29 『風車の国』にようこそ
昼休憩を終え、俺たちは小川の先にある国へ向かう準備を始めた。
最初にやることはブランカとドリアを人間に変装させることだ。
人型の魔物とは言え、ブランカには狼耳と尻尾が、ドリアには羽があり、服装も緑のドレスとちょっと目立つ。
このままの格好で人里に行けば騒ぎとなり、最悪の場合駆除対象にされてしまうだろう。
俺は『魔物図鑑』を開くと、狼人間(純血)ーーつまりブランカのページを開いた。
図鑑には魔物の生態や能力、現在の状態が書き込まれている。
そしてページの下には、楕円の図形に囲まれた操作項目が並んでいた。
俺は『装備』と書かれた図形を指で触る。すると図鑑左上の正方形の図形内に2頭身で描かれたブランカの絵が出現する。それと同時に服装を変更する選択肢が現れた。服を選ぶと、目の前のブランカの衣装が一瞬で変更される。
フード付きの服でブランカは狼耳を隠した。
ドリアは緑色のドレスという派手な格好から、やや地味な町娘の服装になる。
ちなみに羽は自由に消せるらしい。
変装を終え、次にする準備は俺自身の身支度だ。
「ぐわあああ! 冷てええええ」
俺は全裸となり小川で水浴びを始めた。
長い間洞窟探索を続け、その間風呂に入っていなかったのだ。
さすがにそんな状態で入国するわけにはいかない。身だしなみは大事だからな。
しかし春とはいえ小川の水は冷たすぎた。
3分ほどで陸へと上がった俺は、すぐさまたき火を起こし暖を取る。
「うー。ナイトは魔法使いなんだから水をお湯にするくらい簡単なんじゃないの?」
そう声をかけるのは俺へと背を向けるブランカだった。ちなみにドリアはブランカの膝の上で目隠しをされている。
「俺の魔力じゃいい湯加減になるまで時間がかかるんだよ。こういうときは本当に魔力のある奴が羨ましいぜ。取り合えず風と炎の魔法も使って体を乾かさないとな」
「うー。いいから早く服を着てよね」
着替えを済ませた俺は荷物を片付けると、
「よーし。最後の準備だ」
『魔物図鑑』を出現させ、
「召喚。エメラルドフロッグ(宝石蛙)」
小川の岸辺に巨大なカエルが1匹出現する。
名前の通りにキラキラと輝く緑の皮膚が陽光を受けて輝いていた。
俺たちはエメラルドフロッグの前に川魚や森で取れたキノコや獣肉を置いていく。
エメラルドフロッグはその長い舌をびろんと伸ばし、一口で供え物を平らげてしまった。
食べた物によって様々な宝石を生み出すのがこいつの能力だ。
「頼むぜぇ。エメラルドフロッグ」
「うー。良い宝石出してね。牛肉が懸かってるの」
「頑張ってエメちゃん」
俺たち3人が見守る中、エメラルドフロッグは満足気に一度ゲコッと鳴くと額からぽろりと小さな何かを排出した。
「おおおおおっ! これ金じゃん! これなら高く買い取ってもらえるぞ!」
「ありがとうエメちゃん! 私は君を信じてたよ。良い牛肉が食べられる!」
「エメちゃん偉い! あたいがいい子いい子してやるぞ!」
巨大蛙に抱きつき喜ぶ俺たち3人。
傍から見たらさぞかし珍妙な絵面だろう。
エメラルドフロッグは自慢げに数回ゲコゲコと鳴いてみせた。
金策の儀式を終え、俺たち3人は国へと歩き始めたのだった。
「移住は許可出来ませんね」
小川を超えてやってきた俺たちへと入国管理官のおばさんがそう告げた。
場所は国を囲む城壁ーーその城門横に設けられた小屋。
受付窓口に座るおばさんは事務的に言葉を続けた。
「この『風車の国』へ移住をするには王族から認められなければなりません。あなたは旅人ね。しかもお若い。何か他国で功績をあげたことは?」
「無いですね」
大山脈を通り抜けたという大功績はあるが言うわけにはいかない。
「そうなると移住したいのであれば、こちらにある王国からの依頼をこなし実績を積む必要がありますね」
そう言っておばさんが俺に手渡したのは十数枚の紙。
