75 才気縦横なニューフェイス
最初に動いたのは狼娘だった。
夕闇の中で白く輝く強化魔法。
その力が込められた渾身の拳が地面を穿つ。
爆音とともに砂煙が舞い、振動が広場全体を揺るがせた。
「爆発したぞ!」「魔物が暴れてるわ!」「魔法陣は? 魔法陣の結界はどうなっているんだ!」「大司教様に早く報告しろ!」
突然の事態に野次馬たちは慌てふためく。
砂煙によって視界が奪われることで、彼らの混乱は強まっていった。
一方の魔法陣使いたちはと言うと、
「むっ! 砂煙で見えない。お姉様を守らなきゃ!」
「大丈夫よ。ほら」
こつんと魔杖『ヴァーティン』を地面へ突いた瞬間、魔法陣使いを中心に風が発生する。
砂煙はかき消され、視界が鮮明となる。
広場の様子が見えて来たが、そこに少年と魔物の姿はなかった。
「あらあら。最初はかくれんぼかしら?」
魔法陣使いが邪悪に微笑むその横でナイフ女が異変に気付いた。
「お姉様! 国民たちがこっちに来ます!」
教会の方へと慌てて逃げる国民たちの中に、彼らの動きに逆行して魔法陣使いたちへと迫ってくる集団がいた。
老若男女入り混じったその集団は、全員が頭部にカラスの魔物を乗せた状態という珍妙な格好をしている。
ともすれば滑稽でしかない光景だが、全員の両手に刃物が握られているとなれば話は別だ。
涎を垂らし意味不明な呻き声をあげながら、その集団は魔法陣使いたち3人を取り囲み切りかかってきた。
「もう、汚いわね!」
魔法陣使いを中心に再び風が起こる。
ただし今度は吹き飛ばすのではなく切り裂くような鋭い風だ。
空気を切り裂く音とともに、集団は血まみれに切り裂かれ倒れた。
「さすがお姉様。30人の暴徒を瞬殺! お見事ですわ!」
黒服女が讃えるが、倒れた者たちの頭からカラスたちが飛び立った。
そして、逃げ惑う国民たちの頭へと着地すると、再び暴徒と化した国民たちが魔法陣使いに向けて突進する。
「あのカラスが操っているわけね。でも変ね。あのカラスって人を操るような能力を持ってないはずだけど」
疑問を感じつつも、魔法陣使いは風の刃で国民たちを躊躇なく切り刻む。
カラスたちも切り刻んだが、
「ふん。瞬間的に回復されたわ。やっぱりあの坊やを先に始末しないと駄目みたいね」
真っ二つにされたはずのカラスたちが一瞬で回復する様を見て、魔法陣使いは部下へと指示を飛ばした。
「あなたたちは坊やを探して殺しなさい。魔物は私が抑え込むわ。回復はされるようだけど、動きを封じる手段は何も殺すばかりじゃないわ」
「了解しました! でもお姉様。あの男、さっき頚動脈を切ったのに自力で傷を治したのです。簡単には殺せないかもしれません」
「あら、そうなの? あの坊や自身の魔力じゃあ致命傷を回復なんてできないと思うけど」
「しかし、お姉様。深々と切ったはずの傷が1分程度で治るのをこの目で見ました。事実です」
部下の報告を聞き、魔法陣使いは、
「ふーん。それは気になる情報ね。でもやることは変わらないわ。見つけたら首を切断してやりなさい。さすがにそれは回復しないでしょう。あと戦うときは2人でやるのよ。あの坊やは将軍と剣技で渡り合えるだけの実力はあるようだからね。『封魔の鎖』に十分注意しなさい」
「「了解です」」
指示を受け姉妹が獲物を探そうと走り出したそのときーー。
地面が割れ、1匹の魔物が姿を現した。
「『鋼鱗蛇メルガーナ』か。地面から奇襲できるって便利よね」
ブランカの視線の先ーー広場では全身を銀色に輝かせた大蛇が魔法陣使いたちへと攻撃を加えている。
その様子を俺たちは家の屋根から眺めていた。
