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36 真夜中の追跡者

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 人々の悲鳴が遠くに聞こえる。

 それと同時に体がふわりと浮く何とも落ち着かない感覚に俺は襲われた。


 けれどもそれは一瞬のこと。

 ブランカの蹴りが王宮の窓を破壊する。軽い衝撃と共に、俺たちは王宮内部へと侵入していた。


「うーん、やっぱり人を担ぐと加減しちゃうね。腐った球根がいる場所のちょっと下に来ちゃった」


 ブランカに降ろされた俺は壊された窓から眼下を覗いてみた。


 ドリアの植物に覆われた広場へと爆弾紙が次々と落下しては爆炎をあげている。

 今は衝撃も熱も巨木が受け止めている様だが、いずれは耐えきれなくなるだろう。

 最悪の場合、盾役をしているあの巨木が燃えてしまい大きな被害を生むかもしれない。


「ブランカ、急ぐぞ。天井をぶち抜いて上まで行けるか?」


「もちろん。楽勝だよ」


 そう答えるや否やブランカは跳躍し、天井を破壊し上階へと突き進む。


 俺は『封魔の鎖』を出現させると、ブランカが通った穴へと鎖を伸ばし、鎖をバネの様に縮め自分の体を引き上げ移動した。


 最上階へ到着し、俺は床へと着地する。

 先に着いていたブランカが指差す先ーーその部屋のバルコニーに王子はいた。


 ブランカの起こした爆音に驚いたらしく、王子は床へと尻餅を着いている。

 肩から鞄を提げていて、どうやらその中に大量の紙が入っている様だった。


「お、お前ら! 出国したはずじゃ!」


 王子からの問いかけに、


「そうなんすよ。出国したけど、忘れ物があったんで急いで不法入国したんですよ。すいませんね、王子様」


 俺は王子の手元を観察しつつ言葉を返した。


「忘れ物だと?」


「ええ、あんたに仕返しし忘れたんでね」


「ガキが! ふざけやがって…………いや、まてまて。お前らどうやってここまで来たんだ? 下の階は人形と魔法使いが防御しているはずだ」


 王子が立ち上がり、鞄から紙を1枚取り出した。


「単にここまでジャンプしてきただけよ、腐った球根さん」


 ブランカが全身を発光させ王子へと近づいて行く。


「ん? 娘、お前その耳は何だ! 犬の耳⁉︎」


「犬じゃなくて、狼よ。もぉ〜何でみんな間違えるかなぁ〜」


「魔物だったのか。くそっ! せっかく上物の女だと思ってたのよ! この汚らわしい化け物め!」


「残念でした! 私の友達を罠にはめた罪は重いわよ。覚悟!」


 王子を睨みつけ、ブランカが攻撃体制に入った。ところがーー


「なっ⁉︎」「えっ⁉︎」


 俺もブランカも驚きの声を上げる。

 バルコニーにいた王子の姿が消えてしまったのだ。


 瞬きをする間もない一瞬の出来事。

 予想外の事態に俺もブランカも顔を見合わせた。こんな現象を起こすのはーー


「空間移動魔法か。逃げやがった」


「むぅ狡い! でも魔法を使う気配なんてしなかったよ!」


「一瞬だけど王子の持っていた紙に魔法陣が浮かび上がるのが見えた。あの王子自身に魔力がなくとも魔法陣が書かれた物を使えば一時的に魔法の恩恵を受けられるんだよ。くそっ! 面倒なアイテム持ってやがるな」


「うー。どうしよう? 所在が不明ってのは厄介だよ? 何してくるか分からないし」


「そんなに遠くには行けないはずだ」


 俺は『魔物図鑑』を取り出すと、シェアリングクロウ(伝播烏)のページを開く。

 国中を監視するシェアリングクロウの視界。その中に王子の姿があった。


「見つけた! ここから北へ5キロ先にある役所だ。ブランカ! 位置を伝えるからまた俺を運んでくれ!」


 交信魔法を通じ位置情報を伝えると、


「よーし。逃すもんか!」


 ブランカは再び俺を担ぎ上げ、バルコニーから飛び降り追跡を開始した。

 風の様に軽やかな動きで家々の屋根を走るブランカ。

 その背に担がれながら、俺は内心で動揺していた。


 俺は王子の移動距離はせいぜい半径300メートル程度と予想していたのだ。

 だが、実際には王子は5キロという予想を超えた移動をしている。

 魔法陣を使って発動する魔法は術者以外が使うと、通常と比べて効力がかなり弱くなるはずだ。


 弱くなった上で5キロという移動距離を王子の魔法陣は発揮した。

 それはつまり、魔法陣を書いた魔法使いの強大さを伺える数字だ。


 おまけに王子が使った魔法陣のデザインに俺は見覚えがあった。

 エメラルドフロッグ(宝石蛙)と出会ったその洞窟に仕掛けられていた魔法陣と似ているのだ。


 ーーその魔法使いは何者なんだ? 何で王子がそんな魔法陣を持っている?


