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67 迫り来る凶刃

「ナイト!」

 

 地面へと倒れる俺へドリアが叫んだ。


 俺へと駆け寄ろうとするドリアへ、将軍はその手に持っていた剣を振り下ろす。

 見た目少女のドリアであってもその凶刃に迷いも躊躇いもないようだ。


「うっ!」


 将軍の剣を阻もうと、爆発的なスピードで床から植物の蔓が飛び出す。

 だが、将軍の太刀筋は鋭く、蔓が完全に硬質化する前に蔓を切り裂き、


「あああっ!」


 ドリアの右腕を掠めるように斬った。

 人間と同じ赤い血がドリアの腕からじわりとと流れる。


「ちっ! 逸らされたか」


 将軍が呟きつつ、再度ドリアへと斬りかかった。今度は首を狙っている。


「ざけんなっ!」


 叫びながら俺は『封魔の鎖』を錬成し、高速で将軍へと打ち込んだ。

 剣を振る将軍の腕が巻き付いた鎖によって動きを止める。


 俺はすかさず鎖を引っ張りつつ、部屋の外へと新たな鎖を数本打ち込んだ。

 打ち込んだ鎖が部屋の外の壁へと突き刺さったのを感じ、俺は一気に鎖を縮める。

 部屋の外へと俺は引っ張られ、同じように将軍も外へと引き出された。


「ドリア! 全力でブランカたちを守れ!」


 交信魔法で指示を飛ばしながら、俺は図鑑の力でドリアを回復させる。


 鎖に引かれ俺と将軍は部屋の外へと移動する。

 激痛に悶えつつ、俺はさきほどまで俺たちがいた部屋が植物に覆われるのを見た。

 部屋のドアは硬質化した植物によって塞がれている。

 

「ちっ。ここまで硬質化されたら突破は難しいな」


 将軍が植物の方を見ながら忌々しそうに呟いた。

 『封魔の鎖』は消え失せ、将軍の腕が自由を取り戻している。


「それにしても大したもんだぜ。『封魔の鎖』を実戦で使う奴なんて初めて見た。なるほどな。姫がお前を警戒する理由がちょっと分かってきたぜ」


 かつん、かつんと甲冑を鳴らしながら、将軍は俺へと油断なく近づいてくる。

 俺は光弾を錬成し打ち込んでみたが、将軍の甲冑にダメージは与えられない。虚しく音が響くだけだった。


「その上光弾まで使えるのかよ。惜しいな。魔力がもっとあれば大魔法使いになっただろうに」


「なんで……どうやって侵入したんだ?」


 肩の激痛を堪えながら、俺は問いかける。

 肩を抑える右手はすでに自分の血で真っ赤だ。呼吸も苦しい。


「あ? そりゃあ自分の敷地だからな。空間移動の魔法陣を用意していただけだ」


「敷地? …………はは、マジかよ。ここあんたが所有している展望台なのか」


「そうだ。眺めのいい場所だろ? と言っても年に1回くらいしか使わんから廃墟も同然だがな。だが、まさか追いかけていたやつが隠れ家に使うとは思わなかったぜ。おかげで楽に背後を取れた」


 にんまりと笑う将軍に対し、俺は強がりで微笑んでみせた。

 

「俺としちゃあ大笑いだぜ。国王たちを空間移動で王宮まで運んだら、部下から狼の声が将軍様の展望塔から聞こえるそうです、なんて報告されたんだぜ? てっきり俺は国外に逃げられたと思っていたからな。何か忘れ物でもしてたのか? どっちにしろ間抜けだぜお前ら」


 将軍が床を蹴った。

 恐ろしい速さで将軍が接近してくる。強化魔法によって脚力をあげているのだろう。

 繰り出される斬撃を俺は必死で回避すると共に、魔法鞄から剣を取り出した。

 盗賊団から奪った剣だ。

 将軍の追撃を俺は受太刀する。


「ぐっ!」


「おらぁ! 次行くぜ!」


 将軍の攻撃は続いた。

 重い甲冑を着ているにも関わらず、その動きは速い。

 いや、速いだけではなく無駄がなかった。

 美しいとすら思えるその剣術に、悔しいが俺は実力差を痛感させられた。


 光弾と『封魔の鎖』を使い俺は何とか隙を作ろうとするが、将軍は冷静に俺の反撃に対応してくる。

 

