64 リバースポジション
『鋼の国』の闘技場。
その中央部に設置された檻の中に将軍と呼ばれる男はいた。
将軍の足元には狼人間が1頭横たわっている。
手足と口を拘束されたその狼人間はだいぶ弱っているらしくぐったりと無抵抗。
そんな狼人間の背中を将軍は踏みつけていた。
「ちっ。まだ現れないのか」
忌々しげに将軍はそう呟くと、数時間前に破壊された檻へと視線を向ける。
檻の上部ーーその一箇所は爆弾で攻撃されたかのように木っ端微塵にされていた。
ーー狼人間を囮にしておびき出す作戦は成功だった。狼娘は確かに強敵だが人質が効くのなら殺せるだろう。だがまさか3人がばらばらに行動しているとはな。俺の策を読まれていたのか? いや、あの狼娘からは余裕を感じなかった。奴の独断行動か?
将軍は部下を呼びつけると、
「おい。国内での呼びかけは続けているんだろうな?」
「はっ。闘技場を襲撃した賊に関する情報は国民にも広めております。すでに200件近い目撃情報が届いていますが、肝心の所在は未だ分かりません。全力で捜索中であります」
若い騎士が緊張した様子で将軍へと報告する。
「分かった。配置に戻れ」
将軍の指示を受け、若い騎士は離れていく。
その様を見ながら将軍は顎に手を添えた。
ーー国外に逃げられたか? …………いや、狼人間に関心がないのなら最初から闘技場を襲撃したりはしないだろう。奴らは狼人間を助けに戻るはずだ。少なくともあの狼娘は諦めない。
将軍は足元の狼人間へと視線を向ける。
ーーそれにしても姫が警戒するとは珍しい。やはり宝具使いってのは脅威なんだろうな。実際に絶海の岩場から生き残っているって話だ。だからこそ俺も油断はしない。この闘技場には姫から預かった魔法陣を仕掛けまくっている。たとえ上級の魔物が敵でも姫の魔法陣があれば敵じゃない。それに『鋼の国』の騎士団精鋭を揃えているんだ。数の暴力で確実に仕留めてやる。
将軍は腰に装備していた剣をぽんぽんと叩いた。
その剣の柄には大きな赤い石ーー魔石が組み込まれている。
ーー姫と出会ってから俺は出世街道真っしぐらだ。魔石のおかげで財力も、魔力も、装備も潤った。もちろん俺の実力もあるだろうが、やはり姫の援護が効いているな。ナイトって野郎を始末すれば姫を喜ばせることができる。そうすればもっと魔石と魔法陣をくれるだろう。賊を捕らえた功績でまた国王への印象もよくなる。それに魔物をぶち殺すのも飽きて来た頃だ。たまには人間も斬ってみたい。さっさと来やがれ小僧。すぐに殺してやるぜ。
「将軍殿よ」
静かに殺意を膨らませていた将軍だったが、背後からの声を聞いた途端くるりと振り返った。
将軍の後ろにいたのはゆったりとした服に身を包んだ痩せた男。
宝石のついた指輪を見せつけるように両手を胸元で交差させる仕草をしながら、その男は将軍へ微笑んでいる。
「これはこれは執政殿。どうしてこのような場所に?」
将軍が問いかけるがその声音に歓迎している様子はない。
執政と呼ばれた男は将軍の態度を咎めるようなことはせず、慣れた様子で返事をした。
「いえいえ。将軍殿が魔物処刑にずいぶんと金と時間を浪費していると耳にしましてね。ちょっと様子を見に」
「執政殿が気にされることではないでしょう。国王様からも許可を得ております。ご自宅にお帰りになって悠々と法律書でも読んでいてはいかがですかな?」
「ははは。それもいいのですがね。たまには現地の空気に触れた方が法律の勉強になるのですよ。こんな野蛮な闘技場であってもね」
執政は続けた。
「国王様が許可しているのですから私に文句などありません。ただあなたは将軍です。王と民衆を守るのがあなたの役目。その職務を部下に押し付け、魔物処刑に何時間もかけているのは流石に如何なものかと思いますよ? ふふふふ、それでは私は帰ります。失礼」
そう言い残し執政は闘技場の出口へと去っていった。
その背中へ一太刀浴びせたい衝動に将軍は襲われたが、実行はしなかった。
ーーいけ好かない野郎だ。口ばかりで体力も戦う力もないくせに。
武力と財力を信条とする将軍は、法律と精神を信条とする執政を嫌っていた。
ーー宗教じみた思想が国民に受けているのも気にくわない。国王には世継ぎがいらっしゃらない。もし国王が亡くなれば血筋の近いあの執政野郎が次期国王。そんなことは断じて許せん。
将軍は左腕の甲冑へと手を伸ばした。
特注の甲冑だ。その左腕部分には長方形の板のようなものが付いている。
