33 放たれた者たち
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家々の灯りが消えてゆく。
『風車の国』は真夜中となっていた。
通りを歩く人間はほとんどいない。わずかに営業している飲み屋以外は静寂に包まれていた。
人々が寝静まるそのの上空には70羽近いカラスが飛び回っている。
真夜中に鳥の大群が姿を表すことさえ異常だが、空を飛ぶカラスたちはうるさく鳴くこともなく静かに飛んでいた。おまけに群と言っても塊になって飛んでいるのではない。いくつかのグループに別れ、散り散りに飛んでいるのだ。
「こんな夜中にカラスが飛んでいるぜ。しかも群れでだ。なんか不気味だな」
上空を見上げ首を傾げるのは制服姿の若い男。
看守である彼は刑務所の見張り台で任務をしながら、上空を飛び交うカラスを見て独り呟いたのだった。
1羽のカラスが刑務所の窓へと接近する。
カラスは1つ1つ室内の様子を確認するするように窓から窓へと飛びまわった。
やがてーー
「あっ! シェアリングクロウ(伝播烏)だ!」
カラスがとある窓へと接近すると、部屋の中にいた少女がそう言った。
町娘の格好をした妖精少女は牢屋に入れられていた。
外傷はなく、服も乱れてはいない。ただその首には首輪が着けられている。首輪から延びる鎖が牢屋の壁へと繋がれ、妖精の動きを見かけ上は封じていた。
カラスは鉄格子の隙間から牢屋内へと侵入する。カラスを優しく抱きかかえた妖精は、
「クーちゃん達が来るってことはそろそろナイト達が助けに来るってことだな。むふぅ、なんか囚われのお姫様ごっこみたいで面白くなってきた!」
妖精少女は他の囚人たちに聞こえないように小声で、
「きゃあああ! 英雄様! 早く私を助けてえええ! このままじゃあ私ぃ、あの腐った球根に酷いことされてしまいますぅぅぅ!」
独り芝居を演じた。
牢屋内は静かで、物音一つしない。
シェアリングクロウが首を傾げたくらいだ。
「……暇だなぁ。ナイトぉ。早く来てよぉ」
ふわりと体が宙に浮く。
俺の眼下には『風車の国』の城壁とその先にある家々が見えていた。
重力から解放されたのもつかの間、俺の体は落下し始める。
悲鳴を上げそうになるが、なんとか堪え、
「うー。無事着地!」
俺とブランカは空き地らしき場所へと着地した。
「さすがブランカだな。俺をおんぶしながら城壁を飛び越えるとは」
ブランカに背負われながら俺が褒めると、
「うー、これくらい楽勝だよ。それより早く降りたら? おんぶされてるの格好悪いよ?」
ブランカは笑みを浮かべつつも俺へと指摘してきた。
忠告を受けすぐに俺はブランカから降りた。
「無事国内に侵入できたな。シェアリングクロウの視覚共有で国内の様子は分かるし、警備の手薄な点も王子の動きも把握済み。ドリアの救出に向かうぞ」
「うー、了解だよ。でもさ。ドリアを助けてからはどうするの? 何か仕返しするんでしょ?」
「仕返しってレベルじゃないかもだけどな。取り合えず刑務所に行くぞ」
薄暗い通りを俺たちは素早く移動する。
道中に見張りの騎士たちに出くわすことはなかった。上空を旋回するシェアリングクロウによって監視の目が光っていない安全なルートを選びながら、俺たちは難なく刑務所前に到着する。
「ドリアのいる部屋は分かってるけど、さすが刑務所だけあって監視の目が厳しいな」
「うー、私が見張り全員をボコボコにしてこようか?」
「それも良いけど、今は静かに作業したいな。少なくとも騎士団や王宮に知られたくない」
俺は『魔物図鑑』を取り出すと、
「召喚。メディックビー(薬バチ)」
500匹近い蜂型の魔物を召喚する。メディックビーを刑務所へとけしかけると、
「これで刑務所内にいつ看守の動きを封じよう。本当に便利だよこいつら」
