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25 日陰者の鎖使い

 ーー少し時間は遡り。


「まったく、面倒な事態になったもんだ」


 『石畳の国』のとある宿屋にて大男がぼやいていた。

 男の座るテーブルには他に3人の男女がいる。いずれも大男と同じく上等な服と装備に身を包んでいた。

 

「仕方ないわ。『石畳の国』は安全な国だもの。魔物に襲撃されることなんて100年無かったわけだし、そこに1匹の魔物が紛れ込んだとなれば過剰に反応するのも無理ないって」


 金髪の女はそう言うと、自分の隣に座る青年へとちらりと視線を向ける。

 青年は書類へと目を通していた。


「そうだな。狼人間の取り逃がし。今回の件は『七色の風』結成以来の大失態だ。文句を言われてもしょうがない」


「そう言うなよロード。タイミングが悪すぎたんだ。ドラゴンの足跡が見つかったなんて通報さえなければ、王宮に収集されることもなかったし、今頃俺たちはロードが目をつけた男を追跡できていたんだ。ロードだって一晩中その男を見張ってたんだろ?」


「ああ。でも彼の前に狼人間は現れなかった。それでも俺は彼がなんとなく気になる」


「ロードの勘は当たるからな」

 

 ロードと呼ばれた青年へと大男がフォローの言葉をかける。青年は小さく微笑み返した。


「結局足跡は新聞記者の捏造だったのよね。その記者どうなったの?」


 金髪女の問いかけに対し、


「禁固20年の刑を受けるそうですよ。国の近くにドラゴンの足跡があるなんて聞かされれば、我々7人だけでなく各方面が超厳戒態勢になりましたからね。流通も止まるし、商売はできないし、不安に駆られた民衆をなだめるのに騎士団を動員したり国は大パニック。大迷惑をかけたんですから仕方ないでしょう。動機は特ダネが欲しいなら自分でネタを作ればいいと思ったからだそうですよ」


 答えたのは同席していた眼鏡の男。紅茶を飲む彼の目には寝不足からかクマができていた。


「ありがとうね、ホアン。あんたに調査を全部任せてしまって悪かったわ。仮眠したら?」


 金髪女の言葉に、眼鏡男がニコリと少し笑みをみせ、


「いや、ドラゴンともなればララさんが出撃しなければならいでしょうからね。お気になさらず。それよりどうですか、ロードさん? 狼人間を匿ったかもしれないって男。たぶん、その彼で合っていると思うんですけど」


 自分の正面に座るリーダーへと声をかけた。


「ナイト君……か」


 書類へと目を通しながらリーダーの青年が呟く。


「魔法学校を卒業式前に強制的に追い出される。強制卒業を言い渡したのは大賢者である校長。理由は魔力の低い彼を卒業式に出席させると学校の評判が落ちる可能性があったため、か。随分とひどい理由だな」


「ですよね。実際にその校長と話をしましたけど、まぁ、なんと言うか偏見にまみれているというか、器が小さいと言うか。一緒にいて不愉快しか感じない爺さんでしたね。大賢者の肩書きも魔法の実力ではなく、金で裏から入手したとか噂されている人です」


 その時のことを思い出したのか、眼鏡男は顔をしかめた。


「魔法の成績に関しては筆記試験は常に満点。その一方で魔力の低さからか実技は最下位クラス。在学中に目立った問題行動は起こしていない、か」


「その校長は実技主義を掲げている人で、例の彼は随分と槍玉に上げられていたそうですよ。朝礼で彼を名指しで批判してみたりと、随分嫌っていたと聞きました。彼の魔力は確かに低かったそうです。ほとんどの魔法を最低限の出力で出すのが精一杯だったと皆、証言しています。

 あと、彼は宝具を宿していたそうですが何の力も発揮しない本の宝具だったと聞きましたよ」


 本の宝具か、とリーダーは呟くと手に持っていた書類の内容を読み上げる。


「最後に目撃したのは出入国管理官。成人の冒険者3人と出国して以来行方不明。その3人の冒険者も近隣の森で気絶しているのを発見され、現在治療中か」


「出国したのなら近隣の『麦の国』か『フォルガン村』のどちらかに滞在しているかもしれんな」

 