そこには『採掘現場作業員』『農村の補助要員』『補助兵士』など50近い仕事内容が書かれている。
「移住は諦めます。観光目的で4日滞在させてください」
滞在許可が降り、俺たちは城門をくぐり『風車の国』へと入国した。
2時間ほど国内を探索した感想を言わせてもらうのなら小奇麗な国と言える。
商店やレストランが立ち並び、人通りも多い。
衛生環境も良く、色とりどりのレンガで建てられた建物が目を楽しませてくれた。
レストランで牛肉を食べてみたが、かなりの美味でブランカは終始だらしない笑顔を浮かべていたほど。
食文化も充実していて、なかなか良い国という印象を受けた。
特に目を引いたのは魔法道具だ。
魔石を組み込まれた街灯。
馬ではなく魔石を組み込まれた馬人形に牽引される馬車。
自動で道を掃除する魔石を組み込まれた魔法人形。
どちらかと言えば小さな国なのだが、国内には魔石を動力とする魔法道具があちこちで活躍していた。『石畳の国』ほど経済規模があるようにはとても見えないが、魔法道具の数は『石畳の国』を超えている。
「うー、すごいわね。人形が動いてる。こんなにたくさんの魔法道具見たことない」
「むぅ、人間って変な物を作るんだな」
ブランカもドリアも興味津々という感じで国内をきょろきょろと観察していた。
「確かにすごい魔法道具の数だな。しかも見た感じどれも良質な魔石を組み込まれてるぞ。全部合わせたら信じられない金額になるぜ。そんなにこの国は豊かなのか?」
道行く国民たちの様子を見ていると、確かに生活のレベルは高そうだ。
少なくとも『麦の国』よりは工業も魔法技術も発達している。
服装はちゃんとしているし、人々の健康状態も悪そうではない。
ただ、何となく彼らの表情には覇気がないように感じられた。
小さな子供はともかくとして、笑顔の人が少ないのだ。
商店で働く若い男も。
馬車に乗っている妙齢の女性も。
その他大勢の人たちが一様に疲れた表情をしている。
「それにしても気になるな」
「うー、何が気になるの、ナイト?」
「やたらと騎士が町中にいるだろ? ほら」
俺が顎で指示した方向には甲冑に身を包んだ男たちの姿がある。
剣を装備した彼らは獲物を狙う鷹のように道行く国民へと視線を向けていた。
商人風の男がそんな彼らから逃げるように小走りで去っていく。
「この2時間で50組近く騎士たちを目にしたぞ。祭りがある様にも、犯罪者が逃げた様にも見えない。これがこの国の日常の景色ならちょっと異様だぜ」
「そうかな? 騎士って戦ったり、悪いことをする奴を捕まえる仕事なんでしょ? そういう人がたくさんいるってことは安全なんじゃないの?」
ブランカが首を傾げた。その横ではドリアがブランカの仕草を真似ていた。
「うーん。そういう見方もあるけど、俺は監視されているようで窮屈さを感じるな。国民に覇気がないのはこれのせいか? 明らかに騎士たちを見て怯えている」
ちょうどその時、俺たちの前方を1人の商人風の男が横切った。
男は慌てていたのか、騎士に気付かずぶつかってしまった。
「も、申し訳ありま」
男が謝罪を終える前に、騎士3人が男の口をふさぎ路地裏へと連れていく。
他の人々は我関せずといった感じで、足早にその場を離れていった。
数十秒後。
路地裏から鼻血を流しふらふらとなった男と、
「立ち去れ!」
高圧的に男へと言い放つ騎士3人組の姿が現れた。
騎士たちの手には男が持っていた荷物と上着が握られている。
男がふらふらと立ち去る様を、騎士たちは馬鹿にしたように指差し笑っていた。
「ブランカ。ドリア。悪いけど一泊だけして明日の朝に出国するぞ」
俺の発言に2人とも頷いた。
「厄介だな。権力側に問題がある国か」
俺は商店を探し、旅に必要な物資や道具を急いで買い回る。
