87 手がかりと気がかり
魔法陣使いと空中戦を交わした翌朝。
俺は『風車の国』の宿屋にいた。
目を覚ました俺はゆっくりと体を起こすと、すぐに『魔物図鑑』を取り出し最後のページを開く。
国内へと放ったシェアリングクロウ(伝播烏)の視界を調べたが大きな混乱もなく、国内はとても穏やかな朝を迎えているようだった。
風車が止まっている事に首をかしげる人々の姿もあったが、『風車の国』は平和そのものだ。
「…………いないな」
国の中央付近にそびえる塔の映像を見ながら俺は呟いた。
そのことに安堵する一方で、すぐに不安が頭を占めて行く。
魔法陣使いの生死は未だ不明。
昨日も戦闘を終えた後で、俺たちは魔法陣使いを捜索した。
しかし、痕跡は一切見つからなかったのだ。
ーーこう言う時は楽観視しないほうがいい。あの女は生き延びていると考えよう。
俺は着替えをすませると、魔物図鑑から狼少女のブランカと妖精のドリアを召喚する。
図鑑内で回復を済ませた2人は顔色も良く状態は良好なご様子だ。
宿の食堂へとやってきた俺たちはパンと目玉焼きというシンプルな朝食ーードリアは水だけだーーを食べながら、今後の話を始めるのだった。
「やっぱり野放しには出来ないよね」
そう口にするのはブランカだ。
「あいつの杖なら怪我だって治せちゃうだろうし、多分生きてるでしょ。あれだけのことをされたんだから、私たちに復讐したいって考えてるんじゃないかな?」
パンをかじるブランカの顔は不満げだった。
せっかく追い詰めた相手に油断して逃げられたのだ。
その悔しさが顔に出ている。
「ブランカの言う通りだな。あの女の性格を考えると絶対に仕返ししようとするだろう。だとしたら俺たちのやるべきことは1つ」
「ん? 逃げるの?」
ドリアの言葉に俺は首を横に振った。
「奴の所在を掴んで今度こそ仕留める。逃げるのも手だけど、奴に反撃する時間を与えたくない。こっちの手は知られたからな。ぐずぐずしているとマズい」
「でも、あいつがどこにいるのか分からないよ? この国を調べてもどこにもいないし。この国以外の場所に逃げたなら見つけようがないよ」
「そこなんだよなぁ。どうしようなぁ」
方針は決めたものの、具体的なアイディアがあるわけではなかった。
魔法陣使いの人脈について熟知しているわけでもない。
不足しているのは情報だ。
「やっぱりあの塔を調べるしかないか」
魔法陣使いが拠点としている塔。
その最上階にはベットや生活用品もあったように記憶している。
魔石の売買の記録や取引を交わしている相手との手紙が残っているかもしれない。
食事を終えた俺たちはすぐさま塔へと向かうのだった。
塔には見張りもおらず、俺たちは簡単に侵入することができた。
仕掛けられた魔法陣を『封魔の鎖』で無効化しながら、俺たちは慎重に塔内を進んで行く。
螺旋階段を登り、俺たちは最上階の部屋へとやってきた。
机や引き出しなどを漁り俺たちは調査を始める。
「おーっ! ナイトナイト! 変なの見つけた!」
そう言ってドリアがタンスから引っ張り上げたのは真っ赤な下着だった。
毒々しいくらいに赤いその胸用下着を振り回し、ドリアは遊んでいる。
「バカなことしてないで情報探すのを手伝えよ」
「えー。だってあたい字が読めないもん」
「この前教えてやっただろう」
「1時間くらいで覚えられるわけないじゃん」
「それもそうか……」
確かに情報探しにドリアは戦力になれそうもない。
そして同じことはブランカにも言える。
2人は日常で使う最低限の言葉も読めないのだ。
結局情報探しは俺1人でやる事になった。
ブランカは文字が読めない代わりに手紙の匂いを嗅いでる。
そしてドリアは相変わらず遊んでいた。
どうもブラジャーが気に入ったらしい。
「なぁ、わんわん、この変なのつけて見てよ。あたいじゃ無理だし」
「うー。嫌に決まってるでしょ! あのメスが使っていたものなんて身につけないもんね」
「むぅ。そりゃそうか。でもナイトは喜ぶかもよ」
「……え? そうなの?」
「俺を巻き込むな」
結局3時間近く調べてはみたものの、有益な情報は見つからなかった。
取引先である国や個人名は分かったが、あの女の現在地を特定できそうな情報はない。
「こうなったらこの国や個人に直接問い合わせてみるしかないか。うへぇ。どんだけ時間がかかることやら」
げんなりした俺はテーブルの上に置いてあった焼き菓子を摘み、一口食べた。
上品な甘みに気持ちがちょっと落ち着く。
「ねぇ、ナイト。あのメスってさ。どっちが本当の姿なんだろうね?」
ドリアから受け取ったブラジャーを手にしながらブランカが問いかけてきた。
「好き好んで老人になろうなんて奴はいないだろう。多分、老婆の姿が本当の姿なんだろうよ」
「だよね。うー、あれは魔法? でも魔法で変身しているならナイトの鎖が巻き付いた瞬間に老婆になりそうじゃない? おかしいよね」
「確かにな。それに変身魔法みたいな表面的な変貌じゃなかった気がする。少なくとも俺が知っている変身魔法とは違うタイプの現象だった。その謎も解明しないといけないか。蘇生したのも気になる。死者蘇生なんていくら何でも無茶苦茶すぎる」
「ナイトでも思い当たる魔法を知らないの?」
