57 尋問と懇願
夜の海岸線。
俺たち3人に囲まれた猫背の男はニヤニヤと笑みを浮かべていた。
酔っ払ったようなその表情は、ルナアウル(月梟)の催眠術によるものだった。
「さてと。まずはおっさんと魔法陣使いの関係を教えてもらおうかな?」
俺の問いかけに対し、猫背男は笑みを浮かべながら話し始めた。
「あの方とは5年ほど前に知り合った。魔法学校を退学させられた私は落ちこぼれで、一般の仕事にも就けなかった。あの方と会ったのは牢獄でだ。強盗をして捕まった私へと突然あの方が現れ拾ってくださった。魔石を与えられ、私はあの方の指示のもと色々と仕事をした。魔石による魔力強化で様々な悪事もした」
催眠術によって記憶が鮮明に蘇っているらしく、猫背男は幸せそうに語る。
「改めて聴くけれど今回は魔法陣使いからどんな指示を受けているんだ? 詳それから連絡手段はどういった方法を使っている?」
「『助手にしようと勧誘した宝具持ちと対立した。『潮風の国』からはるか海洋に浮かぶ岩場へ飛ばしたが、もしかしたら生き残っているかもしれない。『潮風の国』で待機し、宝具持ちが上陸する姿を見つけたら報告せよ。お前では勝てないから交戦はするな』と指示を受けた。
連絡手段は交信魔法だ。
私はあの方から数枚のカードを渡されているが、交信魔法の魔法陣が施されている』
男の説明を聞き、俺はそのカードというのを差し出すように命じた。
男が懐から取り出したのはトランプに似たカードの束。
受け取って中身を確認すると、交信魔法の他に障壁魔法、召喚魔法の魔法陣がカードには書かれていた。
ーーあの女の宝具なら『風車の国』から『潮風の国』まで交信魔法で会話できてもおかしくないか。
納得しつつ俺はカードを魔法鞄の中へと没収する。
ホーンホエール(角鯨)との戦闘時にも魔法陣は役に立った。
あの魔法陣使いの力を借りるというのは何だか不快な気もするが、使えるものは利用するべきだよな。
「もう魔法陣使いに報告はしたのか?」
「報告はした。あの方は特に驚いている様子はなかった。仲間が来るまで気付かれずに追跡しろと追加命令を受けた」
「ん? 仲間が来るまで? どういう奴が来るんだ?」
「知らない。私はあの方とは年に1回、魔法陣カードの補充のために『風車の国』で会う程度。その時もせいぜい10分程度しか話をしないし、1対1でしか会ったことがない。仲間がいることも、今回の命令で初めて知った」
「おっさんは魔法陣使いから普段どういう指示を受けているわけ?」
「どこかの国へ行って魔法道具を盗めとか、どこかの森へ行ってある素材を採取してこいとかだ。殺人もしたことがある。たまに『キャシーバルッツの新作アイテムが欲しいから発売日の3日前から店の前に並べ』という指示もあった」
聞き慣れない言葉に俺は首を傾げてしまった。
「キャシーバルッツって店の名前? 魔法道具を売る店か?」
「いや。女性に人気のあるファッションブランドの名だ。1着で金貨10数枚ほどの高級服を売っている。私がその時頼まれたのは黄金羊の毛を使ったローブだった」
俺の脳裏に魔法陣使いの派手な服装が浮かんだ。
なるほど。確かにそういうファッションに金を使っていそうな雰囲気をあの女は持っていた。
それにしても話を聞く感じでは、どうもこの猫背男は魔法陣使いから大事にされていないような印象を受ける。
依頼内容もどうでもいい雑用といった感じだし、渡されている魔法陣も必要最低限の種類と枚数だ。
部下や仲間というよりは便利な雑用係。
大した話は聞けないような気がしてきた。
現状では俺たちの生存は魔法陣使いに知られ、かつ魔法陣使いの仲間がここへ向かっている状況。
魔法陣使いの女が直接やってこないのは、単純に『潮風の国』へ移動するための魔法陣が施されていないからか。あるいは『風車の国』での商売が安定しないために動けないからか。
いずれにせよ、本人が来ないというのは朗報だ。
現状まだあの魔法陣使いと対峙して確実に勝てるほど戦力は整っていない。
この状態での対決は避けたいところだ。
それにしても追っ手の詳細が分からないというのは不安要素と言える。
猫背男が俺の姿を見て標的とすぐに気づいたことから考えて、おそらく交信魔法によって俺たちの外見や能力などは魔法陣使いから直接その仲間へと伝わっているはず。
魔石頼りの未熟なこの猫背男は俺たちの脅威を測りかねて敗北したが、さすがに次の追っ手が同じミスをするとは思えない。
多分戦闘に秀でた奴が派遣されるだろう。
人数だって1人とは限らない。
「うわぁ、面倒くせぇ」
思わず出た本音の言葉。
