61 熱気に潜む悪意
「あはは。見ろよあの魔物。牛の頭なのに二足歩行だ。いっちょまえに棍棒なんて握ってやがる。気持ちわり。とっととくたばりやがれ!」
武器商人が檻の中の魔物へとヤジを飛ばす。
すると同じようなヤジが闘技場全体から叫ばれ始めた。
次第に観客のヤジが一体化していく。
「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」
俺の横に座っていたドリアがぎゅっと俺の手を握ってきた。
その顔は嫌悪と、それ以上の恐怖が浮かんでいるように見える。
試合が始まった。
棍棒をもった牛頭の魔物が甲冑の男へと殴りかかる。
男は魔物の攻撃を避けると、持っていた剣で魔物の背中を斬りつけた。
悲鳴をあげて倒れる魔物の姿に観客から歓声が上がる。
男は余裕たっぷりに手を広げ観客へとアピールすると、倒れた魔物の首を斬りつけた。
苦悶の悲鳴と飛び散る鮮血。
観客は大興奮。鼓膜が破れるかと思うほどの大歓声で闘技場が満たされる。
2回、3回と男は魔物を斬りつけた。そのたびに観客を煽るように間を空けるので、大歓声はひっきりなしに起きる。
そして4太刀目でついに魔物は首を切り落とされ絶命した。
「いやぁ。面白かった。どうだいお兄さん。大興奮だろ?」
「えぇ。そうですね」
「あはは。そんな辛気臭い顔しなさんなって。すぐ慣れるよ」
「他の国ではこういう闘技場は観たことがないです」
「そうだろうね。この『鋼の国』は魔物の生息域に近いからさ。昔から魔物と戦って生き延びてきたわけよ。戦うために必要なのは士気さ。魔物なんかぶっ倒してやるっていう気持ち。それを高めてくれるのがこの闘技場さ。この仕組みのおかげで俺たちの国は魔物との戦いに生き延び、今日まで発展してきたのさ。ほら、あれ」
そう言って武器職人が指差したのは闘技場北側に設置された塔だ。
「あそこは王族の特等席。そして闘技場の運営本部だ。一番上を見てごらん。今日の報酬が用意されている」
男の言うように、煌びやかな服装に身を包んだ連中が塔で観戦しているのが見える。
その上の階には檻が設置されていて、茶色の鳥形魔物が入れられていた。
「これから順番に戦いになるんだ。最後まで生き残っていた奴が今日の勝者ってわけ。あの鳥が報酬なんだってさ」
「なるほど。あの鳥って何なんですか?」
「ん? 食用にできる魔物じゃないかな? 鳥形魔物って結構美味しいらしいし。毎回報酬は賞金と魔物の素材であることが多いんだけど、今回は魔物丸ごとなんだな。珍しい」
武器職人は説明を終えると、次の対戦へと注意を向けてしまった。
俺の視線は報酬とされる鳥形魔物へと注がれる。
ーーあれはマルフェザー(極彩鳥)だ。
俺は昨晩『魔物図鑑』で読んだ記述を思い出す。
『保護色で発見が困難』『危険性 低』そしてーー『聖獣フェニックス(不死鳥)の幼体』
最初に読んだときは目を疑ったものだ。
フェニックスと言えばドラゴンに負けない知名度を持つ魔物。
英雄の前に姿を表す。あらゆるものを焼き尽くし、あらゆるものを治す。
そして、その血を飲めば不老不死となる。
語られる伝説はどれも人間にとって憧れるようなものばかり。
古今東西の英雄譚に記述される魔物だが、ドラゴンとは違いその存在は幻とされている。
存在が確認されていない伝説の魔物。それがフェニックスだ。
ーー闘技場の運営者はマルフェザーのことを知っているのか? いや、もし知っているのなら報酬にするわけがない。
フェニックスは謎が多い。まして、その幼体が羽毛の色を変えるしか能がない魔物とは誰も思わない。
『魔物図鑑』が無ければ、俺だって気付かずただの弱い魔物としか見なかった。
「おおおっ! 将軍様だ!」
ふと、武器職人の男が叫んだ。
見ると檻の中に登場したのは上等な甲冑を着込んだ大男だった。
左手に兜を抱え、右手には剣を握っている。
壮年の大男は不敵に笑みを浮かべながら観客の声援へ剣を振って応えていた。
その甲冑に俺は見覚えがあった。
昨晩、騎士達の前に現れ空間移動の魔法陣を使った奴だ。
つまり、魔法陣使いの仲間。
「あははは。こりゃ驚いた。将軍様が参加されるとはな。今日の優勝はあの人で決まりだ」
「そんなに強いんですか? あの人」
俺の言葉に武器職人はにやりと笑った。
「この国の騎士を束ねるお方だよ。見てな」
檻の中に現れたのは10メートル近い蛇の魔物。
