51 嵐の中で生き抜いて
足元が大きく傾く。
尻餅を着いた俺はそのままズルズルとホーンホエールの外殻を滑り落ちそうになった。
とっさに『封魔の鎖』をホーンホエールの角へ放ったおかげで何とか俺は落ちずに済んだが、
「わああああっ!」
俺よりも傾斜の厳しい場所にいたらしく、ブランカが外殻を滑り落ちていく。
「ブランカ!」
鎖を伸ばし助けようとしたが、わずかに届かない。
鎖をつかもうとしたブランカの手は空を掴み、そのまま真っ黒な海へと吸い込まれていった。
潜行するホーンホエールによって海面には渦が出来上がっている。
渦の真下は下降する水流が発生しているはずだ。
陸生の生き物がこれだけの水流に逆らうのは難しいだろう。
ブランカが浮上する様子はない。
「くそっ!」
短く叫ぶ俺だったが、ホーンホエールはその体をさらに傾け、本格的に潜行を始めた。
俺の視線の先には白く輝くホーンホエールの角。
『封魔の鎖』によって俺と角は繋がれている。
急いで俺は角へと近づこうと踏ん張るが、傾斜はさらに厳しくなりついには海面と直角となった。
宙吊りになる俺。
鎖を握る左手に自重がのしかかる。
苦痛に歯を食いしばる俺の上には輝く角がある。
ーーあれに触りさえすれば!
鎖を巻き取り急いで角へと近づこうとした俺だったが、
「ぶがぁっ!」
次の瞬間には海へと飲み込まれていた。
水流によって俺の体がぐるぐる回る。
上も下も、右も左も分からない。
ただ、潜行する魔物に合わせてどんどん深い場所へと引っ張られていることだけは何とか理解した。
心臓が高鳴り、耳が痛む。
呼吸は塞がれ、肺が縮んだような感覚に襲われた。
空気が欲しい。
体の底から湧き上がる欲求を満たそうと、俺は懸命に手足を動かした。
かつて魔法学校にて友から教わった泳ぎを必死に思い出す。
無我夢中で足掻く俺は、視界に一瞬映った白い光を見つけるとーー
「ぶふぁ!」
海上へと顔を出した俺は大きく息を吸い込んだ。
肺の中へ空気が満ちる感覚をこれほど望んだのは初めてだ。
大きく大きく呼吸を繰り返し、俺の体はようやく落ち着いた。
波は相変わらず上下に乱高下し、雨が容赦無く俺の顔面へと降り注ぐ。
口の中には塩辛かった。
海水は塩辛いと聞いたことがあったが、予想を超える強い味にむせてしまう。
手足を動かし何とか沈まないように耐えながら、俺はブランカとドリアの名前を叫んだ。
だが、強い風のせいで2人の声は聞こえない。
俺は残った魔力を練り空に向かって光弾を打ち込んだ。
ある程度の高さまで上昇すると破裂し照明弾だ。
5発ほど発射したところで、
「おーい! ナイト!」
俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
声のする方を見ると、植物の蔓に覆われたドリアの姿が見えてきた。
風に揺られ不安定な飛び方をしているが、怪我をしている様子はなさそうだ。
「ドリア! 無事だったか。ブランカを見なかったか?」
「え? 一緒じゃないの?」
「一緒じゃない。あいつは先に渦に飲み込まれちまった」
ドリアが俺の手を取り、沈まないように介助してくれた時だった。
俺たちのすぐ横からエビ型の魔物が姿を表したのだ。
その右前足には見覚えのある布が挟まっている。
「ナイト! あれってわんわんが着てた雨合羽だよ」
ドリアはそう叫ぶと同時に自慢の植物を構えた。
俺も頭痛を我慢しつつ残った魔力を練り上げる。
エビ型魔物は俺たちに向かって左前脚の鋏を振り下ろしてきた。
海中では回避ができない。
俺はドリアに引っ張られながら、『封魔の鎖』で魔物の左前脚と頭部を繋げてやった。
鎖に阻まれ、魔物の攻撃は失敗し隙を晒す。
「ごめんね!」
ドリアが魔物の頭部へと種の弾丸を撃ち込んだ。
外殻が砕かれ、種子弾丸が魔物の急所を抉った。
青い血を流しながらエビ型魔物はぴくぴくと体を震わせ沈んでいく。
激しい頭痛に俺は呻いた。
魔力を使い切り体へと力が入らない。沈みそうになる俺をドリアが必死に支えてくれている。
「ナイト! しっかりしてよ。あたいじゃあ、支えきれないよぉ」
ドリアが必死に羽ばたいていると、
「ぶはぁ!」
すぐ近くから聞こえてきた呼吸音に俺もドリアも注意を向けた。
海上から顔を出しているのはブランカだった。
激しく呼吸を繰り返したブランカは俺たちに気づくと、
「2人とも無事だったんだね。よかったよぉ」
心底ほっとした様子で俺たちの方まで泳いできた。
「ちょっと、ナイト大丈夫? ぐったりじゃん」
