66 静寂の中で吠える命
「狼人間』のページには救出した3頭の状態が記されている。
その内容はというと、
「狼人間1 状態:生命活動停止まで43:23。捕獲不能」
「狼人間2 状態:生命活動停止まで34:41。捕獲不能」
「狼人間3 状態:生命活動停止まで29:37。捕獲不能」
「注記:上記時間より生命活動停止状態が早まることがあります」
文字の読めないブランカのために、俺が記述された内容を読み上げると、
「……そう…………そんな気は……してたんだよね」
ブランカは力なくそう答えたのだった。
おそらくは拘束魔法への抵抗や首輪に施されていた魔法陣による影響なのだろう。
必要以上に魔力を消費したことから、彼らの寿命は大きくダメージを負ったのだ。
「ウウゥウ」
狼人間たちはもぞもぞと体を動かし始めた。鼻をひくつかせた彼らはゆっくりとブランカへと這い寄ると、
「……ウゥゥ」
座るブランカの膝へと頭を乗せてきた。ブランカがその頭を撫でてやると子犬のように彼らは小さく鳴いてみせる。その姿は母犬に甘えるかのようだ。
「大丈夫……最期まで側にいてあげるわ」
ブランカはそう囁きながら狼人間たちの体をさすり始める。
「ナイト。何とかしてやれないの?」
ドリアがそう言ってくるが、どうしようもないというのが俺の答えだ。
「もう看取ってやることしかできねぇよ。おおよそ1時間くらいか。それまでここにいることが騎士たちに見つからなきゃいいけど」
俺は部屋の窓から外を眺めた。
家々の灯りは徐々に消え、闇が広まり始めている。
そんな中で甲冑に身を包んだ男たちや、制服をきた連中が国中を走り回っていた。
「ちっ。外は騎士と捜索隊でいっぱいだな。狼人間たちを図鑑に収容したらブランカの脚力で城壁を突破するつもりだったんだけどな」
「もしここが見つかったらどうするんだ?」
ドリアの問いかけに俺は答える。
「その時は籠城戦だな。ドリアの植物でこの展望台を覆ったり、侵入してきた騎士を倒すことになる。ブランカは…………」
俺は檻の中で同胞を抱きしめ撫で続けるブランカを見て、
「戦闘には加えられない。ドリアの植物なら普通の騎士たちは十分に防げるだろう。狼人間たちを看取った後で、ここを脱出しよう。生物は入れられないけど、亡骸なら魔法鞄に入れられる。亡骸を回収次第、脱出だ」
「わかった。つまりあたいは責任重大ってことだな」
腰に手を当てドリアは大きく鼻から息を吐いた。
「なんか気合い入っているな、ドリア」
「そりゃあね。あの狼たちはわんわんに撫でられて幸せそう。邪魔はさせないぜ」
ぐっと親指を立ててみせるドリア。何と言うか頼れるガキ大将といった感じだった。
「ははっ、頼むぜ。ただ、問題なのはあの将軍だな。もしあの人にここに来られたら厄介だ。空間移動の魔法陣でもう国内に戻っているだろう。戦闘用の魔法陣もあるだろうし、単純にあの人自身が強そうだった。いずれにせよ見つからないことを祈ろう」
外へと視線を向けると相変わらず俺たちを探そうと騎士連中たちが走り回っていた。
よくみると平民連中も武器をもって出歩いている。いくら武器がこの国の特産品とは言え物騒な景色だ。
幸いなことにまだ誰もこの展望塔にはやってきていない。
ブランカによって屋根伝いにここへ侵入した時は気づかなかったが、この展望塔はどうやら有力者の持ち物のようで一般市民はもちろん、騎士であっても簡単には入れないようだった。
俺たちにとっては好都合な隠れ場所だ。
展望塔内はあまり綺麗に管理されている様子もない。
持ち主は滅多には使わないのかもしれなかった。
ーー持ち主は今頃騎士たちから内部を調べさせてくれと頼まれているかもしれないな。