 大男の言葉に全員が頷いた。


「でも俺たちには彼を追えない。狼人間は国内にいないから『石畳の国』は安全だと宣言ができる日まで俺たちは国内を巡回しないといけないからね」


「ちっ、面倒臭いな。ロード、国王に進言してせめてその2箇所に使者を送ってもらったらどうだ?」


「もうすでに進言している。今頃使者を送っているだろう。そこで狼人間の存在が確認できれば僕らも出国できる。それよりもこのナイト君だが、いくら筆記試験が優秀だからといって7年生まで進級しているというのは引っかかるね。普通、この魔力では3年生まで進級するのが実技の面から見ても限界じゃないかな?」


「そのことですけどね……」

 

 リーダーの疑問に眼鏡男は何か思い出したらしく、口を開いた。


「魔法学校の教師や彼と親しかったホルンという青年が言ってましたよ。彼は確かに魔力は低かったけど、繰り出す魔術の練度は極めて高かったそうです。あの『封魔の鎖』や『光弾』を楽々と使えたそうですよ。数秒しか維持はできなかったそうですけど」


 眼鏡男は続ける。


「魔力が低い分、繰り出せる魔法の数に彼は活路を見出そうとしたようですね。ある教師は『教師と比較してもナイトの扱える魔術の数は尋常ではない』と賞賛してましたね」


 眼鏡男の説明を受け、リーダーの青年は何かを考えるような仕草をしてみせる。そして、


「報告ありがとう、ホルン。君は僕ら『七色の風』が誇る魔法使いだ。『封魔の鎖』という魔法、君なら使えるかい?」


「もちろん。僕だって仮にも大賢者と呼ばれる魔法使いですからね。大体の魔法は使えちゃいますよ。ただ『封魔の鎖』レベルの上級魔法となると発動から繰り出すのに1分くらいかかりますかね」


「……もしナイト君が、それよりずっと早く『封魔の鎖』を使えるとしたら?」


「あはは! ロードさん、さすがにそれはないですよ。もしそんなことが出来るなら、彼の技術は大賢者レベルを超えている」






 ーーそして時間は現在へ。


「10本『封魔の鎖』を巻いて、5秒動き止めるのがやっとかよ」


 洞窟を駆け回りながら俺は忌々しくぼやいた。

 

 灯火魔法に照らされる洞窟の広間。

 その中央付近には惨毒蛇ヴェノマムが(うごめ)いている。蛇の体には紫色に光る鎖が巻きつき、地面へと大蛇を繋ぎ止めていた。首に巻き付いた鎖は天井へと繋がれている。

 しかし、鎖は次々と消えていき、それと共にヴェノマムが本来の動きを取り戻している。


「おっと、逃すかよヘビ野郎」


 その様子を見た俺は『封魔の鎖』を3本形成し、ヴェノマムへと放った。

 空中を高速で移動し、鎖は瞬く間にヴェノマムへと巻きつくと、その先端を天井へと突き刺しヴェノマムの動きと魔力を抑制する。


 俺はちらりと後方へ顔を向ける。

 視線の先には西岸地方へと通じる大穴があった。

 

 盗賊団はすでにあの大穴から地上に向けて逃走している。

 広間にいるのは俺とヴェノマムだけだ。

 

 『封魔の鎖』は俺が扱える魔法の中でも実戦向けの魔法ではあるが、やはり俺の出力ではヴェノマムを長時間封じるのは困難だ。今、3本の鎖を足してみたけど他の鎖が次々と消えてしまっている。


 疲労を感じ、俺は一旦鎖の生成を中断する。それと同時に魔法鞄から保存食である干し肉を取り出すと、ヴェノマムの周辺へと全て撒き散らした。


 空腹状態だったヴェノマムは保存食へと向かうとその巨大な口で包装ごと次々に貪っている。

 

 ーー1分くらいは稼げるだろうか?


