73 秘められた殺意
「ちぇっ! 殺し損ねちゃった」
俺たちの前に現れた女はナイフを指で玩びながら軽い調子笑みを浮かべてみせた。
後ろへ軽やかにステップをしながら女が距離をとる。
ブランカもドリアも臨戦態勢。
俺も魔法鞄から剣を取り出し女へと対峙する。
夕闇が辺りを包んでいく。
子供達もいつの間にか帰ったらしく周囲に人の気配はなくなっていた。
静寂とともにその場の空気が張り詰める。
改めて女を観察した。
女というよりは少女と呼んだ方がいい外見だ。幼い顔つきに無邪気そうな笑み。
ひょっとしたら俺と同い年なのかもしれない。
ただ、へそと太ももを大胆に露出させた格好や、胸部を見せつけるかのようなポージングと合間って年齢以上に妖艶な雰囲気を漂わせている。
踊り子を思わせるその格好は、嫌でもあの魔法陣使いを連想させた。
ブランカのことを狼娘と呼んだ点から考えても、この女は魔法陣使いの仲間だろう。
「へへっ。そんな怖い顔しないでよね。ちょっと殺し損ねただけじゃん」
笑顔のまま何とも物騒なことを女がほざく。
「無茶言うな。ナイフ向けられて平静でいられるわけないだろ」
「あははっ。だよねー。うん。悪かったって」
けらけらと女は軽い調子で受け答える。妖艶な外見とは違い、言葉遣いは年相応らしかった。
「でもでもー、聞いてよナイト君! 私もう1週間君のこと待ってったんだよ? 『鋼の国』の将軍がやられたって聞いたときは私も『マジかぁ』って思った。お姉様も驚いてたよ。んでね、お姉様は私をこの国に派遣したってわけ。どうもナイト君って北側ルートで『風車の国』に向かっているっぽいしね。『鋼の国』の次はこの国に来ると予想したわけ!」
元気よく女は話を続ける。
「でもさー、この国って本当につまんない! この1週間君が来ない来ないか監視してたけど、途中で飽きちゃってさ。観光名所もないし、ご飯は食べられないしで最悪。テンション下がって昨日は仕事サボってたんだよね。そしたら君がやって来てるって話じゃん! やらかしたーって思ったよ。ついさっき宿屋に問い合わせてここまで急いで来たわけ!」
えへへ、とナイフ女は笑みを浮かべながら右手のナイフを俺へと向けて来た。
「というわけで今から君のこと殺すから。あと、そこの魔物2匹も捕まえるわ。お姉様が欲しがっていたの。なかなか良い魔石の材料になりそうだってね!」
「そうかいそうかい。長々と説明ありがとうよ」
返事をしながら俺は油断なくナイフ女を観察し続ける。
ブランカもドリアも女の軽い調子に呆れつつも、油断なくその挙動を注視していた。
なぜならーー
ーーこの女、さっきどうやって近づいて来たんだ?
この女が魔法陣使いの仲間なら空間移動することは不思議ではない。
ただ、空間移動で現れたにしてもあの距離なら俺もドリアも何かしらの反応ができたはずだ。
だが実際のところ俺はギリギリまで女の気配を察することができなかった。
辛うじてブランカが反応できたが、それだって異常なことだ。
強化魔法がなくとも、ブランカの五感は鋭い。
女のナイフ捌きは素人よりちょっとマシな程度。
普段のブランカなら余裕で捌ける攻撃なはずだった。
それが出来なかったということは何か仕掛けがあるはず。
警戒する俺たちに対し、ナイフ女はにんまりと笑みを見せてきた。
「ふふふ。さっきは失敗しちゃったけど次は必ず首を切ってあげる」
「そう上手くいくかな? こっちは3人だ。とっ捕まえてやるから覚悟しろ」
「あらら、怖いなぁ。でも大丈夫。君らは負けるから」
そう言い終えると同時にナイフ女の姿が消えた。
空間移動とは違い、周囲の景色に溶け込むようなその消え方はーー
「隠密魔法か」
俺は『封魔の鎖』を錬成すると、周囲へと蜘蛛の巣のように鎖を張り巡らせた。
「うー。隠密魔法って何?」
ブランカの問いに俺は交信魔法で2人へ話しかける。
『姿をくらます魔法だ。足音を消したり、透明になったりする面倒な魔法だよ』
俺たち3人は背中を合わせ周囲へと警戒を向けた。
『封魔の鎖』を補充しながら俺は説明を続ける。
『こいつの場合はブランカの五感でも捕捉できないレベルの隠密魔法だ。でもこのタイプの魔法は長続きしない。魔石で補強していてもせいぜい連続で2分使用するのが限度だろう。魔法を解除するともう一度使えるまでに10秒程度休憩が要る。「封魔の鎖」に触れれば即解除。触れなくとも鎖が邪魔で攻撃できないはずだ。いずれにせよ次に姿を見せたときが攻撃のチャンス。こちらが動きやすいように俺も鎖を即解除する。2人とも頼むぞ』
『おっけー』『あたいらに任せろ!』
2人が返事をしたのとほぼ同時にーー
「わっ!」
鎖が揺れ、俺たちから少し離れた場所にナイフ女が姿を表した。
『封魔の鎖』によって隠密魔法が解かれ、しかも足を引っ掛けて転んでしまったらしい。
「チャンス!」
強化魔法で身を包んだブランカがナイフ女へと一瞬で迫った。
その体を抑えつけ動きを封じる。
「ちょ、放してよ!」
ナイフ女が抵抗するが、ドリアが植物の蔓を生み出しその両手両足を縛り付ける。
