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82 命がけの追いかけっこ

『アクアドラゴンの亡骸は預かった。北部の川にて待つ』


 短い手紙だ。

 差出人の名前も書かれていない。

 だが、女はすでに差出人の目星もその狙いも察した。


「あのくそガキ……」


 手紙を握りしめた女はすぐさま宝具の杖を出現させると空間移動した。


 女が出現したのは『風車の国』の北門ーーその外側近くだ。

 空はどんよりとした雲に覆われ、やや薄暗い。

 地面へと女が杖を突く。

 魔法陣が描かれ、そこから光る馬と屋根のない馬車が現れた。

 馬車へ乗り込んだ女は川に向けて馬を走らせるのだった。


 ーーふざけやがってあの坊主!


 余裕などなく、女の表情は怒りに染まっている。

 杖を握る手にも力が込められていた。

 

 アクアドラゴンの亡骸。

 聖水を生み出すその亡骸は『風車の国』を水害で苦しめた元凶であると同時に、女にとっては魔石作りにおける要とも言える重要なものだ。

 禁忌の融合魔法で生まれた魔獣達を生きながらえさせ、熟成させるためにはどうしても亡骸から溢れる水ーー龍水が必要なのだ。


 ーー将軍がいないから魔物の補充が最近出来なかった。地下にあった合成獣たちが唯一の在庫だったのに!


 合成獣を生み出し、そこから魔石を取り出すにはそれなりの熟成期間が必要。

 熟成を待っていた在庫がなくなったということは、魔石の供給が滞るということだった。


「くそっ! 来週には近隣国と取引があったのよ!」


 その損害を頭で計算するだけで女は怒りが膨れ上がっていく。

 黒髪の魔物使いの顔が浮かび、憎悪が強まる。


 地下水が止まったという話からして、アクアドラゴンの亡骸が奪われたのは間違い無いだろう。

 

 女は一度だけその亡骸を間近で確認したことがある。

 『凪の国』を破壊したあのドラゴンほどでは無いにしろ、それなりに巨大ものなのだ。

 水没した亡骸を回収しようとすれば、相当な労力がいる。

 普通の人間はもちろん魔法使いでも無理だろう。


 ーーそんな労力を払ってまで亡骸を回収した理由。考えるまでも無いわね。


 女は口元を歪めながら思考を続けた。


 『風車の国』は女にとって魔石製造の拠点であると同時に、身を守る要塞でもある。

 国中に魔法陣が仕組まれ、侵入しただけで敵対者を迎撃する仕掛けがあるのだ。

 あのバカ王子時代ほどでは無いが、現国王からの信頼もあるため兵を動員させることだって可能だ。

 捕まえることができれば、『風車の国』の法律で如何様にも侵入者を合法的に処することだってできる。


 ーー私を『風車の国』から引きずり出すのが狙いか。

 

 先手を取られた。

 女はそう痛感せざるをえなかった。


 川までやってきた女だったが、魔物使いの姿はなかった。

 代わりにいたのは、


「お! 来たな、魔法陣使いのメス! あたいが相手だぞ!」


 緑のドレスに身をまとった幼女ーーもとい妖精が1匹。


 川より手前の平地の上を浮かびながら、妖精は腕組みをしているのだ。

 

 女は馬車から降りながら周囲へと注意を巡らせた。

 魔物使いや他の魔物はいないらしいが、それでも油断はできない。

 例の雷撃もあるし、手紙を運んだカラスの件からしてどうやらあの魔物使いは遠隔で魔物を召喚することもできるらしい。


 ーー遠くから一方的に魔物を送り込まれるのは面倒ね。早く坊やの居場所を突き止めないと。


「あなただけかしら妖精ちゃん? できればあの坊やの居場所を教えてほしいわね」


「ナイトか? ナイトなら遠くにいる。頑張ればその内に会えると思うぞ!」


 妖精は両手を空へと伸ばした。

 その瞬間、妖精を中心に巨大な薔薇が生え、一瞬で周囲が棘のついた蔓に囲まれる。


「第1ラウンドはあたいが相手だ! 勝てばいいこと教えてやるぞ!」


 妖精の指示を受け、周囲から一斉に薔薇の鞭が女へと打ち込まれた。

 魔法障壁で防御しつつ、女は地面へと次々に魔法陣を描いていく。

 渦巻く炎が出現し、薔薇の鞭を次々に焼き払っていった。


 ーーこの妖精は問題ないわね。警戒すべきは狼娘と雷撃を放った魔物。


 女は空間移動すると妖精の背後へと出現し、炎の旋風を妖精に放とうとした。

 ところがーー


「なっ!」

 

