表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/99

84 天空でのチェックメイト

 天空から自らへ接近してくるワイバーンを見ながら、女は必死に体を動かそうともがく。

 だが、経験のない高度からの落下は女の想像を超えた世界だった。


 地上よりもはるかに低い気温。

 そして、落下時に受ける空気抵抗。


 もともと女は露出度の高い服装を好んで着ている。

 自分の体型への自信、そして周囲から羨望されることでの優越感に浸るためだ。

 これまでも女はその格好で相手を油断させ、時には凋落させるなど優位を取ってきた。


 だが、この天空という環境にはあまりにも今の服装は適さない。


 肌を露出させていたため、体温は瞬く間に奪われた。

 身につけていたヴェールは激しく風に揺さぶられ空中での動きを阻害してくる。


 狼少女が厚手の服に着替えていたこと。

 その服に部下達から奪った魔法陣カードを忍ばせていたことを思い出し、女は顔を歪めた。


 ーー本命は空中戦か!


 液体に魔法陣は描けない。

 正確に言えば描いたとしても流れによって魔法陣がかき消され効力を発揮できないのだ。

 

 『凪の国』で地割れによって魔法陣が消えてしまったように、描いた魔法陣はその図を保持しなければいけないのだ。

 液体ではそれができない。

 そして、同じことは気体にも言える。

 

 空中では魔法陣は描けない。





「くっ!」


 迫り来る脅威に対処するために女は自らの魔力を練り始めた。

 だが、正直なところ状況は悪い。

 

 普通の魔物が相手ならば女は素の魔力でも十分相手が出来ると自負している。

 宝具に恵まれたこの女は、その身に宿す魔力にも恵まれていた。

 中級程度の魔物ならば宝具無しでも余裕を持って対処できる。

 国お抱えの魔法使いよりも自分の方が魔法も優れていると、兼ねてから女は部下へと自慢していた。


 しかし、上空から迫る魔物は普通の魔物ではない。


 この大陸の制空権を支配し、生態系の頂点に居座る天空の支配者。

 上級魔物のワイバーンなのだ。


 その身に宿す魔力は魔物の中でも極めて強大。

 外殻の強度も桁違いで生半可な武器や魔法では傷つけることもできない。

 種によって宿す能力の種類も違うため、個体ごとに個別の対策が必要だ。

 そして、天空の支配者に相応しい惚れ惚れするような飛行能力。


 地上で敵対する時ですら脅威な存在であるワイバーンと空中で戦う。


 ほとんどの生物にとって、それは死を意味する状況だった。


 ワイバーンの口が開き、その口内が赤く輝く。

 燃え盛る火球が形成され、女へと炎の大玉が勢いよく放たれた。


 通常の障壁魔法と浮遊魔法。

 それらを駆使して女は危機を乗り越えようと試みる。

 だが、やはり空中はワイバーンのホームだった。


 初撃をかろうじて障壁魔法で防いだ女だったが、ワイバーンは女の横を降下すると今度は下の方から上にいる女へと攻撃を仕掛けてきた。

 落下する女へと打ち上げられる火球。

 火球の速度は一撃目と変わっていないのだが、位置としては女は火球に向けて落下する形となる。

 体感的には先ほどの倍近い速度で女には火球が放たれたように見えるのだった。


 当然浮遊魔法でふわふわと回避する余裕などない。

 女は障壁魔法を連発し、重ね掛けをすることで防御の構えをとる。

 だが、流石に上級魔物の攻撃力は伊達ではない。


 1発2発と火球を受け障壁は突破されてしまった。

 全身へと灼熱の炎が迫る。

 幸い威力が弱められたのか命は奪われなかったが、女は顔と腕に火傷を負ってしまった。


「あああああああっ!」


 苦痛に悲鳴をあげる女だったが、ワイバーンは攻撃をやめない。

 女の周りを飛び交いながら火球を放ってくる。

 落下する物体へ正確に命中させてくる点に、ワイバーンという種の空間認識能力の高さが伺える。

 

 ーー嘘よ。嘘よ嘘よ嘘よ! こんなところで私が死ぬ⁉︎


 地上までまだ距離がある。

 当然このまま落ちれば命はない。

 毒ヘビの落とし穴に落とされたときのように、着地してから空間移動したいところだがそのためには浮遊魔法を全開に使い着地前に落下速度を落とさなければならない。

 

 だがワイバーンの攻撃に晒されるこの状況ではそんな余裕はないだろう。

 そもそもこれほどの高度から落下しているのだ。

 加速された勢いを浮遊魔法で制御できるかも女にはわからない。


 ーーまだよ! まだ負けてない! まだ助かる道があるはずよ!


 ワイバーンの火球に晒されながら女は必死に思考を巡らせた。 

 全身を襲う火傷の苦痛を一旦忘れ、生への執着を力に懸命に脳を働かせる。


 老いぼれた腕。血塗られた台。赤ん坊の悲鳴と滴る液体。

 

 過去の記憶が走馬灯として脳を巡る。

 それらの記憶を回想し、女は閃いたのだった。

 

 ーーそうよ! そうよそうよ! なんでこんな単純なことに気付かなかったのかしら!