ブランカが俺の体を支えてくれる。
密着した部分からブランカの体温が伝わってきた。
どんな言葉をかけられるよりも何だか力が湧いてくる。ありがたい温もりだ。
「大丈夫。『封魔の鎖』を使い過ぎたのと船酔いでちょっと疲れただけ。ブランカもよく無事だったな。俺よりも深い場所に沈んだんじゃないか?」
「うん。海の底に魔物が3体くらいいて攻撃された。なんとか振り切ったけどやっぱり水中戦はダメだね。うー、疲れたよ…………っ‼︎」
お互いに報告しあっていると急にブランカが俺の顔を押してきた。
突然のことに驚きながら俺は、
「ちょ、何だよいきなり。首痛いって! いててっ!」
「うー。ご、ごめん。でもこれは仕方がないの。不可抗力なの! だからこっちみないで!」
ブランカが何やら焦った口調のまま、俺の顔を思いっきり突き放すように押してくる。
「く、首が壊れる! 何なんだよ!」
「そ、それは……あっ、そうだよ。ナイト。あの魔物は捕獲できたの? どうなの?」
ブランカの言葉を受けてようやく俺はホーンホエールのことを思い出した。
なんだか急に話をそらされたような気もするが、俺は『魔物図鑑』を素直に取り出す。
すると、近くの海面が一気に盛り上がり、
「「出たあああっ!」」
ブランカとドリアが叫ぶ先にホーンホエールが姿を表したのだった。
改めて近くで見ると本当に生き物なのか疑いたくなる巨体だ。
成体の惨毒蛇ヴェノマムも大きかったが、鯨型のホーンホエールは体高も体長も頭抜けている。
ブランカもドリアも戦闘態勢を取るが、いくらブランカが強くとも足場のない状況でホーンホエールを相手するのは無謀だ。ドリアも植物を生やす場所がないためいつもの実力は出せないだろう。
そして俺は戦闘不能状態。
絶望的とも言える状況だが、ホーンホエールは何も仕掛けてこない。
その図体に比べて小さな目で俺たちをじっと見つめるだけだ。
「あれ? 襲ってこないよ」
ドリアが首を傾げた。
ホーンホエールは角笛のような鳴き声を鳴らしてみせる。
その姿に先ほどまでの敵意は微塵も感じられなかった。
「ホーンホエール。浮遊魔法で俺たちをお前の背に乗せろ」
図鑑を開きながら、俺はホーンホエールへと命じた。
するとホーンホエールの角が輝くと同時に俺たちの体がふわりと浮かび上がる。
見えない手に包まれているような不思議な感覚だ。
ふわふわと俺たちは浮かんで行き、やがてホーンホールの外殻上へと運ばれ降ろされた。
「海に落ちた時に一心不乱で角めがけて泳いだんだ。途中から記憶がはっきりしてないけど、どうやら角に触ることに成功していたみたいだな。捕獲完了っと」
降ろされた俺はごろりと寝転がった。
危機を乗り越えたことにブランカもドリアも安堵したのか、ぺたりとその場に座り込んでしまった。
「うー。死ぬかと思った」
「あたいも疲れた。っ!」
ドリアが小さく呻く。
見るとその体から生えている薔薇が蠢いているのだ。
バラの根元あたりからドリアの血が流れている。
「ドリア。大丈夫か?」
「ちょっと無茶したかも。薔薇は枯らすから、あたいの傷を治してくれない?」
ドリアの言う通り、彼女に生えていた薔薇は一瞬で枯れ果てた。
俺は図鑑を操作しドリアの傷を癒してやる。
「体に植物を生やすとか無茶が過ぎる。次からは使わせないぞ」
「えー。あたいの奥義なのに」
ドリアが唇を尖らせ抗議するが無視をした。
「ブランカは体大丈夫か? 怪我があるなら治して…………」
俺はブランカの方へと視線を向け、そして固まった。
ブランカはほぼ全裸だった。
下半身は下着だけで、上半身は完全な裸。
手を使って胸を隠そうとしているが、隠しきれない豊かさが溢れている。
嵐の中に現れた天国のような絶景に俺は思わず生唾を飲み込んだ。
顔を真っ赤にさせながら涙目のブランカは、
「こ、これは仕方がないの! 海に落ちて魔物に襲われたっていったでしょ! 服を着たままじゃあ動きにく過ぎたから脱いだの。だから、その…………は、はやく図鑑で服作ってよぉ‼︎ あと、見るな!」
懸命に俺へと訴えてきたのだった。
大海原で遭遇した魔物達との戦闘。
結果的に俺たちは、誰1人欠けることなく無事に乗り切り、さらには強力な味方を得た。
「うぅ。裸見られた」
唯一傷心な狼少女がいたが、大勝利と言って問題ないだろう。
俺たちは何とか生き延びたのだった。
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