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48 洗礼と遭遇

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 真夜中となったが、俺たちは船を漕ぎ続けていた。

 本来なら休憩する予定の時間だったのだが、3人とも船を漕いでいるのには理由がある。

 潮の流れのせいだ。


「ちくしょう! 何だよこの流れは!」


 ある海域に入った途端に潮の流れが変わったのだ。

 おまけにそれまで穏やかだった海は突如として表情を変え、波が高くなり船は激しく上下した。

 

「うー。ひどい揺れ。クラクラしそう」


「おえぇー、あたいきついよ」


 船はどんどん流れに乗って動いていく。

 東側に向かっていたはずの俺たちはいつのまにか北側へと移動していた。

 

「やばい! このままじゃ東に進めない」


「私が何とかするよ」


 そう言うや否やブランカの体が白く輝き出す。同時にその手に握られていたオールも同じように輝き出した。お得意の強化魔法だ。


「おりゃあああ!」


 掛け声とともにブランカがオールを動かすと、


「「ぬわあああっ」」


 俺とドリアが叫ぶ中、船は水切り石のように激しく揺れながら前進した。

 ブランカは船の左右へと移動を繰り返しながら船を漕ぐ。

 俺は舵を動かし、自分の体重も利用しながら船が横転しないようにバランスを取っていた。


 ふと顔に冷たい感覚を覚え、俺は空を見上げた。

 いつの間にか星空が見えなくなり、代わりに夜空を覆うように曇が広がっている。

 ぴちゃぴちゃと波とは違う水の音が聞こえると同時に、


「げっ! 雨まで降ってきやがった」


 激しい雨が俺たちに降り注ぎ始めたのだ。

 

 天候の急変。

 潮の流れとともに雨と強風が俺たちの船へと襲いかかる。


 『魔物図鑑』を操作し俺はブランカとドリアの服装に雨合羽を追加すると、自分も魔法鞄から雨合羽を取り出した。雨で体温を奪われるのは絶対にマズい。


「ナイト! どっちに向かって進めば良いの?」


「こんな天気じゃ方向が分からない! とにかく転覆しないように気をつけながらこの海域を出よう!」


 雷までとどろき始めるその下で、俺たち3人は必死にボートを漕ぎ続けた。

 強風のせいで波は高さを増し、ボートも激しく揺れ続けた。


「むわぁ! 海ってすっげーな!」


 ドリアは無邪気に楽しんでいる様子だが、俺としてはそんな余裕がない。

 船酔いも少し始まっているようだし、何より波と雨によって船内に水が溜まり始めたのだ。

 

「やべぇ! ブランカはそのまま船を漕いでくれ! ドリア、俺と一緒に水を掻き出すぞ!」


 ドリアの植物でバケツを作ってもらうと、俺たちは作業を始める。

 すでに丸木舟内の4分の1まで水が溜まってしまっている。

 水の掻き出しをしている間にも、どんどんと水は追加されてしまうのだった。


 ーーこれが海か! なんて過酷な場所なんだ!


 波による激しい揺れに頭が痛くなり始める。

 

 ブランカの強化魔法は確かに強力ではあるが強風と乱高下する波はあまりにも過酷な環境だ。

 水切り石のように宙空を移動しようとすれば風に煽られる。

 おまけに波によって水面には傾斜が出来ているため、バランスを崩し転覆する可能性が高くなってきた。


「ブランカ! ちょっとパワーを落とそう! 勢いが良すぎて船がひっくり返るぞ!」


 ブランカには船の後方でゆっくりと力強く漕いでもらう。

 俺とドリアは水掻きをしつつ、船の左右に座ってバランスを取った。


 必死に航海を続ける俺たちをあざ笑うかのように海は次第に荒れていった。

 激しい雷雨は次第に視界と音を奪っていく。

 2人への指示も怒鳴らなければ伝わらないほどだ。


「ナイト! あれ‼︎」


 ドリアが突然大声を出しながら指をさす。

 俺もブランカも反射的にドリアが指差す方向へと目を向けると、


「げっ! マジか!」


「うー! 面倒ね!」


 その先で繰り広げられていた光景に顔をしかめた。


 俺たちの船からおそらく200メートルほど先。

 そこには絡み合う2匹の魔物がいたのだ。


 1匹は亀を思わせる風貌の魔物。大きさは30メートルくらい。

 丸っこさは少なく、頭部や甲羅も全体的にトゲトゲしい。特に口元は牙を思わせる部位によって見るものへ荒々しい印象を与えていた。


 もう1匹はそんな獰猛そうな亀へと攻撃を仕掛けけているイカを連想させる魔物。

 大きさは20メートルほど。ただ、ぐねぐねと動く触腕を含めると40メートルほどあるだろうか。

 ぬめぬめと光沢のある皮膚。複数の触腕が亀へと絡みつきその動きを封じようと蠢いている。

 胴体は海面下にあるらしくよく見えない。だが体の割に巨大な目は水面から出ていて、稲光が起こる度に不気味に輝いていた。


 『魔物図鑑』を開いて見ると、2匹に関する記述が追加されていた。

 図鑑は暴風のなかでも濡れず、そしてページが風でめくれることもなかった。


『種族名:ブレイクタートル(粉砕亀)