指名手配犯を追う非常事態だ。
そのうちに騎士はやってくるだろう。
「ドリア、しばらく会話は交信魔法で済ませよう。少しでも見つかる可能性を減らしたほうがいい。窓からも離れ……」
そうドリアへと指示を出しながら、俺はふと檻の中へと注意を向けた。
ブランカに撫でられ幸せそうに今際の時を過ごす狼人間たち。
その内の1頭の様子が変だった。
ブランカに頭を撫でられながら、口をぱくぱくと無意味に開閉している。
ブランカもその様子に首を傾げるが、原因がよく分からなさそうだった。
3頭の中でも特にボロボロな外見から、俺はふとそいつがマルフェザー(極楽鳥)と一緒に取引されていた個体だと気づいた。商人から石を投げられたりしていた奴だ。
そいつは首を大きく後ろへと反らせーーーー突然遠吠えをしたのだった。
どうして狼人間がそんな行動をとったのかは分からない。
俺はあくまで人間で、いくら魔物寄りの考えを持っていたとしても真に魔物の気持ちが分かるわけでもない。
ただ憶測で言わせてもらうのならこいつは感謝しただけなんだと思う。
人間に囚われ、その身を拘束された。
抵抗もできず、叫ぶこともできず、石を投げられバカにされ。
こいつは怒りとともに絶望してこの国まで運ばれたに違いないのだ。
ところがそこで出会ったのはブランカという同胞。
予期せず現れたその同胞は自分たちを救ってくれただけでなく、最期を看取ろうとしてくれる。
もしこいつがオスだとしたら極上のメスに最期を看取られるのはこの上なく幸せだったのかもしれない。
そのメスへの感謝の言葉。
長く首輪と拘束で声を出せなかったこいつは最期の力を振り絞って、自分を看取ろうとしてくれるブランカへ感謝を示そうとしたのだと思う。
それがきっとこの遠吠えなのだ。
咄嗟に遠吠えを制しようとしたブランカが手を引っ込めたのも、精一杯の感謝を意味する遠吠えだと理解したからだろう。
たとえその遠吠えで俺たちの居場所が知られたとしても、こいつを責めることは俺たちには出来なかった。
狼人間の遠吠えは窓越しであっても通りまで響いたようだった。
魔物に慣れている俺ですらぞわっとするその声に一般人が反応しないはずがない。
「今、狼の声がしたぞ!」「どこからだ!」「あの展望塔からだ!」
通りから男たちの声が聞こえ、俺は慎重に窓から通りを覗いた。
ランプを持った騎士たちがまっすぐにこっちへ向かってくるのが見える。
「やばいな。騎士たちがくる」
俺は窓から離れると部屋のドアを開けた。
この展望塔は中央部分に螺旋階段があり、それが唯一の移動経路。
俺は螺旋階段を静かに降りると1階の正面玄関へとやってきた。
念のために玄関周辺は調度品を集めて封鎖していたのだが、
「玄関が開かないぞ!」「物を置いて塞がれているんだ!」「例の3人組が潜んでいるかもしれない!」「みんなこっちへ来い! ぶち破るぞ!」
騎士たちの声とともに、ドーンと言う音が玄関から聞こえてくる。
それと共に玄関を塞いでいた調度品類もガタガタと揺れた。
騎士たちは体当たりを試みているらしい。
俺は『魔物図鑑』を使い、ワイルドボア(大猪)とグリードグリズリー(大灰熊)を召喚すると、
「玄関を突破させるな」
2頭へ玄関の守護を命じ再び3階へと戻るのだった。
「ナイト。今ドーンって音がしたぞ!」
部屋に戻った俺へとドリアが話しかける。
ブランカは3頭の狼人間を抱きしめたまま、不安げに俺へと視線を向けて来た。
「完全にこの展望台に目をつけられた。今、ワイルドボアたちが玄関を抑えさせているけれどいずれ突破されるだろうな。ドリア、戦闘準備だ」
「わかった! よーし、あたいの恐ろしさを記憶に刻んでやるぜぇ!」
