69 瞬く雷光に救われて
「さぁ、ホーンホエール(角鯨)が騎士たちを倒している間に脱出しよう」
俺は涙目で抱きつくブランカを引き離した。
正直もう少しブランカの感触を楽しんでいたかったが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
なにより俺自身、命が危ないのだ。
早いところ安全地帯へ行かなければ。
「うん。わ、わかったよ。さ、ささ、さぁ、背中に乗って」
ブランカがブルブルと震えながら背中を向ける。
おんぶされながら俺は、
「なぁ、ブランカって雷苦手なのか?」
「べ、別にぃ。嫌いとか苦手とかじゃないんだなぁ、ちょ、ちょっとびっくりするだけでさ。ああはは」
「滅茶苦茶震えてんじゃん。尻尾も耳もへたってなってるぞ」
「うー、大丈夫だよ! ホーンホエールの雷撃ってわかったから。怖くないもん」
そう言ってブランカは窓枠を蹴り、宙を跳んだ。
民家の屋根を伝いブランカは高速で翔ける。
その後ろからドリアが追いかけて来た。
「ブランカ、少し減速しろ。ドリアが置いてかれる」
「うー、わかった。でもあんまり遅いと見つかるし、攻撃されるかもだよ」
ブランカの言うように、騎士たちや国民に俺たちはすぐに見つかった。
矢が放たれ、縄が放り込まれ、俺たちは追いかけられる形だ。
「うー、城壁が見えて来たけどまずいね」
「どうした? 何か見えるのか?」
俺の言葉にブランカは前方を指差しながら、
「城壁の上に騎士たちがいる。弓矢をもっているし、あれは…………なんか重そうな筒を動かしているよ」
「重そうな筒? ………………おい、それって大砲じゃないか?」
「たいほー? ……ああ、なんかそういう名前だった気がする。大きい鉄の玉を投げてくるんでしょ?」
「そうだ。重さと速さが加わってすごい威力のある武器だよ」
「うー、このままだと私たちに撃ち込んでくるよね? どうする、ナイト? 別の方向から逃げる?」
俺は少し考えると、
「いや、このまま真っ直ぐ城壁を突破しよう。大砲と弓兵はーー」
前方の城壁へと腕を向け、指を鳴らしてみせた。
それとほぼ同時に、城壁の兵隊へと雷撃が炸裂する。
衝撃波と電撃で兵隊は壊滅してしまった。
「うー。便利ね。でもホーンホエールはどこにいるの? 全然姿が見えないけど」
ブランカがちらちらと周囲を見渡す。
当然見えるのは家々ばかりで、ホーンホエールの姿はどこにもない。
「あいつは水場がないと召喚できないからな。例の湖に遠隔召喚しているんだよ」
「え? あんな遠くから攻撃しているの? でもあいつって遠くに攻撃は出来ても命中率は低くなかったっけ? さっきからものすごく正確に攻撃しているように見えるけど?」
「その秘密はーー空にあるんだ」
俺が指差す先には夜の闇に紛れて飛ぶ十数羽のシェアリングクロウ(伝播烏)がいる。
「シェアリングクロウが秘密? 意味が分からないんだけど?」
「シェアリングクロウは仲間同士で視界を共有しているだろ? ホーンホエールのいる湖にも3羽ほど遠隔召喚しているんだ。もっと正確なことを言えば、この国から湖までの間に十数羽を飛ばしている」
「ふむふむ」
「そして、湖にはもう1匹魔物を召喚した。イコールスライムだ」
俺は『魔物図鑑』を開き、イコールスライムのページを開いた。
「イコールスライムって簡易融合で感覚を共有できるスライムよね? 洞窟の盗賊団を操った時はシェアリングクロウとコンボしてたっけ?」
「そうだ。そしてホーンホエールの頭にはイコールスライムを間に挟んでシェアリングクロウが乗っている。シェアリングクロウとホーンホエールは簡易融合によって視界を共有するんだ」
俺は続ける。
「視界共有によってホーンホエールは湖にいながらにして、この国の様子がわかるってこと。距離と位置が分かれば遠距離でも正確に雷撃を当てられる。相手からすればいきなり世界最強クラスの雷撃が襲いかかってくるんだ。初見で躱せる奴なんていないだろうよ」
『海洋最強のホーンホエールを地上で活躍させる方法』ーーそれを俺は将軍に殺されかけるという土壇場で思いついたのだ。
皮肉にもきっかけは将軍自身の言葉だった。
『あの狼娘のパワーなら甲冑を突破できるかもな』というあの言葉を受け、俺はブランカとドリアの手助けが得られないことを察した。それとともに2人に匹敵する存在であるホーンホエールを思い出したのだ。
恥ずかしい話だが、俺はその瞬間まですっかりホーンホエールのことを忘れていた。
もちろん不安はあった。
簡易融合が成功するかも不透明。
たとえ感覚共有に成功しても、膨大な情報を処理し、位置と距離を把握するのは人間でも難しい。
なおかつ、遠隔召喚である以上、ホーンホエールに俺の指示は聞こえない。