 肉食の攻撃的な亀型魔物。移動速度は並だが、その咬合力は極めて強力。

 状態 :興奮状態。応戦中』


『種族名:イレブナー

 細長い貝殻を持つ巨大なイカ型魔物。普通のイカと違い11本の触腕をもつ。肉食で獰猛。

 状態 :興奮状態。極度の空腹。応戦中』


 図鑑の記述を読む間にも、2匹の戦闘は激しさを増している。

 ブライクタートルによって触腕を噛みちぎられたイレブナーが悶えている。

 漏斗から激しく水を吐き出しているらしく、その水流によって激しい水しぶきがあがっていた。

 

 ブレイクタートルも首元から出血しているようだ。

 どうやらイレブナーの11本目の触腕は鋭いナイフのような構造らしい。

 激しく振るわれる触腕が、ブライクタートルの甲羅以外の場所を切り刻んでいる。


「悪夢みたいな光景だな。巻き込まれないうちに離れよう」


「うー。そうだね。私も水中戦じゃあ部が悪いだろうし」


「あたいの知ってる亀さんじゃない……」


 幸い2匹は戦闘に夢中で俺たちに気付いていない。

 俺たちは襲撃されることもなく無事に2匹の魔物を通過することができた。


 ただ、残念なことに魔物はあの2匹だけではなかったらしい。

 

「「「あああああっ‼︎」」」


 俺たち3人を絶叫させたのは海面から現れた巨大な魚型魔物だった。

 船の前方から現れたその魚は船ごと俺たちを飲み込もうと大口を開けて迫ってきた。


 ブランカが強化されたその拳で魚を顎を殴りつける。

 衝撃と共に船が揺れるが、魚は見事に殴り飛ばされ100メートルほど先へと落下した。

 

「硬い鱗ね。まだ殺せてない」


 ブランカの言うように、魚の魔物はピクピクと体を震わせ浮いている。死んではいないようだが、ダメージは甚大だったらしく麻痺しているようだ。


 俺が図鑑で魔物を調べようとすると、巨大な水飛沫と共に今度は巨大なエビ型魔物が出現した。

 呆気にとられる俺たちの前で、エビ型魔物はそのハサミで魚型魔物を捕らえると貪り始めた。


「なんだよこの海域は。巨大な海洋魔物ばかりじゃないか」


「うー。さすがにちょっとマズイかもね。私も海上じゃあ満足に戦えない」


「あたいも種ポンポンくらいしか攻撃手段がないぞ」


 そんな会話を交わす間にも海中から次々と魔物達は現れた。

 あるものは俺たちを襲撃し、あるものは別の魔物へと襲いかかる。

 悪夢を超えて地獄のような光景だ。


 今の所はブランカのパワーでなんとか魔物を退けているが、


「くそっ! 船の浮きが1つ壊された!」


 襲撃を受ける度に俺たちの船はダメージが増えていく。

 すでに3本あったオールの2本を失い、船底の一部に亀裂が生じている様だ。


「魔物を1匹捕まえたほうがいいな。このままじゃあ船を失う」


 魔石を吸収し『魔物図鑑』は強化されている。魔物の捕獲条件も緩和されているのをすでに俺は確認済みだった。

 今では小型の魔物なら図鑑に掲載された段階で捕獲可能になっている。大型の魔物でも細かい条件は消え、気絶程度で捕まえられるのだ。

 

 とは言えいくらブランカとドリアでも、地の利で圧倒的な有利を誇る海洋魔物を気絶させるのは至難だ。

 しかも1匹ではなく、複数の魔物が同時に襲撃してくるような現状では撃退するのが精一杯。

 下手に攻撃を仕掛けようものなら海中に落ちてしまう可能性もある。

 そうなればその先に待っているのは『死』だろう。


 俺が魔物達の動きを見定めようと観察をしていた時だった。

 突如として暴れていた魔物たちが動きを止めたかと思うと、全員が同じ方向へと移動し始めたのだ。

 まるで、何かが逃げるかのようにーーそして。


 ーー海面の一部が盛り上がりそれは現れたのだった。

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