62 闘技場のウェアウルフ
ブランカは屋根を蹴り、飛び降りた。
強化魔法の光に包まれたブランカは、放たれた矢のように一直線に闘技場の中央へと進んでいく。
そしてーー檻に向かって拳を撃ち込んだ。
轟音とともに檻が破壊される。
ブランカの一撃は檻の破壊に止まらず、地面までも穿ち砂埃が檻周辺を覆い始めた。
それまで狼人間と将軍へ注目していたため、観客たちはブランカの接近に気づいていなかった。
突然の事態に観客席が一瞬静まる。
だが、それは本当に一瞬。
魔物を閉じ込める檻が破壊された。
その意味を観客が理解した途端、
「「「「「うわああああああああっ‼︎」」」」」
会場中から悲鳴があがる。
我先に外へ逃げようと観客たちは出口へと殺到し始めたのだ。
俺は逃げる客たちに逆らいながら檻の方へと近づいた。
観客の悲鳴に紛れて僅かに、地響きのような音が聞こえてくる。
おそらくはブランカが出す戦闘音だ。
砂煙のせいで檻の中の様子が分からない。
ようやく俺が檻へと近づくと、
「あっははは! お前がいるということはナイトってガキもいるわけだ」
高笑いと共に男の声が聞こえて来た。
「くそっ! このっ!」
それと共に聞こえて来たのはブランカの声だ。
ようやく砂煙が薄くなり、俺は闘技場の様子が見えてきた。
闘技場のほぼ中央でブランカと将軍は戦っていた。
強化魔法による高速戦闘をブランカは仕掛けているが、将軍は魔法障壁と空間移動でブランカの攻撃を回避し続けている。
ーーやはり魔法陣使いの仲間だな。
将軍の持つ魔法陣の書かれたカードを見ながら、俺は状況を確認した。
逃げ惑う観客によって闘技場内はパニックだ。
運営本部のある塔を見ると、王族とマルフェザー(極彩鳥)の姿がない。
騎士たちの姿が減っているのは王族の護衛と、観客の誘導に人員を割いているからだろう。
ブランカの攻撃は将軍にまったく当たっていない。
もちろん魔法陣による妨害が大きいのだろうが、
ーーあいつ、いつもより動きが大振り過ぎだろ。
ブランカの動きにはいつものキレがない。
俺がそのことを心配していると、
「ふんっ!」
将軍は魔法陣だけでなく、その体術で大振りなブランカの攻撃を躱す。
そして勢いそのままに鋭い剣技でブランカの首を斬りつけた。
「ぐっ!」
強化魔法で覆われたブランカの防御力は対ヴェノマム戦で見たように毒を完璧に防ぐほどだ。
将軍の鋭い斬撃もブランカの防御力を突破はできなかった。
「ちっ! 硬いな」
将軍の舌打ちが聞こえてくるが、俺からすればあのブランカへ一太刀浴びせるとは驚異的だ。
2人は一度距離を取った。
ブランカは怒りの形相のまま、再び将軍へと突撃していく。
ーーあいつ、怒りで動きが単調になってやがる。
将軍は再び空間移動でブランカの攻撃を回避すると、
「そこまでだ狼娘」
将軍はブランカへと呼びかけた。
将軍の足元には再び拘束された狼人間が1頭横たわっている。
その首へと剣を当て、将軍は勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。
「その場から動くな。動けばこの狼の首をはねる」
「卑怯者!」
悔しげにブランカが叫ぶが、その動きは止まっている。
2人の間は20メートルほどの距離。
ブランカの速さなら一瞬で詰めれるだろうが、
「ぐっ……」
同族の命を盾にされてはブランカも迷う。悔しそうに歯を食いしばりながら将軍を睨みつけるしかない。
「強化魔法を解除しろ。さまなければ……どうなるかは分かるな? 解除したふりをしても無駄だぞ。不正は見抜ける。さぁ、早く解除しろ」
俺とドリアは観客席の椅子裏に身を潜めながら2人のやりとりを見守っていた。
ブランカは拳を握る手を緩め、その身に宿した光を消したのだった。
強化魔法を解除したらしい。
それと同時に素早くブランカに近づく影が2つ。
それは2頭の狼人間で、ブランカは接近した2頭にそれぞれの手を極められ膝立ちを強要される姿勢となった。
「ちょ! なんで?」
ブランカは同族に抑えられるという状況に驚いている。
俺はブランカを抑える2頭の首に銀色の首輪がつけられていることに気付いた。
ーーあれは魔法道具か? 2頭同時に操るとはかなり強力だな。
将軍がブランカへと近付いていった。その左手には首輪が握られている。
「バカなやつだ。同族だから仲間とは限らん。いい経験になったろ。さて、お前も首輪をつけてやろう。強化魔法は使うなよ? 俺の命令1つでこいつらは自害する。俺の言いたいことは分かるな?」
「……卑怯者」
「なんとでも言うがいい。それにしても……姫から聞いていた以上に人間に近いんだな。それになかなかの別嬪だ。届ける前にちょっと楽しませてもらうか」
将軍がブランカへと首輪をつけようと左手を伸ばした。
だがーー
「何⁉︎」
将軍は驚きの声をあげた。
ブランカを抑えていた2頭の狼人間も体勢を崩し、地面へと倒れる。
「消えた?」