雷撃を放つタイミングはホーンホエール次第。
俺が瀕死なことも、ブランカたちが戦えないこともホーンホエールは知らない状況だった。
それでも俺はホーンホエールを信じてみた。
上陸時に見せた心配りなど、俺のホーンホエールはかなり賢い。
その知能に俺は可能性を感じたのだ。
結果は俺の期待以上。
遠隔召喚から攻撃をするまで30秒程度しかなかったにも関わらず、ホーンホエールは将軍を敵と認識し、かつ俺のピンチに気づいた。そして、その頭脳をもってぶっつけ本番の攻撃を見事に成功させてくれた。
今では指を鳴らすことを合図として判断しているようで、方向を指し示し指を鳴らすだけでホーンホエールは攻撃をしてくれる。極めて優秀な狙撃手だった。
「近接戦のブランカ。中距離戦と壁役のドリア。そして遠距離狙撃のホーンホエール。なかなかいい布陣になってきたんじゃねぇの?」
防衛能力を失った城壁をブランカが飛び越える。
その背中におんぶされながら俺は独りにんまりと笑うのだった。
「湖が見えてきたな」
『鋼の国』を抜け、俺たちは湖へと到着した。
湖畔近くまで来ると、ホーンホエールの巨体が見えてくる。
俺たちの姿に気付きホーンホエールが低く歌うように鳴いた。
湖畔へとたどり着いた俺はブランカから降ろされ、そのまま地面へと寝かされた。
少し遅れてドリアが魔法鞄を抱えて飛んで来る。
「ナイトの怪我を治さないと。えーっと薬ってあったっけ?」
ドリアが大慌ててで魔法鞄の中を漁るが、
「先に狼人間たちを出してあげたほうがいいわ。その方が探しやすいでしょ?」
ブランカに指摘され、狼人間から取り出すことにしたようだ。
魔法鞄から出された3頭の狼人間の亡骸。
湖畔へ並べられた彼らの亡骸はブランカによって両手を組むなど、綺麗な姿勢へと整えられる。
「あった! あったぞ! ナイト早くこれを飲んで!」
ドリアの方は鞄から取り出した瓶と水筒を持って俺の横へと駆けつけた。
ブランカが俺を抱き起こし、ドリアが俺の口へと瓶から取り出した錠剤を入れようとするが、
「ちょっと待った! お前ら瓶のラベル読めないだろうが! 見せてみろ!」
俺は慌ててドリアから瓶をふんだくる。
『下剤』
そうラベルに書かれたその文字を見て、俺は苦笑いしか出てこない。
ーー出血多量で死にそうな奴からこれ以上何を排出させようっていうんだ。
2人に文字を教えるべきだなと俺は決心しつつ、
「ブランカ。魔法鞄から干し肉ーーいや、とにかく食べ物を出してくれ。血が足りない。水分もたくさん必要だ」
「うー、分かった。でも傷口はいいの?」
「ドリア。お前って薬草を生やせたり出来ないか? チドメグサっていう止血効果をもつ植物を聞いたことがあるんだ」
俺は在学中の野外活動時に見つけたその薬草の外見を交信魔法でドリアに伝えてみた。
「この植物なら種を持ってるぞ。へぇ、血を止める力があったのか」
ドリアによって湖畔へと薬草が急速に生え揃う。
チドメグサの葉の汁を傷口に塗ってもらい、何とか俺の出血は成功した。
「むぅ。人間ってあたいよりも植物に詳しいのな。ちょっと悔しいや」
植物を操る妖精としてちょっとプライドを刺激されたらしい。
腕組みをしてすこし頬を膨らますドリアの頭を俺は撫でた。
「ドリアがチドメグサを持ってくれて助かったよ。流石は植物を操る妖精だな」
「ふふふ。あたいは新しい植物を見つけたらすぐに収集しているからな。えっへん」
すぐに気を良くしたらしく、今度は腰に手を当てドリアは仁王立ちだ。
「調子のいい奴だよ、お前は」
そんな会話を交わす間にもブランカは食料を鞄から取り出し、食べやすいように準備を進めていた。
干し肉を頬張り、水を飲み、塩を舐め、俺は体へと栄養を補給しまくる。
「うー、ちゃんと噛まないと危ないよ」
「すでに命の危機だからな。早食いくらい大目に見てくれ」
30分ほど食べ続け、満腹となった俺はすっと立ち上がった。
「え? …………もう大丈夫なの?」
ブランカが驚きの声をあげる中、俺はその場で軽くジャンプをしてみせた。
「うん。頭もスッキリしたし手足も動く。傷口も……跡はあるけど完全に止血してるな。大丈夫っぽい」
「うー、人間ってそんなに回復力あったかな? 本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だって。もちろん戦ったりはキツイけど、歩いたりするのは平気そうだ。さてとーー」
俺はちらりと湖畔へ並べられた狼人間たちへ視線を移し、
「狼人間たちを埋葬してやるか。2人とも手伝えよ」
俺たちは弔いを始めるのだった。
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