47 陸地を目指して
ドリアの能力で大木を生やし、ブランカの手刀で加工する。
こうして舟作りのための材料は揃ったのだが、俺たちには問題があった。
「船って見たことある?」
3人とも実物の船を見たことがなかったのだ。
俺自身も『石畳の国』が内陸の国であるため船を見たことがない。国内に水路こそあったが大昔に使われていた名残に過ぎず、現在では船が行き交うような景色は失われていたのだ。
ブランカとドリアに至っては船という言葉すら知らない様子。
わずかな知識をもとに、俺たちは船作りの試行錯誤を繰り返すしかなかった。
試作船を作っては海に浮かべてみるが、ひっくり返ったり水没したりと上手くいかない。
あれやこれやと試すうちに、俺たちが行き着いた先は丸太をくり抜いて作った丸木舟。
この岩場に飛ばされてから3日後の昼に完成したのだった。
「やっと完成したか。中をくり抜くのが面倒だったな。あぁ、体が痛ぇ」
「うー。人間ってこうやって物を作るのね。私には向かないわ」
「あたいも疲れた。でも次からはイメージだけで船型の植物は作れそう」
その日は休憩とし俺たち3人は大いに食って、大いに眠ることにした。
翌日。つまり、岩場に飛ばされてから4日目の昼前。
俺たち3人は丸木舟に乗り込み、岩場を出発していた。
前日に練習した通りにオールを漕ぎ、船はゆっくりと進んでいく。
「初日はひっくり返してばかりだったけど、船の左右に浮きとして木材を取り付けたのが良かったな。いやぁ、自分の賢さに惚れるわ」
「うー、ナイトってば調子に乗ってる。私のパワーがなかったら加工なんてできないのに」
「あたいがいなかったらそもそも材料なんて手に入らなかったぞ」
「はいはい。3人の力で乗り切ったってことで良いだろ」
大海原を俺たちの船はゆっくりと進んでいく。
幸い天候は安定していて、波の高さもそれほどではない。
そうなるとやはり問題はどの方向に進むかという点だ。
聞いた話ではある地域の漁師たちは陸地がまったく見えない場所でも、星と生き物を観察しておおよその場所を特定できるそうだ。当然、ど素人の俺たちが真似できるようなことじゃない。
今の俺たちは2日前に岩場で発見したある魔物の情報を頼りに進んでいるところだった。
「『バラミューダジェル』別名は三角海月。三角形をしたクラゲ型の魔物。大きさは人間の手の平程度だが、刺激を与えると強い光を発しながら破裂し絶命する。西岸地方の沖合にのみ生息している、か」
俺は『魔物図鑑』のページを開くと2日前に岩場の近くで捕獲した『バラミューダジェル』の生態を読み上げた。
「この記述を信じるなら、俺たちのいた岩場も西岸地方の沖合にあることになる。東を目指して進めば、西岸地方の陸地が見えてくるはずだ」
太陽のおかげで東の方向は見当がつく。
俺たちは3人で交代しながら船のオールを漕ぎ続けた。
「ねぇ、ナイト。陸地に着いたらどうするつもり?」
オールを漕ぎながらブランカが俺へと問いかけた。
すでに周囲は暗くなり始めている。ドリアは休憩中で船頭にちょこんと座っていた。
俺とブランカはそれぞれ船の左右に座り、オールをひたすら漕いでいる。
さすがに魔物だけあってブランカに疲労の様子はない。
「そうだな。『風車の国』で話した通り、行商人になることを目指すよ。馬車は買えなくとも、魔法鞄に旅荷物と一緒に商品は運べるだろうしな。あぁ〜屋根付き馬車で野宿するのは憧れたんだけどなぁ」
「うー。でもあの下品な魔法陣使い女が何か仕掛けてくるんじゃないかな?」
「その可能性はあるな。特にブランカは『七色の風』から追われるほどの魔石を持っているわけだし、魔石商人であるあの女が簡単に諦めるとは思えない。でもすぐに追いかけては来ないんじゃないか? あの女も新しい取引を探すのに忙しいと言っていたし。生産拠点の『風車の国』は革命が終わったばかりで今後の見通しは不安定だからおいそれと離れるわけにもいかないだろう」
俺はちらりと空を見上げた。日が沈み、空はどんどん暗くなる。
