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45 不協和音な会談

「私はこの水を『龍水』と名付けているわ」


 ドラゴンという規格外の名前が出たことに衝撃を受ける俺たちへと、女は静かに説明を加えてきた。


「12年前かしら。たまたまこの国を訪れたのだけど、当時私は腕に呪いを受けていたの。私は東岸地方出身でね。向こうで、うーん、ちょっと悪さをして追われていたのよ。追っ手から受けた呪いにもう何年も悩まされていたわ。そして、この『龍水』で腕を洗っていた時に感じたのよ。ほんの少しだけ呪いが弱まったことにね」


 そう言って女は右腕を俺たちに見えるように差し出して見せた。

 二の腕あたりにぼんやりと六芒星のマークが見える。今説明した呪いの痕跡らしい。


「興味が湧いてこの『龍水』を調べたらね、この水には魔法によるダメージを和らげ、癒す力があることが分かったわ。ただ地表に溢れている『龍水』は大気に触れるとその力の大部分を失うみたい。結局この呪いも100回くらい腕を洗って解除できたくらいだったしね。

 私の場合は宝具持ちってこともあって魔力を察する力が鋭いのが幸いだったわ。普通の魔法使いや一般人では『龍水』の効力を実感できず『ただの水』としか認識できないでしょうからね。君も宝具持ちだけど、呪いを受けている様子もないから気付かなかったようね」


 女は続ける。


「この水の力はどこから来るのか。私は調査を続けて、この国の地下にアクアドラゴンの亡骸があることを突き止めたわ。そしてアクアドラゴンの亡骸に近い水ほど強力な癒しの力を持っていることも突き止めた。そう、合成獣を生きながらえさせるほどの癒しの力。まさに大発見だったわ」


「つまり、合成した魔物達を保存する貯蔵庫として『龍水』を利用しているってわけか」


 俺の発した言葉に、女は満足げに頷いた。


「この塔はちょうど亡骸の真上に建ってる。養殖魔石の生産工場としてうってつけの場所というわけよ。今、地下の水源周辺には300匹の魔物達が保存されているわ。ボウヤに頼みたい仕事というのは魔物の調達よ」


「魔物の調達?」


「ええ。新しい取引相手との交渉とか、魔石の取り出しにしばらく専念しなきゃいけないのだけど、魔石の在庫切れは起こしたくない。定期的に魔物を捕まえて魔石を熟成したいのよ。そこで、魔物を使役するボウヤに目をつけたってわけ」


 女は懐から1枚の紙を取り出すと、俺へと放ってみせた。

 魔法によってまっすぐ俺へと運ばれたその紙には魔物の名前と数字が並んだ表が書かれている。

 女曰く、『賞金表』とのことだった。


「妖精からワイバーンまで。こいつらを捕まえて持ってきてくれれば、その表に応じた報酬を出すわ。当然強い魔物ほど高価格よ」


 しばしの沈黙が流れる。

 

 俺は賞金表を読み終えると、ブランカとドリアへと向き直った。

 2人は何も言わないが、その表情には魔女への嫌悪感と恐怖に染まっているように見える。

 そんな2人は俺に対して不安げな視線を向けるのだった。


「なぁ、お姉さん」


「何かしら、ボウヤ?」


「ここにいる2人ならどれくらいの値打ちになるの?」


 放たれた俺の言葉にドリアの目が大きく見開いた。

 ブランカはピクリと耳を一度動かし、じっと俺を見つめて来る。


「そうねぇ。小さい方は上から2番目くらいかしら? フードを被った方は……ちょっとこの場でははっきり言えないわね。ただ最高ランクのワイバーンたちと同じくらいの額は最低でも出さないといけないかも。どっちも上等な魔物よ」


 不敵に微笑む魔女の言葉。

 2人に対する尊厳など微塵も考慮していない口調だ。


 俺は魔物2人から魔女へと視線を移した。

 宝具の杖を抱きながら、女は俺へと微笑み続けている。


「お断りだ」


 だが、その微笑みも俺の言葉を受けた途端に崩れた。

 

 再び塔の内部に沈黙が広がる。

 先ほどとは違い、女から発せられる圧迫感からか妙に息苦しい雰囲気の沈黙。

 女は微笑み続けているが、目元はひくひくと動き、無理をしているのが見え見えだ。

 杖を握る手にも力が入っているのが分かる。


「報酬が気に入らなかったかしら? なんなら5割り増しにしてもいいのよ?」


「あんたと俺じゃあ、魔物に対する考えが違うみたいだな。俺は魔物と敵対したり嫌悪することはあっても、弄ぶつもりはない。俺は魔物が結構好きなんだよ。あんたのやり方に賛同はしない」


