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52 新しい目標

 嵐の夜が過ぎ去り、日の出が昇ってしばらくした頃。


 俺はホーンホエール(角鯨)の外殻にて眠っていた。

 太陽の光に照らされ目を覚ました俺は、もぞもぞと毛布の中から這い出た。


 視界には見渡す限り海しか見えない。

 空は青空となっていて、昨夜の嵐が夢だったのではないかと思うほど快晴だ。

 風も穏やかで、磯の香りにもだいぶ慣れた。


 いつものように軽く運動を済ませた俺は『魔物図鑑』を取り出すと中に収められた魔物達の様子をチェックし始める。

 ブランカもドリアも熟睡中のようだ。

 魔物とはいえ、初めての海上戦ーーブランカに至っては水中戦までしているのだから疲労するのも無理はない。

 俺はもう少し2人を寝かせておくことにした。


「ホーンホエール。この先に陸地があるのか?」


 俺の問いかけに足元から角笛のような低く轟く声でホーンホエールが聞こえてくる。

 もちろん人間の俺にその声の詳細が分かるはずもない。

 だが、何となく『その通りだ』と言っているような気がした。


 俺は魔法鞄から携帯食料を取り出すと、ホーンホエールへとこのまま進むように指示を出す。


 さすがは海洋最強の魔物。

 道中に何度か魔物に遭遇したが、そのほとんどはホーンホエールを見ただけで慌てて逃げていく。

 時々襲いかかってくる無鉄砲な魔物がいたが、ホーンホエールの電撃と怪力の前に悉く撃退されていくのだった。


 俺としては魔物取り放題の馬車に乗った気分だ。

 ホーンホエールの電撃は攻撃だけでなく、索敵にも使えるようで人間の肉眼では見つけられなかった小さな魔物の存在も教えてくれる。

 浮遊魔法で魔物をごっそりと捕まえるなんてこともできる。

 おかげさまで昼頃には海洋魔物のページが一気に増えた。


 



「うー。よく寝たぁ」


「おはよう。あぁ、あたい海の上にいるんだった」


 昼過ぎ。

 ようやく起きた魔物2人へと水と菓子パンを与え、俺は昼休みを取ることにした。

 ホーンホエールも休憩のため泳ぐのを辞めさせている。


「ホーンホエールのおかげで航海は順調。それにどうやら陸地の方向も心配いらないみたいだ。というわけで陸地に着いてからの行動を確認するぞ」


 俺の呼びかけにドリアが「おーっ」と元気よく返事をしてくれた。

 こういうノリの良さは本当に助かる。

 

 一方でブランカはと言うと。


「…………うー」


 俺から視線をそらし、モジモジと体を揺すっている。

 昨夜の一件が未だに頭をよぎるご様子だ。

 俺は敢えてブランカを無視して話を進めた。


「この前言ったように行商人になることを目指す。だから、陸地に着いたらすぐに人里を探して道具を買い揃える。資金はエメラルドフロッグ(宝石蛙)にしばらく依存するだろうな。とにかく前向きに行こう」


「うんうん。ホエちゃんもゲットしたし、戦力は上がったよね。あの嫌なメスが襲いかかってきても、あたいたちが返り討ちにしてやるもんね!」


 ドリアが腰に手を当てて立ち上がった。

 どうやら俺が思っていた以上に魔法陣使いに対して不快感を持っていたらしい。

 だが考えて見るとそれは当たり前かもしれない。


 魔物を強制融合させ、魔石を取り出す。


 魔法陣使いの所業は同じ魔物であるドリアたちからすれば他人事ではない。

 俺に売られるかもとドリアが心配していた点からも根本のところで人間に対する不信はあるのだろう。

 

 いつのまにかブランカも俺の方へと向き直り、


「そうね……うん、次は負けない」


 神妙にそう呟くと、


「ナイト! お肉ちょうだい!」


 ころりと態度を変え犬のように俺にねだってきた。

 その変わりように呆気にとられたが、


「干し肉でいいか?」

 

 俺は魔法鞄から肉を渡してやった。

 笑顔で頬張るブランカの姿に思わず頬が緩む。


「そうだな。あの女とまた会うかもしれない。負けないように仲間を増やすのも大事だ。『魔物図鑑』は強化されていて捕獲条件が緩和されてる。ホーンホエールだってあのヴェノマム(惨毒蛇)と同格の危険性なのに捕獲条件は緩かったからな。今後はもっと強力な魔物を仲間に取り込んで行こう」


「ほーい、ナイト!」


 俺の言葉にドリアが挙手をした。

 