 女の足元が崩れ、大きな穴が出現した。


 ーー落とし穴⁉︎


 極めて古典的な罠だが、女の反応が遅れる。

 穴はかなりの深さで20メートルはあるだろう。

 落下しながら女は穴の底に蠢くそれを見た。


 100匹近い数の蛇が穴を埋め尽くしていた。

 体長は1メートルほど。鋭い2本の牙をむき出しにする様は見ただけで毒ヘビだとわかる。

 

 蛇の群へ落ちた女は数匹の蛇に噛まれた。

 激痛に襲われつつも、女は地面へ杖を突くとすぐさま空間移動する。

 

 女は川の近くへと姿を現し、素早く地面へ回復魔法陣を描く。

 全身を巡る毒が浄化され、傷口も消えた。

 それでも蛇に触られたおぞましい感覚は皮膚に残っている。

 女は体をさすりながら周囲を見渡した。

 

 妖精の姿はない。

 代わりにまたカラスが1羽現れ、女の足元へ手紙を置くと姿を消した。


『川の上流へ来い。10分ごとに亡骸のパーツを破壊する』


 短い手紙を握りつぶし、女は吠えた。


「ふざけやがって! 今に見てろ! 見つけ出して殺してやる!」



 


 

「遅かったじゃない」


 上流にたどり着いた女を迎えたのは狼少女と、巨大な像の魔物だった。


「久しぶりね狼ちゃん。あなたのご主人様は随分と臆病者のようね。こそこそ隠れて、戦うのはあなたみたいな女の子に頼りっぱなし。情けないご主人だと思わない?」


 開口一番に女は嫌味を言い放ったが、狼娘はとくに怒る様子もなく、


「うん。それは私も前から思ってるよ。なんていうかまどろっこしいよね。もっとガンガン力押しで戦えばいいのにって思うよ」


 意外にも同意して来た。


「でも最近は私も作戦に付き合うのが面白くなってきたんだけどさ」


「あらそう。飼い主に似て来たのね」


 さてさて、と女は続ける。


「早いところアクアドラゴンの亡骸を返してもらえないかしら? あれが無いと困るのよね。ついでに狼ちゃんたちも魔石の材料になってもらうわ。埋め合わせはしてもらうわよ」


 女の周囲に魔法陣が浮かび上がる。

 陣から現れたのは銀色に輝く無数の矢だった。

 宙へ浮かぶ矢は狼少女と象の魔物へと狙いをつける。


「『凪の国』で私の魔法陣に手も足も出なかったことは覚えているわよね? 狼ちゃん用に銀でコーティングされた矢よ。どうせご主人様の宝具で回復されるだろうけど、言い換えれば何度でも苦痛を与えてあげられるってことよね? 私に刃向かったことを後悔させてあげる」


 嗜虐的な笑みを浮かべる女に対し、狼少女も全身を白く発光させ抵抗する姿勢を見せた。


「ただ、あの坊やの居場所を教えてくれるのなら、あなただけ助けてあげるわよ? 狼ちゃんは話が分かりそうだし、特別に部下にだってしてあげる。美味しいものも好きなだけ食べさせてあげるわ。どう?」


