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3 起動、魔物図鑑

 図鑑の4ページ目に『狼人間(純血)』と太字で書かれたタイトルが振られていた。

 ページの左上には黒い正方形が書かれていてその右には、

 

 種族名:狼人間(純血)

 個体名:ブランカ

 性別 :メス

 年齢 :200歳

 状態 :不安を感じている。腹部から出血。全身に火傷。重症度(高)


 と狼人間に関する情報が書かれていた。


「ブランカ?」


 俺が口にした言葉に狼少女が目を見開いた。


「何で私の名前を知ってる⁉︎ やっぱり君は怪しいな。変なやつだ」


 ブランカがうー、と唸り声を出し始めた。


 俺としては怪しいとも変と言われるのも心外だが、ブランカの気持ちもわからないでもない。

 見知らぬ他人が自分の名前を言い当ててきたのだ。警戒を強めるのも無理ない反応だろう。

 

 さてさて、どう説明しようかと俺が言葉を探していると、ブランカの狼耳がピンと動いた。


「っ! 来る! またあいつらだ。もー、鬱陶しいなー!」


 忌々しくそう声を出したブランカは立ち上がろうとしたが、腹部の傷が痛むのだろう。

 小さく悲鳴をあげるとその場にうずくまってしまった。


「無理するなって。血が出てる。死ぬぞ」


 俺が警告するがブランカは首を振り、


「ここにいたら奴らが来るもん! そしたら私、もう戦えないから殺されちゃう」


「殺される? 奴らって?」


「人間! 人間7人! ずーっと私を追って来る嫌な奴らだよ。むー、動けないー」


 ブランカは立ち上がることは諦めたようで、石畳の上を這いずり始めた。

 

 遠くの方から人々の歓声が聞こえてきた。

 ブランカを追っているのは十中八九『七色の風』だろう。そうなると今の歓声はブランカを追う『七色の風』へと市民がエールを送っている声だろうか? 

 もしそうだとしたら、『七色の風』はだいぶ近くまでやってきていることになる。


「ん? でもさっきはあんな遠くから魔法攻撃が見えたのに、何でブランカはここにいるんだ?」


「そんなの簡単。1回地面を思いっきり蹴ってここまで跳んできた。最後の力を振り絞ったの」


 いかにも容易いことだと言わんばかりのブランカの口ぶりに俺は驚き言葉に詰まった。


 ーーこの距離をひとっ飛びしたってことか? どんな脚力しているんだ、こいつ。


 書物や伝聞では感じ取れない魔物の力。その片鱗を伺える話だった。


「うー。嫌だよー。動けないー」


 呻きながら懸命に地面を這うブランカだが、そのスピードはあまりにも遅い。

 

 通りの方から足音が聞こえてきた。『七色の風』か?


 俺は石畳を這うブランカを仰向けにひっくり返した。


「ふわっ! ちょ、君何するの! 私を捕まえる気!」


「黙ってろ」

 

 仰向けになった彼女の肩と足の下へと俺は手を差し込み、力を込めて持ち上げた。

 思った以上にブランカは軽い。

 そのことにちょっと驚きつつ、俺は彼女を抱え運び始める。


 幸いなことに俺たちの近くに荷車が一台停車していた。

 俺はブランカをその荷台に乗せ、布を被せた。


「俺が良いっていうまで声出すなよ」


 そうブランカに声をかけたのと、通りへと2人の男女が走りこんで来るのはほぼ同時だった。


 遠目でも上等だと分かる服装と装備。

 年は20代中頃だろうか。男の方は剣を腰に装備し、女の方は白い祭服姿で杖を手にしていた。

 満月の下を歩く眉目秀麗な2人はなかなか絵になる光景だ。


『奴はどこだ? この機を逃すわけにいかない』

『ロード! ここに血があるわ…………人じゃない。魔物の血だと思う』


 男女が先ほどまでブランカのいた場所に集まり地面を観察している。

 俺は荷台にもたれながら貰った地図を眺めるふりをした。すると、


「あっ。そこの君。ちょっといいかい?」


 ロードと呼ばれた男が俺へと近づいてきた。

 近くで見るとかなりの美形だというのが分かる。その堂々とした雰囲気と自信に満ちた瞳を見て、この人が『七色の風』のリーダーではないかと直感した。


「何ですか?」


「休憩しているところすまない。この辺りに狼人間がやってこなかったかい?」


「狼人間ですか? いや、見てないな」


「本当かい? 誤解しているかもしれないが、探しているのは雌の狼人間なんだ。かなり人間に近い姿をしていてね。町娘の格好をしている。頭に狼の耳を生やしているんだ。どうかな?」