腕を回しがならドリアは楽しそうに笑ってみせる。頼もしい限りだ。
「わ、私も戦うよ。この子たちを守らなきゃ」
ブランカが立ち上がろうとするが、
「ダメだ! お前はそこにいろ!」
俺に大声で制されピクリと動きを止めるのだった。
「でも、元はと言えば私の我儘でこうなったし」
「その3頭を最後まで看取ってやれ。それがお前の役目だ。お前と狼人間たちには指一本触れさせない。俺たちが守る」
「そうだぞ、わんわん! あたいらに任せとけって!」
「それにそいつらが天に召されたら、お前にはここからの脱出っていう大仕事をしてもらうんだ。せいぜい今のうちに休んどけ。脱出したら墓を作るぞ。穴掘りもお前の仕事だからな!」
俺はドリアに命じ、ブランカと狼人間たちのいる檻を植物の根で堅牢に守護させる。
根に包まれる直前に、
「わかった。気をつけてね」
とブランカは笑顔を見せた。
「さてと。ドリア。籠城戦だ。ぶっちゃけブランカが戦力から抜けるのはキツい。でもやるしかない。気合い入れろよ」
「にひひ。あたいはいつでも気合い全開だ! 騎士たちなんて蹴散らしてやる!」
1階にやってくると、すでに玄関は突破されていた。
騎士たちの人数は50人近く。
どうやら玄関だけでなく、別室の窓からも侵入して来たらしい。
ワイルドボアとグリードグリズリーも応戦しているが、狭い屋内戦では彼らの巨体はマイナスだ。
騎士たちに囲まれ、2頭の体には槍が刺され出血している。
俺は光弾を、ドリアは種子弾をそれぞれ騎士たちへと打ち込んだ。
突然の射撃に騎士たちが怯む。
その間に俺は2頭を図鑑への収容し、『回復』を施した。
「手配書の男だ」「捕らえよ!」
騎士たちが俺たち2人のいる螺旋階段へと向かってくるが、
「ボアちゃんたちの恨み!」
叫んだドリアが地中から大量の植物を生やし応戦した。
先端に肉食獣を思わせる口をつけた蔓が騎士たちに噛みつき、放り投げる。
「ドリア。上に戻るぞ。螺旋階段を破壊しろ。2階部分まで外壁を植物で覆え!」
俺の指示を受けドリアの植物が猛烈に茂り始める。
すでに1階は樹海を思わせる植物の楽園状態。
騎士たちは植物の蔓に飛ばされ、根に進路を塞がれていた。
ーー思ったより戦いにくい場所だ。
『魔物図鑑』からメディックビー(薬蜂)を召喚しながら、俺は舌打ちをした。
俺が従える戦闘向きの魔物はほとんどが中型サイズの魔物だ。
この狭い展望塔では彼らは戦いづらい。
ーーとなると外へ遠隔召喚し、展望塔を囲む騎士たちを攻撃させる方がいいか?
3階まで戻った俺は窓から下の様子を観察した。
騎士たちはどんどん集まっている。
中にはローブを身にまとった魔法使いもいた。
彼らの持つ杖から炎があがり、展望塔を照らすと共にドリアの植物を焼きはらおうとしている。
ーー魔法使いか。それに騎士たちの何人かも対魔物戦向けの魔法道具をもっているな。ワイルドボアたちを召喚しても、数の有利で押し負ける可能性が高いか。
窓からメディックビーを放ちながら、俺はドリアへと指示を続けた。
ーーさすがは魔物と戦って来た北国の戦士。こりゃあ、こ連中に対抗できるのはドリアしかいないぞ。
予想以上の不利に俺が頭を抱えていた時だった。
背後への気配を察し、俺は瞬間的に横へ跳びながら振り返った。
がーー
「ぐああああっ!」
俺は叫んだ。
左肩に激痛が走ると共に、視界が赤くなる。
その正体が自分の肩から出る血飛沫だと理解すると同時に、
「見つけたぜぇ、ナイトくんよぉ」
薄ら笑いを浮かべながら将軍が姿を見せたのだった。
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