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85 決着の先に怪奇あり

 魔法陣使いを剣で突き刺した後、俺は『封魔の鎖』を手放した。

 断末魔の叫びをあげていた魔法陣使いの体が急速に地上に向けて落ちていく。

 その様子を同じように降下しながら俺は眺めていたわけだが、


「ナイトー!」


 上から聞こえる声に空を見上げた。


 ワイバーンが頭上から降下してきた。

 俺と並んで飛ぶワイバーンの背中には防寒具を着たブランカが乗っている。

 ワイバーンはゆっくりと俺の足元へと体を滑り込ませ、その背中へ俺を着地させてくれた。


 水平飛行するワイバーンの背中へと俺は座り込んだ。

 ポケットから葉っぱを取り出すと速やかに口元へ運ぶ。

 新鮮な空気が肺を満たし、俺はふぅっと溜め息を漏らした。


「お疲れ様! うまくいったね」


 俺の背中へとブランカが抱きついてくる。

 背中越しに伝わる温もりが寒冷な天空の中では本当にありがたく感じた。

 

「そうだな。というか俺は最後しか働いてないぞ。一番頑張ったのはブランカだよ。お疲れさん」


 俺はワイバーンへ魔法陣使いを追うように指示を与えた。

 ワイバーンは俺たちの体にダメージが無いようにゆっくりと降下していく。


「うー。大変だったよ。ドリアの水草があってもやっぱり呼吸はし辛かったしね。でもまぁ、大方予定通りに作戦は進んだよ。水中戦を失敗させたと思わせて本命の空中戦に持ち込む。ナイトの作戦通りあの女、空中じゃあほとんど抵抗できてなかったね」


「それでもかなり粘られたけどな。あの人、素の魔法もかなりのもんだった。羨ましい限りだよ」


「うー。でも準備した甲斐があったね。これで私たちが襲われることはなくなったよ」


「そうだな」


 ブランカへと相槌を打ちながら、俺はこの5日間のことを思い出す。


 ーー液体には魔法陣を描けないのではないか。


 魔法陣使いとの決戦を前に俺は早い段階からその可能性に気付いていた。

 周囲を水で覆われた環境ーー例えば海上などで戦えば、魔法陣を防ぐことができると発想するのもそれほど時間を要さなかった。

 とはいえ海上に魔法陣使いを連れて行くのは現実的じゃない。

 そこで俺が注目したのは『風車の国』の地下水だ。

 

 『風車の国』へ到着した俺が最初にしたことは、この国の地下空間を調査することだった。

 旅の途中で手に入れた川に住む魚型の魔物たちに地下水脈を調べさせたのち、俺はメルガーナ(鋼鱗蛇)に地下空間へ新しい水脈を掘らせた。

 目的は地下水を流すためだ。


 当初はアクアドラゴンの亡骸を別の地へ運び交渉材料にする予定だったのだが、調査の結果、ドラゴンの亡骸はあまりにも巨大なため運び出すことが不可能だった。

 ただ、これに関しては『凪の国』に飛来したドラゴンを見た時点である程度予想もしていたため、特に計画を狂わせる要素ではなかった。要は魔法陣使いに『亡骸を奪われた』と勘違いさせることが出来ればいいだけのこと。


「あの女、最後までナイトに亡骸が盗まれたって思ってたのかな? 実際はずっと地下に亡骸は横たわっているんだよね。ただ、地表近くまで地下水が溜まらなくなっただけなんだけなのに」


 ブランカの言うように、おそらくあの女は最後の最後まで気付いていなかったように思う。


 ドリアにはこの5日間、植物の魔改造に集中させた。

 水中での呼吸を可能とする植物。その開発を急がせたのだ。

 散々おだててやった結果、4日目にしてドリアは見事に開発に成功してみせた。


 その時点では俺たちは水中戦による決着を最終目標としていた。

 遠隔召喚による連続攻撃の練習。

 落とし穴の設置。

 水中へ引き込むための罠の準備。

 もろもろの支度を整えたのだ。


 その計画に変更を加えたのは襲撃地点として調査していた『風車の国』の地下事情にある。

 調査の結果この周囲の地盤は強固で、地下水が流れる水脈の壁も岩のように硬い状態であることが分かったのだ。

 水に魔法陣は描けなくとも、岩には描けてしまえるだろう。

 水中戦では殺しきれないかもしれない、という不安要素ができてしまったのだ。

 

 そこから最終作戦として空中戦を取り入れることを思いついたのはワイバーンの存在が大きい。

 空中で有利を取るのに、これ以上に頼もしい味方はいないだろう。

 俺は事前に20回近く空中での移動を練習し、万が一に備えた。

 結果として予想通り水中戦は失敗したが、空中戦がうまく作用し目的を達すことができた。


 それでも色々と不安はあった。

 魔法陣カードを忍ばせているのでは? 