 背後から安堵のため息が聞こえてきた。

 振り返ってみると、ドリアが胸をなで下ろしていた。


「よかったぁ。あたい売られるのかと思ったよ」


「バカ言うなよ。俺はお前達と旅をするのが楽しんだ。売ったりなんかするもんか。信用ないなぁ」


 苦笑いしつつも、俺は女の元へと歩み寄る。

 微笑みは完全に消え、口を真一文字にした女の顔に友好ムードはない。

 目を凝らさずともその体に魔力が巡らされているのを感じてしまう。

 戦闘態勢だ。


 俺もありったけの魔力を巡らせる。

 いつでも『封魔の鎖』を放てるように構えながら、俺は女の前に立った。


「はぁ、残念だわ。私、本当にボウヤに期待していたのよ」


「そりゃあ悪かったね。でも俺たちには関係ない」


「そのようね。魔物に対する考え方が違うと言っていたわね。じゃあ、ここでお互いに魔物に対する考え方を述べてみない?」


 女は俺を睨みつけながら口を開いた。


「魔物は私にとって『敵』であり、『商売道具』よ。どう弄ろうが苦しもうが気にすることはないわ」


「俺にとって魔物は『力』であり、『拠り所』だ。だから守るし、尊重する」


 俺は続けた。


「あんたが魔物を弄るのは自由だ。だが、ここにいる2人を含め、俺の魔物達を弄るのは許さない。魔物の価値は魔石だけにあるわけじゃない。牛肉に目がなかったり、強さを求めて工夫したり、探せば面白いところはいっぱいある。魔石しか見ていないあんたには分からないだろうな。こいつらは最高だぜ?」


 女が大きくため息をついた。髪をかきあげ、俺を見るその目には不愉快と憐れみが混じっているように見えた。


 それと同時に中を浮かんでいた球体の中に変化があった。

 一瞬キラッと光ったかと思うと、部分融合させられていた魔物の頭部が破裂し、球体の中が血で染まったのだ。


「つまらないわ。本当につまらない。考え方がここまで違うなんてね。いえ、つまらないを超えて不愉快だわ。君は自分の異常性に気付いていないんじゃない? 考え方が魔物寄りよ? 魔物の価値? そんなもの魔石か、せいぜい毛皮とかを利用できる程度よ。街を襲い、人を喰らう。何百年と人間は魔物に苦しめられた。だから少しくらい連中から搾取したって良いじゃない?」


 球体の内部では魔物たちの体が透き通り始めた。

 肉体を含め、魔物を構成するもの全てが魔石へと吸収されていく。

 やがて、血で汚れた球体内部は再び無色透明となり、中には美しく輝く魔石が1つ浮いていた。


 球体がゆっくりと床へと沈んでいく中で、魔石だけが床へと残る。

 女が指を軽く振ると、魔石がふわりと浮かび上がり女の手へと飛び込んだ。


「これが魔物の価値全てよ」


「違うね。魔物の魅力の一部に過ぎない」


 女の言葉にすかさず俺は反論する。


「今までスカウトした人間の中で一番君とは意見が合わないわね。いいわ。もう辞めましょう。これ以上の話し合いは無意味よ」


「そうみたいだな。でもおいそれと帰してはくれないだろ?」


「あら。分かってるじゃない」


 女が杖で床を突いた。

 その瞬間、塔の外壁へと無数の魔法陣が浮かび上がり始めた。


「上等な獲物を前にして何もしないほど無能じゃないの。その2匹は頂くわ。安心して。あなたたちは仲が良さそうだから2匹だけで融合してあげる。もっと親密な関係になれるわよ。んふふ」


 魔法陣へと俺は『封魔の鎖』を打ち込み無効化させていく。

 それと同時にブランカが駆け出した。

 お得意の強化魔法で白く輝くブランカが女へと接近する。


 女の姿が消えた。

 空を切るブランカの拳。そんなブランカに向かって四方八方から魔法の矢が打ち込まれる。


「このっ!」


 手刀で矢を防御しつつ、ブランカは螺旋階段の上に座る女の姿を見つけると、


「逃さない!」


 地面を蹴り、一気に女のいる場所まで跳躍した。


 しかし、宙を移動するブランカに対し、壁一面の魔法陣から魔法の矢が形成されている。

 先ほどの10倍近い量の矢がブランカ目指して次々と放たれた。


 ドリアが植物の壁を作るが、全ては防げないだろう。

 俺は全神経を集中させ、限界ギリギリまで『封魔の鎖』と『光弾』を生み出した。

 

 ーーこの女を相手に長期戦は危険だ。ブランカの一撃に繋げる。


 放たれた『封魔の鎖』が魔法陣を打ち消し、光弾が魔法の矢を撃ち落とす。

 目論見は成功し、ブランカの一撃が女に触れようとした瞬間。


「え?」


 俺の足元に魔法陣が浮かんだ。

 上ばかりに注意を向けていたために、『封魔の鎖』の錬成が間に合わない。


「ばいばい、ボウヤ」


 女の呟きが聞こえたような気がする。

 俺の視界がぐにゃりと歪んだ。

  

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