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26 魔石と毒牙と助太刀と

 惨毒蛇ヴェノマムの死骸より出現した石。


 俺はふらふらと歩み寄ると、怪しく紫に輝くその石を拾い上げた。

 

「ヴェノマムの魔石か」


 魔力の源であり、この世でもっとも価値のある代物と呼ばれるものーーそれが魔石だ。


 例えば普通の剣に魔石を組み込めば、その剣は魔法の剣となり魔物を容易に切り裂けるようになる。

 魔法が使えない一般人にとって魔石は魔法道具を作り出せる魅惑の素材。


 手に取ったヴェノマムの魔石はずっしりと重い。持っているだけで大蛇の力強さを感じ俺はブルっと震えてしまった。

 ヴェノマムの魔力が皮膚を通じて俺の体に流れてくる。

 頭の奥に響く鈍痛が消えていくのを俺は感じた。


 魔力の回復が出来るーーそれも魔石の魅力なのだ。

 

「そう言えば、魔石で宝具を強化できるっておっさんが話してたな」


 俺は『魔物図鑑』を取り出すと魔石を近づけてみた。

 すると水滴同士がくっつくように、魔石が図鑑の中に溶け込んでいったではないか。


 一瞬図鑑が紫色に発光する。

 俺はブランカのページを開いてみた。すると『回復』と書かれている楕円形が変化していた。


『回復機能ーー魔力充填89%完了』


 説明に具体的な数字が表記されてた。

 なるほど。『魔物図鑑』の場合は書かれる内容がより詳細になる強化のされ方をするのか。


 俺は図鑑を消すと出口へ通じる大穴へと駆け出した。

 89%という数字から考えて回復機能は思ったより早く使えそうだと考えられる。

 おそらくは魔石の魔力が足されたのがとても大きい回復要素だったのだろう。


 ならばあとは機能が回復するまで俺自身が生き延びればいいだけだ。

 早いところ洞窟を抜け、他の魔物に襲撃されない安全地帯に行くとしよう。


 大穴をしばらく走ると、再び広い空間が存在していた。

 さきほどヴェノマムと対峙していた場所とは違い、ボコボコとした足場の悪い環境だ。そんな地面とは対照的に天井はほとんど突起物がない。


 水たまりや凹んだ地面に苦戦しながら俺は進んで行く。

 

 ーーふと。


 俺の耳が不快な音を捉えた。


 ずるずると何かが這いずる音だ。その音は聞き覚えがあった。いや、覚えのある音よりも大きな音だ。


 ゆっくりと天井へと視線を向けると、


「冗談だろ……」


 惨毒蛇ヴェノマムが天井へと張り付いていたのだ。

 いや、張り付いていたというのは正確ではない。

 天井には俺が気づかなかっただけで穴が数カ所開いているようだ。

 その穴から穴へと体を通し体を支え、ヴェノマムは悠々と上から俺へと双眸を向けていた。


 恐ろしいことにその大きさは俺が先ほど倒した個体の3倍はある。

 1匹目が人1人を悠々と丸呑みできそうな大きさだったのに対し、この2匹目は大イノシシすら丸呑み出来そうな巨大さだ。


 ーーひょっとして俺が倒したのは幼体だったのか。ふざけんな。あれで幼体かよ! 


 心の中で悪態を付きながら俺は全力で駆け出した。

 

 ヴェノマムが天井から落下してくる。着地の衝撃で地面が揺れた。

 巨体だから鈍い、なんことはなくヴェノマムは俊敏に俺へと迫り攻撃を加えてくる。


 俺は『封魔の鎖』を形成し、ヴェノマムではなく天井へと鎖を放った。

 鎖の先端が天井へとめり込むと、俺は手に持った鎖を操作する。伸びきった鎖がバネのように渦巻き俺を天井へと引っ張り上げた。


 こんな使い方は初めてだが、俺はなんとかヴェノマムの攻撃を回避した。


 ーーとても動きを封じられそうにない。こいつはデカすぎる。


 鎖が消える前に次の鎖を生み出し、俺は天井と壁をボールのように跳ねながらヴェノマムの攻撃を回避し続けた。

 なんとかして洞窟の外に出たいところだが、ヴェノマムの体が邪魔で出口に向かうことができない。


 ーーやばい。こんな避け方続けられないぞ。肩も手も痛むし、魔力が尽きる。


 逃げ続ける俺に対しヴェノマムは頭部だけでなく、尻尾を鞭のように振るい手数を増やしてきた。

 右へ左へ、上へ下へ。

 注意を向ける方向が目まぐるしく変化し、俺は気分が悪くなってきた。

 鎖の操作が鈍り、判断も遅れてくる。


 そしてついに俺はヴェノマムの尻尾にはたき落とされた。


 全身へと強烈な衝撃が走る。

 落下した俺は数回跳ねながら地面を転がった。


 起き上がることなど出来ない。

 意識を保っているのが奇跡だとすら思う。


 ーーいや……いっそ気絶していた方が良かったか、これ?