携帯食料を買おうと商店に入ると、俺は店の主人が読んでいる新聞が気になった。
新聞には壮年の男の絵が描かれているのだが、『処刑』という見出しが大きく書かれている。
「その新聞に書かれている男の人って誰なんですか?」
俺の問いかけに、新聞に没頭していた店主が慌てて俺へと視線を向けた。それと同時に周囲の様子をおびえた様子で伺うと、
「お客さん。びっくりさせないでくだせぇ」
老齢の男性店主は大きく息を吐くとそう答えたのだ。驚いたことにその眼には涙が溜まっている。
「すいませんね。随分熱心に読まれていたから気になったんですよ。それと携帯食料10日分ください」
俺が代金を払うと、店主が問いかけてきた。
「あんた旅人さん?」
「そうです。明日の朝にはここを出国する予定です」
「ふーん。じゃあ、ここだけの話だ。この新聞の男はな。革命を起こそうとしたんだよ。そして捕まった。明後日にも処刑されるそうだ」
「へぇ。泣いているってことはご主人は革命派なんですね。その方が処刑されるのが悔しいとみえる。さっき騎士たちの横暴を見たけどこの国は何だか窮屈そうですね」
俺の問いに店主は小さく笑みを見せる。
「国王を始め、この国の権力者はやりたい放題さ。自分たちの借金を法で帳消しにしやがったり、気に入った街の娘を拉致していくし、税金も労役もばんばん課してくる。若い頃はなんどもこの国を出てやろうと思ったさ。出国は厳しく管理されてるから無理なんだけどな。こんな有様なのに魔法道具のおかげで豊かなんだから歪な国さ」
店主が忌々しげに呟くと、通りの方から人の騒ぐ声が聞こえてきた。それと同時にラッパの音が響く。
「窮屈な原因が来たぜ」
そう言って店主は店の外に出ると、深々とお辞儀を始めたのだ。
俺たち3人も外に出る。
通りにいる人々は全員が店主と同じように道の真ん中に向かってお辞儀をしていた。
通行人が全員脇に寄っている。
呆然とする俺たち3人だったが、取り合えず他の人を真似てお辞儀をすることにした。
「うー。なんでこんなことしないといけないの?」
「これ面白くないぞぉ」
文句を言う2人をなだめながら、俺は通りの先へと視線を向けた。
そこには騎士たちが隊列を作って行進している姿が見えた。
槍に剣、そして盾。いずれもピカピカに輝く見栄えの良い武器ばかり。
それらを堂々と装備しながら騎士たちは俺たちの近くまでやってきた。
騎士たちは1台の馬車を囲んでいる。屋根のないその馬車には前方には鞭を持った運転手が、その後ろの座席には上等な服を着た小太りの若い男が座っている。男の胸に煌びやかな勲章リボンが付いているのが見えた。
ーー権力者のお出ましか。
俺が内心で毒づいていると、あろうことか馬車は俺たちのすぐ近くで停車してしまった。
周囲が動揺する中、馬車の近くにいた体格の良い騎士が、
「全員おもてを上げよ!」
よく通る声で命令を出した。
通行人も住人もその命令に従う。全員が平静を装ってはいるが、不安そうな目をしていた。
「では王子。存分にお選びください」
「うむ」
騎士の言葉に馬車に乗る小太り男が答えた。王子かよ。
馬車に乗る王子が民衆の顔を無遠慮に、嘗め回すように眺め始める。
その目には底意地の悪さや好色さが滲み出ていて、見ているだけで不愉快な気分になってきた。
やがてーー
「そこのフードを被った娘。顔をしっかり見せろ」
王子がこちらへと呼びかけた。
そこにいた全員の視線が俺の横へと集まる。
ーーフードを被った娘? おい、それって。
王子がその太い指を動かし俺の横へと指さした。
フードを被った娘ことブランカが王子の方へ顔を向けると、
「愛らしくも美しいな。決めたぞ。娘、俺の女にしてやる」
王子はニヤリと笑みを見せそんなことを言い放った。
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