 革命に揺れる国内を通り抜けながら、俺は頭に浮かぶ疑問に首を傾げるのだった。






「あれね!」


 俺を背負うブランカが指差した先には円筒形の建物が1つある。

 その建物の上空には3羽のシェアリングクロウ(伝播烏)が飛び交っていた。


「そうだ! 中にあの王子がいるはずだ!」


 屋根伝いに走るブランカは勢いそのままに建物を囲う壁を飛び越え、敷地内へと着地した。

 ブランカから降りた俺はシェアリングクロウの能力を頼りに建物内部を調べる。


「こっちだ!」


 走り出した俺の後ろへブランカが続く。


 俺たちが辿り着いたのは役所の上階ーー応接室と書かれた部屋。

 中に入ってみると、ソファやテーブルが並ぶ質素な部屋の窓際に、


「なっ! 何でここに!」


 タマネギ頭な王子が突っ立っていた。


「見つけたぜ、王子様……って、おい!」


 俺が呼びかけるのとほぼ同時に、王子の姿が消えてしまった。


「うー、また空間移動された!」


「落ち着けブランカ。追跡するぞ」


「うー、面倒臭い! ナイト! このまま空間移動し続けられたら国の外に逃げられんじゃない?」


 ブランカがやや苛立った様子で声をかけてくるが、俺は返事はせず、部屋の床へと注意を向けていた。


 部屋の床の一部ーーそこから微弱だが魔力を感じたのだ。

 その魔力を辿ってみると、部屋に敷かれているカーペットの裏に紙が1枚置かれている。

 真っ白な紙だ。

 ただ、軽く手をかざしてみると魔力の痕跡を感じる。


「何してるの、ナイト? 早くシェアリングクロウであいつを探し出したほうが良いんじゃない?」


 首を傾げるブランカへと、俺は床から拾い上げた紙を見せてやった。


「魔法陣を使った痕跡だ。あらかじめカーペットの下に隠されていたんだな。今はもうほとんど魔力を失って紙切れになってる」


 俺は『魔物図鑑』を取り出し、王子の位置を探り始めた。30秒ほどで1羽のシェアリングクロウが王子の姿を見つけた。シェアリングクロウのボスへと視界が共有され、俺の図鑑へと情報が伝わる。


「王子は王宮の近くにある国立病院に移動したらしい」


 俺の言葉にブランカは再び首を傾げてみせた。


「王宮の近くに移動してるって変じゃない? 私たちに追われているわけだし、普通はもっと遠くに逃げるんじゃないかな?」


「おそらく移動できる場所が決められているんだ。あの王子が空間移動する場合は移動先に予め魔法陣が設置されている必要があるんだろう。手元にある魔法陣1枚と移動先の魔法陣1枚を消費して、空間移動が成立するんだ」


 説明を終えると、俺は再びブランカに運んでもらい王子の追跡を再開した。


 1分ほどで俺たちは国立病院へと移動した。応接室へと突入すると、


「くそっ! 鬱陶しいなお前ら!」


 忌々しげに叫ぶと同時に再び王子は空間移動を発動した。

 俺たちも再び追跡を開始する。


 高級レストラン。劇場の特等席。騎士団本部の応接室。裁判所。どこかの商人の屋敷などなど。

 王子は次々と移動を繰り返していた。


「移動先の種類から考えて、逃亡用のルートってよりは普段からよく使う施設を手当たり次第に移動しているって感じだな。多分、そのうちに移動できる場所がなくなるはずだ。移動するごとに魔法陣を仕掛けている可能性もあるけど、どの道手元の紙がなくなればもう移動できない」


 ブランカに背負われながら俺は自分の考察を口にした。そうこうしていると目的地である塔が見えてきた。


 頑丈そうなその外壁をブランカの蹴りが破壊する。

 内部へと潜入した俺たちは螺旋階段を駆け上がった。


「うー。この建物って何だろう? 中は空洞で部屋もないし、ずっと階段だよ?」


「さぁな。何か宗教的な意味があるのかもよ」


 奇妙な建物に疑問を持ちつつも、俺たちは階段を登りきり最上階へと到達した。


 最上階は円形の部屋だった。

 天井は高く、おおよそ10メートルほある。

 東西南北に大きなバルコニーのあるその部屋には、家具などの調度品が置かれている。ただ、外壁には鞭や手錠など穏やかでない道具類が配置され、何とも嫌な感じのする部屋だ。


 王子は部屋の真ん中に立っていた。

 扉を開いて入室してきた俺たちを見ると、


「ちくしょう! こんなところまで追ってきやがって!」


 王子は鞄から紙を数枚取り出し、両手に構えてみせた。


「どうやら移動手段はなくなったらしいっすね、王子様。そろそろお喋りしましょうか?」


「ふざけるなよこのクソガキが! 囚人どもを逃したのはお前だな! 一体何のつもりだ!」


 俺へと王子は睨みつける。歯をむき出しに唸る様は野獣のようだ。


「仲間を取り戻すついでに、逃げたそうな人たちがいたんで出してあげただけっすよ。あぁ、あの人たち革命家だったのかぁ。全然知らなかったな〜それは王子様には悪いことしちゃいましたねぇ。すいません。でも革命起こされるようなことを王子様たちがしていたんだから自業自得だと思いません?」


「なめやがって! 愚民の分際で王族である俺に逆らうとは身の程知らずが!」


 王子が魔法陣の書かれた紙を俺めがけて放った。


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