79 天を越えての帰還
ドラゴンの襲来から30分後。
俺たち3人は『凪の国』があった場所から南へと逃げていた。
音に匹敵する速度で移動するブランカに抱えられ、俺とドリアは運ばれる。
ブランカ曰く、
「あのドラゴンの姿が見えているうちは安心できない。見える範囲全部があいつの射程距離だろうから」
とのことだ。
信じがたい話だが実際に交戦経験のあるブランカが言うのだからその通りなのだろう。
森を抜け、川を越え、俺たちはとある岩場で休憩することになった。
この岩場にたどり着いた途端にブランカは倒れてしまったのだ。
「うー、もう無理」
俺たちを地面へと下ろしたブランカはそう呟くと、ふらりとその場で崩れてしまった。
「ブランカ大丈夫か?」
「わんわん!」
慌てて俺とドリアが駆け寄るが、ブランカは汗だくで呼吸も荒い。
よくみると両足がぷるぷると痙攣している。
「フルパワーを……こんなに維持したの………久しぶりだからさ。……疲れちゃった」
喘ぎながらブランカが答える。
『七色の風』から狙われるほどの魔石と魔力。
それを宿しているブランカとは言え、音速にまで達するほどの脚力強化は相当の魔力消費となったようだ。
俺は『魔物図鑑』を取り出し早速『回復』してあげたのだが、
「うー。なんか怠いよ」
肉体と魔力は『回復』できても、精神的な疲労までは癒すことができないらしい。
「とりあえずお前は休んどけ。この岩場から『凪の国』とドラゴンの姿はみえない。多分、もう大丈夫だろう。むしろ警戒するべきは魔法陣使いだな」
俺は『魔物図鑑』からクリスタルスパイダー(結晶蜘蛛)を複数匹召喚すると、この岩場を中心に糸を張り巡らせた。
透明な蜘蛛の巣によって岩場は覆われる。
「もし魔法陣使いが現れればこの糸に触れることになる。一時的に動きを封じられるし、クリスタルスパイダーたちが襲撃を教えてくれるだろう」
糸の結界の中で俺たちは簡単な夜食を済ませると、
「じゃあドリア。済まないけど見張りを頼む。もしあの女が現れたら初撃だけでも防いでくれ。そのあとは全員で応戦する」
「任せろ! 進化した植物たちでボコボコにしてやるもん!」
俺とブランカは就寝することにした。
幸いなことにその夜、魔法陣使いからの襲撃はなかった。
ドラゴンの襲来を見て巻き添いを食らうのを避けたのか。もしくは俺たちがドラゴンに葬り去られたと思っているのか。
実際にブランカが逃がしてくれなければ俺たちは全滅していたはずだ。
あの女がそう判断したとしても不思議ではないし、むしろ好都合だ。
ーーまだ負けたわけじゃない。
俺は静かに瞼を閉じながらそう自分に言い聞かせたのだった。
翌朝。
いつもの鍛錬と朝食を済ませた俺は、
「じゃあ、ドリアは昼過ぎまで図鑑の中で寝ていてくれ」
「わかった。おやつの時間には絶対起こしてね。約束だぞ」
とドリアを図鑑へと収容すると、ブランカを起こした。
一晩寝て体調を取り戻したらしく、
「あぁ、牛肉また食べられなかった」
いつもの調子でブランカが嘆く。
「大丈夫。今日は牛肉食わせてやるって」
俺の言葉にブランカが狼耳を立てた。
尻尾もゆさゆさと揺れ、期待の目で俺をみる。
「ホント! 野生の牛じゃないよ? 人間が育てた美味しい牛の肉のことだよ?」
「あぁ、食わせてやるって。昨日の脱出劇はお手柄だったからな。ご褒美だ」
「わーい!」
幼児のようにはしゃぐブランカに俺も自然と笑みが溢れる。
「うー? でも今日中に国に到着するの? ワイルドボア(大猪)に乗って行くにしても見た感じ……」
そう言ってブランカは目を凝らし南の方へと注意を向ける。
その視線の先には大山脈ほどではないにしろ、険しい山脈が連なっていた。
「うー。なかなか厳しい道のりだと思うよ? あっ! もしかしてまた私に高速移動させるつもり? あれ疲れるからやりたくなーい。もしやらせるのなら牛肉10枚は食べるからね!」
ブランカが不満げな目で俺を見てくるが、
「大丈夫だって。お前にはのんびりしてもらう」
という俺の言葉に首を傾げた。
「じゃあどうするの?」
「ブランカ。お前忘れてないか? 俺たちは昨日有望な戦力を捕まえただろ?」
「うー? …………あぁ!」
ブランカは察したらしく、表情を輝かせた。
初めておもちゃを買ってもらった子供のように楽しげな表情。
俺もにやりと笑うと『魔物図鑑』を取り出し、ワイバーンを召喚する。
岩場へと現れた天空の支配者を見て、俺もブランカも気持ちが高揚し笑みが溢れた。
「一度でいいから空を飛んでみたかったんだよな。ワイバーンに乗って移動するなんてロマン溢れるだろ?
