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6 初めての野宿

 料理屋を出た俺とブランカは通りを歩き、水路の側までやってきていた。

 すでに日付は変わり、家々の明かりは消えている。通りを歩くのも俺たちしかいない。

 時折建物の隙間から北風が吹き込んでくると、俺はブルっと体を震わせた。


「ナイト、大丈夫? 寒そうだよ」


「心配してくれるならコートを返してくれよ」


「えー、だってこれ着てると暖かいんだもん」


 水路は通りより一段低い場所を流れている。

 俺たちは石階段を下ると、水路に沿って歩き続けた。


 時間も時間。

 そしてどの宿も満杯。

 加えて狼人間を引き連れているこの状態ではもはや野宿は避けられない。

 とは言え、これまで学校の寮で暮らしてきた俺に野宿の経験や知識があるはずがない。

 水路に沿って歩いているのも寝床を探すというよりは、出来るだけブランカを人目のつく上の通りで歩かせたくないという考えからの行動だ。


 その結果、俺たちは水路にかかる橋の下へと今夜は落ち着くことにしたのだった。


「橋が屋根代わりになるし、ここでいいだろ。あぁ、何か今日は疲れた」


 色々なことが起こりすぎな1日だった。

 体よりも頭の方が疲れている気がする。


「この場所で寝るの? じゃあ私ここで寝る」


 そう言ってブランカが指差したのは橋の下に置かれた木製のベンチだ。


「おい、待て。そのベンチは俺が使うぞ。石畳の上なんてごろごろして寝られないからな」


「うー。それは私も一緒だよ。こんな石の上で寝るなんて嫌だ。早い者勝ちだもんね」


 そう言ってブランカはベンチへとごろんと寝転がりやがった。


「おいズルイぞ。しかも俺のコート着たまま寝る気か! 返せ! まだ夜風が冷たいんだ。風邪引く!」


「いやだぁ、私も寒いもん」


「お前狼人間だろうが! 毛皮とかあるだろ!」


「無いよ。100年くらい前から人間と同じ体だもん」


「え? そうなのか? てっきり服の下は毛で溢れてるとか思ってた」


「うわー傷ついた。その一言で私は傷ついたもんねー」


 コートのフードを被り、ブランカは意地でも動かないぞと訴えるような視線を向けてきた。


 言い争うのをやめ、俺は横になるブランカの横へと座ると、『魔物図鑑』と取り出した。

 図鑑の記述を確認してみると、確かにブランカに毛皮はないようだ。外見上は狼耳と、服の下にしまわれた尻尾の存在以外は人間の少女と大差ない。

 昔読んだ狼人間の本を思い出してみる。確か、普段は人間と同じ姿だが満月の夜になると全身が毛に覆われ、顔は狼の頭部になる、と書かれていたような。

 

 今夜は満月だ。

 にも関わらず、ブランカの姿は人間に近い状態のまま。狼人間らしからぬ現象だ。


「確かに人間に近い姿らしいな。ん? 100年くらい前からってことはそれ以前は毛皮があったのか?」


「そうだよ。それまでも二本足で立ってはいたけど、毛皮があって、頭は狼の頭部だったよ。懐かしいね」


「ふーん。なんで今の姿になったんだ?」


「さぁ? 人間を食べ過ぎたからかな」


「何人くらい食べたんだよ?」


「うーん。1000人くらい」


 ブランカから飛び出た数字に俺は一瞬言葉が詰まった。

 

「そりゃあ、たくさん食べたな。美味かったのか?」


「全然。人間って食べにくい上に食べられる箇所も少ないんだよね。子供は多少美味しいけど、オスは最悪。メスもダメだね。柔らかそうな場所はあるけど、脂っこくてくどいの。今はよっぽど飢えてもいない限りは人間なんて食べる気しない。故郷にいた時は半分くらい義務で食べてたようなもんだし」


 その時の味を思い出したのか、ブランカは渋い顔だ。

 1000人。尋常ではない数字だ。ブランカの故郷も当時の周辺の様子も俺には分からないが、1000人もの人間を食らった魔物など討伐隊が組織されてもおかしくない存在だ。

 そんな相手が俺の横で寝転がっている。


 普通の人間なら嫌悪感と恐怖を感じるのかもしれないが、俺は不味いのに1000人も食べたというエピソードに呆れつつも、どこか愉快な小話でも聞くかのようにその話を受け流していた。

 

「ナイトは怒らないの? 仲間が1000人食べられたんだよ?」


「んー。でも100年前の話だろ? どこの誰かも分からん人の話だからな。別になんとも思わないよ」


「そうなの? てっきり怒るか嫌われるかと思ったのに」


「そう言えばそうだな。俺、人間だし、少なくとも怖がるべきだよな」


 まぁ、いいや。俺には関係のない話だ。


「そんなことよりコート返して場所譲れ」


「嫌だもんねー。じゃあ、一緒に寝ようよ」


「こんな狭いベンチで一緒に寝られるわけないだろ」


 とは言うものの、お互いに折れる様子はないので、


「ふふ。暖かいね」


「狭い……」


 結局俺はブランカの案を採用した。俺がベンチの奥で寝転がり、ブランカは俺の前で寝る。形としては俺がブランカを後ろから抱きしめるスタイルだ。脱がせたコートを布団代わりにした。


