46 流刑の島
気がつくと俺は岩の上に立っていた。
どんよりとした曇り空の下。
奇妙な生臭さが鼻腔を通り抜ける。
定期的に聞こえてくるのは水の音。
大量の水が押し寄せては岩場へとぶつかる音だった。
俺の眼前には大量の水がある。
いや、眼前どころではなく四方を見渡しても水しか見えない。
地平線まで水は満ちていた。
「…………海?」
その光景は書物で見たことのある海と呼ばれる場所のようだった。
特徴的な生臭さは俗に磯っぽいと呼ばれるもののようで、なるほど確かに不思議な匂いだ。
定期的に音を鳴らす水の動きも波と呼ばれる現象のようだった。
人生初の海。
伝聞に勝るその圧倒的な水のスケールに俺はしばし呆けてしまった。
だが、冷静さを取り戻した俺は慌てて周囲を確認する。
ーー何もない。
俺が立っている場所は周囲100メートルほどの岩場。
そしてその岩場の周りは海で囲まれている。
岩場には海藻や小さな生き物がいるだけ。他には何も見当たらない。
ふと足元を見ると、魔法陣らしき刻印があった。すでに魔力を失いただの模様となっている。
空間移動で飛ばされたのだと理解すると同時に、俺の心臓は急速に拍動を早めた。
「まずい! ブランカ達と分断された!」
頭を抱え、俺は呻いた。
絶海の岩部へと移動させられるという予想外の事態に俺は軽くパニックだ。
こうしている間にもブランカとドリアが魔法陣使いと戦っている。しかし、俺はサポートも指示も出せない場所に飛ばされてしまった。
ブランカの強さをもってしても、宝具使いが相手となれば安心はできない。
ましてあの塔には魔法陣が大量に仕込まれているようだった。
地の利は魔法陣使いにあるだろう。
頭に浮かぶのはさきほどまでの戦闘だ。
派手に魔法陣を浮かばせ、ブランカと戦闘を始めたところから女の狙いは俺だったのだろう。
ブランカを狙った大量の魔法の矢も、俺の注意を足元の魔法陣から逸らすのが狙い。
そうとは知らず、俺はブランカをサポートすることに集中してしまい、足元の魔法陣を打ち消す余力を残さなかった。そしてまんまと女の目論見通りに排除されてしまった。
不覚としか言いようがない。
ーー魔物を操る魔法使いと戦うときは、魔物ではなく魔法使いを狙え。
昔から散々言われていた基本戦術を女は忠実に実行しただけ。
構えていれば十分に対応できていたはずなのに、俺は油断してしまったのだ。
ーーいや、落ち込んでいる場合じゃない。
俺は『魔物図鑑』を取り出すと、ブランカのページを開く。
『交戦中。出血あり』という一文を見て血の気が引きそうになるが俺はすぐに『図鑑に戻す』の項目を押してみた。
この岩場が『風車の国』からどれほど離れているかは分からない。
図鑑の効力が及ぶのか大いに不安だ。
効力があることを祈りながら俺は図鑑の項目を押し続ける。
幸いなことに図鑑の左上半分を占める正方形の中に、二頭身で描かれたブランカの姿が現れた。
ほっとため息をつくと同時に、同じ作業をドリアにも施す。ドリアの姿も無事図鑑へと出現した。
「うー。びっくりした」
「あのメス、すげぇ強いな」
岩場の上へと図鑑から召喚された魔物2人は思い思いの感想を述べると、疲れたのか岩場の上で寝転がってしまった。
ブランカの右腕にはナイフで切られたような出血の跡。
ドリアの服は一部が焼け焦げている。背中の羽も左側だけ折れていた。
ーーこの短時間でドリアだけじゃなくてブランカにまでダメージを与えるとは。
『魔物図鑑』の回復機能で2人を癒しながら、改めて俺は宝具の威力に恐怖を覚えた。
「結果として俺を空間移動させたことはあの女にとって悪手だったかもな。敵どころか獲物も取り逃がす形になったわけだ」