さぁ、ブランカ! 今日は楽しい空中移動だ。楽しんで行こうぜ!」
「うん!」
結論から言えば空中移動は全然楽しくなかった。
最初こそワイバーンの背に乗った俺たちは、
「すげぇ! これが飛ぶって感覚なのか!」
「みてみて! 岩場があんなに小さく見えるよ!」
「おー! 周りの様子がすげぇはっきり見える」
「うー! 楽しいね!」
と、はしゃいでいたのだが、
「…………なんかさ。呼吸が苦しいような」
「……うー、なんか寒くなってきたような」
次第に高所の洗礼に晒されることになったのだ。
山脈を越えるためにワイバーンはどんどん上昇して行くのだが、それに合わせて気温は低くなり、呼吸もどんどん苦しくなる。
「な、ナイト。私寒いよ。図鑑で暖かい服に変更して!」
「わ、わかった……頭がぼーっとしてきた。耳も痛いし」
そして山脈を超え始めた頃には、
「だああああっ! 寒い! 寒すぎるだろ!」
「うー! 寒いよー! 死んじゃう!」
俺たちは真冬のような環境を前についに根を上げ始めたのだった。
4000メートル近い高度。
『低温』と『空気が薄い』という地上の生き物を拒むような環境。
俺たちはそれらに対してあまりにも無知で準備不足だった。
とはいえ雪が降り積もる山脈を見ていると、陸路で渡ろうとする方が無謀な気がする。
俺はワイバーンに火球を口に蓄えてもらい、その熱波で低温環境を凌ぐことにした。
空気の薄さに関しては申し訳なかったがドリアを頼ることにした。
「むぅ、あたい眠いんだけど……………って寒いぃぃぃぃっ! え⁉︎ どこなのここっ⁉︎」
未知の環境に驚くドリアへ状況を説明し、
「それならこの植物を使えばいいと思う。ううぅ、寒いから早く図鑑に戻してよー」
不満を言いながらもドリアは一本の葉っぱをドレスから取り出してくれた。
ドリアを図鑑へ戻すと、俺とブランカは受け取った葉っぱを口元へと当てた。
この葉っぱはドリアが魔改造した植物の切れ端で、様々な気体を発生させる植物らしい。
先日見せてもらった時は悪臭ガスや、爆発性のあるガスを作り出していた。
今回出してもらったのは呼吸に必要な気体を生み出す葉っぱだ。
「これを改造して水中でも呼吸できるようにするのがあたいの目標!」
とドリアが言っていただけあり、葉っぱの生み出す気体によって俺とブランカは呼吸を取り戻すことに成功していた。
遊覧飛行という名の地獄ツアーはおおよそ2時間続いた。
山脈を越え地上へと降り立った俺たちは、
「地面だ! 戻ってこれたんだ!」
「うー! 歩けるよ! 私歩けてるよ!」
抱き合いながら各々生還の喜びを噛みしめる。
俺たちの後ろで羽を休めていたワイバーンは、
「……………………ウゥ?」
珍妙な生き物を見るかのように俺たちを眺め首を傾げていた。
「うー。うっかり死ぬところだったよ」
焚き火で温めたお茶を飲みながらブランカは俺へと話しかける。
「次にワイバーンに乗る時は防寒具を着ないとダメだな。良い勉強になった」
「私、もうお空には行かない」
決意したかのようにブランカが拳を握った。
森と平地の境界で俺たちは休憩を取っている。
南側へ視線を向けると、巨大な城壁に囲まれた国の姿が見えていた。
国の中には至る所に見覚えのある風車が見える。
「1ヶ月ぶりに戻ってきたな。『風車の国』」
「うー。そうだね。この国であのタマネギ頭王子に絡まれたのがそもそもの始まりだったっけ?」
「そうそう。そして新国王に褒められて、国民から感謝されている時にあの魔法陣使いに目をつけられちまったんだよな」
「大変な1ヶ月だったよね。牛肉なんか全然食べられなかったし」
「またその話かよ。まぁ、大変だったのは間違いないな。死にかけたことも何度かあるし。でも」
俺は『魔物図鑑』を取り出すと、その表紙を軽くなぞった。
「そろそろ決着をつけたいな。あの女に絡まれたままだと平和に暮らせそうもない」
「だね。でもどうするの? 正直、『凪の国』で私たち負けたようなものだよ? ホーンホエールの雷撃はバレちゃったし。重さを操る魔法陣にも水球の魔法陣にも私たちは抵抗できなかった。勝算ってあるの?」
「なんだよ。弱気になってるな。勝算は今から作って行くんだ。戦力はある程度揃った。魔法陣使いの戦い方や使う魔法も昨日の戦闘で知れた。それに将軍とナイフ女とか敵の部下も減らすことはできている。これ以上時間を開けると向こうに戦力を増やすチャンスを与えることになるからな。近日中に仕掛けるぞ」
「うー。ナイトがやる気なら私も頑張るよ。まずは何をするの?」
「情報収集だ。『凪の国』での戦闘は俺に取っては予想外の戦闘だった。アドリブの作戦で戦ったけど、旅の間に組み立てていた作戦は別にあるんだよ。それが使えるかどうかを確認する。それに予期せずゲットしたワイバーンって新戦力とそれに絡ませた戦法も練習したい。そうだな……魔法陣使いを仕留めるのは5日後ってところかな?」
働いてもらうぜ、という俺の言葉にブランカは親指を立てて頷いたのだった。