「うーん……耳は見てないけど、女の子が1人走っていくのは見ましたよ。よくいる平民の格好だったと思うよ」


「その女の子はどっちへ?」


 俺はすっと腕を動かし道を指した。


「あの細道へ行きましたよ。『ブラッタ通り』に続いている抜け道ですけど、入り組んでいるんでお気をつけて」


「忠告ありがとう。俺は『七色の風』のロードだ。縁があればまた」


 そう言い残し、ロードと名乗る男と隣にいた女は凄まじい速さで通りを駆け抜けていった。


「去り際までかっこいいのかよ。ふぅ………………もう良いぞ」


 荷台に向けて声を掛けると、もぞもぞと布の下からブランカが顔を出した。


「嫌な奴らは?」


「大丈夫。向こうに行った。降りられるか?」


「ん。無理。お腹痛い」


 ブランカが耳を垂らし、辛そうに目を閉じた。

 顔色もあまり良くない。見れば荷台には血だまりが出来ていた。

 傷口の血が固まっている様子もない。そういう魔法をかけられているのかもしれないかった。

 

 ーー手当てが必要だ。でも魔物の手当てなんてやり方知らないぞ。人間と一緒で良いのか。回復魔法……いや俺の力じゃこんな重症は手に負えない。どうする。


 思考を巡らせた俺ははっと思い出し、宝具を出現させた。

 『魔物図鑑』と書かれた俺の宝具。

 使い方は分からないけど何かヒントになる記述があるかもしれない。


 すぐさま先ほどの『狼人間(純血)』のページを開こうとしたが、『魔物図鑑』はひとりでにページがめくられ、目的のページを開いた。


 ーー自動的にページを探してくれるのか。そりゃあ便利だ。


 自分の宝具へと感心しつつ俺は早速図鑑の内容を確認した。


 生息域。繁殖期。食性に種族としての特徴や弱点。

 図鑑には様々な情報が書かれていた。

 不思議なことにこれらの情報は全て1ページ内に収まっている。書かれている字はとても小さく正直なところ点にしか見えない。どうやら文字として読むというより、字を眺めていると俺の頭の中へと情報が流れ込んできているようだった。実に奇妙な感覚だ。

 しかし、その情報の中に治療法に関わるような項目はなさそうだった。

 

「ダメか。いけると思ったんだが……え?」


 当てが外れがっかりした俺だったが、ページの下側に書かれている項目へと目を向け思わず声が出た。


 『回復』『強化』『召喚』『図鑑に戻す』


 ーーなんだこれ?


 ページ下部には楕円形に囲まれた文字が並んでいた。

 

 自然に俺の目は『回復』という文字に向けられる。


 ーーもしかして、いや試してみるか。


 俺は『回復』と書かれた楕円形を触って見ることにした。

 すると文字の色と楕円形の色が変わった。

 

「ん? んん…………んんんっ‼︎」


 すると荷台で横になっていたブランカが奇妙な声を上げ始めた。

 

「何だよ。驚かすな……ってお前」


 俺はブランカを見て驚いた。

 彼女の体はぼんやりとした緑色の光に包まれていた。

 その光に俺は見覚えがある。

 魔法学校で何度も見せられ、ついに俺が習得できなかった中級の『回復魔法』の光。


 光に包まれたブランカがすっと立ち上がった。

 青白かった顔色は風呂上がりのように血色が良くなっている。

 

「うー! すごい。力が出る。体がぽかぽか。春みたい!」


 ブランカはぴょんと跳び荷台から降りた。

 服は血で汚れているが、その様子から見るに腹部の傷は問題なくなっているようだ。

 手足の火傷も消えている。


 『魔物図鑑』を見て見ると、『回復』と書かれた楕円形が黒く染まっていた。その代わり砂時計のようなマークが浮かび上がっている。


 ーーなるほど。一度使うと次に使えるようになるまで時間が必要ってことか。


 俺は図鑑を消してブランカへと向き直った。


「調子はどうだ?」


「最高! ここ最近で一番体が軽いよ! これって魔法だよね? 君魔法使い? 魔法使いだよね? 絶対そうだ! ありがとう」


「どういたしまして。俺も面白かった」


「面白い? 私の怪我が治るのが面白いの?」


「いや、自分の宝具を使えるのがだ」


 正直なところ俺は心臓を高鳴らせていた。

 今まで何の力も発揮しなかった宝具が起動したのだ。

 こんなにわくわくするのはいつ以来だろうか?


「宝具! 宝具かぁ、そっかぁ。そりゃあ凄いわけだ。君は宝具持ちなわけね」


「そういうこと。初めて使ったんだけどな」


「ふーん。じゃあ私は第1号ってわけだ。何かいいね」


「そうかい。さて、どうするかな。魔物助けちゃったし、『七色の風』の妨害しちゃったしな」


 改めて言葉にしてみると俺のしたことは何というか人間に反することばかりだ。

 そしてそのことに罪悪感も湧いてこない。

 どうしたんだろう、俺?


「ブランカはどうする? 怪我も治ったし、さっさと逃げるか?」


「うーん。そうしようとも思うけどね」


「ん? どうしたんだ?」


「お腹空いた。2日間何も食べてないもん」


「あぁ。それは一大事だな、うん」


 じっと俺を見てくるブランカ。

 俺への敵意はその表情からは感じられない。

 どちらかというと目の前のオモチャから目が離せないっと言った感じで、キラキラと俺を見つめている。


 やや考えて俺は、


「何か食べに行くか? 空いているお店があるかもしれないし」


「行く!」


 魔物をディナーへ誘ってしまったのだった。


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