「ん? どうしたんだよ、ドリア?」


「どうせならこの世で一番強い魔物を仲間にしようよ!」


「一番強い魔物?」


 俺の問いに、ドリアはにんまりと笑みを浮かべた。


「ドラゴンだよ」






 昼休憩から3時間後。

 俺たちの進む先にぼんやりと陸地が見えてきた。


 最初に見つけたのはブランカだ。

 強化魔法なしでも超人的視力を誇るブランカが、


「あっ! 陸地が見えた!」


 と口にした瞬間、俺たち3人は手を取り合って喜んだ。

 

 ブランカによるとホーンホエールは人間の港町に近付いているようだった。

 特に命じたわけでもなく人里に向かったのは俺が人間である点を考慮したからだろうか。

 図鑑にも追加情報として掲載されていたが、ホーンホエールはかなり高い知能を持つ魔物らしい。

 道中も船酔いに苦しむドリアと俺のために命じる前に電気治療を施してくれたのだ。

 きめ細やかな心配りと恐ろしい精度で能力を使いこなす様は何とも頼もしい。


 いずれにせよ、人里で物資を手に入れたい俺としては助かる展開。

 素直にホーンホエールに感謝するとしよう。


 とは言えーー


「さすがにホーンホエールに乗ったまま漁港に降りるわけにはいかないよな」


 海洋最強の生物とは人間側からすれば恐るべき脅威だ。

 このまま漁港に近付こうものなら、大パニックは間違いない。

 どう言い訳しても騒ぎになるし、討伐隊が組織されるかもしれない。


 行商人として生きることは人間としての『信頼』も持ち合わせる必要がある。

 下手な騒動を起こして要注意人物なんて噂が広まれば、行商どころではなくなってしまう。

 

 力というのは見せつける場を考えて行使しなければ自分に跳ね返る諸刃の剣。


 少なくとも今現在はホーンホエールを見せつける場ではないだろう。

 俺はホーンホエールに漁港から離れた無人の海岸線に進むように指示を加えた。

 その意図を理解したのか、ホーンホエールは俺たちの座る外殻上部だけを水面に露出させるように潜った。


 人に見られてはまずい、という俺の真意を汲み取ったその行動に思わず感動してしまう。


「大したもんだな。お前人間だったら、社会で十分生きていけるんじゃないか?」

 

 俺の冗談にホーンホエールは尾びれを水面に突き出し応じてみせた。照れているのだろうか。


「なんか私、こいつのこと気に入ってきたわ」


「あたいも。仲良くできそう」


 先輩魔物2人からも絶賛だった。




 

 海岸が近づくに連れ、俺の思考はドリアが昼休憩時に発した言葉を反芻し始めていた。


 ーードラゴンを仲間にする


 それは自分の宝具が『魔物を捕まえる能力』であると気付いたあの夜から、俺自身も何度か考えていたアイディアだった。


 最強を冠して紹介される生物はたくさんいるが、そのほとんどは『ドラゴンを除いた中で』という一文が必ず入っている。

 最強という言葉を安易に使えないほどの強大さ。

 古今東西の神話やおとぎ話に語られる魔物の頂点。

 それがドラゴンという魔物だ。


 ある学者は、もしドラゴンがいなければこの世界の構図は全く違うものになっていただろうと著書の中で語るほど。

 実際にドラゴンが住み着く大山脈によって大陸は東西の行き来が困難となっている。

 様々な奇跡と災厄を引き起こし、足跡1つ発見されるだけで国が揺らぎ、場合によっては戦争の引き金にすらなる。


 ドラゴンに冠する逸話は枚挙にいとまがない。


 歴史上様々な魔法使いがドラゴンを倒そう、従えようとしたが誰1人として成功した例がないと言われている。

 『七色の風』によるドラゴン討伐の話が当時まるで信じられなかったのも無理のない話だ。


 そんなドラゴンを従える。


 もしそんなことが出来れば有史以来の大事件。

 莫大な富を得るかもしれないし、とてつもない災害をもたらすかもしれない。


 そんな可能性を自分の宝具が秘めているのでは、と想像すると心臓が高鳴ったものだ。

 ただ、ブランカ達と旅をする中で次第にその興奮は冷めていった。


 理由は『魔物図鑑』に課せられた捕獲条件だ。

 ドラゴンを捕まえようとすれば、一体どれほど困難な条件が課せられるのか。想像するだけで気持ちが折れてしまったのだ。

 

 そんなわけで次第にドラゴンへの情熱は弱まったのだが、ここにきて捕獲条件の緩和という『魔物図鑑』の性質が発覚した。


 ーー魔石を集め図鑑を強化し続ければ、いずれはドラゴンすら捕まえられるのでは。

 

 おそらくドリアに言われずとも、いずれ俺は同じことを実行しようとしただろう。


 それに相手は伝説として語られる存在だ。

 『魔物図鑑』がなかったとしても、その姿を一目見たいと思うのは人間として自然な発想だと俺は思う。


 ーードラゴンに会ってみよう。


 そんなわけで陸地へと到達した頃には俺の中に新しい目標が出来上がっていたのだった。

 

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