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4 狼とのディナー

 幸いなことに開いている料理屋はすぐに見つかった。

 

 10個ほどのテーブルが並ぶやや小さめの料理屋。

 店主らしき太った男が入店してきた俺たちをみて、


「こりゃ珍しい。こんな時間に若いのが2人とは。好きな席に座りな」


 驚きながらも朗らかな笑みをみせる。


 俺は店の一番奥にあるテーブルへとブランカを連れて座った。

 ちなみにブランカには俺のコートを着せている。

 フードもあるので狼耳を隠せるだろう。店内でコートを着続けるのはちょっと行儀が悪いかもしれないが、幸いなことに店主はその程度のことに目くじらをたてる人ではないようだ。


「うー。ここでご飯食べるの? 肉ある?」


「あるある。どういうのが良い?」


「うーん、よく分かんない。とりあえず牛肉欲しい」


「わかった」


 俺は夕食を食べていたのでスープを注文し、ブランカには一番高いステーキを与えることにした。


「そう言えば君の名前は?」


 店主が厨房へ入るのを見届けるとブランカが質問してきた。


「そう言えばまだ名乗ってなかったな。俺はナイトだ。18歳」


「ふーん。魔法使いなの?」


「魔法は使える。でも俺の力は弱いから一般人と対して変わらないな」


「でもさっき私を治したじゃん。あれは何? 宝具ってやつ?」


「そうだ。俺もさっき初めて使ったところだから、詳細を聞かれても答えられないぞ」


 ほら、と言って俺は『魔物図鑑』のページを開きブランカに見せてやった。


「ここにブランカのことが書かれているんだ。そして、その下に『回復』って文字が見えるだろ? ここを押すとブランカは回復したってわけ」


「……文字読めない」


「あっ、そう」


 ちなみに『回復』の文字は元の状態に戻っていた。どうやら再使用までの間隔は思ったより短くて済むらしい。


「私のことが書いてあるって言ったよね? どんなことが書いてあるの?」


「ん? 食べ物の好みとか、生息域とか、あとはそうだな……なんかさっきより書いてあることが増えているような気がするな」


 ページの文字数が増えたわけではないようだった。ただ細かい文字を眺めている間、俺の頭へと流れてくる情報。その量は数分前より明らかに増加している。


「『狩人に犬と間違えられたことがある』『唐辛子をお菓子と思って食べて大泣きした』『自分の体臭が気になるけどどうしたらいいのか不安』へぇ〜、意外と人間みたいなこと考えているんだな」


「ちょ! そんなことまで書いてあるの?」


「あぁ。『3日前に転んで川に落ちた』って書いてあるけど、これ本当か?」


「うー、そんなことまで……恥ずかしいから読まないで!」


 顔を赤らめブランカはテーブルに突っ伏してしまった。


「うー、私は誇り高い狼なのにぃ」


「その割には結構ブランカって親しみやすいな。狼人間ってもっと人間に敵意とか向けているものじゃないか?」


「私だって人間とこんなに喋ったの初めてだよ。それに何かね」


「ん?」


「ナイトには逆らえないような気がするの。嫌な感じはないんだけどね」


 ーー逆らえない気がする?


 俺は『魔物図鑑』を眺めてみた。もしかするとーー。


「ブランカ」


「何?」


「お手」


「わん!」


 差し出された俺の手に、ブランカは元気よく手を重ねてきた。

 見事なお手。その反応の良さに指示した俺自身が戸惑うほどだった。


「おいおい、若いうちからそういうプレイはどうかと思うぜ、お二人さん」


 気づくと店主が料理を運んできていた。

 俺は慌てて手を引っ込め、料理を受け取る。店主はやれやれと言いたげに肩をすくめると厨房へと消えて行った。


「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」


 ブランカと言えば再びテーブルに突っ伏していた。先ほどまでとは比べ物にならないほど顔を赤らめ唸っている。


「私は〜狼なのにぃ〜」


「悪い悪い。ブランカ、顔を上げてくれよ。料理もあるし」


「うー」


 顔を上げたブランカは口を尖らせ俺を睨んでいる。


「悪かったって。それに確信した。どうも『魔物図鑑』は魔物の情報が書いてあるだけじゃなくて、記載されている魔物を使役できるみたいだな」


「使役?」


「つまり、俺とブランカの間には主従関係が出来ているってわけ。俺の命令にブランカは逆らえない」


「な! そんなことって」


「お手」


「わん!」


 再びお手をさせた俺。従順にお手をしたブランカは、はっとした顔を見せると俺の顔面へと拳を打ち込んできた。


「ぐはっ! ごめんごめん! もうしないって」


「うるさい! 私は犬じゃないもん!」


「お手」


「わ! わ、わ……わん」


 おお、抵抗している。

 ブランカは右手を使い、俺へとお手をしようと動く左手を抑えている。

 どうやら意識すれば俺の命令に逆らうこともある程度できるらしい。

 結局お手をしてしまったようだけどな。


「ぐはっ! 悪い悪い。もうしないって本当に」


「うるさいうるさい! こんな恥辱! むー!」


 再び俺の顔面を殴ったブランカは運ばれてきた肉を手掴みするとムシャムシャと食べ始めた。


「どう? 美味いか?」


 俺は鼻血を抑えながらブランカへと訪ねた。

 

