80 西岸に吹き込む七色の風
ーーナイトたちが『風車の国』を到着する少し前のころ。
「ようやく地下水がなくなりましたか。長かったですね」
ドラゴン達の住まう大山脈。
その地下空間の洞窟に、人間の声が響いていた。
声を出したのは眼鏡をかけた魔法使いの青年。
彼の握る杖からは柔らかな光が放たれ、最後尾を歩く魔法使いの女性とともに洞窟内を照らしている。
「そうだな。東岸の仕事を片付けたは良いが、結局地下水が抜けるのを3日待ったからな。ようやくこれで奥へと進めるわけだ」
眼鏡の魔法使いへと戦士らしき大男が語る。
先頭を歩くこの2人後ろには、金髪の女と祭服を纏った女性が続く。
その後ろには弓を背をった青年が歩いていた。
そして最後尾には杖を持った女性と、
「…………」
油断なく周囲へと注意を向ける端正な顔つきの青年がいた。
総勢7名。
この深く入り組んだ洞窟を抜けるにはあまりにも少数。
だが彼らの歩みに迷いは感じられない。
かつてこの洞窟突破に挑んだ者たちはいずれも大人数でルートを模索し、時間をかけて進んだ。
だが、この7人は道が別れていても、全員で同じ道を進みこれまで一度として引き返していない。
その理由は2列目を歩く祭服姿の女性にあった。
「多分こっちの道だと思います」
祭服姿の女が指差す。
7人は分かれ道の前で立ち止まっていた。
道は9つに別れていて、厄介なことにどれも同じくらいの道幅である。
にも関わらず、女性は3秒もしないうちに1つの穴へと指差したのだ。
「よし。ヴィオの言う通りに行こう」
先頭の2人に続き一行は進んで行く。ためらったり、疑ったりする様子などまるでない。
『七色の風』の1人ーーヴィオ。
祭服姿のこの華奢な女性は『七色の風』の中でも異端の力を持つ人物だった。
一言で言えば恐ろしいほどに『強運』な人物なのだ。
賭け事をすれば負けることはなく。200匹近い魔物に襲われても突然魔物達が体調を崩し退散する。
10カ国を機能不全に陥らせた大地震が発生した時も、震源地だったはずの村は彼女が滞在していたために花瓶1つ割れることなく平穏を保った。
ーー君は天に愛され過ぎている。
そう称される彼女の幸運は『七色の風』にとっても極めて重要な戦力だ。
今回のように未知の環境を進むときに、彼女がもつ幸運の加護は過去何度もパーティを救ってきた。
複雑な洞窟内を迷うことなく進むなど、ヴィオにとっては問題にならない。
現に彼女はこの洞窟を入ってから正解のルートを進み続けているのだった。
7人はずんずんと洞窟内を進んで行く。
地下水に晒されていたためか、洞窟内は湿度が高い。
気温こそ低いものの汗はなかなか乾かず不快なはずの環境だ。
しかし、魔法使いの仕掛けによりパーティ全員が地上と変わらぬ快適な旅を続けている。
本人達は知る由も無いが、すでに大山脈の中間地点を超え、地理的にはすでに西岸地方へと彼らは進出しているのだった。
「それにしてもこんな洞窟を進もうだなんて狂気の沙汰ですよ。ヴィオさんがいなければ僕は絶対こんな場所来たくありませんね」
眼鏡男の言葉に金髪女も頷く。
「全くだわ。でも道中に大人数が休憩していた痕跡もあった。狼人間の体毛もあったから、連中がここを通ったのは間違いないわ。信じがたい話だけどね。あぁ〜早くお風呂に……っ!」
金髪女は会話を途中でやめると祭服の女を庇うように前に出た。
金髪女とほぼ同時に先頭を歩いていた大男も行動していた。
大男の全身が銀色の破片に覆われる。それらはやがて鎧を形成し、大男の体へと装着される。
金髪女は腕を前に交差させる。すると彼女の背中から白く輝く翼が現れ、洞窟内を照らし始めた。
2人が戦闘態勢に入ると、洞窟の奥から巨大な蛇が現れた。
紫色の鱗に覆われたその大蛇はとぐろを巻きながら7人めがけて猛進してくる。
開かれた口からは鋭い牙が現れ、毒を撒き散らしながら接近して来た。
大男が右手を前に突き出す。
すると鎧の表面がざわざわと動き出し、あっという間に巨大な盾を作り出した。
「ぬぅぅ!」
盾を両手で掴み、大男は大蛇の突進を止めてみせる。
攻撃を防がれたことに動揺したのか、蛇が後退しようとするが。
「遅い!」
洞窟内を飛んでいた女が蛇の背後を取る。
輝く翼を羽ばたかせ飛ぶ金髪女。
彼女の翼から硬質化された羽が弾丸のように発射され蛇へと降り注いだ。
強固なはずの大蛇の鱗を羽が突き抜ける。
大蛇はびくりと体を震わすと、その体は動きを鈍らせた。
ぴくぴくと震える大蛇へと弓を背負っていた男がトドメを刺した。
光の矢が蛇を貫く。
呼吸や生命活動に必要な臓器を破壊され、大蛇は死んだ。
「でかい蛇だな。なんて種類だ?」
装備を解いた大男の疑問に、
「『惨毒蛇ヴェノマム』ですね。毒の強さで有名です。鉱物や貴金属まで融解させる強力な毒の持ち主ですよ」
眼鏡の魔法使いが答える。
「ふーん。まぁ、俺の宝具は溶かせなかったようだな」
得意げに大男が腕を組む。
「はいはい。あんたの宝具はすごいって」