その板は開閉式であり、内部にはトランプのようなカードが数枚収納されていた。
ーーナイトってガキを殺したら姫からより強力な空間移動の魔法陣を貰おう。それであの執政野郎を魔物の巣窟へ放り込んでやる。奴がいなくなれば俺がナンバー2だ。次期国王の座だって狙える。
黒い企みに心を染める将軍だったが、そんな彼へと先ほどの若い騎士が駆け寄ってきた。
「ひ、非常事態であります!」
将軍は若い騎士へと振り向くと、
「何事だ! 騒々しいぞ」
「申し訳ありません! で、ですが非常事態でありまして!」
「一体なんだ⁉︎ 騎士がみっともなく騒ぐんじゃねぇ!」
将軍の一喝に若い騎士がビシッと気をつけの姿勢となり、
「も、申し上げます。国王様とそのご家族が、何者かの襲撃を受け行方不明となりましたっ!」
敬礼をしながら、将軍へとそう告げた。
一瞬の沈黙。
怒りの形相を見せていた将軍も口を半開きにし、威厳のない顔を見せてしまっている。
「………………は? 冗談、だろ」
「じ、冗談でこのような報告はできません。王宮を警護していた騎士から直接連絡が入りました。見張りをしていた者たちは全員毒で行動不能になっており、賊の姿を見た者もいないとのことです」
「何か痕跡は残っていなかったのか?」
「玉座にて置手紙が見つかったのことです。こちらがその手紙です」
若い騎士は懐から封筒を取り出し将軍に手渡しした。
『国王とその家族は預かった。こちらの要求は中の手紙に書かれている。手紙を読んで良いのは将軍のみ。それ以外の者が封を開けた場合、国王の命はないと思え』
封筒の表面に書かれた赤い文字。
その内容を見て将軍は目を見開き、すぐさま封を開け中の手紙を取り出すのだった。
ーーちくしょう! ふざけやがって!
闘技場にて脅迫文を受け取ってから2時間後。
将軍は荷車を押しながら森の中を進んでいた。
荷車の上には檻があり、その中には3頭の狼人間が拘束された状態で入れられている。
相当な重量であるはずだが、将軍はそんな荷車を1人で運んでいるのだ。
もちろん生身というわけではなく、強化魔法と浮遊魔法を駆使した技である。
薄暗い森。
すでに『鋼の国』の城壁は見えず、あたりには不気味な静けさが漂っていた。
ーーまさか人質をとってくるとは。目には目をってことか。
闘技場にて部下から受け取った脅迫文。
その内容を思い出し将軍は怒りで顔を歪めるのだった。
『この国の国王とその親族の身柄を預かった。返して欲しければ以下に記述するものを用意せよ。
・貴殿たちが保有している狼人間全頭。
・狼人間を入れる檻。
・檻を運ぶ荷車。
これらの品を1人で準備せよ。
用意ができたことを確認したのち、こちらから指示を出す。
なお貴殿の上空に1羽のカラスが見えると思う。このカラスは仲間と視覚を共有する能力を持つ魔物である。貴殿の行動は監視されているため、妙な真似はしないことだ』
監視役の魔物は今も将軍の上空を旋回していた。数も1羽から5羽に増えている。
監視だけでなく、このカラスたちは伝令の役割ももっていた。
狼人間たちと荷車等の準備が終わると、どこからかカラスが現れ手紙を将軍へと運んで来たのだ。
内容は指定した場所まで将軍1人で荷物を運べ、というもの。
最初は城門へ、次は国外の川へ、その次は平原へ、次は岩場へ、そして今は湖に向かえと指示は与えられていた。
魔法の力を借りているとはいえ、将軍は疲労のためか大汗をかいている。
だが、国王の命を救うためにも将軍は懸命に荷車を引き続けるしかない。
ーー今国王に死なれるわけにはいかない。あの執政野郎が代理王として政治をすることになれば俺の立場が揺らぐ。あの野郎は昔から俺を目の敵にしていやがったからな。そのまま国王へと座す可能性も高い。それだけは許せない。次の国王は俺だ!
怒りと出世欲を力に将軍は荷車を引き続け、ようやく湖へと到着した。
日が沈み周囲が暗くなる中で湖の一箇所にだけ火が灯っている。
焚き火の奥にいるのは町娘姿の狼娘。
そしてその横に国王と王妃、そして国王の妹君が目隠しと猿轡を取り付けられた状態で座っていた。
狼娘と将軍は焚き火を挟んで向かい合う。その距離は約20メートルほど。
「注文通り1人で来た。狼人間もこの通り3頭とも連れて来たぞ」
将軍の呼びかけに、
「そうみたいね」
落ち着いた様子で狼娘は答えた。
「じゃあ、取引を始めましょ」
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