 目の前には俺を食らおうとする大蛇の大口が迫っている。

 鋭く禍々しい牙を見てこれから我が身に降りかかる惨劇を想像し俺は強く目を瞑った。


 が、いつまで経っても恐れていた痛みも苦しみも襲ってこない。

 ゆっくりと目を開けてみると、俺の眼前には大量の岩と土が地面から浮き出ているではないか。

 それらが複雑に絡み合い、強固な壁を形成している。

 

 呆然とする俺だったが、


「小僧! 生きてるか!」


 野太い男の声で一体何が起こったのかを察した。

 声の方へと顔を向けると盗賊団のボスがこちらに向かって走っている姿が見えた。


「おっさん……なんで?」


「ボロボロだな。回復魔法をかけてやる。多少はマシになるだろう」


 おっさんが俺へと緑色の光を放つ。光に包まれ、俺の体から痛みが少しずつ引いていった。


「完全回復とはいかんが身動きは取れるだろ。逃げるぞ」


「そりゃあどうも。でも何でここに? 先に外に出たんじゃないの?」


「他の仲間はすでに外に出た。俺も出口寸前まで行ったが、引き返してきた」


「だから、何で?」


 俺の問いに、


「そりゃあ、お前がヴェノマムに殺されちまったら俺たちの仕返しが出来なくなるからさ。洞窟でこき使ってくれた分、お前にはたっぷりと礼をしてやらんと気が済まない。洞窟を抜けたら覚悟しとけ!」


 ニヤリと笑いながらボスは答えた。

 

「まぁ、曲がりなりにも西岸地方に戻っても来れたしな。ちょっとは手加減してやるよ、小僧」


「できれば見逃してほしいな。でも助かったよ。食われるところだった」


 ボスと並走し、俺は出口へと向かう。

 その間にもボスは土魔法を使い地面を流動させたり、壁を築いたりとあらゆる防御策を繰り出していた。

 

「さすが国に使えていただけあるね。たいした腕前だよ。あのヴェノマムが脱出に手こずってるじゃん」


「喋ってないで逃げるぞ、小僧。出口に通じる穴を俺の魔法で塞ぐ。ヴェノマムは日光を好まないから、外に出れば大丈夫だ!」


 ヴェノマムを掻い潜り、俺とボスは出口へと通じる大穴を走り抜ける。

 後ろを振り返ると、ボスの魔法によって大穴が塞がり始めていた。

 

 塞がるというよりは落盤しているという感じの方が正しいかもしれない。

 轟音とともに天井は崩れ、砂ぼこりが舞う。


「ちょ、おっさんやり過ぎじゃない?」


「これくらいしないとあんなデカいヴェノマムを封じるなんて無理だろ」


「でも、東西のルートが使えなくなるぜ? おっさんとしては名誉を回復するための大事なルートだろ?」


「構うか! どうせ俺の名誉なんて回復しやしないんだ!」


 砂ホコリのせいで視界が悪い。

 俺たちは出口から差し込む日光を頼りに走り続けた。


 走って、走って、走り抜いた。


 砂ぼこりとは違う爽やかな空気を感じる。

 暖かい光が体の表面を温め、包み込んだ。


 陽光に目がくらむがそれも数秒程度のこと。

 俺とボスは地面へと滑るように倒れた。

 お互いに息を荒げへろへとではあるが、無事だった。


「外、だよね?」


「外、だな」


 視界が回復し、周囲の様子が見えてくる。

 

 俺たちは森と大山脈に挟まれた岩石地帯に出たようだ。

 俺たちが出てきた洞窟の出口は巨大な岩や土砂によって完全に塞がってしまっている。

 

 俺とボスはその場に座り込み、


「へへっ。何とか脱出できたね。あぁ、疲れた。もう2度と洞窟探検なんてやらないぞ」


「まったく、五体満足でいるのが奇跡だ。無謀な探索だった」


 俺もボスも緊張が解けへらへらと半笑いを繰り返した。


 だが、


「え? なんか地面揺れてない、おっさん?」


「ああ。揺れてるな。……多分、洞窟の方からだ」


 俺たちが顔を見合わせるのと同時にーー大爆音とともに塞がれた穴からヴェノマムが飛び出してきたのだ。

 岩を飛ばし、土砂を巻き上げ出現したヴェノマムは陽光に目が眩んだのか少し怯んだような仕草をしてみせる。

 だが、すぐに慣れたのか周囲を見渡し、その両目が俺とボスへと向けられた。


「おっさん。『ヴェノマムは日光が苦手』ってどこからの情報だよ?」


「死んだじいちゃんからだ。迷信だったか」


 そんな会話を交わす間にもヴェノマムは俺たちへとじりじりと寄ってきた。

 俺もボスも疲労ですぐには立ち上がれない。

 俊敏なヴェノマム相手に平坦な場所で逃げ切るのは無理だろう。


「くそっ! 故郷がもうすぐそこにあるってのに!」


 悔しそうにボスが呻く。歯を食いしばり、目の前の大蛇を睨むボス。


「おっさん、魔法使わないの?」


「岩に囲まれた洞窟内ならともかく、俺の魔法単体じゃあこいつを封じるなんて出来やしねぇよ。火力もない。逃げ切れるわけもない。お終いだ」


「ふーん。でもおっさんのおかげで本当に助かったよ。ありがとう」


 ヴェノマムが口を開き、俺たちへと急接近してきた。


「何だよ。礼を言われても何にも出ないぞ、小僧」


「いやいや、本当に感謝してるよ。お陰様でさ」


 大蛇の牙が目の前に迫るなか、俺はにやりと笑ってみせた。


「間に合ったからさ」


 俺の言葉とともに、眼前まで迫っていたヴェノマムの姿が消える。

 いや、消えたように見えただけだ。

 実際にはヴェノマムは猛烈な勢いで侵攻方向とは真逆の方へ吹っ飛ばされたのだ。

 

 俺たちの後ろから現れた存在によって。


「お待たせ、ナイト」


 10数分程度しか経っていないのに、その声が随分と懐かしく感じる。

 

 俺とボスの間に立つそいつは、見事な正拳突きの構えのまま俺へと笑みを見せていた。


「お帰り、ブランカ」

 

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