「ここ2週間の間に色々な魔物を仲間にしたけど、あいつはその中でも即戦力の1匹だ。鱗の防御力。重量と巨体をいかしたパワー勝負が強みだ。シンプルに強い」
ちなみに危険性は『高』だ。
メルガーナは尻尾を鞭のようにしならせ、勢いよく地面を叩いている。
衝撃によって地面が割れた。
連中は障壁魔法と空間移動を使って攻撃を回避している。
「ナイト。次はどう攻めるの? 私の出番まだ?」
ブランカが腕回しをしながら尋ねてくる。早く戦いたくてウズウズしているっといった感じだ。
「お前は『崩し』の役をやってもらう。最初の攻撃でお前のパワーを魔法陣使いも体感したはず。お前の攻撃を警戒しているだろう。こっちの切り札がブランカと向こうに思わせる。そこを突くぞ」
「うー。わかったよ。ドリアも罠を仕掛けているしーー」
ちらりとブランカが上空を見上げた。
闇夜に紛れてシェアリングクロウ(伝播烏)が飛び交っている。
「狙撃手さんも準備いいみたいね」
「ああ。けどやれることは全部やる。ブランカ、俺は今から一瞬奴らの前に姿を表す。3人とも俺を追いかけるだろうからそこでドリアの罠を発動させるぞ。連中を分断させ、まずは取り巻きの2人を始末する。ブランカはお気楽ナイフ女をやれ。俺は黒服女のほうを仕留める」
ーーこの魔物、ではないわね。
魔法陣使いは暴れまくる鋼の蛇の攻撃を避けながら冷静に分析をしていた。
ーー『鋼の国』に忍ばせていた部下の話だと、将軍は甲冑を破壊され即死状態だったと聞いているわ。この蛇は確かにパワーもあるけど、将軍の甲冑を貫けるほどじゃない。やはりあの狼娘のパワーが一番厄介ね。障壁で防ぎきれないだろうから空間移動で避けるしかないか。
魔法陣使いは空間移動魔法で蛇の魔物を移動させた。
蛇は移動させられたことに少し動揺したようだが、魔法陣使いの姿を見つけると再び攻撃を仕掛けてくる。
ーーちっ! こいつは重いしデカすぎるわ。通常の空間移動魔法じゃあ、50メートル移動させるのが限界か。かと言ってこいつ程度に国に仕掛けた転移ポイントを消費するのも癪ね。離島に飛ばすことは出来るけど、坊やの宝具は遠方の魔物も呼び出せるようだから無意味か。
魔法陣使いは杖を地面の4箇所と突いた。
4つの魔法陣が地面へと浮かび、その中央から先端に鋭い銛を備えた極太の鎖が放たれる。
銛は蛇の鱗を突き刺し、4方から伸びる鎖が魔物の動きを封じた。
「さすがお姉様の魔法陣!」
ナイフ女が拍手するが、それとほぼ同時に地面から大量の植物が一斉に芽吹き始める。
一瞬で人間よりも背の高い植物が広場を生い茂り、3人の視界を奪った。
環境の変化に驚く3人の前に、光の弾丸が撃ち込まれる。
致命傷には程遠い威力だが、3人は弾丸によって体勢を崩され地面へと倒れた。
「あそこにいる!」
「くそっ! 仕留めますわよ」
姉妹2人が草陰に一瞬だけ姿を見せた男を追い駆け始めた。
魔法陣使いは空間移動によって草むらを抜け、民家の屋根へと移動した。
屋根から草むらを見下ろす魔法陣使いは、草むらを囲むように操られた国民が群がっている様を見て歯ぎしりをした。
「全員が似たような服装か……服を変えて紛れこまれていたら厄介ね。坊やだけじゃなく狼娘も妖精の姿も見つけられない。とりあえずあそこにいる連中は始末する必要がありそう」
そう言って魔法陣使いは攻撃魔法を発動させようとしたが、背後からの気配を感じすぐさま空間移動する。
少し離れた民家の屋根へと移動した魔法陣使いは、さきほどまで自分が立っていた屋根の上に30メートル近いゾウに酷似した魔物が現れ、家を押しつぶす光景を目の当たりにした。
ーー私の位置が知られている。なぜ?