 服にも魔法陣が描けるのではないか?


 前者については二度の落とし穴によって魔法陣カードを女が持っていないことを確信することができた。

 もし魔法陣使いがカードを持っているのなら、毒ヘビの巣窟や地下水へ落下する前に使っていたことだろう。特に地下水落下時はかなり深い穴をわざと用意してやったのだ。落下までに考える時間があったのだから、あの場面でカードを使わないということは持っていないと確信する要素となった。

 

 後者についてはほとんど賭けだった。

 『龍水』の呪い解除の話は聞いていたし、事前に簡単な呪いを打ち消すことは実験して確認済み。

 岩とは違って、衣服はたっぷりと『龍水』を含むだろうから、おそらく魔法陣が描けないだろうと俺は推測していた。

 そして結果は推測通り。

 天空において、魔法陣使いは抵抗する手段をほとんど失うことになったのだ。





 俺たちは地上へと降りた。

 ワイバーンは俺たちを降ろした後、再び空中を旋回し始める。

 警戒しながら俺たちは自分たちのいる河原の先にある窪んだ穴へと視線を向けた。


 そこは魔法陣使いが落下した場所だった。

 大の字に横たわる魔法陣使いの体。

 その胸元には深々と剣が刺さったままで大量の血が傷口から流れている。

 

 落下の衝撃なのか、腕や足から骨の一部が飛び出ている。

 周囲は飛び散った血で汚され、女の体を中心に河原を赤で染めていた。


「死んでるね」


「そうみたいだな。あの高さから落ちた上に胸を刺されたんだ。『封魔の鎖』で魔法は使えなかっただろうから、助かる手段なんてない。当然の結果だろう」


 俺はくるりと後ろを向くと『魔物図鑑』を取り出し周辺へと待機させていた魔物達を回収する。

 ドリアを召喚し、


「あたい参上! おっ! 勝った? 勝ったんだな⁉︎」


「あぁ、ドリアもお疲れさん。いい植物だった。空中でも呼吸が苦しくなかったよ」


 その頭を撫でながら労いの言葉をかけていると、


「ナイト‼︎」

 

 後ろからブランカが叫んだ。

 慌てて振り返った俺とドリアの目は信じられない光景を前に大きく開かれた。


 魔法陣使いは立ち上がっていた。

 ぶるぶると生まれたての子鹿のように震えながら、それでも自分の力で立ち上がったのだ。

 

「……そんなバカな!」


 あまりの事態に俺は大声を上げてしまう。

 

 ーーさっきまで死んでいたはずだ! 復活? ありえない!


 驚きのあまり俺もドリアも、そしてブランカでさえ動けない。


 固まる俺たちを他所に魔法陣使いはその体を再生させていった。

 魔杖を地面へ突き、回復魔法陣の光が溢れる。

 魔法陣使いの体から傷が消え、衣服の汚れも取り除かれていった。


 だが、奇妙なことに魔法陣使いの挙動は回復したにしてはおかしかった。

 背中を丸め、ぐらぐらとふらついている。

 艶やかだった髪はごわごわと縮れ始め、色もくすんでいく。

 自慢していた肉体も、皺やシミが目立ち始めていた。


 そして若々しかった顔は張りと潤いを失っていく。

 目も細くなり、口から歯が数個こぼれ落ち、ぱらぱらと河原に音が響く。


 ーー老い始めた?


 俺たちの前に立っているの魔法陣使いの姿はどうみても老婆だった。

 

「み、みるな! 見るんじゃない!」


 しわがれた声で叫びながら、老婆が喚く。

 派手な若々しい服装に身を包む老婆の姿は、滑稽を超えて醜悪だった。

 

 ーーあらあら逃亡者だったのね。私と一緒じゃない。


 出会った当初に魔法陣使いは俺にそんなことを口にしていたのを思い出した。

 逃亡者。自分も東岸地方から逃げてきたと、ちょっとした悪さをしたとこの女は言っていた。

 

 ちょっとした悪さとはどんな悪さだったのだろうか。

 すでに融合魔法という禁忌を犯しているこの女が一体何をしたのか。

 目の前で起きる怪現象と無関係とは思えない。


 俺が思考に巡らせていると、老婆が魔杖『ヴァーティン』を地面へ突いた。

 老婆の足元に魔法陣が浮かび上がる。


「あっ!」


 ブランカが慌てて駆け出すが遅かった。


 老婆のーー魔法陣使いの姿は消えていた。


「しまった」


 辺りには川の音だけが響いている。

 河原へと立ち尽くす俺たちは悔しさに歯ぎしりするしかない。


「逃げられた……」


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