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71 『凪の国』へようこそ

 その日は朝から快晴だった。

 朝食を済ました俺はいつものようにワイルドボアに跨って移動している。

 俺の前には妖精のドリアが、背中側には狼娘のブランカが座っていた。


「この先に国があるのね。うー、1ヶ月ぶりに牛肉が食べられる」


 後ろからブランカがじゅるりと舌なめずりをしながら嬉しそうにそう言った。


「1ヶ月ぶりじゃないだろ。4日前に野生の牛を仕留めて食べたじゃないか」


 俺の反論にブランカは首を振ると、


「ダメダメ。野生の個体は何だか固いんだよ。そりゃあ不味くはないけど、やっぱり人間が育てて解体した牛肉は最高なんだよ」


「ふーん。人間の間では『天然個体の方が美味しい』みたいな意見が多いけどなぁ」


「うー、変なの。だって野生の個体って痩せてるし、鍛えられてて肉も固いよ? あと寄生虫もうじゃうじゃいたり」


「やめろやめろ! 食えなくなるだろうが!」


 平和な会話をしていると、


「おっ! なんか見えてきた!」


 ドリアが前方を指さし大声を出したのだった。


 俺たちが進んでいるのは西岸地方中央部の北側。

 そこにある平原だ。

 見渡す限り草に覆われたその大地の先ーーそこには壁が建設されていた。


 壁と言っても岩を積んで組まれたような堅牢なものではない。

 木材を格子状に組んだ高さもせいぜい3メートルほどのもの。

 遠目ではそれが1つの壁のように見えたが、近づいてみると柵と呼んだ方が正確な気がした。


 柵の様子が見えるところで止まった俺はワイルドボアを『魔物図鑑』へと収容し、歩き始めた。


「他の国と比べると随分ーー言葉悪いけど貧弱そうな壁だな。あれで魔物の侵入が防げるのかよ」


「うー。ワイルドボアならそのまま突き抜けそうよね」


「あたいら魔物を舐めてるんじゃない?」


 柵へと近づきながら俺たちの話題は昨日出会った旅人の話となる。


「あのおっさんが言うには北国の割に魔物に襲われない国だって言ってたな」


「うー。考えてみるとこの平原って魔物が少ないわね。北は魔物が多いはずなのに何でかな?」


「さぁな。おっさんが言うには平和な国で信心深い国らしい。どういう宗教なのかは知らないけど、2人ともいつも以上に国内では大人しくしてくれよ」


「どうして? しゅうきょーってそんなに危ないのか?」


 ドリアが首を傾げてくる。俺はどう説明したものだろうかと悩んだが、結局はありのままを話すことにした。


「だいたいの宗教は神を信仰するとともに、神に敵対する存在を徹底的に排除しようとするもんさ。そしてその敵役はだいたい魔物なんだよ。特にお前らみたいに人型魔物は『悪魔』と呼ばれて恐れられていることが多い。宗教にもよるけど、もし国内で魔物だとバレたら面倒なことになるかもしれない」


「ふーん。面倒くさいのは嫌ね。大人しくてるよ」


 柵の近くまでやってきた俺たちは門を見つけるとそこに向かって歩き続ける。


「そう言えば旅人のおっさんが言っていたな。『この国の儀式は邪魔しないほうがいい。あと長居をしてはいけない』って忠告してくれたっけ?」


「ぎしき? 何それ?」


「さぁ? 話しぶりからして宗教儀式なんだろうな」


 少し背筋を伸ばし、俺たちはやや緊張しながら門番へと入国許可を求めるのだった。







「あっさり入国できたな」


「うー。入れちゃったね」


「入っちゃったな」


 笑顔の門番に招き入れられ、俺たちは門を越えて入国した。

 門の先には木造の家々が立ち並んでいる。

 行き交う人々の服装も、安い素材を使った簡易なもの。

 牛が国内を歩き回り荷車を引いている。


 全体的な生活レベルは低そうだった。

 東岸地方で訪れた『麦の国』を思わせる。

 国民の様子におかしいところもない。笑ったり、怒ったりと普通の表情で出歩いていた。


「何だかのどかな国だな。『鋼の国』と全然違う」


「うー、騎士もいないね。どの家も似たような感じの家ばっかり」


「なんかつまんない」


 出会う人全員が似たような服装なのも印象的だった。

 男性は同じ髪型だ。女性は男性よりも髪のバリエーションがあるようだが、それでも他国と比べると画一的。


「宗教が関係しているんだろうな。服装や生活様式も宗教で制限されている国って多いし」


「何だか窮屈ね。しゅうきょーって退屈そう」


 手始めに俺たちは路銀を得ようと数日前にエメラルドフロッグ(宝石蛙)が出した金塊を売ろうとした。

 ところがこの国には銀行も両替商もいない。魔法道具を売る店もなく魔石を売ることも出来なかった。


「すいません。金塊を持っているんですけど、どこか買い取ってくれるお店ってありませんか?」


 道ゆく老夫婦へと尋ねてみたが、


「金塊? それは何だい? 食べられるものなのかね?」


「買取って何? そんな仕事あったかしら?」


 と会話にならない。


「どうなってるんだこの国?」


 その疑問が解消されたのは国を散策して小一時間ほどしてからだった。

 歩き疲れた俺たちは若い夫婦に声をかけられ、お茶をご馳走になったのだが、


「お金? あぁ、懐かしい言葉だ」


 と夫の方が笑って見せたのがきっかけだった。

 夫は7年前にこの国へとやってきた元旅芸人らしかった。


「妻と出会ってこの国に永住することになったんだよ。この国は配給制でね。国民は教会へと食料や物資を納めるんだ。そして各家に決まった分量が配給される。最初訪れた時は驚いたよ。この国は『お金』や『お店』がないんだ。例えば服を作る工場はあるけど、そこで作ったものは店売りはせず、すべて教会へと運んで分配されるんだよね」


