なのか。うーん、そうは見えないけどなぁ」
ドリアが首を傾げている。
確かにこのロードという男は宮廷でピアノでも弾いていそうな外見をしている。
特別筋肉質というわけでも、かと言って軟弱そうでもない普通の体型。
『石畳の国』で出会った時も丁寧な話し方で、この手の有名冒険者にありがちな粗暴な雰囲気とは無縁そうな人物という印象はあった。
何の紹介もなくこの男と出会えば、ほとんどの人は彼を特別に警戒したりはしないだろう。
横にいる大男の方がよっぽど強そうに見える。
ただ、俺は知っている。
人畜無害そうに見えるその柔らかな雰囲気とは裏腹に、あの男の放つプレッシャーは獰猛な魔物に匹敵するほど強烈なのだ。
ひと月以上前に俺はこの男から質問されたが、剣を首元に突きつけられたかのような雰囲気に俺は短く返答するのが精一杯だった。今思い返しても心臓の鼓動が早まってくる。
ーーこいつはヤバい。
理屈ではなく本能で俺はこのロードという男をそう評価していた。
「あれ? なんかこいつ見覚えない?」
ドリアの言葉で俺ははっと映像へと注意を戻した。
ドリアが指摘したのは大男と金髪女の間にいる人物だった。
白い布を上から被せられ上半身が見えないが、腰から下は見えている。
大胆に露出した太ももと赤いベールが見え、俺は思わず映像へと顔を近づけた。
『七色の風』と布を被せられた人物が馬車に乗り込む。
眼鏡をかけた魔法使いが魔法の馬を出現させ、馬車を走らせた。
やがて馬車がたどり着いたのは広場から少し離れた建物の前。
それは魔法陣使いが拠点としていたあの塔だ。
「おいおい……まさか……」
息を飲み映像を見ていると、馬車から連中が降りてくる。
その中にいた布に隠された人物も同じように馬車から降ろされると、大男によって布を取り払われた。
「なっ!」
「あー!」
俺もドリアも思わず叫んだ。
布を取り払われた人物。それはあの魔法陣使いに他ならなかった。
「え? なになに? どうしたのよ?」
ブランカも気になった様子で、俺は図鑑の映像を見せてやる。
「ちょっ! 何で?」
ブランカも目を丸くして驚いてみせた。
魔法陣使いは両腕がなかった。
服によって傷口は見えないがどうやら肩から切断されているらしい。
大男に引っ張られながら魔法陣使いは塔の内部へと連れて行かれる。
「ま、まぁ、あれよね。魔法陣使いの所在は分かったから心配事が1つ消えたね」
ブランカが場を和ませようとそんなことを口にする。
確かにその通りだが、別の心配事が10個くらい増えたようなものだ。
なぜ魔法陣使いが『七色の風』と一緒にいるのか。
腕を切断された様子と塔の中へ無理やり連れて行かれている点からみて、仲間だとか旧知の仲という訳でもさなそうだ。
どう考えても捕まっているようにしか見えない。
俺たちとの戦闘から離脱した後で、あの女は『七色の風』に見つかったということか。
両腕を切り落とされているのは宝具を使わせないためだろうか?
連中は塔の最上階へと移動している。
窓からかろうじて見えるのは女が部屋の中央の椅子に座らされ、何かを喚いている姿だけ。
情報が欲しい俺は部屋の天井へともう1羽シェアリングクロウを遠隔召喚させた。
天井の照明魔法道具に留まりシェアリングクロウが能力を発揮した。
追加された視界の情報が図鑑へと映し出される。
6人の男女が魔法陣使いを囲んでいた。
そのうちの1人ーー紺色ローブの魔女の手には紫色に輝く鎖が握られている。
魔法陣使いは『封魔の鎖』によって拘束されているようだ。
6人が魔法陣使いの女へ順番に何かを話しかけている。女は不愉快そうに何かを喚いているようだが、音声までは俺たちには分からない。大男と金髪女が顔をしかめている様子から見て、あの女は口汚い言葉で6人を罵っているのかもしれなかった。
そんな6人と魔法陣使いとは別にリーダーであるロードだけは歩きながら室内の様子をマイペースに観察している。
俺が調べた本と手紙を同じように調べているのだ。
本棚や化粧台、天蓋付きベッドを歩きながら観察していたリーダーだが、ふと床に落ちているブラジャーに目が留まったらしい。
魔法陣使いへ何かを話しかけるロード。
すると魔法陣使いは体をびくりと震わせ、リーダーへ顔を向ける。
その様子は明らかに怯えていた。
ーーひょっとして腕を切ったのはリーダーか?
何となく俺はそう感じた。
リーダーはブラジャーの先にある箪笥へと手を伸ばし、中を物色し始めた。
やがてリーダーが取り出したのは例の絵本だ。
「おいおい。その絵本に気付くのかよ」
俺たちの行動を追跡するリーダーの姿に俺は戦慄する。なんて勘が鋭いんだ。
ただマルフェザー(極彩鳥)の情報を持たないリーダーはさして絵本の内容に興味は持たなかったらしい。
首を傾げ何か腑に落ちない様子ではあったが、静かに箪笥へと絵本を戻すのだった。
大男がリーダーへと何かを呼びかけ、7人が部屋の中央に集まり何やら話をし始めた。
見た感じでは大男と金髪女が話し合いの中心にいるように思える。
リーダーも集まりには参加しているが、何というかあまり集中して聞いているようには見えない。
ーーこの人、本当にリーダーか?
集団から別行動をしたりと、どうも仲間をまとめる様子がないリーダーの姿に俺が油断した時だった。
俺とリーダーの視線が合った。
突然天井へと顔を上げたリーダーの視線がまっすぐに俺へと注がれる。
もちろんリーダーは天井にいたシェアリングクロウを見ただけだろうが、俺は思わず図鑑から顔を離してしまった。
そして、次の瞬間には映像が乱れ室内の様子が見えなくなる。
「なっ!」
俺はリーダーにシェアリングクロウが捕まったのだと理解した。
ーー嘘だろ。何で気付くんだよ⁉︎
俺は慌ててシェアリングクロウを回収しようとするが、上手くいかなかった。
昨日魔法陣使いがやったように妨害の魔法を使われているらしい。
恐るべき勘の鋭さと判断速度だ。
ーーってことは……マズい!
他のシェアリングクロウを急いで回収したが、どうやら一歩遅かったらしい。
ブランカが俺とドリアを抱え、走り出す。
その行動の意味は空を見れば理解できた。
黄色に輝く魔法の矢が俺たち向けて落下しようとしていたのだ。
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