「うわぁ!」


 振るわれた斬撃を受太刀するが、俺は後ろへと飛ばされた。

 俺の首を狙う将軍の追撃を、俺は鎖を使って移動することで何とか回避した。


「ほぉ。なかなかやるじゃないか。剣の腕もいい。いい師匠に鍛えられたようだな」


 螺旋階段の前へと移動する俺へと将軍は余裕たっぷりの様子で歩み寄ってきた。

 立ち上がった俺は螺旋階段を駆け上った。


「逃げ場なんかないぞ。この展望塔は騎士団に囲まれている。もう少しすれば強力な炎魔法を使う魔法使いが到着するだろう。そいつらが来ればあの妖精の植物は消し炭だ」


 走る俺に対し、将軍はゆっくりと歩きながら階段を登る。

 俺は4階から将軍へと光弾を撃ち込んだ。

 複雑な軌道を描きながら光弾は将軍へとぶつかるが、


「効かねぇよ」


 将軍の甲冑に光弾は虚しく跳ね返された。いつの間にか将軍は頭部も甲冑で覆っていた。


「この甲冑は対魔物用に特注したものだ。中級と呼ばれる魔物の怪力にも魔法にも耐えられる。お前の光弾は確かにすごいが火力が無さすぎだ。俺の甲冑には通じない」


 それでも俺は光弾を撃ち込んだ。接近戦ではこの将軍には勝てそうもない。

 

「光弾に『封魔の鎖』か。お前の魔法は対魔法使い戦向けだな。魔法障壁で守ろうにも光弾はすり抜けてくるし、強力な魔法も『封魔の鎖』で抑制される。そしてお前自身は剣の腕前もあると。肉弾戦を苦手とする魔法使い相手にはお前は確かに有利だろうぜ。多分、賢者と呼ばれる連中もお前を相手にすると結構苦戦するだろうな」


 俺が光弾を連射する中、階段を登りながら将軍は言葉を続けた。余裕綽々といった雰囲気だ。


「一般人相手でも光弾は牽制に使えるし、『封魔の鎖』で身動きを封じることもできるな。その若さで旅をしているだけあってお前もなかなかの実力者だと思うぜ。ただ相手が悪かったな。俺には光弾も『封魔の鎖』もあまり意味がない。そして剣術の腕は歴然だ。そうだろう?」


 螺旋階段を登り、将軍が4階へと足をかけたようとしたその瞬間ーー

 

 ーー螺旋階段が崩れた。


 将軍もそのまま落下するかと思ったが、


「そして力では敵わないから今度は俺を転落死させようってか。無駄だと分かっていながら光弾を連射したのは、螺旋階段の腐食箇所を攻撃しているのを悟られないためか。なるほど。環境利用を思いつく頭も大したもんだ」

 

 青白い光に包まれながら、将軍の体は浮いていた。

 ふわりと空中を漂いながら将軍は4階の床へと着地した。


「ちっ! 螺旋階段を直すのにいくらかかると思ってるんだ。こんなことなら修繕しておくんだったな」


 やれやれと言わんばかりに将軍は首を振り、呑気にそんなことを口にした。


 ーーくそっ! 浮遊魔法まで使えるのか。この人魔法もかなり上手いな。


 将軍が剣を構え、俺へと接近する。

 左肩の痛みを堪え、俺は必死にその斬撃を躱し、受け止め、逃げ続けた。


「おらおらどうした? 動きが鈍ってきたぞ! まぁ、そんな出血しているんだ! そのうちに出血多量で死ぬだろうな。あぁ?」


 鋭く重い斬撃が襲いかかる。

 反撃の隙など全くない。


「魔物を出して応戦したらどうだ? 召喚した瞬間に切り刻んでやるけどな!」


 将軍が挑発してくる。

 悔しいがそれは事実だろう。

 闘技場で見た際の蛇の魔物を倒す時の手際と鋭さ。そして今実際に対峙して感じるこの男の実力は想定以上だ。

 ワイルドボアのような中級レベルの魔物では将軍の言うように瞬殺されてしまうだろう。

 将軍の剣には魔石が埋め込まれている。高い防御力を誇る魔物でも斬れるように魔法が施されているはずだ。

 

