55 貧弱な魔術師
「おやおや気付かれていましたか」
俺たちに近付く影の正体。
それはやせ細った猫背の男だった。
真っ黒なマントを身に纏った男は、首や手首にじゃらじゃらと宝飾品を身につけている。
右手に持っているのは黒い杖で先端には紫色に輝く石が施されていた。
猫背男は俺たちの前までやってくると、にんまりと不気味に笑う。
頭頂部に毛はなく、着ている服もシワだらけの染みだらけ。
ガリガリに痩せ、頬がこけている様は骸骨を連想させる。
口の中も3本ほど歯が抜け、全体的に黄ばんでいて不衛生極まりない印象だ。
思わず顔をしかめる俺たちへと男は話しかけてきた。
「ふふふ。慎重に尾行していたはずですがねぇ。どうしてバレてしまったのでしょうか?」
「…………この漁港に来た時一瞬だけゾッとする視線を感じたんだよ。それから気配は感じなかったけど、どうにも気になったから人気のない海岸で気配を探ろうとしたんだ。さっきの『お客』発言は、ハッタリだ」
俺の回答に猫背男がまた笑った。
「なるほど。まんまと私は引っかかったわけですか。あの方が警戒するだけあるようですね」
「あの方? あんた何者なんだ?」
問いかけに答える代わりに男は俺へと杖を突きつけた。
「アムタイト」
男の呪文と共に杖先の石が紫色の輝く。
俺はブランカに引っ張られ砂浜に倒れた。
先ほどまで俺がいた位置を紫色の細い光が通過する。
「このっ!」
ブランカが男へと接近しパンチを打ち込むが、
「おっと危ない」
男が懐から取り出した紙が輝くとともに、
「うっ! これは!」
ブランカの拳は透明な障壁によって防がれた。
衝撃で後方へとぐらつくブランカへ男は杖を振る。
再び放たれた紫色の光だったが、ブランカは体勢を崩しつつも力づくで跳びはねギリギリで躱した。
男の体がふわりと浮かぶと、滑るように後ろへと下がっていく。
その間にも杖からは紫色の光が連発された。
「あの光に当たるな。石にされるぞ」
俺の言葉を受け、ブランカはスピードで、ドリアは植物の壁で光を凌ぐ。
俺は光弾を打ち込み、石化魔法を相殺した。
「やりますねぇ」
宙を浮かぶ男は歯抜けの歯を見せながらほくそ笑んだ。
「あんた魔法陣使いの仲間だな」
「おや、バレましたか」
猫背男がくっくと笑う。
「その特徴的な障壁魔法陣を見せられれば嫌でもわかる。俺たちに何の用だ」
男は少しだけ高度を落とすと、腕組みをし余裕の様子で口を開いた。
「教えてあげましょう。あのお方から連絡がありましてね。『自分に歯向かう宝具使いを絶海の岩場に捨てた。だが生きているかもしれないから一番近い陸地で監視していろ』とね。たまたま私が『潮風の国』に滞在しておりましたので監視役を任されたのです」
男の説明を聴きながら俺は魔力を練り戦闘体勢を整えた。
「私としてはあんな海洋魔物の巣窟に放り込まれて生きていられるとは思っていませんでした。それだけにあなたの姿を見つけた時は驚きましたよ。それと同時にチャンスとも思いました。あなたを始末し、そこの2匹の魔物を捕獲すればあの方に褒めていただける。また私は強くなれるとね」
うっとりとした表情で男はしゃべるが、歯抜けのおっさんの恍惚した表情ははっきり言って不気味の一言。
一緒にいればいるほど嫌悪感が強まる男だ。
「へぇ。俺を始末するね。でもおっさん。魔法陣を借りているようだけど3対1だぜ? あの魔法陣使いならともかく、おっさんに俺たちの相手は荷が重いんじゃない?」
魔法陣は描いた本人以外が使えば弱体化する。
一度目は防がれたが、ブランカなら少し強化魔法の出力を上げればあの程度の障壁は突破するだろう。
それに3対1と説明したが、実際のところ増やそうと思えば俺はどんどん味方の魔物を増やせる。
目の前の男に勝機があるとは思えない。
だが、男は不敵に笑うばかり。
ーーなんだこいつの余裕は? 奥の手でもあるのか?
俺がそう訝しんでいると、
「むふふふ。しかし、あれですね。何とも報告通りの貧弱なパーティですねぇ」
男は俺たち3人を観察しながら男が口にした。貧弱?