 魔物とはいえ、女子とこれほど密着するのは初めてのこと。流石にちょっと緊張するな。

 

「明日からどうするの? 朝食は牛肉だよね?」


 ブランカは気にしていないのか能天気に質問してきた。


「そうだなー」


 俺は頭上の橋をへと視線を向けながらその問いに応えようとするが、


「いや。待て。隠れるぞ」


「え? 何で?」


「追っ手だ」


 俺はブランカを立たせると、素早くベンチの後ろへ隠れるように指示をした。

 




「この水路なんて怪しいですわね」


 宿泊エリアの水路付近。

 そこには祭服を身にまとった美女と、


「そうだね。橋の下を確認してみるか」


 剣を携えた青年が通りを油断なく歩いていた。






「『七色の風』の2人だ。まだこの辺りを探してたのか」


 ベンチの後ろに隠れながら、俺は通りを歩く人影を注視しつつブランカへと訪ねてみる。


「よく気づいたね、ナイト。私ですら少し反応が遅れたよ」


「たまたまあの女の持っている杖が月明かりで輝いたからな。ラッキーだ。向こうは橋の影で俺たちに気付けていないらしい」


 だが、追っ手2人の行動を観察していると、呑気はしていられそうにない。

 追っ手は明らかに橋の下へと注意を向けていた。


「私を探しているんだ。もー、しつこいなぁ。ねぇねぇ、ナイト。私出て行くよ。あの2人、仕留めてやる」


「何言ってるんだお前? さっきは矢を打ち込まれて瀕死だったろ。また同じ目にあいたいのか」


「さっきは5対1だったからね。2対1なら大丈夫。オスから倒して、次にメスを仕留めてやるもんね」


 ブランカは口を開き、狼のように息を荒げ始めた。臨戦態勢らしい。

 

 確かにブランカは手負いではあったものの、あの『七色の風』から一度逃げるだけの実力があるのだ。

 それにブランカは通常の狼人間と比べても異質。それに長距離をひとっ飛びする脚力。

 虚勢ではなく、本当に宝具持ちを倒せるくらいに強いのかもしれない。


 だがーー


「ダメだ。今出て行ったら殺されるぞ、お前」


「何で? 2対1なら人間に負けないよ」


「2人だけじゃないからだ。あの2人をよく見て見ろ。ちらちらと上を見ているだろ?」


 そうなのだ。あの2人は水路や道中の物陰だけでなく、なぜか建物の上をちらちら見ている。それも結構頻繁に。時折、女の方が心配そうな表情を浮かべながら上へと視線を向けているのだ。


「多分、建物の上に他のメンバーがいるんだ。上からお前を探すと同時に仲間の安否も確認している。不意打ちを仕掛けられても全滅を避け、応戦できるってわけだ」


 『七色の風』には弓の宝具を使う男がいるという話は聞いたことがあった。

 多種多様な矢を放ち、圧倒的な射程で優位を取る遠距離攻撃の名手。

 もし上にいるのがその弓使いなら上から狙い撃ちされてしまうだろう。

 

「さてさてブランカ、3対1ならどうだ? 勝てる自信あるか?」


「相手による……うー、じゃあどうするの? このままだと見つかるよ?」


「それを今考えてるんだよ」


 ブランカをなだめ、俺は改めて考える。

 戦闘は避けるべきだろう。

 ブランカは自信があるようだが、『七色の風』の噂をそれなりに聞いている俺としては3対1は流石に部が悪いと言わざるを得ない。戦闘はそれしか方法がないときの最後の手段だろう。

 そうなるとブランカを隠すしかない。

 だけどどこへ?

 

 


「ロード様。さっきあの橋の下で何か動かきませんでしたか?」


 祭服姿の女が横を歩く弓使いへと呼びかけた。


「いや、俺は見ていない。だが、君の直感は鋭いからね。調べてみよう」


「ご一緒します。補助魔法でサポートします」


「頼んだよ。アズの矢も射程距離内だ。実質3対1。行こう」




 ーーまずいな。あの2人、まっすぐこっちに向かってくるぞ。


 心臓が高鳴った。

 逃げるか? いや弓使いが上で見張っているとしたら逃げている途中に矢を放たれる。

 仮に弓使いでなくとも上から監視された状態で逃げ切るのは難しいだろう。


 足音がはっきりと聞こえてきた。

 多分今は石階段を降りているのだろう。

 俺たちのいる場所まであと20歩ほど。


 ーーやばい、見つかる





「あの橋の下だね? 行くよヴィオ」


「はい、ロード様」


 2人の男女は石階段を降り、目的の場所へと辿り着いた。

 月明かりに照らされた周囲に比べ、橋の下は影によって際立って暗く感じる。

 女が手のひらの上に光の玉を作り、周囲を照らした。

 そこにはベンチが一台置かれ、その上には、


「あれ? さっきのイケメンさんじゃないですか」


 黒髪の青年ーーナイトが独りぼっちで寝転がっていた。


 

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