65 奪還と凶報
ーーさぁ、どうでる?
焚き火を挟んで相対する狼娘を観察しながら、将軍はいつでも魔法が放てるように構えていた。
ーーどうやら狼娘しかいないようだが、ナイトってガキはカラスの魔物で監視しているはず。何か仕掛けてくるか? 湖の周囲は森だ。身を潜める場所は多いし、報告にあった『植物を操る妖精』がいるとしたら地の利は向こうにあるか。くそっ。
「それじゃあ、人質交換を始めましょ。私とあなたは今立っている場所から動かないこと。合図とともに狼人間たちは私の方へ、王様たちはあなたの方へ歩いてもらうわ」
そう言って狼娘は国王たちの目隠しと拘束をその爪で解いてみせた。
「ちょっと待った。国王様たちはともかく、狼人間どもは素直に行動しないぞ。首輪の魔法は弱まっているから俺の命令が通じないんだ」
将軍の指摘に、
「そうなの? うーん、でも問題ないわ。人間たちは檻に入ったままでいい。荷車に積んだままで結構。どうせこの子に運んでもらう予定だしね」
狼娘は手を叩きそう言った。
狼娘の合図に合わせて森から1頭のワイルドボア(大猪)が現れる。ワイルドボアの体には牽引用の工具が取り付けられていて、将軍は忌々しく顔を歪ませると荷車とワイルドボアを繋いだ。
「では取引開始ね。行きなさい。ただしゆっくり歩くのよ」
狼娘の合図に合わせて国王たちとワイルドボアが歩き出した。
国王たちの足取りはとても遅く、ふわふわと危なっかしい歩き方だ。
ーーどうやら催眠術にかかっているらしいな。帰国次第、国お抱えの魔法使いどもに治療させねば。
人質たちはまもなく焚き火の横へと差しかかろうとしている。
狼娘はまっすぐに将軍へと視線を向けていた。
ーー何もしかけてこないな。どちらかというと俺が妙な行動をしないかを注意しているって感じか。
将軍は狼娘だけでなく、森や湖へと素早く視線を移動させ警戒を続けていた。
ーーこのまま無事に取引が終われば奴らは速やかにこの地を去るだろうな。一方の俺は国王誘拐の責任を問われるに違いない。騎士団の戦力をほとんど闘技場に集結していた点は間違いないくあの執政野郎に追求される。ちくしょう。せめてナイトって野郎を仕留めたいが奴の居場所がわからん。
人質たちは焚き火の横を通り抜けた。
その瞬間ーー
狼人間たちを乗せた荷車が大猪ごと姿を消した。
「なにっ!」
将軍が叫ぶが、その時にはすでに狼娘の姿も消えていた。
将軍は国王たちの元へ駆け寄る。
国王と王妃、そして国王の妹君。
3人ともよだれを垂らしただらしのない顔をしていた。
将軍の姿を見ても、反応らしい反応もせず歩き続けようとしているのだ。
将軍は両手を広げ3人の前進を阻んだ。ようやくそこで3人は動くのをやめ、今度は人形のようにその場で立ち尽くした。どうやら立ったまま寝ているらしい。
「くそっ!」
将軍は棒立ちする3人から離れると、今しがた荷車が消えた場所へ向かい地面を注視した。
地面の一部に埋め戻されたような痕跡があるのを将軍は見つけ、すぐに掘り返してみる。
やがて、土の中から現れたのはトランプのような白い紙が1枚。
「魔法陣のカード…………空間移動された!」
『潮風の国』で姫の召使いが倒されたという報告を将軍は思い出していた。
ーーちっ! 姫の魔法陣カードが奪われていたか。となると結構な距離を移動したことになるな。
将軍はカードを握りつぶすと、獣のように吠えながら地面を殴ったのだった。
「お疲れ、ブランカ」
『鋼の国』の展望塔。5階建ての建物の3階部分にある広い部屋。
そこには俺とドリア、そして今しがた『魔物図鑑』から呼び出したブランカがいた。
「うー。緊張した。あの子たちは?」
ブランカの問いに俺は彼女の背後を指差し答える。
「そこに空間移動されてる。拘束魔法と首輪に施されていた操作魔法陣は『封魔の鎖』で完全に解除した。もう彼らは自由だよ」
部屋の中央に置かれているのは荷車に積まれた檻。
その中には3頭の狼人間が横たわっていた。
「うー。ナイトの策がうまくいったね。人質には人質か。結構シンプルな考え方よね」
「でも意外と思いつかないんだよな。人質を突きつけられると考え方が守勢になることが多い。将軍の出世欲と、執政というライバルの存在は新聞を読めばある程度推測出来た。そうでなくとも将軍という立場上、王様が弱点になるだろうとは思ってたよ。でも行商人になる野望を考えると『国王誘拐』の汚名はもらいたくないから、最初はこのプランを躊躇ったんだ」
「にひひ。でも指名手配されたから気にする必要がなくなったってことなんだな?」
後ろから俺へと抱きつきながらドリアがそう口にする。
にんまりと笑うドリアの頬を撫でながら俺は頷いた。
「そう言うこと。指名手配のおかげで俺たちはこの国での信頼を失ったも同然。だったら遠慮なく暴れてやろうと思ったんだよ」
「うー。なるほどね。ところでナイトとドリアの方はどうだったの? なんか別の魔物を探していたんでしょ?」
ブランカの指摘に俺は『魔物図鑑』のページを開いてみせた。
「あの将軍が歩き回らせている間に捕まえてきた。マルフェザー(極彩鳥)。俺たちの新戦力だ。今はまだ使えないけどな」
「ふーん。その子を捕まえるために将軍をあちこちに歩かせたわけね」
「時間稼ぎってのもあるけど、できるだけあの将軍を消耗させたかったんだよ。ブランカ。お前が直接の戦闘で負けるなんて思ってないけどさ。相手はなかなかの使い手だし、魔力も体力もできるだけ削っておいた方がいいと思ったんだ」
俺の回答を聞いて満足したのか、ブランカは同胞が入れられている檻へと近づいた。
鍵を破壊しブランカが檻の中へと入る。
「ナイト。早く治療してあげて。この子たちすごく弱ってるわ」
ブランカが1頭の狼人間を抱きかかえながら訴えてくる。
確かに昼間見た時のような獰猛さは消え失せ、3頭ともひどく衰弱していた。
「そうだな。でも図鑑の『回復』を使うには捕獲しないといけないんだ。条件は気絶させるなんだが、どうしたものかな? これだけ弱っていると殴って気絶させる方法は危ない。かと言ってうまい具合に気絶させる方法もないし」
頭を抱えながら俺は『魔物図鑑』のページを開いた。
そして、そこに書かれた記述を見て、
「………………ブランカ……ダメだ」
そう口にした。
「ダメって何が?」
「もうその3頭は助けられない」
俺の言葉にブランカの動きが止まる。
「あと1時間以内にそいつらは死ぬ。もう寿命なんだ」
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