58 親睦会と落ち込む鯨
『潮風の国』を離れてから5日が過ぎた。
森を抜け、山を越え、俺たちがやってきたのはとある湖。
ワイルドボア(大猪)の背に乗っていた俺は、
「今日はここで野宿しよう」
と提案した。
俺がワイルドボアから降りると、後ろに乗っていたブランカとドリアも地面へと降り立つ。
「んんー。ずっとワイルドボアに乗っていると体が固くなっちゃうね。ちょっと体操しよっと」
「ふぁぁ、途中からあたい寝てた。疲れたぁ」
魔物2人も疲労を感じているらしく思い思いに休みを取り始めた。
俺自身も朝から8時間続く移動に体のあちこちが痛み始めている。
野宿の準備をする前に、マッサージをしようと俺は地面に座った。
「ねぇ、ナイト。本当にこの先に国があるのかな?」
「『潮風の国』でみた地図通りなら明日には国につくさ」
「うー。早く牛肉が食べたーい! もう硬い干し肉は飽きたよぉ!」
嘆くブランカを手招きした俺は彼女を寝転がせ、その背中や腰をマッサージし始めた。
「……んっ」
不満気だったブランカの表情が緩む。
長旅における疲労回復と、コミュニケーション向上のために取り入れた毛繕い。
この数日で習慣化した俺たちの日課だ。
「ナイト。次はあたいにもマッサージやってね」
ドリアは地面に伏せるワイルドボアをブラッシングしていた。
ワイルドボアも気持ちいいらしく、目を閉じて寝息を立てている。
「はいはい。あとで俺の背中と腰も押してくれ」
「まさかせろ。あたいが新作植物マッサージを体験させてやるぞ! 消化液の代わりに癒し効果のある粘液を出す植物で全身マッサージを」
「普通ので頼む」
互いにマッサージをし終え、俺たちは野営の準備を始めるのだった。
地面を軽く掘り、そこへ燃えそうな枯れ木を集めると、
「5日連続の干し肉、いっきまーす!」
俺は干し肉を炙り始めた。
「うー。もう飽きた。肉汁が恋しいよぉ」
「しょうがないだろ。この5日間、国どころか人にすら会ってないんだから」
『潮風の国』を出てから俺たちが選んだのは北側を進むルートだった。
魔物の生息圏に近い北側。
それだけに人の行き来はほとんどなく、道中も獣道を進んできたのだ。
当然物資の補充などできるわけもなく、俺たちは『潮風の国』で急いで買い集めた物資を少しずつ消費して旅をしてきた。
魔法鞄のおかげで普通の旅人より大量の荷物を運べるとは言え、それでも5日も経つと物資が不足してくる。
加えて、ブランカの場合は牛肉への飢餓感が日毎に増しているようだ。
「何度も言うけど、明日には国が見えると思うから我慢してくれ」
「うー。分かったよ」
飽きたと言いながらも、ブランカは干し肉を誰よりもたくさん食べる。
お腹をさすり満足そうなその様子に俺はちょっとほっとした。
「折角だし、他の魔物達も図鑑から出してやるか」
早めの夕食を終えた俺は右手へと『魔物図鑑』を出現させると、
「召喚!」
これまで捕獲した魔物達を次々に召喚した。
ブランカとドリアの証言から、『魔物図鑑』の内部は魔物達にとって天国らしいことは分かっている。
それでも外へ出すのは、ストレスを与えるためだ。
「なんていうかね。天国な場所にずっといると何だか体も心も弱ってきちゃうんだよ」
と少し前にブランカが図鑑内での生活についてそう語っていた。
人間で例えると3食不自由なく食べれる上に、昼寝もごろ寝もし放題な生活ということ。
確かにそんな生活をしていれば体が鈍るし、野生が失われるのも無理はない。
「だから他の子達もたまには外に出してあげると良いと思うんだよ」
というブランカのアドバイスを受けての行動だ。
ドリアがエメラルドフロッグ(宝石蛙)をブラッシングし始めた。
ブランカは大型魔物たちをマッサージしたり、力試しをして遊んでやっている。
考えてみると捕獲したものの召喚したことのない魔物も多い。
図鑑内の空間は仕切られているらしく、魔物達は互いに交流がないのだ。
そう言う点から考えても、たまにこうして仲間を確認し会う作業というのは大事なのかもしれない。
「うー。いつの間にか結構大所帯になったよね。何種類くらい捕まえたの?」
ブランカの問いを受け、俺は魔物図鑑の一番後ろのページを開いた。
惨毒蛇ヴェノマムの1件以来、俺は積極的に魔石を『魔物図鑑』へと吸収している。
その甲斐あってか、図鑑には様々な情報が載るようになった。
一番後ろのページには図鑑全体の情報が書かれている。
具体的には『捕まえた魔物の数』『魔力残量』『図鑑の運用状況』などだ。
「だいたい80種類だな。魔石の吸収と魔物の増加で図鑑の魔力は相当強くなってる。魔力切れももう起こさないんじゃないかな?」
「うー。最初は私だけだったのにね」
「だな。でもこれだけ仲間が増えてもうちのエースはお前だぜ、ブランカ」
「うー」
「これからも頼むぜ」
「はいはい。しょうがないなぁ。エースとして頑張ってあげるか」
ブランカが腕組みをして頷いている。
その尻尾が激しく揺れていることには触れないでやった。
「うー。ところでさ、ナイト」