「おや? 怒りましたか? 怒りましたね?」
何が楽しいのか男はケラケラと笑う。
「嫌ですね。お顔が怖いですよ。私は事実を言ったまでです。植物を操ることしかできないチビ妖精。基礎中の基礎である強化魔法程度しか使えない狼娘。そしてーー」
男の目が俺を捉える。
「魔力が貧相で1人では戦えない魔法使いとは。あまりに貧弱すぎて哀れに思えます。さぁ、御覧なさい!」
そう言って男は自分のマントの前を開いて見せた。
そこには大小様々に輝く魔石が、服全体を覆うように装着されていたのだ。
いずれも高純度の魔石で、男へと魔力を供給している。
「美しいでしょう? この魔石によって私は通常の魔法使いをはるかに超える力を出せる。いくらそこの魔物たちが一芸に秀でていようが、私のように様々な魔法を使いこなす賢者に勝つことなど出来はしない」
そう言うや否や男の杖が光り輝く。上着に装着された魔石も輝き街灯のような明るさだ。
「グラヴィバウンド」
呪文とともに杖先から放たれたのは赤い光だ。
上空へと飛んだ赤い光玉は空中で破裂し、その破片は意思を持ったかのように俺たち3人目掛けて降ってきた。
光玉によって砂浜が窪みができた。
落下した場所を押しつぶす攻撃魔法だ。
「ウィンダー」
続いて男が繰り出したのは風の魔法。
砂を巻き上げるその力によって俺たち3人は吹き飛ばされ、光玉の落下地点へ無理やり移動させられた。
巻き上げられた砂によって視界が悪い。
上から降る光玉を見失いやすい状況のなか、俺たちは攻撃を回避するのだった。
「むふふふ、私の魔法の威力は大したものでしょう? 一発芸頼りの魔物や非力な魔法使いとは違うのです。これだけの威力を誇る魔法を私は何種類も使えるのですよ。
そう、私は選ばれし才ある者。
私はかの西岸地方でもっとも格式高い魔法学校、ヴァーティンス魔法学院に在籍した男。
全ての系統の魔法を使い、この世でもっとも優れた魔法使いである『大賢者』なのです。
せっかく遭難から生還したというのに、私に見つかってしまうとはあなた方は運にも見放されているようだ。
ご安心なさい。私は紳士ですからね。苦しませるような非道はいたしません」
砂煙が収まり、視界が戻る。
猫背男はニヤニヤと笑いながら歌うようにしゃべり続けていた。
まるで舞台上でセリフを述べる演者のような、芝居染みた抑揚。
そして砂浜で膝をつく俺たち3人へと、
「リミテルト」
猫背男は杖を振り呪文を口にした。
杖先から現れたのは太い縄。
蛇のように宙を移動したその縄は俺たち3人へとまとわり付き、両手足を縛り付けたのだ。
「むほほほ。動けないでしょ。特別な縄ですからね。生半可な力では解けません。さぁ、あとはあの方へあなた方を献上するだけだ。また魔石を与えてくださるはず。いやいや楽な仕事です」
余裕の高笑いを浮かべる男は、ふと縄に縛られるブランカへと視線を向けた。
「しかし、話に聞く以上に人間の娘に近いのですね。むふふ。縄で縛られる姿が背徳的でこれはなかなかの景色だ」
助平そうに頬を緩ませる男だったが、
「さっき紳士とか言ってた野郎の表情じゃねぇよ。おっさん」
縄をほどき立ち上がる俺を見て、
「なっ! どうしてそんな簡単に立ち上がれるのです!」
驚きながら後ずさりをした。
そんな男へと同じく拘束を解いたブランカが急接近を仕掛ける。
白く輝く強化魔法。
その力が込められた拳が猫背男の顔面へと打ち込まれる。
「ひぃぃ!」
情けない悲鳴をあげながらも男はギリギリのところで障壁魔法陣を発動させた。
その反射神経は大したものだが、
「なっ! 障壁が!」
残念ながら無意味だ。
障壁を突破したブランカの拳は男の顔面を殴りつける。
「むぐぉおおあああっ!」
鼻血を吹き出しながら猫背男がぶっ飛んだ。
「安心しなさい。頭が消し飛ばさないように手加減してあげたから」
砂浜をごろごろと転がった猫背男だったが、
「ぬううう、ぐぬう」
うめき声をあげながら再び中空へと浮かび、距離を開けた。
「く、くそぉ! 私の顔を殴りやがって! ぶっ殺してやる! この駄犬が!」
先ほどの余裕は消え失せ、猫背男は歯茎をむき出しに顔を歪めている。
杖を構え、男が吠えた。
「この大賢者を怒らせたことを後悔するがいい! 炎の魔法で焼き尽くしてやる!」
呪文を唱えようとする猫背男だが、俺は手を上げて声をかけた。
「ねぇ、おっさん。確認なんだけどさ」
「やかましい。小僧め。ヘラヘラしていられるのも今のうちだ。海岸ごと丸焼きにしてやるから覚悟しろ」
「おっさんって『大賢者』じゃないだろ?」
目を見開き動きを止めた猫背男へ俺は続けた。
「魔法が未熟過ぎ。お前、弱いな」