疑問を感じる魔法陣使いの近くに再び象の魔物が召喚された。さらに蛇の魔物も回復された状態で姿をみせた。
ーーちっ! やはりあの坊やは危険ね。必ず殺すわ!
「どこへ行きましたの!」
「もうー、ムカつくなぁ」
魔法陣使いから離れた姉妹は少年を見失っていた。
2人が走るのは広場から少し離れた路地裏。
2人の姿を見て住民たちが不思議そうな顔をしている。
「まだこの近くにいるはず!」
「絶対に見つけ出して殺してやるもん」
やがて2人は少し広めの道へと出た。
そこには2人が追いかけていた少年が奥の細道へと逃げ込む姿があった。
「待ちなさい! 殺してあげますわ!」
黒服女が少年を置い細道へと飛び込む。
その後ろからナイフ女が続こうとしたが、
「なっ!」
突如として出現した巨木に道を塞がれ、立ち止まった。
「あんたの相手は私よ」
振り返ったナイフ女の視線の先。そこには国民と同じ白い服装に身を包んだ狼娘がいた。
とっさにナイフ女は隠密魔法を発動させる。
狼娘の5感に察知されない状態となり、ナイフ女はゆっくりと移動した。
ーーこいつは強いから先にあの男から殺さないと。
ナイフ女が別のルートから追跡を再開しようとしたが、
「鬼さんみっけ」
狼娘は恐ろしいスピードでナイフ女へと接近し、その脇腹へパンチを打ち込んだ。
「がはっ!」
民家の壁へとめり込み、ナイフ女が呻く。
そして、それっきり動かなくなった。
「さっきは気付けなかったけど、強化された私の5感を欺くには至らなかったわね。地面の振動で居場所なんか丸わかりよ」
狼娘はこと切れたナイフ女へと一瞥すると、地面を蹴り上げ民家の屋根へと着地する。
そして、そのままどこかへと去っていった。
「これは……」
一方、少年を追いかけた黒服女は路地裏に張り巡らされた鎖を前に立ち止まった。
この道は狭く、大人が4人並ぶのが限界なほどの道幅だ。
縦横無尽に張り巡らされた鎖に、抜けられそうな隙間はない。
ーーくっ。これでは隠密魔法は使えない。鎖が邪魔で進みも遅らされる。
悔しそうにナイフを握る力を強める黒服女だったが、みるみる鎖が消えて行くのを見て、
ーーそうか。この男は魔力が低いのだった。鎖を長時間維持出来ないのだわ。ふふっ、そのうち魔力切れで『封魔の鎖』とやらが使えなくなるはず。そこを殺せる。
にやりと邪悪な笑みを浮かべた。
鎖はもはや跡形もなくなり、黒服女は悠々と駆け出した。
そしてーー
「え? 何ですのこれ?」
途中で何かに足を捕らわれ、黒服女は無様に転んだ。
よく見ると、女の足には透明な糸が餅のようにくっついていた。
糸は上からも降って来て、女の手や首の動きも封じられていく。
「『クリスタルスパイダー。別名、結晶蜘蛛』こいつらは結晶に似た透明度の高い体を持っている。大きさは人間の親指ほどで力はない魔物だが、生み出す糸は強靭。人は強度だけでなく粘着性や色を自由に調整できる。その視認性の低い体と糸を使って、獲物を待ち伏せする蜘蛛型の魔物だ」
そう言って路地の奥から現れたのは剣を持った少年だった。
少年の肩には月明かりを受け美しく光る4匹の蜘蛛型魔物の姿があった。
「貴様!」
「はい、そこまで」
黒服女が懐から魔法陣のカードを取り出すよりも早く、少年の剣が女の首を切った。
「『封魔の鎖』はクリスタルスパイダーの糸に気づかせないためのフェイクさ。って、もう聞こえてないか」
どさりと地面に横たわる黒服女の姿を確認し、少年は鞄へと剣をしまった。
「あとはあの魔法陣使いだけだな」
少年が独り呟いていると、遠方から爆音が轟くのだった。