強い毒と俊敏さを武器とする魔物だ。
武器職人に気付かれないように『魔物図鑑』を見ると、危険性は中らしい。
勝負は一瞬だった。
噛み付こうと魔物が飛びかかったが、将軍はその剣で魔物の首を鮮やかに一振りで切り落としたのだ。
大歓声と共に、将軍は切り落とした魔物の首を手づかみし掲げて見せるのだった。
「すげぇだろ。『鋼の国』が誇る最強の魔法騎士さ」
自慢げに武器職人が説明するように、確かに将軍は相当の腕前だ。
俺は適当に相槌を打ってみせたが内心穏やかではない。
あの貧弱な魔法使いと違って次の追っ手は手強いだろうと覚悟はしていた。
だがこの将軍は予想以上だ。
単純に本人が強いのもそうだが、将軍という地位まで持っているのは厄介だ。
もし見つかれば騎士団、もしくは本当に『鋼の国』全体が俺たちの敵になる可能性がある。
ブランカとドリアが二人掛かりで戦えば将軍本人には勝てるだろうが、数の有利で攻められれば厳しいことになる。
ーーブランカを無理矢理にでも呼び戻すべきか? でもあいつは同胞を助けることで頭が一杯だろうし。
思案する俺だったが、突然会場に鳴り響いたラッパの音に顔を上げた。
音の出所は運営本部の設置された塔からだ。
見ると三角帽子を被った魔法使いが喉に指を当てている。拡声魔法のようだ。
「お集まりの皆様。これより本日のメインイベントを行います。対戦カードは我らが魔法騎士の将軍殿。そして、薄汚い魔物であります」
太鼓の音が鳴り響き、檻の中へ再び将軍が現れた。
そして、将軍の対面から現れたのは、
「本日は3頭の狼人間でございます」
魔法使いの紹介通り、現れたのは黒い体毛に覆われた3頭の狼人間だった。
拘束された3頭は首輪につけられた縄を屈強な男達に引かれ、檻の中央まで移動している。
会場からは大歓声だ。
「おっ。メインイベントだ。今日は将軍殿か。じゃあ、心配ないな」
「メインイベントとは何です?」
「1人で多数の魔物を相手にする特別対戦カードのことだよ。これに生き残った奴は英雄として崇められるんだ。この国に生まれた男なら一度は憧れる大舞台よ」
腕組みをしながら武器職人が説明してくれた。
「しっかし、3日続けて狼人間が出てくるのはさすがに飽きてくるな。まぁ、将軍様の剣技が見れるからいいけどよ」
「3日連続?」
「あぁ、この闘技場に運ばれる魔物って騎士団が捕らえたり、遠方の狩人から買ったりして集めているんだけどよ。運営本部は狼人間を集めているらしい。噂じゃあ将軍様が指名しているそうだ。何でだろう」
武器職人の言葉に俺は心臓がどくんと大きく高鳴ったのを感じた。
檻の中では男衆が舞台裏へと退避し、狼人間3頭の拘束が解かれていた。
3頭はぐるぐると将軍を囲むように歩き始めている。
興奮しているのか口からは涎が滴っていた。
囲まれた将軍は余裕綽々といった表情を浮かべると、ぐるりと会場全体を見回している。
まるで何かを探しているかのようなその行動に、俺は自分の考えに確信を持った。
ーーやばい。罠だ。誘われた。
俺はできるだけ落ち着いて周囲を伺った。
見ると、騎士達が会場中を歩き回っている。
1人の騎士が若い黒髪の男へと声をかけている姿も見えた。
俺たちが絶海の岩場から『潮風の国』へ到着したのが5日前。
その日のうちにあの貧弱魔法使いによって俺たちの生存は魔法陣使いに知られている。
そしてこの国の闘技場では3日前から狼人間が狩られていた。
偶然ではないだろう。俺たちを誘うために狼人間は狩られているのだ。
敵ながら上手い手だと思う。
少なくとも狼人間であるブランカがそんな状況を放ってはおけない。
確実に俺たちを誘い出せる手だ。
上手い手だと思うと同時に嫌悪感が込み上げる。
3日連続ということは昨日と一昨日に登場させられた狼人間は始末されてしまったのだろう。
魔物を禁術で部分融合させるような女の仲間だ。
魔物を完全に物扱い。類は友を呼ぶとはこのことか。
「ナイト。あれ」
嫌悪と怒りに頭が染まり始めた俺の手をドリアが引っ張った。
目配せするドリアの視線の先。そこにいたものを見てーー
「あのバカ……」
俺は思わずそう声にしていた。
闘技場の屋根の上。
魔法で白く輝くブランカが、超然とした様子で立っていたのだ。
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