 ーー将軍という肩書きに恥じない実力者ってわけか。


 出血で頭がくらくらするのを耐えながら、俺は必死に反撃手段を考えていた。


 ーーこの男を倒すにはこの甲冑が邪魔だ。脱がせることは出来そうもない。そうなると純粋な威力で甲冑の防御を突破するしかないが……


 将軍の斬撃を受け、俺の刀はもうボロボロだった。

 へし折られるのは目に見えている。

 俺は剣を捨て、別の剣を取り出しながら応戦し続ける。


「がははは! お前は今俺の甲冑をどうにかしようと考えているな! あの狼娘のパワーならできるだろうな。さっさと召喚したらどうだ?」


 将軍が声をかけてきたが、俺は無言だ。


「そう言えばさっきあの部屋で植物が塊を作っていたな。ひょっとしてその中に狼娘と狼人間がいるんじゃないか? 『全力で守れ』とか妖精に命じていたことを考えるに、今あの狼娘は戦えない。そうだろ?」


 おそらくはカマをかけてきたのだろうが、将軍は俺の顔を見てニヤリと笑った。

 不覚にも俺は表情に出してしまっていたらしい。

 

「ははは! どうやら図星らしいな。そうするとあの妖精もこの塔と狼娘を守るので手一杯って感じか。お前は今強力な手駒を失った状態ってわけだ! こいつは傑作だ」


 将軍の斬撃が鋭くなる。それと共に、俺の体が少し軽くなった。

 俺は瞬間的に『封魔の鎖』を作ると自分の体へと巻きつけた。


「やるじゃないか! 今、浮遊魔法で足止めしてやろうと思ったんだぜ。その鎖があると魔法が打ち消されるからな。いい判断だ。敵じゃなけりゃ部下にスカウトしたいところだぜ!」


 話しつつも将軍は俺に対しての攻撃を緩めない。

 その一方で深くは切り込んでこなかった。あくまでも俺に反撃をさせない程度の攻撃を繰り出している。

 そのうちに俺は出血多量で動けなくなる。

 将軍は俺を逃がさない程度に攻撃し、いたぶることで楽しんでいるのだ。


 ーーくそ! 完全に舐められてる。


 その事実に悔しさが込み上げるが、実力差が確かな点は受け止めなければならない。

 このままではいずれ俺は満足に動けなくなり、殺されるだろう。


 ーー将軍のいうように甲冑を突破できるとしたらブランカかドリアだろう。でも2人とも今は動けない。動けるようになるには狼人間たちが天寿を全うしてからだ。それまでこの人の攻撃を避け続けるしかないのか?


 俺は『魔物図鑑』に記述されていた狼人間たちの寿命を思い出す。


 ーー40分近くこの男の攻撃を躱し続けるなんて無理だ。


 出てきたのはブランカたちには頼れないという事実。時間稼ぎはこの将軍相手に出来そうもない。


 ーーくそ。どうすればいい? 俺の攻撃も効かないし。魔物たちも瞬殺される。打つ手がない。


 焦る気持ちと共に、俺の頭は次第にぼんやりとしてきた。

 血を流しすぎている。光弾も撃ちすぎた。体力も魔力も限界が近い。


 ふと、俺の脳裏に映像が流れる。ブランカと出会った日のこと。ドリアとかくれんぼした日のこと。親友であるホアンから剣術を教え込まれた過去のこと。


 ーーあぁ、走馬灯ってやつか。


 死が迫った者が見るというあの現象を俺は体験していた。

 その記憶の断片を眺めるうちにーー


 ーーもしかしたら。


「はあああああああっ!」


 気づけば俺は叫んでいた。

 体に流れる魔力全てをかき集め、光弾を大量に形成する。

 そして、それを床へと撃ち込んだ。


 全霊を込めた光弾は床の木材を破壊し、わずかな煙幕を作り出した。

 将軍の体がぴくりと動きを止める。

 俺は素早く身を翻すと、将軍の足元をすり抜け展望塔の最上階へ向かってボロボロの螺旋階段を駆け上った。


「悪あがきしやがって! 無駄なんだよ!」


 将軍が大声を出しながら俺を追いかけてくる。

 俺は『魔物図鑑』を開き、展望台へと到着した。


 ーーぶっつけ本番だが、信じるしかない。


 俺は図鑑のページを開き操作する。だがーー


「へへ。追い詰めたぜ」


 駆け上ってきた将軍が俺の背中へと斬りかかる。

 ギリギリで回避した俺は地面へと倒れ、将軍に腹を蹴られ外壁まで飛ばされた。

 剣が手から離れ、魔法鞄も落としてしまった。


「そろそろ鬼ごっこに飽きてきた頃だ。もう終わりにしようや」


 剣を両手で持った将軍は大きく振りかぶる。

 俺は身に迫る衝撃に備えようと歯を食いしばった。


「死ね!」


 俺めがけて凶刃が振り降ろされた。

 

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