 女の問いに狼少女は拳で返答してみせた。

 爆発的な加速で女へと接近した狼少女。

 その右拳が女へと打ち込まれるが、女の姿も消えていた。


「まったく野蛮な生き物ね」


 川の反対岸へと移動した女が杖を突く。

 無数の魔法矢が狼少女を包囲し撃ち込まれた。

 高速移動を繰り返し、狼少女は矢を回避していく。


 ーー前より速くなってる。体を包む強化魔法が段違いに強化されてるわ。この前は全力じゃなかったのね。


 矢を回避した狼少女は川を跳躍し、再び女へと攻撃を仕掛けて来た。


 ーーこの攻撃は障壁でも防ぎきれない。空間移動するしか無いわけだけどーー


 女が姿を消し、今度は500メートルほど離れた河原へ現れた。

 それと同時に、閃光が瞬き一拍遅れて雷鳴が轟く。

 雷撃が女へと直撃するが、女は少しぐらついただけで無傷だった。

 空間移動に伴う隙をカバーするために、自動で障壁が展開されたのだ。


 ーー移動した瞬間に雷撃が来るわけね。念のために『ヴァーティン』の設定を強化していて良かったわ。


 無傷とはいえ衝撃によってバランスを崩した女は尻餅をつく。そこへ狼少女が接近していた。


 空間移動。雷撃。狼少女の追跡。そして、空間移動。


 女は防戦一方だった。

 試しに2キロ近く移動してみるものの、姿を見せた瞬間に雷撃が降ってくる。

 おまけに狼少女も遠隔召喚されたのか近くへと召喚され、追撃して来るのだ。


 ーーくそっ! 雷撃が邪魔だわ。攻撃用の魔法陣を出す隙が潰される。自動障壁を強化した分、通常の魔法陣展開がちょっと遅くなってるのよね。それに空間移動の移動先がこうもあっさりバレるのはなぜ? どこかで見張られてる?


 後方から突進して来る大猪の攻撃を障壁で防ぎながら、女は周囲へと探知魔法を放った。


 ーー坊やの気配はないか。こんな鬼ごっこに付き合っていられないわ。でも逃げると亡骸が取り戻せない。くそっ!


 数回目の空間移動を女をした。

 そして、再び雷撃が女を襲う。衝撃に歯をくいしばる女へと遠隔召喚された狼少女が攻撃をくわてきた。


「調子に乗らないで!」


 女が怒りで目を見開く。それと同時に狼少女の足元から銀色に輝く無数の刃が出現し、その体を貫こうと放たれた。

 この場所は最初に狼少女と対面した場所だ。

 女は狼少女との会話中に仕掛けていた魔法陣をこのタイミングで発動させたのだった。


 強化魔法で守られた狼少女の体へ刃はダメージを与えられない。だが後退させることには成功した。

 その隙に女は走りながら魔法陣を展開していく。

 銀の杭が狼少女へと撃ち込まれ、炎の渦が川辺を覆った。

 強力な魔力の込められた攻撃に、流石の狼少女もダメージを受け始めた。

 服が破れ、その下の肌が傷つき血が滴る。


「あらあら、服がはだけて色っぽくなってきたわよ、狼ちゃん!」

 

 加虐心に染まった女が薄笑いを浮かべながら魔法陣を繰り出し続ける。

 狼少女の周囲へと金色の光が出現した。

 それは3本の光のロープとなり、狼少女の体を縛り付ける。


 ロープに囚われた狼少女は川辺に倒れ、身動きが取れなくなった。


「人質には人質を。確か『鋼の国』であなたたちが使った手よね? ふふふ。あの坊やにとって狼ちゃんは大事な存在だろうから人質にさせてもらうわ。そのロープは『封魔の鎖』と同じ効力を持っているの。狼ちゃんの強化魔法は封じるし、坊やの宝具がもつ遠隔召喚も多分妨害できるはず。これは坊やも予想外じゃないかしら?」


 狼少女へと近づきながら、女は周囲を見渡した。

 炎の魔法によって2人の周囲は激しい煙に包まれている。


 ーー雷撃が来ないわね。煙で視界が悪いから? やはりどこかから監視されているのね。


 ロープを掴み女は狼少女を無理やり立たせた。女の魔力が込められ、ロープは封魔の効力を維持し続ける。

 

「どこからか見ているんでしょ坊や? あなたの可愛い狼は捕まえたわ! 亡骸と交換よ。『風車の国』の塔で待っているわ」


 見えざる敵へと宣告し、女は空間移動しようと杖を持ち上げた。

 だがーー


「なっ!」

 

 突如として地面が割れ、2人は暗い穴の中へと落ちるのだった。

 

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