ブランカの姿は闘技場から消えていた。
「ひとまず脱出だ」
『魔物図鑑』へブランカを収容した俺はドリアへと小声で呼びかけると、
「召喚。メディックビー(薬蜂)。ルナアウル(月梟)。シェアリングクロウ(伝播烏)。イコールスライム」
魔物を一気に召喚させるとそれぞれへと指示を与えた。
メディックビーによって観客と騎士が痺れ毒の餌食となった。
突如現れた蜂に驚き、観客のパニックが大きくなる。
その一方で、100羽近いシェアリングクロウが会場中を飛び交いながら、観客の頭部へと着地した。
シェアリングクロウの足元にはイコールスライムがくっついている。
観客とシェアリングクロウの感覚がイコールスライムによって簡易融合された。
「ルナアウル。観客を操ってパニックを増長させるぞ。命令は『暴れろ』だ」
俺の肩に停まるルナアウルは目の前のシェアリングクロウのボスへと催眠術をかける。
その瞬間。観客の一部が暴れ始めた。
他の客を殴りかかるもの。
騎士へと攻撃を仕掛けるもの。
闘技場の備品を破壊するもの。
突然の暴動発生に闘技場内はさらに騒がしくなった。
暴徒から逃れるため、それまで出口側へと密集していた観客たちが今度は観客席側へと逃げ始める。
「よし。群衆に紛れて脱出だ」
俺はドリアを連れて群衆の中へと飛び込んだ。
ルナアウルへ『闘技場を出ろ』と催眠術を変更させる。
暴徒たちの動きもそれに合わせて変化し、俺たちは騒がしい群衆へ紛れながら無事に闘技場を脱出したのだった。
闘技場を脱出した俺たちは路地裏へと逃げ込んでいた。
息を整えた俺は『魔物図鑑』を取り出すと、ドリア以外の魔物を図鑑へと回収した。
「ふぅ。とりあえず無事に逃げ切れたな。操った連中を5方向へ移動させたから追いかける騎士連中も撒いたはずだ。俺たちは途中から群衆を離れたし大丈夫だろう」
「ふぅ。結構面白かった。ドタバタするのも楽しいな」
「ドリアは相変わらず何でも楽しんじゃうんだな。良いことだ」
「にひひひ。何でも楽しまないと損じゃん」
「そうかもな。さてと、じゃあーー」
俺は図鑑のめくると、
「楽しめてないやつに登場してもらおうか」
路地裏にブランカが姿を表す。
きょろきょろと周囲の様子を伺ったブランカは、仁王立ちする俺たち2人を見つけると、
「あっ…………」
短く声をあげ、そのまま俯いてしまった。
狼耳はへたりと垂れてしまっている。
「…………ごめんなさい」
やがてブランカは小さくそう呟いたのだった。
「……助けてくれて……ありがとう、ございます……」
謝罪と感謝の言葉を発すブランカ。
拳を握り、言葉を発しようとした俺の腕をドリアが掴んだ。
振り返ってみるとドリアは首を横に振り、ウインクをしてみせた。
「…………わかったよ」
説教の1つでもしてやろうかと思っていた俺だったが、気が変わった。
ここで怒鳴り散らしても何も生まれない。
大事なのは前進することだ。
「ブランカ。顔を上げろ」
俺の言葉を受け、ブランカが面をあげる。
泣きそうなのを必死に堪えている様子だ。
「あの狼人間たちを助けに行くぞ」
ブランカの表情が驚きに染まった。
潤んだ目を見開き、俺をじっと見つめるその顔へ俺は言葉を続ける。
「なんだよ。あいつらを助けたくないのか?」
「……そりゃあ、助けたいよ。でも私は自分勝手してさ、しかも人間に負けちゃってるし……」
「怒り任せに突っ込めばそうなるさ。向こうはある程度俺たちのことを知っているんだからな」
俺はブランカの頭を図鑑で軽く小突いた。
「しっかりしろ。お前はエースなんだからな。エースがそんな辛気臭い顔してるんじゃねぇよ。ドリアだって困るよな?」
「そうだぞ。あたいがナイトに付いてきた理由の1つはわんわんへのリベンジなんだからな。あたいが勝つまで誰かに完敗されちゃあ困るぞ!」
ドリアもブランカの腹へと軽くパンチを撃ち込んだ。
「……うん。分かった。しゃきっとするよ」
ブランカは両手で自分の頬を数回叩くと、
「うー。あの卑怯な甲冑野郎おおおっ! 許さないもんねー!」
狼耳を立て、元気よくそう宣言したのだった。
「その意気だブランカ。まぁ、昨晩俺も判断ミスしたしな。おあいこだよ」
「うー。そうだよそうだよ。決断の遅いナイトだって悪いんだ」
「お前なぁ…………ふっ、いつもの調子に戻ったかな?」
「うー。そうだね」
「あたいらはこんな感じがいいよな」
「そうね。ところでナイト。どうやってあの子達を助けるの?」
「今から考えるよ。狼人間たちを助けるのはもちろんだが、他にもやりたいことあるしな。うまくいけばとんでもない戦力をゲットできるかも。にひひ」
「うー。できるだけあの甲冑野郎を滅茶苦茶にしてやろうよ。むふふ」
「あたいも久しぶりに大暴れしたい気分。ぐふふ」
活気を取り戻した俺たちは路地裏にて悪巧みの会議を始めるのだった。
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