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72 血だまりの儀式

 着替えを済ました俺は部屋を出た。

 

 ーー朝市ってわけじゃないよな?

 

 通りを埋め尽くす行列への好奇心を抑えられず、俺は階段を降りると宿を飛び出た。

 俺の止まっていた宿と教会は隣接している。

 位置的にはこの国の中央だ。

 昨日の散策で『凪の国』はほぼ円形であることは分かっている。

 中央部である教会から放射状に通りが整備されており、今その通りの北側4路が人で埋まっているのだ。


「すげぇな」


 各通りに人々が列を作り綺麗に並んでいる。

 苛立ったり、不満そうな様子もなく国民たちは落ち着いている。

 その表情を見る限り、どうも特別な事態が起きているというわけではないようだ。


「頑張ったわね。偉いわよ」


 人々の様子を眺めていると、俺の後ろからそんな声が聞こえて来た。

 振り返ると、4歳くらいの女の子が母親に手を引かれている。

 女の子の左手には白い布が巻かれ、そこからじんわりと赤い染みが浮かんでいる。

 母親らしき女性の腕にも同じような布が巻かれていた。


 改めて行列を観察してみると、教会へ向かう人の腕はなんともない。

 その一方で教会から離れて行く人の腕は例外なく布が巻かれ、赤い染みがついている。

 中には布で防ぎきれず、血を流している人もいた。


「おや? もうお目覚めですか? まだ6時ですよ?」


 声をかけられ振り返ると昨晩俺たちを寝室へと案内した女性が立っていた。

  

「おはようございます。この行列は何ですか?」


 早速俺が質問をしてみると、


「ああ。これは食料と物資の配給ですよ。今朝は北部の方々が受け取る日なのです」


 女性の回答に、昨日通りで出会った若い夫婦との会話を思い出す。

 そう言われると教会から離れて行く人々は何かしら大荷物を抱えていた。


「なーるほど。『北部の人』って言い方からすると、毎朝各方向の人々がこうして物資を受け取りにくるってことなんですね」


「そうです。4日に1度の配給日。国民にとって一番嬉しい日ですよ」


「でも、何だか物騒な光景も見えますね。あんな小さな女の子が腕から出血しているって穏やかじゃないですよ」


「えぇ、でも仕方がないことなんです。この国で生きるためには配給日に血を捧ぐのが掟ですので」


 掟という物々しい言葉が出たことに俺は興味を引かれ女性にどういうことかを尋ねてみた。


「気になるようでしたら見学していきますか?」


 そう答える女性へ俺は頷いた。







 女性に案内されたのは教会内ーー大講堂と呼ばれる大きな部屋。

 そこには昨日俺たちへと5時間話し続けた偉い人たちの姿もあった

 大講堂の奥には司祭たちがずらりと並んでいて、彼らの背後には大量の食料や衣類が積み上げられている。


 俺は女性に促され、邪魔にならない壁側へと移動する。

 

 4組の家族が大講堂へと入室し、それぞれ司祭たちの前へと案内された。

 司祭たちの手には黄金に輝く杯が抱えられている。

 やがて、家族たちは持って来ていた小刀を取り出すと、自らの腕を切りつけた。


 驚いたことに子供達も自ら自分の腕を切りつけている。

 流石に幼児は親が切ってあげているが、我が子を切る親の表情に罪悪感は微塵も感じられない。


 司祭たちは国民が流す血を、持っていた杯に注がせる。

 家族全員から血を集めた司祭は部屋の中央へと移動すると、中央部に設置された巨大な杯へと中身を注ぎ込んだのだった。


「これが我が国の儀式なのです。国民たちは配給日にその血を聖杯へと捧げる。血と引き換えに国民たちは物資を受け取ることができる仕組みになっています」


 女性の説明に俺は頷きながら、


「あの血は何に使うんです? 見た感じあのデカい杯に集められているみたいだけど?」


「あの血は魔法陣の維持に利用されています」


 驚く俺へと女性は『凪の国』の話をしてくれた。


 ことの発端は『凪の国』における『風土病』にあるらしい。

 奇妙なことにこの国で生活している人間は『凪の国』以外の地では生活していけないそうだ。

 生活していけないとは、単に他国で生活費を稼いだりできないという意味ではなく、文字通り生きていけないという意味だった。


「国外に出た『凪の国』の国民はだいたい2週間以内に絶命します。血を吐いたり、呼吸困難の末に死んだりと死因はばらばらですが、とにかく死んでしまうのですよ。原因はまったく分からないそうです」