「うー。もう少し戦っていれば私があんな奴倒してたもんね」
「あたいだって」
「頼もしい言葉だけど、そんな簡単な相手じゃないと思う。魔杖『ヴァーティン』って言ったか? あの宝具はかなり厄介だぞ。俺が飛ばされる寸前にブランカはあの女に殴りかかってたよな? 攻撃はうまくいったのか?」
俺の問いかけにブランカは黙ってしまった。
自分の右手を見ると、ぷいっと俺から顔を逸らしだんまりだ。
「わんわんパンチは止められた。あたいの種ポンポンもだよ。見えない壁みたいなのに阻まれた」
ドリアが代わりに説明をしたが、ブランカと同じように悔しそうな表情をしてみせる。
「王子が使ったのと同じ障壁魔法だな。魔法陣を書いた本人の魔法だから王子が使った魔法より強力なはずだ」
「うー。ちょっと手加減しちゃっただけだもん。次はもっと出力あげて戦えば勝てるよ」
「はいはい。とりあえず2人が無事でよかったよ。俺も油断して悪かった」
波の音が響き渡る。
一定のリズムで響くその音は自然と気持ちを落ち着かせてくれた。
岩場を散策しながら俺たち3人は取り敢えず現状を確認してみることにした。
「俺たちは絶海の岩場まで移動させられてしまったらしい」
「うー。そうみたいね」
「海とか初めて見るぞ。すっげー広いなぁー」
雄大な海の景色に圧倒されていると、ふとドリアが俺へと呼びかけた。
「あのメスが追いかけてきたりしないかな?」
「それは大丈夫だと思う。あの女は短距離なら手元の魔法陣で移動できるようだけど、長距離移動の場合は移動先に魔法陣を用意する必要がある。移動できる距離は桁違いだけど王子が使った方法と同じだな。見た感じ他に魔法陣は仕込まれていないみたいだ。あの女がこの岩場に現れる可能性は低い」
とは行ったものの念のために俺たちはこの岩場を調べて見ることにした。
散策の結果、この岩場には本当に何もないということが判明する。
本当に岩しかない。
「ここを脱出して陸地にいかないとな。ブランカとドリアはともかく、俺は食料が必要だ。魔法鞄に食料が入っているけど、多分10日しか保たない。それまでに陸地にたどり着かないとまずい」
「でも見た感じ地平線の先まで海しか見えないぞ。あたいもこんな長距離は飛べない」
「うー。目を凝らしても陸地が見えない」
ブランカの超人的視力でも海洋の先を知ることは出来ないらしい。
「そうだ! ナイトも空間移動魔法を使えば良いんだよ。魔力のないあの王子だって魔法陣で空間移動できたでしょ? 魔法使いのナイトなら王子よりも長距離移動できるんじゃない?」
ブランカが会心の閃きだと期待の目で俺を見るが、
「残念だけどそれは無理だ。……いや、全く無理ってわけじゃないけど魔法陣の性質を考えると机上の空論だ。そもそも移動先に魔法陣を設置していないからどの道今回のケースでは使えない」
俺はきっぱりとブランカのアイディアを否定した。
残念そうに耳を垂れるブランカ。
「…………遭難状態か。あの女、かなりエグい真似しやがる。こんな絶海の孤島に移動させられたら、大抵の奴は手も足も出ないまま飢えに苦しんで死ぬことになるだろうな。さっきあの女は『今までスカウトした中で一番意見が合わない』って言っていたから、過去にも同じように意見の合わない奴をこうして流刑の身に堕としたのかも。くそっ」
魔法陣使いへの憤りに拳を自然と握りしめてしまう。
禁術での魔物融合。空間移動魔法での邪魔者の流刑処理。
東岸地方で悪さをしていたと口にしていたが、なるほど、確かにまともな奴じゃない。
はっきり言って邪悪な女だ。
「だけど、俺たちはこんな岩場で死ぬつもりはない。ドリアの『植物を操る能力』を利用して船を作る。それで脱出しよう」