「知らない。死者蘇生は人類が抱く夢の1つだ。実現させた魔法使いはいないって言われているよ」
俺はもう1つ焼き菓子を頬張りながら、
「全く、面倒臭い敵だな」
愚痴を漏らすのだった。
「死者蘇生と言えばさ。マルちゃんはどうなったの?」
ドリアが声をかけてくる。
「マルちゃんって。マルフェザー(極彩鳥)のことか?」
「そうそう。マルちゃんって不死鳥になるんだろ? まだ変身しないの?」
俺は『魔物図鑑』を操作しマルフェザーを召喚してみた。
ドリアの横へと姿を見せたのは相変わらず地味な色合いの鳥形魔物。
この一見地味で保護色と美味である点くらいしか特徴のない魔物が、霊鳥と崇められる不死鳥フェニックスの幼体とは、未だに信じられない。
「ご覧の通りマルフェザーのままだ。図鑑の記述も変化なし。どうやったらフェニックスになるのかは相変わらず不明ってわけだ」
「うー。せめてヒントがあると良いんだけどね。やっぱり火の中にいれるんじゃない?」
「焼き鳥になるのがオチだって」
俺が半笑いでブランカのアイディアを否定していると、
「ん?」
ドリアが首を傾げ呆けたように上を向いた。
「何だよドリア?」
「そう言えばさっき焼き鳥の絵を見た気がする」
ドリアは振り回していた下着類を放り出し、部屋の隅に置かれた箪笥へと近づいた。
「あっ。これだ」
ドリアが箪笥から取り出したもの。
それは絵本だった。
ドリアの言うように確かに表紙には鳥が炎に焼かれている絵が書かれている。
「うー。絵本ってお子ちゃまが読むものでしょ? あのメスが読んだのかな。なんかイメージが合わない」
「タイトルは『大英雄の冒険記』か」
ぺらぺらと絵本の内容を読むと、どうやら1000年前に実在した冒険者の英雄譚のようだ。
「東岸地方にも似たような伝承があるな。宝具も魔力もない冒険者の男がドラゴンを退けて民衆を救うって話だよ」
「うー。そんなことできるの?」
「お話の中でその英雄は不死鳥を引き連れていたんだ。その不死鳥から授かった力でドラゴンを鎮めたって伝わっているな。ドラゴン除けに不死鳥の絵を家に飾る国もあるくらいで、人間の間では不死鳥はドラゴンに対抗しうる存在として認識されてる」
「ふーん。それは初めて聞いたや」
「結構古い絵本だ。巻末には物語に登場する地名が詳しく書かれてるな。ひょっとしたらあの魔法陣使いは不死鳥を探していたのかもな。この絵本は資料として使っていたのかもしれない」
若々しい美女へと姿を変えたあの魔法陣使いのことを思い出す。
老いを隠蔽していたあの女なら不死鳥の血がもたらす不老不死に強烈な興味を持ったとしても不思議じゃない。
俺は改めて絵本の表紙を眺めた。
地面を燃やす炎から1匹の美しい鳥が飛び立つ様が描かれている。
赤く身を燃やすその鳥が不死鳥なのだろう。
そして、その不死鳥を焼いている炎はーー紫色だった。
「紫色の炎……」
そのフレーズに俺の記憶から蘇るものがあった。
「大山脈の『鬼火』か」
俺の発した言葉にブランカもドリアも首を傾げている。
「鬼火だよ。時々大山脈の一部から紫色の火の玉が目撃されるんだ。それを『大山脈の鬼火』って呼んでる。もしかして、その炎に秘密があるのか?」
「へぇ、そんな火の玉なんて見たことないよ」
「あっ! あたいは見たことあるぞ! 綺麗だった」
「ドラゴンの住む大山脈は色々と奇妙な現象が起きるらしい。しかも山とドラゴンの力が加わったその現象には強力な魔法や特殊な力が込められてるってどこかの魔法使いが説を唱えていたな」
俺は再び絵本の表紙を見る。うん、間違いなく紫色の炎だ。
「この絵本の作者が適当に色を使ったのでなければ、不死鳥と紫色の炎は関連があるのかも。俺の知る限りそれは大山脈の『鬼火』だけ」
「うー。じゃあその鬼火でマルフェザーが不死鳥になるかもしれないね」
「あぁ、少なくとも何かヒントにはなるだろう。魔法陣使いの所在を調べながらこの鬼火を追ってみよう」
新しい目標が生まれ、俺たちの目が輝き出す。
「そうと決まれば旅支度だ。鬼火は一度現れると1週間くらい消えないって聞いたことがある。あちこちで発生するそうだし、遭遇するのはそんなに難しくないはず」
善は急げだ。
俺たち3人は塔を出ると、大通り沿いの店舗へと顔を出し早速買い物を始めた。
食料と衣類を買い込んでいると、ふと俺は店の外が騒がしくなっていることに気がついた。
通りを見てみると、大勢の人々が走っている。
その顔は楽しげで興奮しているように見えた。
「何だろう? 旅芸人でも入国してきたのか?」
「うー。美味しい肉料理店がオープンしたとか?」
「わんわんはそればっかだなー。芸がないぞ」
首をかしげる俺たち3人へ、店主が微笑みながら口を開いた。
「多分例の冒険者たちがやってきたからだよ。早朝入国したらしいからね」
「冒険者たち?」
俺の問いかけに店主は目を丸くして驚いて見せた。
「あれ? お客さん新聞の号外読んでないの? 朝から国はその話題で盛り上がっているんだよ。東岸地方で一番有名な冒険者がこの国に来たのさ。あの『七色の風』がね」
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