大男の態度に慣れているのか、金髪女は気の無い返事をしながら前へ進む。
その後も『七色の風』は惨毒蛇の襲撃を受けるのだが、大男と金髪女、そして弓使いの攻撃を前に次々と討伐されてしまうのだった。
「これで14頭目。この洞窟はこいつらの巣窟みたいね」
横たわる大蛇の死骸を見ながら金髪女が後方の青年へと語りかける。
「こいつらって結構強力な魔物でしょ? 流石のナイトってやつも食われてたりして。あっ、でもあの狼人間がいるか」
語りかけられた青年は金髪女の言葉に軽く首を振るだけで、何も語らない。
「どうしたのですか、ロードさん?」
祭服姿の女が心配そうに青年へと問いかける。
6人の歩みが止まり、全員が青年へと注目した。
「いや、気のせいかもしれないが。今、ドラゴンが飛び立った気配がしたんだよ。多分、この真上だな」
ちらりと洞窟の天井を眺めながら、青年はそんなことを口にする。
ドラゴンという言葉にその場にいる全員に緊張が走る。
惨毒蛇を軽々と退ける彼らであっても、ドラゴンが相手となれば楽勝とはいかない。
「飛び立った? それって大山脈を離れたって意味か?」
大男の言葉に、青年は頷いた。
「あぁ、多分ね。かなりデカい個体だ。小さな国なら簡単に滅ぼしてしまえそうな気配だよ」
もちろん気のせいかもしれないが、と付け加える青年に6人は互いに目配せをした。
このリーダーである青年の勘や気配察知の巧みさを知る6人としては、気のせいとは思えなかった。
「急いでこの洞窟を抜けましょう! 私達ならまだ間に合うかもしれません。ドラゴンが被害を出す前に外へ行かなければ」
そう口にするのは祭服姿の女。
神官という職業だけに、ドラゴンの暴挙で虐げられる人間が放っておけないのだろう。
7人が頷き歩みを早める。
彼らは東岸地方一の冒険者『七色の風』。
正義感と責任感は流石のものがあった。
ただ、そんな彼らも洞窟を抜けるのに5日ほどかかってしまうことになる。
ヴィオの強運によって正解のルートを歩き続けた彼らは、実のところ2日目には洞窟の出口付近まで到着していた。
そこから3日間も時間を費やしたのは出口が塞がっていたからという単純な理由だった。
「ちくしょう! なんで落盤しているんだよ!」
大男が吠えながら崩れた岩を除去している。
ある場所から洞窟は落盤を起こしていた。
隙間風に乗って洞窟内に漂うのは森の香り。
その場所が地上に近く、しかも出口に近い証だった。
しかし、落盤によってルートは完全に塞がっており、7人は交代しながら岩の除去に時間を取られることになってしまったのだ。
「「「出れたー!」」」
作業開始から3日後。
最後の岩を砕き、7人は地上へと脱出に成功していた。
時刻は昼間。
爽やかな森からの空気に7人は久しぶりに呼吸を楽しんだ。
「あっちに国があるわ。なんだか水害の跡があるけど、ナイトってやつの目撃情報があるかもしれないわね」
背中から生えた翼を羽ばたかせ上空を飛ぶ金髪女が地上組へと叫んだ。
偵察役からの報告に、
「よーし。休憩と情報収集だな。その国へ向おうぜ」
大男の提案にメンバー達が賛成する中、
「悪いけど俺は少し散策する。皆は国で休んでいてくれ」
リーダーである青年だけは別行動を取ることを宣言し始めたのだ。
「おいおい、ロード。どうしたっていうんだ。またお得意の別行動かよ」
大男が戒めるがロードと呼ばれた青年は構わず背中を向けた。
「大山脈の方から奇妙な気配を感じる。皆はあの国で休みつつ情報を集めていてくれ。明日の朝、俺も入国するよ」
そう告げると、何も言わずに歩き始めてしまうのだった。
「ま、待ってくださいロードさん! 1人じゃ危ないです。お供します」
ヴィオと呼ばれた祭服の女が慌てて駆け寄る。二言三言言葉を交わした2人は大山脈へと歩き、姿が見えなくなってしまった。
「やれやれ。まぁ、リーダーからの命令だ。素直に休んで標的の情報を集めるとしますか」
弓使いの言葉に他の4人も頷いた。
「ロードさん。どうしたんですか?」
大山脈へと進んでいく青年ロードへ祭服姿のヴィオが話しかける。
「気配がするんだ。歪んだ気配だ。この世にいてはいけないような苦悶に満ちた気配だ。どうしても気になるから確かめるんだよ」
「気配ですか? それはドラゴンに関係あるのでしょうか?」
ヴィオの言葉をロードは首を振って否定した。
「ドラゴンの気配じゃないな。ドラゴンよりは圧倒的に弱い存在だ。でも不吉な気配だな」
それに、とロードは続ける。
「ドラゴン達の気配も何だか変だ。ちょっと興奮しているような気がする。迷い犬が飼い主に再会したような、そんな気配だ」
「飼い主に再会? 変な例えですね。ドラゴンから主人と呼ばれるような存在なんているわけないですよ」
それこそ、とヴィオは続けた。
「おとぎ話の魔王でもない限りありえませんよ。あはは」
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