今夜は満月らしく、時折月明かりに照らされる波も幻想的だ。
俺は夜空に浮かぶ星座と月を頼りに東の方角を確認すると、舵を操作しオールを漕いだ。
「というわけで、陸地に到着したら行商人として活動を始める。それと同時に今後あの女と対峙する可能性も考えて戦力を集める。この2つが基本方針かな?」
俺の回答にブランカが口を開く。
「うー。こっちから攻めてやろうよ。『七色の風』と違ってあの女は1人なんだからさ。空間移動さえ気をつければ私達なら勝てる相手じゃない?」
やられる前にやる、ということらしい。
確かにブランカの考えも一理ある。俺だって不安要素はなるべく早めに排除したい。
相手は1人なわけだし、居場所もある程度分かっているのだから攻勢に出ようという気持ちも分からなくない。
だがーー
「いや、ダメだ。今の俺たちでは勝率は低いよ」
「うー。どうして? 確かに私のパンチは止められたけどさ。あれは塔を崩さないように手加減してたからだよ。本気出せば塔どころかあの周辺一帯破壊できるもん」
「あの女の宝具が問題だ。魔杖『ヴァーティン』。あの宝具は反則だぜ」
俺はドリアを手招きすると、オールを漕ぐ役を交代してもらった。
それと同時に魔法鞄からインクとペン、それから紙を取り出した俺は、
「今からこの紙に俺が魔法陣をかく。光の玉を出して周囲を照らす魔法効果のある魔法陣。それを書くからちょっと見てろよ」
そう説明し俺は複雑な文字と図形を紙に書き始めた。
5分。10分。30分ーーそして1時間後。
「ふぅ。書き終えた」
待ちくたびれた様子の魔物2人へと、俺は出来上がった魔法陣を見せつけた。
「うー。改めてみるといっぱい文字とか線があるのね。目が痛くなりそう」
「あたいは無理。途中で飽きちゃう」
感想を述べる2人の前で魔法陣が輝き出す。
魔法陣の中央から人の拳サイズの光球が現れ、ぷかぷかと俺たちの頭上へと浮かび上がった。
「船の周囲3メートルくらいを照らす照明魔法だな。効果は2時間くらいか」
「2時間? 書くの1時間くらいかかったのに?」
ブランカが呆れたように光球を眺める。
「ちょっと講義をしてやるよ。魔法陣の利点としては、一度書いたり刻印すれば、発動するまで長い時間魔法効果を保持し続けること。魔法陣でしか使えない魔法があること。そして魔力のない一般人でも知識があれば魔法陣で魔法が使えることだ」
水筒の水を飲みながら、俺は話を続ける。
「大昔は魔法陣を使う人がいっぱいいたそうだ。今でも古い建物や石碑とかには魔法陣が描かれていることが多い。でも現在は魔法陣を使う人はほとんどいないって言われてる。何でかわかるか?」
俺の問いかけにブランカもドリアも首を傾げてみせた。
「今見せたように魔法陣の欠点として『書くのに時間が掛かりすぎる』という点がある。こんな照明魔法ですら1時間必要なんだ。大昔に雨を降らせるために魔法陣を書いた村があったそうだけど、村民全員で交代しながら1ヶ月かけて魔法陣を書いたそうだ。空間移動魔法なんて多分2ヶ月くらいかかるんじゃないか?」
「うへぇ。何それ。日常じゃあ使えそうにないね」
ブランカが顔をしかめる。俺も苦笑いで同意しつつ、話を進めた。
「200年くらい前かな? 魔法道具が開発されると急速に魔法陣は廃れていったんだよ。魔法道具なら誰でも勉強せずに魔法の恩恵が受けられるからな。ついでに魔法以外の技術も発展したから魔法に頼ることも減ってきた。そんなわけで魔法陣は労力と効果が釣り合わないってことで使われなくなった」
「ん? でも、あの下品な女はそんな書くような仕草してなかったよね?」
「その通り。それこそがあの宝具の能力だろうな。『強力な魔法陣を杖のひと突きで描く』って能力。空間移動魔法もそうだけど、魔法陣でしか使えない魔法ってかなり強力なんだよ。それを連発できるっていうのはもう強いとかを通り越して『反則』ってレベルだ。今の俺たちじゃあ、多分勝てない」