「美味しい。焼いた肉ってこんなに美味しいの?」


「生肉を食べたことないから俺には比べられないけどさ。悪くないだろ? というか手掴みするなよ」


「手を使っちゃダメなの? じゃあ口だけで食べる」


「いや、犬食いはもっとダメだ」


「私は犬じゃない! 狼!」


「そういう意味じゃない。ナイフとフォークを使えってこと」


「これ? 銀色だから嫌だなぁ」


 そう言いつつもブランカは素直に食器を手にすると、意外にも器用に肉を切り分け食べ始めた。


「何だ。食器使えるじゃないか」


「人間が使っているのを見たことあるもん。これくらい簡単」


 それからしばらく俺たちは無言だった。

 正確にはブランカが肉に夢中で話しかけると、


「お肉に失礼。食事は静かに」


 妙に真剣な顔でそんなことを言うので会話が出来なかったのだ。


 肉を平らげたブランカは満足げだ。お腹をさすり、舌をぺろりと出してみせた。


「焼いた肉最高。もう私は生肉生活に戻れない〜」


「だいぶ満足したらしいな。もう喋っていいだろ?」


「うん。ごちそうさま。毎日これ食べたい」


「そうかい。さてと、これからお前はどうするんだ? さっき主従関係なんて言ったけどさ。正直俺は誰かを付き従わせるなんて面倒でやりたくないんだ。食いぶちにも困るし。だからブランカが望めば『魔物図鑑』の支配から解放してやることもできる」


「そんなことできるの?」


「うん。出来るみたいだ。ほら」


 そう言って俺はブランカが肉を食べている間に眺めていた『魔物図鑑』を彼女に見せた。

 『狼人間(純血)』のページ。その一番下の項目を見てみると、


 『回復』『強化』『召喚』『図鑑に戻す』『逃がす』


 そう。項目が増えているのだ。

 どうやら時間が経つと情報だけでなく、操作出来る項目も増えるらしい。


「文字読めない」


「あっ、そうだったな。とにかく、ブランカを解放させてやることは出来ると思う。どうする?」


「ナイトはそれで良いの? 手下がいなくなるよ」


「別に良いよ。『魔物図鑑』の使い方が分かった。これだけでも俺にとって収穫なんだ。だからブランカの好きでいい」


 ブランカは考えているのか宙へと視線を向けている。


 普通に考えて突然主従関係なんて結ばれても困惑だろう。

 ましてブランカは魔物で俺は人間。

 本来は敵対関係であるはずの両者なのだ。

 今こうしてテーブルを挟んで食事をしていることも本来ありえない光景。

 

 もし俺が逆の立場なら絶対に主従関係など解消したいと考える。

 どう考えたって奴隷に明るい未来などないのだから。

 当然ブランカもそう考えるだろう。


「分かった。じゃあ私、しばらくナイトに付いていく」


「了解だ。じゃあ早速『逃がす』を選ん………………は?」


 我ながら間抜けな声を出したものだと思う。

 呆然とする俺とは対照的にブランカはニコニコと笑っていた。


「ナイトに付いてく」


「いや……お前何言ってんの? 俺の好き勝手にされるんだぞ? 行きたいところに自由に行けなくなるぞ。死ねと命令されたらどうするんだ? そういうこと考えたか?」


「うん。でも良いよ。多分ナイトはそういう酷いことしないと思う」


「さっき会ったばかりの人間を随分と信頼しているんだな」


「だって私を匿ったり、傷を治してくれたじゃん。肉も食べさせてくれたし」


「それは……」


「それにナイトはあと60年くらいすれば寿命で死ぬでしょ? 私は別に目的とかないもん。60年くらい人間の仲間になるのも面白いかもしれない。私は退屈を紛らわせれば何でもいいからさ」


「60年の退屈しのぎか。人間じゃあ中々そんな風には考えられないな」


「ダメ?」


「いいや。分かったよ。じゃあ、ブランカ。60年保つか分からないけど、しばらく一緒に行動してくれ。よろしく」


「うん。毎日牛肉食べさせてね」


「それはちょっと……いや、頑張ってみるよ」


「よろしくね!」


「ブランカ」


「ん?」


「お手」


「わん! …………っ!」


 本日三度目の顔面パンチを受け俺は椅子ごとひっくり返った。


「もうしないって言ったじゃん! 嘘つき」


 顔を赤らめブランカが抗議してきたが、その顔はちょっと笑っている。

 

「はは。人間は嘘つきなんだ。覚えとけよ」


 俺も自然と笑ってしまった。久しぶりに笑ったような気がした。

 

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