「なんか蜂の数増えてない?」
「図鑑の中で繁殖してるのかもな」
俺の期待通り、メディックビーたちは刑務所内の警備を弱体化させることに成功していた。
シェアリングクロウで様子を確認しつつ、俺たちは悠々と正面玄関から刑務所内へと侵入したのだった。
中には大勢の制服姿の男たちが痺れ毒によって動きを封じられている。
囚人たちは通路を横切る俺たちを見て目を丸くしていた。
「うーん。3人か」
「どうしたのナイト? 3人って?」
「シェアリングクロウで確認しているけど、この刑務所内に魔法使いが3人いるみたいなんだ。メディックビーが包囲してるけど、魔法で対抗されてる。こいつらを自由にさせると外部に連絡されるかもしれないな」
「じゃあ、私が倒してこようか?」
ブランカの体が白い光に包まれ始めた。お得意の自己強化魔法だ。
「頼むよ。場所はーー」
俺は交信魔法を使いブランカの頭へ刑務所内の道順を送り込もうとしたが、
「あれ? ブランカに交信できないな」
「あっ。私が自己強化魔法使ってるからだ。呪いとか防いじゃうんだよ」
「へぇ、精神的な魔法にも対抗できるのかよ」
ブランカに一度魔法を解いてもらい、俺はドリアと魔法使いの居場所を交信魔法で伝えた。
「言葉で説明されるよりよく分かったよ。この魔法便利ね」
「じゃあ、魔法使いは頼んだ。俺はドリアのほうへ行くからそこで待ち合わせな」
了解、と返事をしたブランカは一瞬で俺の視界から消えてしまった。
そのスピードに苦笑いしつつ、俺はドリアのいる場所まで駆け始める。
ドリアの閉じ込められている場所は面会室から少し離れた場所にあった。
「あっ! ナイト!」
牢屋の前までやってきた俺に気づくと、床に座っていたドリアは鉄格子の方へと近く。
が、首輪によって動きを封じられある程度の距離までしか進めない様子だ。
「むぅ。この首輪邪魔だなぁ。もう壊してもいい?」
ドリアの問いかけに、
「駄目だ。たぶん魔法がかけられてる。壊れたり、外されたりすると通報される類の魔法だ。俺が解除するまでちょっと我慢してくれ」
俺は牢屋の扉へと手を伸ばした。当然鍵がされているが倒れていた看守から鍵束を奪っていたので簡単に解錠することができた。
牢屋内に入った俺はドリアの首輪へと指を当て、
「雑な魔法だな。ここの魔法使いはレベル低いぞ」
首輪の魔法をさっさと解除し、ドリアを開放する。
「よーし、あたい復活! 娑婆の空気はうまいぜぇ」
「まだ刑務所内だけどな。つーか、どこで覚えたんだそんな言葉」
俺たちが牢屋から出ると、
「ただいま!」
ブランカが一瞬で目の前に出現した。その両肩にはボコボコにされた様子の魔法使い2人が抱えられている。ブランカによって放り投げられ魔法使い2人は床へと仰向けになった。
「ご苦労さん、ブランカ。ん? 魔法使いは3人だろ? もう1人はどうしたんだ?」
と俺が疑問を口にしている間に、ブランカの姿が一瞬で消え、5秒程度で再び現れた。その肩には年配の魔法使いが呻きながら担がれている。
「うー、今持ってきたよ」
「相変わらず速いな。お疲れさん。こいつらは牢屋にぶち込んでおこう」
「でも、魔法使いだから目を覚ましたら脱出されるんじゃない?」
「これだけボコボコにされているんだ。まともに動けるようになった時には色々と手遅れになってるだろうさ。放っておく」
牢屋の鍵をかけ、俺たち3人は刑務所内を悠々と歩き始めた。
シェアリングクロウからの情報を頼りに、俺は刑務所内の螺旋階段を登って行く。
やがて、到着したのは見覚えのある通路。正面と左右に道が別れていて、左側には数時間前に俺たちが案内された面会室があるはずだ。
俺は迷わず正面の道へと進んで行く。