 俺は『魔物図鑑』を開きブランカのページを確認してみた。

 まだ生きてくれているようだが、相変わらず『回復』機能は復活していない。

 一体どれくらいの時間があれば魔力が回復するのかは書かれていなかった。


 とにかく今は時間を稼ぐしかない。


 俺は食事に夢中になるヴェノマムに気づかれないように出口へと通じる大穴へと向かった。

 穴の先は緩やかな上り坂。

 穴の近くまで行くと空気が澄んでいるのがわかる。

 出口が近い証拠だ。


 だが、大穴を通ろうとしたところで、俺は背後からの気配を感じ反射的に側面へと飛び跳ねた。

 俺がさっきまで立っていた場所に鞭のように大蛇の尻尾が振り下ろされたのだ。

 ヴェノマムは顎を限界まで開き、干し肉全てを咥えたまま俺へと攻撃を加えてきたらしい。

 

「食事マナーのなってない蛇だな。ゆっくり食っとけよ。早食いは太るぞ」


 俺へと再び尻尾の一撃が振るわれる。

 ぎりぎりでそれを回避した俺はヴェノマムの首へと『封魔の鎖』を放った。

 鎖はヴェノマムの首を締め、その先端を天井の岩盤へと突き刺し動きを封じる。

 が、それも2秒程度のこと。


 力づくで鎖を天井から引き抜いたヴェノマムが俺へと迫ってくる。

 俺の心臓はかつてないほど高鳴り、全身からは滝のような発汗をしていた。

 岩すら溶かす毒牙が俺の視界に入り込む。

 今にも失禁してしまいそうな恐ろしい状況だ。


「死んでたまるかよ!」


 俺は恐怖を振り払うために叫んだ。

 『封魔の鎖』を連発し、ヴェノマムの動きをかろうじて止める。

 天井へと張られた鎖が軋み、次々と引き抜かれては消えていった。


 すでに俺の魔力は限界に迫っている。 

 これ以上の戦闘は出来そうにない。

 頭の奥に響く筋肉痛にも似た鈍い痛みが俺へと限界を告げ始めた。


 20本目の鎖を出したところで俺はついに魔力が尽きた。


 息を荒げ壁へともたれる俺の前に、恐ろしい大蛇が大口を開けて迫ってくる。

 その首には最後の『封魔の鎖』が巻かれていた。

 天井へ向けて繋がれているその鎖はぴんと張り、今にも消えそうだ。


 ヴェノマムが力任せに前進する。

 鎖が引っ張られ、泡のように消えてしまった。


 眼前に迫る毒牙に俺の血の気が引く。

 逃げ場はない。

 

 がーー。


「グフオァア!」


 突如としてヴェノマムが苦悶の声を出しビクリと動きを止めた。

 蛇に発声器官はないと聞いたことがあるので、声というよりは肺が潰され中の空気が押し出されたのだろう。

 では、大蛇の肺を押しつぶしたものとはーー


「……間に合ったか」


 大蛇の体には石柱が突き刺さっていた。

 この広間の天井へと氷柱のように垂れ下がっていた巨大な岩。ナイフのように尖った岩の1つが大蛇の首付近へと突き刺さり、蛇の命を奪っていた。


 俺は『封魔の鎖』をヴェノマムに巻き付いた後に天井にある1つの石柱へと繋いでいたのだ。今まで放った鎖のほとんども同じ石柱へと繋いでいた。

 鎖そのものに大蛇を倒す威力はない。だが、大蛇と鎖によって繋がれていた岩は少しずつ天井から剥がされていく。

 そして、最後に耐えきれなくなった石柱は大蛇へと落下したのだ。

 俺としてはダメージを与えて動きを止めるだけでよかったのだが、運良く致命傷となったらしい。

 どうやら首の一部は防御力が低いようだった。


「おっ!」


 壁へともたれかかる俺の前でヴェノマムの死骸が透き通り始める。

 魔物が死ぬときにまれに起きる現象だ。

 ヴェノマムの姿が完全に消えると、そこには紫色に輝く石が1つ置かれたのだった。

 

 

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