攻撃成功。
2人の活躍に俺は笑みを浮かべつつ労いの言葉をかけようとした。
だがーー
「ーーこっちよ」
耳元で囁かれると同時に、
「ぐああっ!」
俺は首を切られた。
燃えるように首が熱い。
俺は右手で首を抑え、その場に膝をついた。
「「ナイト!」」
ナイフ女を捕まえた2人が叫ぶ。
俺は首から吹き出す血を止めようと懸命に傷口を抑えた。
「無駄ですわ。頚動脈を深々と切りました。あなたは死にます」
そう説明するのは今しがた俺の首を斬りつけた女。
露出の少ない真っ黒な服装をした若い女だ。
その左手にはナイフが握られ、血が滴っている。
ーーくそっ! 最初からもう1人隠れていやがったのか。
最初のナイフ女は囮。
本命はこの黒服女。
ナイフ女が軽々とした態度だったのは、俺たちの注意を引きつけ油断させるためだったようだ。
「あー、お姉ちゃん! 助けてよー、狼がいじめてくるの。童話といっしょだね。いえーい!」
ーーいや、あれは素の性格らしいな。
ナイフ女の態度に呆れていると、俺はぐらりとその場で倒れた。
ブランカとドリアが俺の元へ駆け寄って来た。
2人とも血で汚れることなど気にせず俺を手当てしようとしているが、
「無駄ですわ。人体における絶対の急所です。治癒魔法の使えないあなた方では救命は不可能」
黒服女が淡々と説明を加えて来た。
ブランカが猛烈な勢いで黒服女の胸ぐらを掴みかかる。
「じゃああんたが治しなさい! さもなければこの場で食ってやるわ!」
フードを取り狼耳を出しながらブランカが黒服女へと威嚇する。
黒服女は無表情だった。
「無理ですね。私には治癒魔法など使えません。たとえ使えたとしても敵を助ける理由はありません」
淡々と語るその態度にブランカは怒りを燃やしたようで、女を殴り飛ばした。
吹っ飛ばされた女の体が広場に積み上げられていた木材の山へと突っ込む。
がらがらと木材が崩れる音に住民たちも争いに気付いたらしく家々から出て来た。
「おい、何だよ今の音」「ひ、人が吹っ飛ばされた!」「ちょっと、あそこの男の子、首から血を流しているわ!」「おい、あそこにいるのって……魔物じゃないのか!」
恐々とした表情で住民たちが集まってくる。
彼らの目は狼耳と羽を晒しているブランカとドリアへ向けられている。
もちろん、そこに宿るのは嫌悪の視線だ。
ただ、魔物を初めてみた者が多いらしく、誰も近づこうとしない。
「あー、お姉ちゃんをぶっ飛ばしたな! 魔物め!」
植物に手足を封じられつつも、ナイフ女がブランカへと喚き散らす。
「あんたは治癒魔法使えるの?」
ブランカの問いかけにナイフ女は、
「使えるわけないじゃん。治癒とか回復とかって滅茶苦茶難しい上に魔力だって必要なんだもん! そんなことも知らないの狼ちゃん?」
小馬鹿にしたようにクスクスと笑ってみせる。
ブランカはナイフ女へと拳を打ち込もうと構えたが、
「わんわん! ナイトが!」
ドリアの声に反応してすぐさま俺の方へと走って来た。
「どうしたのよドリア? ナイトがどうしたの? まさか……」
表情を強張らせたブランカだったが、ドリアが首を振って否定する。
「……俺は大丈夫だ」
まだフラフラするが、俺はゆっくりと立ち上がった。
驚くブランカとドリアの頭を撫で、俺はナイフ女を睨みつけた。
「不覚だったよ。敵が1人とは限らないなんて基本的なことを忘れてた。それにしてもお前もあの黒服女も大したもんだな。ナイフの腕はともかくとして、隠密魔法の練度はかなりのものだったよ」
俺はブランカに介助されながらナイフ女へと近づく。
「……な、なんで…………なんで頚動脈切られて生きているの!」
流石のナイフ女も軽々な態度を引っ込め、目を見開き喚いた。
自分の首を触ってみると、まだねっとりとした血の感触はあるものの、傷口そのものは塞がりつつあるようだった。
俺自身、自分の回復力に疑問を感じていたがまずはこの2人をしっかり仕留めることにした。
「2人とも拘束させてもらう。魔法陣使いに関することを喋ってもらうぞ」
ナイフ女は俺から逃げようと体を動かそうとするが、芋虫のように這いつくばることしか出来ないでいた。
「お前ら2人とも魔法使いだから、ルナアウル(月梟)の催眠術は効きそうにないな。手荒だが拷問するしかないか」
俺はナイフ女の胸ぐらを掴み、無理やり立たせる。
「まずは奴の宝具に関して知っていることを話せ!」
ナイフ女は首を横に振り拒否をしてみせた。
俺は胸ぐらから手を離すと、素早くナイフ女の首を握りしめた。
呼吸を阻害され、ナイフ女の顔が苦悶に満ちる。
「それから奴は今、どこで何をしているんだ? 答えなければより苦痛を与えるぞ」
「その必要はないわ」
艶のある女の声。
前方から聞こえてきたその声に思わず俺はナイフ女の首から手を離してしまった。
日が沈み闇に包まれる広場。
その奥からーー
「お久しぶりね、坊や」
にこやかな笑顔を浮かべながら魔法陣使いは現れたのだった。
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