『七色の風』に追われ逃げてきた西岸地方で、今度は『魔法陣使いと愉快な仲間』に追われるとは。
卒業以来、何だか俺の人生は一気に難易度が上がっているような気がする。
「やべぇな。このままだと心労で禿げそうだ」
「うー、じゃあ先に坊主頭になる?」
「そういう問題じゃないよ、ブランカ」
弱音を吐いている場合じゃないな。
空間移動魔法の存在がある。
魔法陣使いが来なくとも、追っ手がすぐにこの国に現れる可能性がある。
簡単にやられるつもりはないが、戦闘が続くのは勘弁してほしい。
「ちっ。ゆっくり休みたかったけどすぐにこの国を出た方がいいかも。あぁ〜ベッドで寝たかった!」
嘆きながら俺はすぐさま出国に向けて行動を開始するのだった。
「ふぅ。今夜はここで休もう」
猫背男との戦闘から数時間後。
すでに真夜中となった森の中。
ワイルドボア(大猪)の背に乗っていた俺は、大きな木の下までやって来ると地面へと降りた。
比較的平たいその場所は寝床として申し分ない。
『魔物図鑑』の中へワイルドボアを収容した俺は、魔法鞄から寝袋を取り出した。
「はぁ。ベッドが恋しい」
「もう。文句言わないの」
だらだらと寝袋を広げる俺の後ろからブランカが窘めた。
ドリアの姿がないのは『潮風の国』を出る際に『魔物図鑑』へと回収したからだ。
戦闘時は平常だったが、砂糖水をたらふく飲んだためか買い物中にドリアは酔っ払いのように寝てしまったのだ。
「うー。それにしても折角だから魚介ってのも食べてみたかったなぁ。エビとかカニとかいうのは食べたことないし」
「ブランカだって文句言ってるじゃん。だいたい犬ってエビとカニ食べたら危険じゃなかったか?」
「私は狼だってば!」
「違う違う、犬の仲間って意味だよ」
ーーまぁ、実際ブランカは大丈夫そうだよな。人間に近いみたいだし。酒飲んでも平気そうだし。
寝袋に入りながら俺は『魔物図鑑』を取り出した。
「うー。私を図鑑に入れるの? 護衛しなくて大丈夫?」
「ブランカ用の寝袋がないんだよ。図鑑の中で休んでてくれ」
「私は寝袋なんていらないもん。今夜は外にいるよ」
そう言ってブランカは俺の隣に寝転がった。
「服が土で汚れるぞ」
「うー。じゃあまた新しい服作ってよ。今度はもっと可愛いのがいい」
そう言ってブランカは俺へと寄ってきた。
寝袋越しでもブランカの体温が伝わり、何だか気持ちが落ち着いてくる。
「ねぇ、ナイト?」
「何だよ? 寝れないのか?」
「違うよ。本当に大山脈に行くの?」
「あぁ、ドラゴンを戦力に出来ればかなり有利が取れるからな。それに戦力うんぬんを別にして、一生に一度でいいからドラゴンの姿を見たい。なぁ、ブランカ」
「何?」
「これから俺たちは大山脈に向かうわけだけどさ。ドラゴンと戦ったことのあるお前からみてどう思う? ドラゴンを仲間にするって無茶だと思うか?」
「無謀の極みだと思うよ」
予想以上に厳しい返事に思わず苦笑いをしてしまった。
「でもブランカはそんなドラゴン相手に死なずに鱗を1枚取ったことがあるんだろ? 他の奴ならともかく、ブランカが強化魔法を最大で使えばチャンスはあるんじゃないか?」
「うー、無理だよ。私が勝負したドラゴンのおっちゃんは話が通じる人だったから手加減してくれてたもん。それでもこっちは死にかけた。多分、おっちゃんが本気だったら片腕はなかったかもね」
「そうだったのか。でもブランカの攻撃力を知っている身としてはチャンスがあるような気がするけどな」
「私もおっちゃんとの勝負の後で一度だけ大山脈のドラゴンに挑もうとしたことがあるよ。おっちゃんからは止められたけど、あの時の私はかなり自惚れてたから山に入ったの。おっちゃん曰く大山脈以外に住むドラゴンと大山脈のドラゴンは絶対的な力の差があるらしかったから、私は興味津々だった」
「へぇ。どうだった」
「……勝負にもならなかった」
ブランカの声音が少し震えている。
今まで聞いたことのないその声に俺は思わずブランカへと向き直る。
月明かりの下でブランカの表情は明らかに恐怖を浮かべていた。
見ればちょっとだけ体が震えている。
「ねぇ、ナイト。大山脈に行くのは止めようよ」
寝袋越しに俺へと腕を絡ませながら、ブランカが静かにだがはっきりとそう口にした。
「あの山にいるドラゴンたちはもう生き物の範囲を超えてる。誰も勝てない。ドリアも、ナイトも殺される。私、そんなの嫌だよ」
涙を流しながらブランカは俺へと懇願してきた。
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