 女は宝具である魔杖『ヴァーティン』の先端を自分の服へと押し当てた。


 ーー空中に魔法陣は描けないわ。それに生き物の体にも描けはしない。でも服になら魔法陣が描けるじゃない。


 危機的状況を脱する妙案に女の顔がほころぶ。

 

 ーーくっくっくっ。空間移動でここから逃げる。狼ちゃんは逃したけど、生きていればまだチャンスはあるはずよ。


 女は空間移動先を思い浮かべながら魔法陣を描こうとした。 

 だがーー


 ーーえ? う、嘘よ! 何で! 服に魔法陣が描けない⁉︎


 思いがけない状況に女の顔が絶望に染まった。

 全身へと衝撃が走り、女の挙動が固まる。

 

 ーーどうして! 魔法陣を描いてもすぐにかき消される! どうしてよ⁉︎


 驚愕する女だったが、先ほどの走馬灯のように女の記憶がうずき始めた。


 『着替えないの?』


 先ほど狼少女が放った言葉が思い出される。

 あの時は何を世迷言をと思ったものだが、そのセリフによって女は自分の服がどんな状況にあるのかを理解したのだった。


 女の服は濡れている。

 先ほどの水中戦ーー地下水が流れる洞窟内にいたためだ。

 では、あの地下水とは何だったのか。

 この『風車の国』周辺を流れる地下水といえば、それはアクアドラゴンの亡骸から生み出される地下水に他ならない。

 合成獣を生き永らえる癒しの力を持つ『龍水』。

 女の体に受けた呪いを解除し、癒したその水が服に染みている。

 

 ーーまさか……龍水で魔法陣が(にじ)んでしまっているの?


 龍水の魔力は大気に触れると失われると女は理解している。

 だが、水中戦を終えてからまだ5分程度しか経過していない。

 衣類に染みた龍水は服へと描かれた魔法陣を呪いと同じく解除している可能性は高かった。


 ーー嘘よ。魔法陣カードで天空に移動させられた上に、龍水に魔法陣を阻まれるなんて。


 自らを支えて来た2つの力。

 それが敵に利用された事実に女の頭脳が回転を鈍らせる。


 心臓の鼓動が耳だけでなく脳内へ響くのを女は感じた。

 

「くそっ! ふざけんなっ! あのぼうず! くそおおおっ!」


 慌てて体をじたばたと動かそうにも冷気によって女の体は満足に動かない。

 空気の抵抗を受け、木の葉のようにされるがままに落ちるだけ。


 ワイバーンが再び上昇し、女の頭上へと姿を表す。

 その姿を見て恐怖が限界に達した女は、


「うわああああああああああああああああああっ‼︎」


 叫びながら滅茶苦茶に魔法攻撃を仕掛けるのだった。

 様々な属性を持つ魔法が放たれる。

 自慢するだけあってそれらの魔法はかなりのレベルを誇る攻撃魔法であった。

 が、天空の支配者をひるませることもできていない。


「将軍早く助けに来いよぉおお! 貧弱だったお前の肉体を魔法と魔石で強化させてやった恩を忘れたのかかあああ! あの姉妹はどこに行ったああっ! スラム街から拾ってやったのは私だぞ! 誰でもいいから早く助けろ! どいつもこいつも本当に使えないんだからああああっ!」


 涙と鼻水を垂らしながら女は迫り来るワイバーンの攻撃を防ぐために魔法障壁を展開しようと力んだ。

 

 だが、ふと全身へと何かが纏わりつく感覚に女の絶叫は止まった。

 女の体には鎖が巻かれていた。ぼんやりと紫色に光るその鎖によって、魔法障壁を作る魔法は阻害され女の全身から魔力が出せなくなっていく。


 鎖は下へと伸びていて、女はちらりと地上の方へ顔を向けた。


 女よりも遥か下に黒い点が見え、そこから鎖は伸びていた。

 次第に黒い点と距離が縮まりその点が人であることが分かってくる。

 いつのまにかワイバーンの背から降りたその人物は体を水平にさせ、落下速度を抑えながら女の落下を待っていたようだ。

 

 鎖が引っ張られ、女とその人物の距離が急速に縮まる。

 下で待っていた少年の手には鋭い剣が握られていた。

 陽光を受けて輝くその刃を見て女は、


「あああああああああああああああああああっ!」


 獣のような悲鳴をあげるしかなかったが、


「黙れ」


 少年とすれ違いざまに静かになった。


 少年の手には何も握られていない。

 全身に鎖を巻きつけたま女は落下し続けて行く。

 そして、女の胸には剣が深々と刺さっているのだった。


「感想」「ブックマーク」は執筆の励みになります。面白いと思ったらぜひ評価して下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼1クリック ご協力お願いします▼
script?guid=on小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