「ん?」
「ホーンホエール(角鯨)と海の魔物達はどうしたの? あの子達は出してあげないの?」
「あぁ、そのことか。俺もこの湖に放してやろうと思ったけどどうもダメみたいだ。召喚しようとすると、『淡水ではこの魔物は生存できません。召喚非推奨』って注意文が浮かんでくるんだよ」
「たんすい?」
「俺も詳しくは知らないんだけど、海に住む生き物って海水以外の水の中にいると死んじゃうんだってさ」
「ふーん。私ならあんな塩辛い水の方が嫌だけどねぇ」
「というわけで召喚は無理。ホーンホエールは淡水でも生きていけるらしいけど、あいつは体がデカイからな。この湖は狭いと思って出してないんだ」
「そういうことか。でも、出してあげても良いんじゃない? あいつってその気になれば自分を浮かせることもできるし、魚と違って私たちみたく呼吸できるでしょ?」
結局、俺はブランカの言うようにホーンホエールを召喚してみる。
湖へとホーンホエールが現れた瞬間、水が溢れ陸地が少し水浸しになった。
さきほどまで対岸が見えていた湖だったが、今はホーンホエールの巨体によって見えない。
「相変わらずデカイな。魔法も武装もない状態でホーンホエールに出くわしてたら絶望感がすごそうだ」
「うー。久しぶりねホーンホエール。あんたのことは一目置いているのよ。干し肉食べる?」
「あたいの植物でも覆えなさそう。ホエちゃんをブラッシングするのは骨だなぁ」
ホーンホエールは湖の水を浮遊魔法で浮かすと、自分の背中へと流し水浴びを始めた。
図鑑によれば健康状態は良好らしい。淡水の感触が新鮮で楽しんでいるようだ。
「ねぇ。ナイト」
不意にドリアが声をかけてきた。
「なんだよ?」
「あたいたちってこれから大山脈に行くんだよね?」
「そうだ。何を今更」
「ホエちゃんって内陸で戦えるの?」
ドリアの口から出たその問いに俺は、
「……………………あ」
間抜けな声を出してしまった。
海洋最強。
ホーンホエールはそんな評価をされる強大な魔物だ。
その強さは実際に体験した俺たちもよく理解している。
角から放たれるその雷撃の威力は半端ではない。
海洋魔物を丸焦げにする様は天の裁きを見ているかのようだった。
巨体から繰り出される怪力と波もシンプルに強力だ。
駄目出しとばかりに浮遊魔法まである。
癪ではあるが、あの魔法陣使いの障壁魔法陣がなければ俺たちはもっと苦戦していただろう。
下手をすれば殺されていたかもしれない。
だが、その強さも海洋という環境でこそ発揮されるものだ。
陸上ではホーンホエールの巨体は利点よりも欠点の方が目立つ。
泳ぎに特化したその体では歩行などできない。
肺呼吸ができるとはいえ、乾燥から身を守るためにも水がいる。巨体ゆえに必要な量も多い。
今いる湖のような場所でなければ召喚することさえ難しい。
おまけにこの巨体は目立ちすぎる。
人里で召喚すれば大パニックだし、攻撃の的にされるだろう。
「なぁ、ホーンホエール。お前自分を浮遊魔法で浮かせられるよな? どれくらいの高さと速さが出せるんだ?」
俺の言葉を受け、ホーンホエールの体が浮かび上がった。
湖面から10メートルほど浮かんだホーンホエールは滑るように移動をし始める。
湖の上を移動するその巨体はなかなかの迫力だが、
「やっぱり巨体だけあって移動が遅く見えちゃうな。旋回するのも大げさだし、機動性があるとは言えない」
この巨体を浮かせられるという点はっきり言ってとんでもない能力だ。
だが、それでも陸上戦がこなせるとは思えない。
その後も俺はホーンホエールへ色々と指示を出してみた。
浮遊しながらの雷撃使用はできるようだが、2つの能力を同時に使うのは難しいらしく雷撃の威力が激減してしまうようだ。
浮遊魔法による水弾の発射や水壁の防御もできるが、結局水場でなければ使えない。
雷撃についてはひとつ発見があった。
恐ろしいことに遠方に見える山頂へと雷撃は届いたのだ。どうやら視認できる範囲ならかなりの遠方でも雷撃は届くらしい。観察した感じでは威力が減退している様子もない。
使えるとも思ったが、『当てずっぽうなので命中率が低い』という欠点も明らかになり結局実戦には使えそうもなかった。
指示を終え、ホーンホエールは湖へと着水し俺たちと向かい合った。
心なしかホーンホエールの角がへたりと傾いているように見えた。
ひょっとして落ち込んでいる?
「だ、大丈夫よホーンホエール。あんたは強いんだから活躍するに決まってるわ!」
「そ、そうだよ。気にしないで! ……うぅ、あたいってば余計なこと言っちゃった」
先輩たちが慌ててフォローしている。
ホーンホエールが一声鳴いてみせたが、何となく元気がない。
巨体に似合わず繊細なようだった。
ーー海洋最強の魔物を陸上で活躍させる方法。
新たな課題に俺が頭を抱えていると、
「ナイト。人間の気配がする」
ブランカが狼耳を立てそう忠告してきたのだった。
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