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56 魔法講義の時間

「わ、私が、未熟者だとぉぉぉぉっ‼︎」


 人気(ひとけ)のない海岸にて。

 宙を浮かぶ猫背男は俺たちへと大声で喚いた。

 そんな男へと俺は話しを続ける。


「うん。少なくとも『大賢者』なんて嘘だ。さっきおっさんは、えーっと、ヴァーティンス魔法学校だっけ? そこに在籍していたって言ったよね? 卒業は出来たの?」


「うっ」


 俺の問いかけに猫背男の顔が歪んだ。

 苦しんでいるような恐れているような表情だ。

 構わず俺は魔法鞄へと手を突っ込むと、1枚の紙を取り出し男に見せてやった。


「ちなみにこれが俺の卒業証書ね。それに『大賢者』と呼ばれているなら国や魔法使いの団体から勲章としてリボンが送られていると思うんだよ。見た感じおっさんは身につけていないようだけど?」


「……それは」


 猫背男が動揺している。


「もしかして自宅にあるの?」


 俺がそう助け舟を出すと、


「そ、そうだ」


 猫背男が背筋を伸ばしながらそう言った。


「ふーん。じゃあ、自宅までついていくから見せてよ」


「え? いや……それは……」


「なんか冷や汗かいてるみたいだけど大丈夫?」


「ぬぅ……」


「……おっさん無理するなよ。勲章なんて貰ってないし、学校だって卒業していないんだろ?」


 猫背男が羞恥のためか拳を握り、ぷるぷると震え始めた。


「うー。じゃあこの人『大賢者』を自称してるの? うわぁ……」


 ブランカが呆れたように声を漏らした。

 魔物とはいえ女性に呆れられたことにプライドが傷つけられたのか、


「う、うるさい! 自称して何が悪い! 私の力を理解しない連中からの称号などくだらぬ! 私は奴らが讃える『大賢者』よりも素晴らしい『大賢者』なのだ!」


 猫背男は空中で吠えた。

 その様子に初見の時の不気味さはなく、もはや滑稽さしか感じない。

 

「ぬううう! 舐めやがってガキが! お前は殺してやるからな!」


「そんなに怒らないでくださいよ。大賢者なら青臭いガキの言うことなんて余裕を持って聞き流しとけばいいのに。調子悪いの?」


「本当にイラっとさせる野郎だな! 喰らえ! ファイアボール」


 男の杖先から炎の玉が生み出された。

 メラメラと燃える炎はかなりの熱量を保持しているようにみえる。


「ふーん。魔石のおかげで火力はあるみたいだな。けどさ」


 俺を指振ったた途端、猫背男の練りだした炎の玉は消えた。


「…………え? ……えっ⁉︎」


 自分の魔法が消えてしまったことに猫背男が驚きの声をあげた。


「ガ、ガキが! 何をしやがった!」


「何をしたって反対呪文を使っただけだけど?」


「は、反対呪文、だと?」


「いやいや、そりゃあ呪文を声に出しているんだから反対呪文で対抗されるに決まってるじゃん」


 猫背男が(ほう)けている。どうやら反対呪文という言葉が初耳な様子だ。

 

 ーーマジか。反対呪文を知らないのか。


 猫背男の予想以上の無知ぶりに俺は思わず頭を抱えてしまった。


「なぁなぁ、ナイト。反対呪文ってなんだ?」


 後ろからドリアが話しかけてくる。見るとブランカも首を傾げていた。

 呪文など使わない2人からすれば初耳なのは当然か。


「えっとな。人が魔法を使うときは呪文を唱えるんだ。あの男が言った『ファイアボール』は炎の玉を投げつけて対象物を燃やす魔法を使うための呪文な。で、俺が使ったのは『ファイアボール』を打ち消す呪文。それが反対呪文だ。呪文ごとにそれを打ち消す反対呪文は決まっているんだよ」


「ふーん。でもナイトは今無言だったぞ。それでも呪文って使えるの?」


「そうだよ、ドリア。声に出さずに呪文を使うこともできるんだ。というよりーー」


 俺はちらりと猫背男を見ながら説明を続ける。


「呪文を声に出す方が珍しい。例えば焚き火とか占いとか、普段の生活で魔法を使うのなら呪文を声に出すかもしれない。でも、戦闘において呪文を声に出すなんてありえないよ。どんな魔法を使うのかも即バレるし、魔法を繰り出すのに時間もちょっとかかる。おまけに反対呪文で対抗もされるしで良いことがない。そもそも無詠唱の魔法は学校なら3年生の前期課程で習うような基礎魔法の1つ。そんな基礎すら使えない奴が」