 つまりこの国はお金という制度が意味を持っていないようだった。

 そう言われるとこの国の生活レベルにも納得がいった。競争が生まれないので発展する機会も少ないのだろう。

 行商人からすればこの国を訪れる価値はないに等しい。

 交易を持とうという国も多分いないはず。

 見た感じでは何か特別な資源や特産品があるわけでもないので、他国が攻める理由もない。

 

 他国との関わりが薄いが故に発展する必要のなかった国。そういう印象を俺は受けた。

 ちなみにこの国は『凪の国』と呼ばれているらしい。


「宿泊したいなら教会が宿を管理しているから頼んでみるといいよ。宿泊費は必要ないけど、多分色々と話を聞かされると思う。最初は辛いかもだけど頑張って」


 男のアドバイスを受けて俺たちは早速教会へと向かうのだった。







「……やっと終わった」


「うー、眠い」


「あたい、疲れた」


 教会はこの国の中央部にある。 

 俺たちは教会に隣接する木造の建物へと案内されていた。


「まさか5時間も宗教の話を聞かされるとは」


 俺はぼやきながらこの5時間のことを思い返す。

 

 教会へと宿泊を申し込みに来た俺たちは歓迎された。

 これまでの旅の内容を語って欲しいと頼まれ、適当にごまかしながら話をしていると、


「大司教様が宿泊を許可してくださいました。条件としてこれより大司教様と司祭からお話があるのでそれをすべて聞いてください」


 と女性に講堂へと案内され、


「この地における我が主は……」「月と夜の世界にみちるこの恐怖。されどもそれは神からの試練であり……」「遠き伝説の元に竜は怒りやがては大地を亡ぼし、そして…………」「我らに残された道はこの教えを守り、血と教えをることであり…………」「死を望むものは愚かであり、生を追い求めるものもまた愚なるもの…………」「暁が染まる中、我らの血もまた輝き……」「万物における力というものはすなわち無へと還ることであり……」


 10人近い司祭と大司祭と呼ばれるじいさんに囲まれ俺たちは5時間もの間、この国の宗教の歴史、教え、使命、伝説を聞かされ続けたのだ。

 正直なところ話し方が下手なのもあって、聞いているだけで苦痛だった。

 おまけに講堂内はお香が炊かれ、奇妙な匂いに満ちていた。飲まされたお茶も強烈な苦味がありさらに苦痛が増してくる。

 最初は人間のしゅうきょーへの興味から熱心に聞いていたブランカとドリアだったが、


「うー、まだ続くの?」


「あたい、頭がおかしくなりそう」


 中盤以降は完全に興味を無くし、うめき続けた。

 人間である俺でさえきついのだから、魔物である2人にはまさに精神拷問のような時間だったのだろう。


 案内役の女性に連れられ、俺たちは3つの扉の前に案内された。


「お疲れ様でした。こちらの部屋がお三方の宿泊用に用意された部屋です。申し訳ありませんが狭いですので1人1部屋でお休みください」


 女性の言葉に、


「えーっ! 今日はあたいがナイトと一緒に寝る日なのに」


 とドリアが不満げに呟く。

 女性が眉間にしわを寄せ俺を見た。


「しょうがないでしょ。文句言わないの、ドリア」


「むぅ。わんわんは昨日ナイトと寝たからそんなことが言えるんだ」


 ブランカとドリアの会話を聞いて、女性がはっきりと俺を睨みつけてきた。


 ーーいやいや、誤解するな。2人は俺を護衛するために一緒に寝てくれているわけであって。


「一応申しておきますと」


 女性が言葉を発した。


「この国では男女の交流は厳しく制限されています。不純な交際はそれだけで死刑。滞在中はどうぞお気をつけくださいませ」


 そう言い残し、女性は去って行く。まるで汚らわしいものでも見るかのような目で女性は去り際に口を動かした。多分『けだもの』と言ったような気がする。

 

「ナイト! あの女、今『けだもの』って言わなかった?」


「えー、あたいらが魔物だって見抜かれたの? どうするナイト?」


「…………いや、大丈夫。『けだもの』呼ばわりされたのは俺だから」


「うー。ナイトをけだものと間違えるなんて変な女ね。目が悪いのかな?」


「もう寝ようぜ。なんか疲れた」


 部屋へと入った俺はそのまますぐに眠ってしまった。

 





「…………ん?」


 翌朝。

 俺は外から聞こえる物音で目が覚めた。

 布団から抜け出し、外の様子を見た俺はーー


「なんだこれ?」


 眼下に広がる光景に目を見開く。


 1000人近い国民たちによって通りは埋め尽くされていた。

 よくみると教会へ向かう人と離れる人に別れている。

 そしてーー教会から離れる国民は全員腕から出血しているのだった。

 

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