「うー。そっちって重罪を犯した人を閉じ込めている場所じゃないの?」
「あたい、喉乾いた」
ドリアへと水筒を渡しつつ、俺はブランカの問いに答えてやる。
「ここに革命家が収容されているはずだ。その人を外に出す」
通路の先には頑強そうな門が道を塞いでいた。
丈夫な木材と強力な魔法で門は守られているようで生半可な力では突破できそうもない。
「なら生半可じゃない力で突破すりゃあいいよな」
ブランカがパンチを繰り出すと、轟音とともに門が粉微塵に破壊された。
門の残骸を踏み越えた俺たちは内部へと進んで行く。
門の先には一本の通路が続いている。
通路の両脇には鉄製の扉が等間隔で並んでいた。
独房らしい。
扉には中を見るための小窓がある。
俺は右側一番奥の扉の前にまでやってきた。
扉には『第1級危険人物』と書かれたプレートが取り付けられている。
小窓から中の様子を伺うと、独房内には1人の男が収容されているのが見えた。
天井から吊るされた手錠によって、男は両手を上に上げたまま拘束されていた。
強制的に爪先立ちをさせられていて、足がぷるぷると震えている。
布を噛まされたその表情は憔悴しており、裸の上半身は鞭で打たれたのか痛々しく傷付いていた。
ブランカの馬鹿力で独房の扉が開かれる。
拘束されていた男が大きく目を見開いた。少女2人と若造という予想だにしない訪問者の登場に困惑が隠せない様子だ。
「まずは拘束を解除だ。鎖が太すぎて俺じゃあ壊せないな。ブランカ、悪いけどあの人の手錠を破壊してくれ」
ブランカによって男の拘束は解除される。長時間の爪先立ちと腕上げは男に鈍く重いダメージを与えていたらしく、拘束解除されると同時に男はよろよろと床へ倒れてしまった。
「あたいに任せろ! 冷たい床で寝かせるなんて可哀想だもんね」
ドリアが独房の床へ植物の種を一粒放ると、あっという間にベッドの形をした植物が生えた。
ふわふわと寝心地の良さそうなそのベッドへと男を寝かせ、俺は簡単な手当を施し始める。
「君らは、誰なんだ?」
布を取り外された男が弱々しい声で問いかけてくる。声が擦れているのは拷問によって悲鳴をあげていたからだろうか。
「この国の王子様に酷い目に合わされた旅人って感じですね。少なくとも今はあなたの味方です」
返答しながら俺は男に呪いが掛けられていないかを確認した。数種類の精神汚染を及ぼす呪いを解除してやると男の表情が目に見えてしっかりしたものへと変わっていく。血色も良くなり、瞳には生気が宿り始めた。
「ほい、おじちゃん! あたい特製の回復水だ! 今日はタダで振舞ってあげるもんね!」
ドリアが差し出したのは植物の種をくり抜いて抜くられた器。その器には白く濁った液体が注がれていた。
部屋の隅に目をやると、いつの間にか大きな実を付けた木が一本生えている。
器を受け取った男は恐る恐る液体へと口をつけると、
「ん。美味い」
一気にぐびぐびと飲み干した。
おかわりを頼まれドリアが嬉々とした表情でそれに応じる。男は何杯もその液体を飲み続けた。
その間にもドリアは別の植物を生やし、その肉厚な葉から絞り出した粘液を男の傷へと塗りつける。
驚いたことに男の傷口が劇的に回復していた。
「さて、だいぶ回復したみたいっすね。んじゃあ、早速本題を話しましょうか」
俺の言葉に男の表情が引き締まった。男にもう弱弱しい雰囲気はない。凛々しい目つきで俺へと視線を向けてきた。
「こんな刑務所の奥まで侵入してくるほどだからよほどの話なのだろうね。一体、私に何の用なんだい?」
低く、聴く者を落ち着かせるような男の声。
ーーなるほど。あの王子なんかよりよっぽどカリスマ性があるな。
「革命家のあなたに頼むことなんて1つだけっすよ。俺たちが助力するんで、この国で革命を起こしてもらえないですかね?」