「なるほど。『大賢者』なわけがないってことね」


 ブランカが納得したのか頷いた。

 一方の猫背男は俺の講義を聞いて呆然としている。

 

「たぶん、このおっさんは一般人相手にしか魔法で戦ったことがないんじゃないか? 対魔法使い戦の経験がないんだよ。だから知らなかった。魔法学校も、ひょっとして3年生になる前に退学したんじゃないか?」


 図星だったのか猫背男が悔しそうに呻いている。


「うー。じゃあこの男は脅威じゃないわね」


「火力はあるけど、それだけだ。とっ捕まえて情報を吐かせよう。あの女に他に仲間がいるのならそいつらの情報が必要だ。連絡手段も知りたいし」


 俺たち3人は猫背男へと近付いた。

 この男の魔法は俺によって打ち消される。脅威ではない。

 

「……言いたい放題言いやがって!」


 だが猫背男は抵抗する気だ。

 男が懐から取り出したのは数枚の紙。


「そっか。まだその魔法陣があったな」


「喰らえガキども!」


 猫背男が放った紙が怪しく輝く。

 魔法陣から出てきたのは首なしの甲冑騎士が10体ほど。

 『風車の国』であのバカ王子が操作していたのと同じものだ。


「行け! 首なし騎士。そいつらを殺せ」


 猫背男の命令を受け、首なし騎士が剣を抜いた。


 俺は光弾で、ブランカはパンチで、ドリアは種散弾で首なし騎士たちを葬った。


「そいつらとは戦ったことがある。弱点は知ってるんだよ」


 自慢の騎士が瞬殺されてしまったことに猫背男が目を見開く。


「覚悟!」


 ブランカが再び男へと殴りかかった。


「ひぃぃぃぃ!」


 魔法陣3枚が発動し、3重となった魔法障壁が猫背男を囲むように展開される。


「うー。面倒ねその魔法」


 パンチを防がれたブランカが本気を出そうとその体を輝かせるが、


「待ったブランカ! 俺がやる」


 俺はそんなブランカを止めると、光弾を練りこみ猫背男へと狙いを定める。

 100発近い光の玉が俺の周囲へと漂い、一斉に猫背男めがけて発射される。


「そんなもの!」


 猫背男は再び障壁魔法陣を展開した。

 警戒心を強めたのか、今度は6枚重ねて障壁が展開される。

 だがーー


「ぶごぉおあああっ!」


 光弾は障壁を通り抜け、猫背男の全身を攻撃した。

 顔面。首元。腹部。手元に股間。

 急所を一度に攻撃され、猫背男は悲鳴をあげ悶絶している。


 接近したブランカが男の両手を後ろにひねりその動きを封じた。


「な、何で。障壁があったのに……」


 痛みに悶えながら男が俺へと尋ねてきた。

 猫背男を見下ろしながら俺は説明をしてやる。


「この光弾は魔法の防御をすり抜ける性質があるんだよ。だからこその上級魔法さ。こいつを防ぐには物理的な防御方法をとる必要がある。他にも軌道や威力、弾速の設定もできるし、相手の魔法をある程度相殺するなんてことも可能だ。他にも別の魔法と組み合わせて合成弾なんて作れたりもする。『封魔の鎖』と並んで俺のお気に入り魔法だよ。俺の魔力じゃ威力は低いけどな」


 猫背男へと講義をしながら俺は元盗賊団のリーダーだった男を思い出す。

 

 ーーあの人の場合は土魔法で土壁を作ることで光弾を防いでいたっけ。


 俺はブランカに組み伏せられている猫背男を『封魔の鎖』で縛り付けた。

 鎖をブランカに握らせ、魔力を供給してもらう。

 これでこの猫背男は抵抗できない。


「さてと。まずは魔石を奪うか」


 俺は猫背男の身につけている上着から組み込まれた魔石を次々と引き抜いていく、

 50個近い魔石全てを奪うと、10個だけ残してすべて『魔物図鑑』へと吸収させた。


「これでまた図鑑が強化されるな。10個の魔石は念のために保管しよう。売ってもいいし、俺の魔力補助としても使えるしな。さてと、仕上げに」


 俺は『魔物図鑑』のページを広げると、


「召喚。ルナアウル(月梟)」


 青い羽毛を持つ美しき梟の魔物を召喚した。

 俺の肩に乗ったルナアウルが猫背男と視線を合わせる。

 魔石を失った男の魔法耐性はかなり低いようで、


「あ……ああ…………あぁ」


 ルナアウルの催眠術に抵抗するすべはなかった。


「さて。色々と尋問させてもらうぜ」

 

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