 この地を離れてはいけない。

 それが『凪の国』国民のルールだ、と女性は続けた。

 幸いにも『凪の国』は気候も穏やかで平地ゆえに生活そのものはしやすい。

 食べ物も極端な贅沢をしなければ国民全員を満たす程度には足りていた。


 ただ、そんな『凪の国』にとって一番の問題は魔物であった。


「仮にも北部に近い場所ですからね。強力な魔物に襲われることもかなりあったそうです。歴史的には国が崩壊寸前まで魔物によって蹂躙されたこともあったと聞いています」


 『凪の国』にとって、魔物からどう国民を守るかは死活問題。

 武器も戦い方も原始的な『凪の国』が選んだ方法は『魔法陣』だった。


「いつからこの魔法陣が維持されているかは知りません。ただ、大昔この地を訪れた賢者が地脈を利用した魔法陣を施したのが始まりと言われています。効果は絶大で以来この国を中心に魔物が出現することはなくなりました。上級とされる魔物ですらこの国には近づけないのです」


 女性の説明を聴きながら俺は『凪の国』までの道中を思い出した。

 魔物にも住みやすそうな平原でありながら確かに1匹も魔物に遭遇しなかった。


「ただ、魔法陣も永久に効果があるわけではありません。賢者が注いでくれた魔力が尽きた時、この地の魔法陣は消えてしまいます。その魔力を維持し続ける方法として私たちは『献血』という手段をとっているのです。旅人さんは魔法使いらしいですね。でしたら、私たちの儀式を理解していただけたのでは?」


 女性の問いに俺は静かに頷いた。

 血を利用した魔法。

 とても古い魔法の一種でありながら、現在でも非常に強力な効力をもつ魔法として知られている手段だ。

 魔法を使えるほどの魔力がないものでも、その血の中には微量ながら魔力が流れている。

 その微量な魔力を利用しての長時間の魔法効果を付与する方法として知られていた。


 もちろん血を使う、という方法はそれなりのリスクを負う。

 出血による体調不良や死亡事故の発生。そして周囲からの目。

 血液魔法は強力だが、同時に忌避されている魔法でもあった。


 ただ、『凪の国』の事情を考えると献血による魔法の維持という行為は批判されるものではないような気がする。

 これだけ広範囲に上級魔物すら避けさせる魔法陣を展開するのは、相当な魔力が必要だ。

 魔石を得る手段に乏しい状況では、血液魔法で魔法陣を維持するのは最善手だろう。

 

 それに血液魔法には血縁者に対して強力な保護効果を付与することが多い。

 何世代にも渡って子々孫々へと受け継がれてきたこの国の魔法陣は、『凪の国』の国民を守るという点において比類なき強力さを持っているに違いない。


 静かに見守る俺たちの前で、1人、また1人と国民たちが血を流し、儀式は進んでいくのだった。







「うー。でも私たちはこの国に入れちゃってるよね?」


 夕方頃。

 配給された食事を食べながら、ブランカが俺へと問いかけてきた。


 場所は国南部にある広場だ。

 木の柵で簡単に囲まれた場所だが、子供達にとっては絶好の遊び場であるらしく笑顔とはしゃぎ声に溢れた場所だった。夕焼けか近づき広場内が薄暗くなる。


「その魔法陣がきちんと仕事しているなら、私やドリアが入国できたのはおかしくない?」


「多分『魔物図鑑』の影響だろうな。宝具である『魔物図鑑』の効力が魔法陣を上回っているんだろう」


 なるほどね、とブランカは俺の答えに納得したらしい。

 支給された豚肉のパイ包みを豪快に頬張ってみせた。


「昨日の偉そうなおっさんたちの話より面白い話だな」


 脳天気そうに水筒の水をがぶ飲みしながらドリアが言う。

 

「ははっ、それは言えてる」


「でも相変わらずこの国は面白くないね。大人は真面目に働いているし、子供は元気に遊んでいる」


 ブランカの言葉に俺も半笑いしつつ同意した。


「例の『風土病』も気になるし、商売になりそうもない。この国は早めに出るとするか」


 昼食を済ませ、俺たちが広場を出ようとしたときだった。


「見つけたぞ! お姉様の敵!」


 どこからか聞こえてきた威勢のいい女性の声。

 俺たちが声の主を探そうとあたりを見回すと、


「へへっ! バーカこっちだっつーの!」


 いつの間にか俺の左横に女が現れた。

 女が手を振りかぶり俺へと攻撃してくる。その左手に握られているのはナイフだ。。

 俺もドリアも完全に虚を突かれたが、


「おっと」


 超人的な反応力でブランカが女の手を握り凶刃を防いだ。


「ちっ! 例の狼娘か! 邪魔すんな!」


 足で砂を巻き上げながら女が叫ぶ。

 巻き上げられた砂を浴び、ブランカが力を緩めた隙に女は離れた。


「魔法陣使いの仲間か!」


 俺の言葉に女はニヤリと好戦的な笑みを浮かべたのだった。


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